2022/2/24

三井不動産がアソビューに大型投資した本当の理由

NewsPicks Brand Designチーフプロデューサー Next Culture Studioプロデューサー、UB Venturesエディトリアルパートナー
 大企業によるスタートアップへの投資が急拡大している。実は、三井不動産はこのブーム以前の2015年からスタートアップに投資してきた。2018年からはミドル・レイターステージに特化した300億円のグロースⅠ事業を開始し、さらに投資を加速させている。

三井不動産グループのCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を担う31VENTURES(サンイチベンチャーズ)では、2021年12月に観光レジャー業界のバーティカルSaaSを推進しDX化を進めるアソビューに投資。

三井不動産側としてこの投資のフロントを担当したベンチャー共創事業部統括の加藤慎司氏、アソビュー代表取締役CEO山野智久氏、取締役執行役員CFO河合辰哉氏の3名がそろい、大企業×スタートアップのグロース投資と共創について語る。

不動産のアセットを活かしたグロース投資

──三井不動産のベンチャー共創事業である31VENTURESの狙いを教えてください。
加藤(三井不動産) 31VENTURESのミッションは、スタートアップとの共創により、三井不動産の既存事業を強化することと新規事業を開発することです。
 3つのソリューションがあり、1つは総額435億円の「出資事業」、スタートアップの拠点となる「ワークスペース」、ナレッジの共有や協業の仲間を見つける「コミュニティづくり」を行いスタートアップの成長を支援しています。
 一般的なVCと違い、我々はCVCなので、三井不動産の事業とのシナジーが重要です。
 ただ、シナジーによる三井不動産の事業成長は当然ですが、結局は投資先のスタートアップが大きく成長することがなにより重要です。例えば、投資先スタートアップが成長してプロダクトやサービスが洗練されることで、お互いに協業の効果を上げることができます。
 三井不動産では、2015年からグローバル・ブレインを業務執行者(GP)としたアーリーステージへの投資がメインのCVCファンドを開始しました。そして、2018年にミドル・レイターステージの投資を行うグロースⅠ事業も始めています。具体的には10億円以上の投資も行えるようになっています。
 特に三井不動産のアセットを活かして、大きく事業連携をしようとしたときには、組むスタートアップ側にもある程度の規模感が必要です。アーリーからレイタ―ステージまで各ステージに合わせた支援体制を整えることで、スピード感のある成長と連携の強化を期待しています。
 いまでこそグロース投資が盛んですが、2018年当時は資金ニーズはあるのにグロースファンドが少なかったという背景もあります。
2002年三井不動産入社。住宅開発事業において都心マンションの開発等を担当、その後国土交通省等の公共機関や経済団体等対応を担当。現在は、CVCファンド、LP出資、スタートアップとの協業、新規事業開発等を担当

アソビューのシリーズEで投資を実行

──31VENTURESは、2021年12月にアソビューのシリーズEで投資を行いました。アソビューはレジャー領域のスタートアップですが、コロナ禍でどのようなビジネス状況ですか。
山野(アソビュー代表) もともとアソビューはtoC向けに遊び予約サイト『アソビュー!』を運営してきた会社です。お出かけ領域ですから、コロナ禍の自粛で、事業そのものが消滅しかねないほどの危機に陥りました。
 しかし、「ピンチはチャンス」という言葉もあるように、コロナ禍をきっかけに生み出したBtoBのSaaS事業が、会社の業績を大きくV字回復させて、現在に至ります。
 非接触でチケットの購入や入場、購買履歴の管理や精算ができるバーティカルSaaSで、感染対策をしながら営業を再開し始めたレジャー・観光施設から大きなニーズを得ることができました。
 コロナ禍でSaaSにビジネスの舵を切ったことで、非常に大きな成長を遂げることができました。そういう意味では、地獄と天国という全く別の世界を短期間に経験した2年間でしたね。
明治大学法学部卒。2011年アソビュー株式会社創業。レジャー×DXをテーマに、遊びやレジャーの予約サイト「アソビュー!」・観光レジャー文化施設向けバーティカルSaaS「ウラカタシリーズ」を展開。観光庁アドバイザリーボードなど中央省庁・自治体の各種委員を歴任。著書「弱者の戦術」(ダイヤモンド社)
河合(アソビューCFO) 2020年12月にシリーズDのタイミングで13億円を調達したのですが、準備は2020年1月から始めていました。動き始めたと同時にコロナ禍に突入してしまう中、我々にとっては、まさに、「生き残るための調達」となりました。
 一方、2021年12月のシリーズEは全く意味合いが違って、「次なる成長のための調達」と捉えています。
1999年、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。通信、メディア、テクノロジー業界における業務改革、ITコンサルティングに従事。2010年、株式会社アイスタイルに入社。社長室、セールス&マーケティング部門、経営企画部門などを経て、2014年、カタリズム株式会社(現アソビュー株式会社)に参画。コーポレート領域の担当役員を経て、2019年より現職

