2022/3/14

2050年の脱炭素社会へ。出光の「責任ある変革者」の取り組み

NewsPicks / Brand Design 編集者
 2020年から拡大をはじめ、今もなお猛威を振るう新型コロナウイルスは、多くの企業に大きな影響を与えた。化石燃料を中心に、100年以上、産業や暮らしに不可欠なエネルギーの安定供給という社会的使命を果たしてきた出光興産もその一つ。
 2050年を目標としたカーボンニュートラル宣言による脱炭素化の加速に加えて、コロナ禍による主要製品の需要減、資源価格のボラティリティ拡大によって、中期経営計画を短期間で大胆に見直した。
 エネルギーを取り巻く環境が急速に変わるなかで、2050年の脱炭素社会の到来を見据えて、出光興産はどのようなビジョンを持っているのか。出光興産代表取締役社長の木藤俊一氏に伺った。

数々の課題に直面し、中期経営計画の見直しへ

──出光興産は、2021年5月に中期経営計画の見直しを公表されました。
木藤 当社は、2019年の4月に昭和シェル石油と経営統合を行いまして、新しい会社としてスタートを切りました。その年に中期経営計画を発表したのですが、その後、カーボンニュートラルに向けた動きがさらに加速していきました。
 また、新型コロナウイルスの感染拡大による需要減に直面し、資源価格のボラティリティ拡大の動きもありました。
 そうしたなかで、日本国内の石油需要の減少スピードがさらに増していくのではないかという危機感から、2020年の後半ごろから中期経営計画の見直しに着手したわけです。
 そして2021年5月の決算発表と同時に、中期経営計画の見直しという形で改めてリリースさせていただきました。
──短期間で中期経営計画を見直すことはなかなかないと思います。
 おっしゃる通り異例のことでしたが、とにかく早急に手を打つ必要がありました。
 特に2020年前半は、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大した時期でもありましたが、ガソリンを中心とした石油製品の需要が急速、かつ急激に落ちたんです。これはかなりショックでしたね。
 世界各国でロックダウン、日本では緊急事態宣言が発動されるなか、人の動きがなくなりまして、移動を支えるガソリン・軽油などの燃料油が大打撃を受けました。
 国内需要は全体だと3割減、ジェット燃料に至っては、飛行機がほとんど飛ばなくなりましたので、8割減という状況でした。
──新型コロナウイルスの影響で石油製品の需要がかつてないほど落ち込んだうえ、カーボンニュートラルに向けた動きも加速していたと。
 はい。2020年9月に菅政権が誕生しましたが、所信表明演説の中で総理は、「2050年に日本国としてカーボンニュートラル社会を目指す」という宣言をされたんですね。
 当時、100を超える国がカーボンニュートラル宣言をしていたので、日本もその仲間入りを表明したことになりますが、かなりのインパクトがありました。
 さらに菅前総理は、2021年にCO2の排出量削減の新たな目標を打ち出したんです。その目標は、「2030年に46パーセントの排出削減」というものでした。
 ところが、2018年に政府が発表した2030年のCO2の削減目標は26%だったんです。わずか3年の間に20%も上乗せされて、46%の削減を目指すと宣言された。
 2050年の目標に関しては、我々としてもさまざまなイノベーションを巻き起こしつつ、化石燃料から地球環境に優しいエネルギーへの転換を図っていこうと考えていろいろ準備を進めてきましたが、8年後の2030年となると、意味合いが大きく違ってきます。
 2030年にCO2の排出量を46%削減するのは、簡単なことではありません。現実的にはLNGや石炭など化石燃料と、再生可能エネルギー等のベストミックスを目指していくことになると思います。
 私どものバリューチェーン全体では、自社操業に伴うCO2の排出量を2017年度比で▲400万トンとするとともに、カーボンニュートラル・循環型社会の実現を支えるエネルギーやマテリアルの提供を通じてお客様のCO2排出量の低減に貢献します。

