2022/2/25

【山梨県×東レ×東電】CO2フリーの「水素社会」を実現する

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 山梨県甲府市米倉山(こめくらやま)。10メガワット級太陽光発電施設に囲まれて、これからのCO2フリー水素社会のモデル構築を目指す「Power to Gas(P2G)」システムの技術研究サイトがある。
 太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、気象条件によって発電量が大きく増減する。その変動分を吸収しながらグリーン水素を製造し、近隣の工場や商業施設で活用する。いわば、「CO2フリーエネルギーの地産地消」を目指す取り組みだ。
山梨県、東レ、東京電力HDが、NEDOの委託事業として共同で取り組んできたエネルギー転換プロジェクト「H2-YES」。再生可能エネルギー電力を使った水電解でグリーン水素を製造し、化石燃料と置き換えることで脱炭素を進展させる。
 いまでこそ、多くの企業がSDGsや脱炭素に本腰を入れ始めているが、このプロジェクトが始まったのは2016年。製造から燃焼までのプロセスでCO2を排出しない「グリーン水素」は製造コストが高く、とくに国内では2040年以降の次世代テーマと位置づけられていた。
 そこから山梨県、東レ、東京電力HDによる共同プロジェクト「H2-YES」が立ち上げられ、2021年度末には、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として6年間の実証が完了する。
 今後は、経済産業省/NEDOのグリーンイノベーション基金事業に移行し、国内最大級の水電解装置の技術開発と社会実装に発展していく。
INDEX
  • グリーン水素は、脱炭素の要になる
  • カーボンニュートラルのキーマテリアルとは
  • 脱炭素のソリューションを世界に提示する

グリーン水素は、脱炭素の要になる

 なぜ、この3社が集ったのか。山梨県企業局の坂本正樹氏は、その経緯を次のように語る。
1997年山梨県庁に入庁、消防防災課に配属。県営電気事業の水力発電や総合制御所の現場を歴任し、2007年から電気課研究開発担当として水力開発、米倉山太陽光発電開発に従事。現在は、山梨県が企画運営する米倉山電力貯蔵技術研究サイトで、東レ・東京電力とのMW級水電解装置によるP2Gシステム技術開発、及びグリーンイノベーション基金事業のプロジェクトリーダーを務める。電気主任技術者、高圧ガス製造保安技術者。
山梨県・坂本「山梨県と東京電力HDは、2009年から共同で大規模太陽光発電に取り組んでいます。太陽光や風力のような再生可能エネルギーは時間帯によって出力が大きく変動するため、供給が増えるに従って効率よく電力を貯蔵する仕組みが必要になります。
 そこで注目したのが水素です。再生可能エネルギーで水を分解すれば、CO2を一切排出せずに水素をつくることができる。さらに、メガソーラーの課題だった不安定な電力を水素に転換し、安定した量だけを電力系統に流すこともできます。
 我々は小型の水素製造装置で実証実験を始めましたが、社会実装を目指すにはさらなる効率化と大型化に挑んでいかなくてはいけない。そのためには水電解の優れた技術が必要でした」
 山梨県とともに米倉山のメガソーラー事業を行っている東京電力HDの矢田部隆志氏は、P2Gプロジェクトを通して再生可能エネルギーがより本質的なパラダイムシフトをもたらす可能性を感じたという。
東京電力並びに財団法人ヒートポンプ・蓄熱センターで、電力負荷平準化機器・システムの開発や普及促進、省エネ技術であるヒートポンプの普及促進に従事。水素社会の実現に向けた東京推進会議委員ほか、経産省・環境省・NEDOなどの委員を歴任。2018年7月より現職。主として東京電力グループでのエネルギー利用技術・電化の方策策定に従事。著書に『ヒートポンプ入門』(オーム社)、『カーボンニュートラル実行戦略:電化と水素、アンモニア』(エネルギーフォーラム、共著)などがある。
東京電力HD・矢田部「坂本さんがお話ししたとおり、当初、将来的に増え続ける再エネ発電の変動分をどう吸収するかが我々の問題でした。
 しかし、水素社会のもっとも重要なポイントは、これまで化石燃料を利用していた非電力部門を、CO2を直接排出しない水素という燃料に置き換えていくことなのです。
 その理由は、最終エネルギー消費全体のうち、電力が占める割合はおよそ27%。7割以上は直接化石燃料を燃やしているからです。
 カーボンニュートラルを実現するには、CO2排出量の大部分を占める化石燃料を直接利用している需要を電化するか、非化石の燃料に移行しなければならない。その鍵になる水素の活用は、気候変動対策の1丁目1番地といってもいいほど重要な意味を持っています」
2050年のカーボンニュートラルを実現するには、電力セクターでの再エネや水素・アンモニア活用を拡大し、そこから製造したグリーン水素を、熱や燃料として非電力セクターで活用する「セクターカップリング」が重要になる。