遊びコンテンツで街の魅力をアップ

──次なる成長戦略を描く中で、アソビューがVCや投資会社ではなく、CVCの三井不動産から投資を決めた理由はどこにあったのでしょう。
河合 業績がV字回復したシリーズEで、事業を成長させるための資金調達を考えたときに、最初に考えたのが、投資していただくのは事業会社がいいのではないかということでした。
 なかでも、異業種でアソビューが持っていないアセットを持っているところ、という希望がありました。
 多様なリアルアセットを持つ三井不動産は、我々の「遊び」というコンテンツとも非常に相性がよく、シナジー効果が期待できるのが大きな理由です。
 また、我々はIPOを目指していますが、上場後の中長期的な事業成長を見据えて投資していただける点も条件に合っていました。
加藤 我々がCVCを運営する目的の一つは、いかに魅力的な街づくりに貢献し、本業である不動産開発への付加価値をつけられるかです。
 三井不動産はハードはたくさん持っていますが、街づくりではハードとソフトの両面が必要です。街づくりにアソビューの「遊び」のコンテンツというようなソフトを取り入れることは我々にとって大きな魅力でした。
 例えば、三井不動産が開発を進めている日本橋エリアで、アソビューのメディアとしての発信力や集客力を活かし、買い物や体験、グルメ情報などを発信できます。それによって、多くの人たちが日本橋に集い、街の魅力を高めることにつながります。
 いまや都市間競争は、東京都内の主要エリアはもちろん、ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポールや上海といった世界も相手となります。いかに魅力のある街づくりをするかを考えたときに、アソビューのようなサービスが大きな武器となります。

リアルな不動産・商業アセットをDXで支援

山野 アソビューではレジャー、観光、ショッピング、エンターテインメントなど広義に「遊び」を捉えています。それに対して、三井不動産は、商業施設やホテル、スポーツ施設などを持っていて、組むメリットが明確です。
 加藤さんのおっしゃるような情報発信はもちろん、業務の生産性向上、データを活用した効率的な意思決定のサポートなど、幅広くDX支援も提供できます。
 例えば、消費者動向の分析データをフィードバックして、テナントがそのデータを活用したり、テナント誘致の効率化につなげることもできます。
 最近ではららぽーとで、コロナ禍での福袋販売をアソビューを使った事前予約制にすることで、ららぽーとへの集客も企画しました。
加藤 これは僕自身の体験ですが、子どもが小さいうちは毎週末あちこちでかけます。そういうときに、お出かけ情報がまとまっているアソビューはすごく便利です。こういう情報を当社グループの住宅のお客さまに提供すれば、すごく喜んでもらえるだろうな、と。
山野 不動産は建物のスペックだけではなくて、そこでの生活をイメージして購入しますよね。これまでは学校やコンビニ、病院などがそのスペックとして考えられてきましたが、これからはそこで「どう幸せに生きていくか」を考えるようになると思っています。そのときに、地域の遊び情報は重要な要素になってくるはずです。
例えば、地域の遊び情報をアソビューがオンライン上で掲載し、三井不動産の住宅購入予定者の方にインセンティブをつけて提供するというやり方もあるかもしれません。
河合 街や住宅のほかにも、三井不動産ではリゾートホテルやラグジュアリーホテルを運営していますし、あらゆる事業で共創の可能性があると思っています。