2030年ビジョン「責任ある変革者」を掲げた想いと実現に向けた施策

──出光興産は、2030年ビジョンとして「責任ある変革者」を掲げています。
 当社はエネルギー企業として、これまで社会を支える基盤エネルギーとなってきた化石燃料を長年扱ってきました。
 世界はカーボンニュートラル社会の実現に向けて邁進していますが、化石燃料は今現在も必要ですし、これらを引き続き安定供給していくことが我々の社会的使命です。
 エネルギーの安定供給の責任を果たしつつ、将来に向けて変革を押し進めていく。そして変革を行った先で、将来もエネルギー企業として事業を継続していきたい、中心的なプレイヤーであり続けたい──という想いから、「責任ある変革者」という2030年ビジョンを掲げました。
 具体的には、カーボンニュートラル・循環型社会へのエネルギー・マテリアルトランジション、高齢化社会を見据えた次世代モビリティ&コミュニティ、これらの課題解決を可能にする先進マテリアルの事業領域を通して、責任を果たしていきたいと考えています。
──3つの事業領域に関して、それぞれの取り組みを教えてください。
 まず、カーボンニュートラル・循環型社会へのエネルギー・マテリアルトランジションですが、当社が現在扱っているエネルギー、たとえば石油などはCO2を排出するので、石油に代わるエネルギーの開発が急務であり、我々に投げかけられている課題です。
 とはいえ、できることから進めていく必要がありますので、CO2の排出量を削減する取り組みも行っています。CO2削減の地道な活動を続けながら、当社が持っているインフラや長年の知見を生かして、合成燃料などの新しいエネルギーに替えていく。
 私たちは、「CNXセンター」(CNXは「カーボンニュートラル・トランスフォーメーション」の略で、出光興産独自の概念)と呼んでいますが、この構想のもと、当社の製油所、工場を低炭素の循環型エネルギー拠点に変革していきます。
──新エネルギーの開発と拠点の変革を両輪で進められているということですね。「次世代モビリティ&コミュニティ」についてはいかがでしょうか。
 はい。次に掲げたのが、高齢化社会を見据えた次世代モビリティ&コミュニティです。
 これは全国約6300カ所のサービスステーション(SS)ネットワークを活用する構想で、地域の移動や物流、コミュニティのハブとして機能させることから、「スマートよろずや」と名付けました。
2021年に設立した出光タジマEVが開発する超小型EVのモックアップ。4人乗りで、家庭用コンセントで夜間に充電しておけば、スピードは時速60キロまで、走行距離は120キロまで可能。全国のSSを起点に、シェアリング、サブスクのような形で使うサービスを想定
 私はもともと営業の人間で、全国を回りながらサービスステーションの経営者たちと仕事をしてきました。2018年に社長に就任し、十数年ぶりに全国を回ってみたところ、様変わりしていて愕然としたんですね。
 ピークのときは全国で6万店を超えていたSSも、いまでは3万店を切ってしまいました。特に地方では人口が減って経営が厳しいなかで、それでもがんばっているSSは、ガソリンを売るだけではなくて、地域の「よろずや」として活躍していたんです。
 とても素晴らしいことですし、そこに我々がこれまでに培ったノウハウを合わせることで、地域固有の課題を解決できるのではないかと考えました。そして、「スマートよろずや」の構想が軌道に乗れば、これ以上、SSの数が減るのを防ぐことができるかもしれない。
 ひいては、長年のパートナーであるSS経営者や従業員、その家族の生活を守ることができますし、全国のお客様にエネルギーを届けるという当社の責任も果たせます。
 当社グループが超小型EVを開発・製造し、全国のSSでモビリティサービスを展開することもその一つであり、SSのネットワークを勇気づけることにもつながると思うので、とても意義のあることだと考えています。
──近い将来、SSが人々の暮らしを支える、新たなコミュニティの拠点となるかもしれませんね。3つ目のこれらの課題解決を可能にする先進マテリアルの事業領域についても解説をお願いします。
 「スマートよろずや」の構想では、タジマモーターコーポレーションさんと組んで超小型EVを開発し、カーシェアやサブスクリプションで利用できるサービスも考えています。このEVを動かすためには、高性能の蓄電池が必要になります。
 蓄電池の中には、液体のいわゆる電解質が入っていまして、電子が行ったり来たりすることで充放電を繰り返すのですが、この液体がものすごく高温になってしまうという課題があります。
 万が一液漏れが起こると、煙が出たり、発火したりする危険もあります。液体のままだと、EVで利用するのは安全性の観点から課題がある。
 そこで、各自動車メーカーは液体から固体の蓄電池の開発を行っていて、我社も固体電池のキーマテリアルとなる固体電解質の研究を進めています。
 こうした研究は、「地球と暮らしを守る」「地域のつながりを支える」責任を果たすために必要な技術の社会実装を目的とした「先進マテリアル」の事業領域の一つになります。