カーボンニュートラルのキーマテリアルとは

 東レは、グリーン水素の製造・輸送・貯蔵・利用の全ての過程で幅広く基幹素材を開発している。なかでもキーマテリアルとなっているのが、水電解によるグリーン水素製造の効率化や稼働率を革新的に向上させる先端素材の「炭化水素系(HC)電解質膜」だ。
「HC電解質膜」の開発者で、東レのリーダーである出原大輔氏は、次のように語る。
2001年東レに入社。機能材料研究所(現先端材料研究所)に配属。燃料電池電解質膜をはじめ、一貫して水素・燃料電池関連の新事業開発に携わる。2007年からのMIT海外留学を経て、リーダーとして、水電解・水素圧縮の研究開発、山梨県・東京電力とのPower to Gasシステム実証、経産省グリーンイノベーション基金事業、シーメンス・エナジー社パートナーシップなどを推進。経産省「水素・燃料電池戦略協議会」CO2フリー水素WG委員等を歴任。2017年より現職。
東レ・出原「水電解装置にはアルカリ水溶液を電極間で分解するアルカリ型と、高分子電解質膜(PEM)の両側に電圧を加えて水を分解するPEM型があります。
 東レのHC電解質膜は、このPEM型水電解装置の高性能化を狙っています。独自の共連続相分離構造を持ち、プロトン(水素イオン)をたくさん通す高プロトン伝導性と、耐久性や安全性を担保する低ガス透過性を両立させ、従来のフッ素膜の4倍もの強度と高い耐熱性を備えています。
 そのため、従来のフッ素膜に比べ、同じ電圧で膜面積あたり2倍の水素を製造できます。また、水素・酸素ガスの透過性も3分の1程度に低減できるため、高純度な水素製造だけでなく、安全性も高まり、高稼働率を実現できるのです」
 東レは、2015年度からNEDO委託事業に単独で参画し、水電解の高性能化をラボレベルで実証していた。出原氏はこの研究成果を社会的な価値に変換すべく、拡大実証パートナーを日本中探し回り、辿り着いたのが山梨県米倉山だったという。
東レ・出原「ある国際会議の山梨会場で旧知の先生に相談したところ、山梨県の坂本さんを紹介してもらい、その日のうちに意気投合しました。米倉山であれば、隣接するメガソーラーを活用し、グリーン水素の製造から輸送・貯蔵、山梨県内での利活用まで、一貫した技術開発・実証実験を行える。
 その後、実証プロジェクトの構想を練るなかで東京電力の矢田部さんにも加わっていただき、グリーン水素の利活用先を開拓する山梨県、電力系統・エネルギーマネジメントに高い技術力を有する東京電力HDといった異分野のパートナー・専門家と共創することで、グリーン水素を活用する地域社会やビジネスモデルの課題・イメージを具体化できました」

脱炭素のソリューションを世界に提示する

 太陽光発電とPEM型水電解装置で製造された水素は、圧縮して輸送され、日立パワーデバイスの山梨工場およびスーパーマーケット・オギノ向町店で利用されている。このような「グリーン水素の製造から利用までのサプライチェーンをカバーする実証実験は、日本初の試み」(山梨県・坂本氏)だという。
 2021年4月、山梨県、東京電力HD、東レの3者は、今回のプロジェクトで開発してきたP2Gシステムの実用化を加速するための共同事業体「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」(仮称)の設立を検討すると発表。
 9月にグリーンイノベーション基金事業開始を伝えたリリースでは、3者に、日立造船、シーメンス・エナジー、加地テック、三浦工業、ニチコンの社名が加わった。発起人である3人は、この事業の先行きをどう見ているのだろうか。
米倉山のP2Gシステムは、モジュール連結によって2025年までに16MW級の水素製造装置の開発に取り組む。その後、2030年までにPEM型水電解装置コストを6.5万円/Kwまで引き下げることを目指している。
山梨県・坂本「私の立ち位置は、山梨県職員という行政の一員である一方で、水力や太陽光発電所を運営してエネルギー供給する発電事業者でもある。
 化石燃料から地産の水素エネルギーに転換して地域のCO2を削減することと、この事業によって県民の皆さんが経済的なベネフィットを得られるようにするという2つの目標があります。それらを両立させて、地域の新しい産業を生み出す好循環をつくっていきたいです」
東京電力HD・矢田部「これまでの東京電力のビジネスは、大きな発電所から送配電網を使ってお客様のところに電気を送る、上流から下流へと電力を流すモデルです。
 一方で、再生可能エネルギーは小さな太陽光パネルや風車が分散して設置され、地域にくまなく導入されていきます。正直、分散設置された発電所とP2Gシステムの組み合わせが電力会社のビジネスを変えるものになるかはわかりませんが、まずは小さくても始めてみないとノウハウは得られません。
 頭で構想するのではなく、現場で手を動かして初めて気づくようなことが、新しい社会やビジネスのモデルをつくっていくのだと思います」
東レ・出原「目指すのは、先端素材の力で、カーボンニュートラル社会の実現に貢献すること。世界中のパートナーとともに、再エネ資源国でグリーン水素を製造するグローバルなサプライチェーンの構築にも貢献していきたい。
 東レは、素材メーカーとして社会を変えるような先端素材の創出に挑戦していますが、我々の力だけでは、グリーン水素のサプライチェーンを構築することはできません。
 山梨県、東京電力HDをはじめ、世界中のパートナーとの共創により、東レの先端素材を社会的価値に変換し、地球規模の課題へのソリューションを提供していきたいと考えています」