同業種とは競合してしまうリスクも

──事業の相性のよさのほかにも、三井不動産と組むメリットや決め手はあったのでしょうか。
山野 実は過去に同業種と組んだときに、協業できる部分がある一方、戦略を練るうちに競合してしまったという苦い経験があります。
 そのときは、お互いに投資の作法や、大企業とベンチャーの付き合い方というものが、よくわかっていなかったのが原因でした。
河合 そういう経験もあって、今度、事業会社と組むなら、異業種で全く違う強みを持つ会社がいいと考えるようになったんです。
その点、アソビューは遊びにドメインを置くDXの会社、三井不動産はライフスタイル全般に関わるリアルなアセットを持つ会社と、立ち位置が全然違うのは理想的でした。
山野 今は、スタートアップにとって、レイターステージの調達環境は選択肢が豊富にありますよね。だからこそ、「誰とやるのか」はすごく重要になってきます。
 アソビューにとっては、「事業成長」と「上場後の株式マーケットのポジショニングの確立」という明確な基準があって、それが三井不動産と組むという結果につながりました。
河合 31VENTURESは、事業連携は三井不動産と、出資前のデューデリジェンス(DD)含む投資実務についてはグローバル・ブレイン、というように役割分担が明確。それぞれの得意領域で推進していただけたので非常に進めやすかったですね。
加藤 出資先の会社が成長するための適正なバリエーション、適切な資本構成をきちんと考えていくことは必要ですね。そこはグローバル・ブレインにDDに入ってもらうことで、しっかり進めています。

協働したいという「愛」から始まる

河合 あとは、フロントに立つ加藤さんの人柄の要素も大きかったと思います。一般論として、大企業の決裁プロセスは時間がかかりますが、加藤さんがそれぞれの事業でキーマンとなる社員を紹介してくれたことで、スピーディに話がまとまりました。
 我々と協働したいという加藤さんの「愛」は、最初からすごく感じましたね(笑)。
加藤 もともと三井不動産では出資の有無にかかわらず、いろいろな形で相当数の協業を行っています。
 社内カルチャーとして、「一緒にやりたい」と思ったらどんどん進めていく。それもあって、必ずしも出資ありきにこだわらず、アソビューと一緒にやろうよというモードで話が進められました。
山野 確かに加藤さんの社内を巻き込む力はすごい。フロントやプロジェクトオーナーが社内全体のコンセンサスを取れるかどうかは、大企業との提携の成否を握る要素ですね。
加藤 大企業だから、スタートアップだからというより、人と組織文化がポイントでしょうね。あとは、タイミング。
 あるタイミングでは我々の求めるものと合わなくても、そのスタートアップが成長してプロダクトがよくなったタイミングならうまく組める、ということもよくありますから。

お互いに寄りかからないことが大事

加藤 31VENTURESでは、今後も、スマートシティ、脱炭素、スマートワーク、人材、教育などをキーワードに、スタートアップへの投資を積極的に行っていきたいと思っています。
 先ほどの話にもあったように、今はスタートアップが投資家を選ぶ状況です。そういう中で我々のリアルなアセットがどこか重なるところがあれば、ぜひ一度話をさせてもらいたいと思っています。
 出資に限らず、協業という方法もありますし、幅広くいろいろなスタートアップからお声がけをしてほしいと思っています。
山野 レイターステージのスタートアップの調達では、ベンチャーと大企業がお互い寄りかからないことが、成功のポイントだと思います。
 ベンチャー側は大企業と組むとジャンプアップできると考えるし、大企業はベンチャーと一緒ならイノベーションを起こせると思いがち。でも、実際は一定の体力や実績、リソースがないと、成果は出せません。
 最初の段階でその部分をしっかり相互理解、確認しておくことが、レイターステージの調達では大事ですね。
 そのうえで、三井不動産に投資してもらうメリットをあげるなら、三井不動産はライフスタイルカンパニーだということです。
 住まい、ショッピング、リゾート、エンターテインメント、その周辺領域まで広くカバーしています。これだけのアセットがあるので、ライフスタイル領域、もしくはそれに関わる技術を持つスタートアップであれば、何かしら協業することができるはずです。
 特にテクノロジーやソフトコンテンツを持つ会社は、アソビューがそうだったように、スピード感を持ってシナジーを上げられるのではないでしょうか。
河合 別の観点としては、一見リアルとの接点が無さそうなスタートアップとの協業にも可能性があるのではないでしょうか。
 例えば、リアルに強みがありその特性、良さを知っている三井不動産だからこそ、別世界のメタバースやデジタル領域に強みを持つスタートアップと何か面白いことを共創できるかもしれません。
加藤 ぜひ、そういうスタートアップと幅広く共創していきたいですね。我々も、アソビューがますます成長して、各地の知られていない魅力的なアクティビティに光をあて、日本全国を盛り上げてくれることを期待しています。