社員一丸となって臨むために生まれた「真に働く」という企業理念

──経営ビジョンと併せて、「真に働く」という企業理念を成文化して発表されました。
 「真に働く」という理念には、次のステートメントが続きます。
国・地域社会、そこに暮らす人々を想い、考えぬき、働きぬいているか。
日々自らを顧みて更なる成長を目指す。
かかる人が集い、一丸となって不可能を可能にする。
私たちは高き理想と志を掲げ、挑み続ける。
 「考えぬき、働きぬいているか」と、疑問形にして自分たちに問いかけているのが大事なポイントです。私たちは、約110年前の創業時から事業を通じて社会に貢献することを目標とし、取り組んできました。
 エネルギーを取り巻く環境の変化が激しいなかで、この理念を従業員一人一人が改めて胸に刻み、すべてのステークホルダーの皆さまとともに、よりよい未来の地球や社会の実現に向けて「真に働く」という決意の表れになります。
 いま、変革に挑もうとするなかで、「バックボーンとなる企業理念を成文化する必要がある」という声が社内から自然と上がってきたので、このタイミングで成文化することになりました。
──企業理念の成文化は、木藤社長の発案だと思っていたので意外でした。
 私は、2019年に出光と昭和シェル石油が経営統合を行ったときも、あえて企業理念の成文化は行わず、「人が中心の経営である」ということだけを掲げました。
 というのも、両社とも人にこだわってきた歴史があるなかで、改めて企業理念を成文化しなくても、価値観は同じだと考えていたからです。それに、企業理念だけを押し付けられるのがどうも苦手で……。
 もともと出光興産は、出光佐三というカリスマ創業者がさまざまな苦労のなかで、多くの言葉を残しています。それが創業者の理念として伝わっていて、新入社員のときに勉強を命じられるのですが、言葉だけが先行すると頭に入ってこないんです。
 現場に出て同じ苦労を体験することで、そのとき初めて出光佐三が残した理念が分かるんですよ。「ああ、なるほど。こういう苦労をしてきたんだな」と、「だからこの言葉につながるんだな」って。
 そういった実体験があったからこそ、社員に理念だけを押し付けることはしたくなかったんです。
 でも、社員が中心となって両社の歴史をお互いに学ぶ機会を作り、そのうえで新しい理念を考えようと動いてくれて、「真に働く」という企業理念を成文化できたのは、非常にありがたいことだなと感じています。
 石油のように安価で安定して供給できるうえに、環境にも優しい新エネルギーを量産化していくことは並大抵のことではありません。
 幸いにも、当社には私たちの考えに賛同して、変革をともに進めてくれる優秀な人材が業界の垣根を越えて集まってきてくれています。
 ですが、2050年のカーボンニュートラル社会を実現するためには、若い方たちの力も必要になります。
 「石油は未来がない」と悲観するのではなく、むしろこの変化をチャンスと捉え、我々といっしょにこのトランジションに挑戦したいという方と協力して、変革を押し進めていきます。