2022/2/15

パーパスと利益は両立する。もっとビジネスに人文知を

リーバイスが銃規制の寄付のための基金を設立する、SalesforceのCEOが行き過ぎた資本主義に警鐘を鳴らす、マイクロソフトがCO2排出削減のためにアクションをとる、ファッション業界がこぞってサステナビリティに取り組む…。
いまや社会課題の解決を利益に優先させる企業の動きは一過性のものではなくなっているが、それだけではない。
「利益を生み出す」と「社会を良くする」は両立できる──。
そう喝破するのが「パーパス」の入門書であり、実践の書でもある『パーパス 「意義化」する経済とその先』だ。
昨年8月の刊行から半年が経ち、パーパスにまつわるめまぐるしい変化がみられる中で、共著者の岩嵜博論氏と佐々木康裕氏は何を語るのか。両氏の対談を前後半2回にわたってお送りする。
INDEX
  • 「パーパス」はビジネス用語ではない
  • 経営のど真ん中にパーパスを
  • ビジネスとテクノロジーに人文知を
  • パーパスと利益は両立する
  • 「地球がなくなっちゃうじゃん」

「パーパス」はビジネス用語ではない

──2021年は、「パーパス」がブームになった年でした。
岩嵜 バズワードとしてパーパスが紹介されることに、ぼくは少し違和感があるんです。
海外のカンファレンスなんかに出て感じるのは、パーパスという言葉は一過性の言葉のようには使われていなくて。むしろ自然に定着した言葉としてビジネスや日常の生活で使われている。
日本では、海外から輸入してきた言葉をバズワード化して、一時のブームとして消費したり、ビジネス用語としてビジネスパーソンだけに使われていくケースが多い。パーパスはそうではなく、社会の中でよく生きるためのキーワードとして受け止めてほしいなと思いますね。
佐々木 出版から半年ほど経ちますが、時間差でじわじわと本格的な動きが見えてきたようにも思います。サイバーエージェントやバンダイナムコといった、大手のIT企業やゲーム会社が大々的にパーパスに関するプレスリリースを出していて、ニッチな業界での盛り上がりではなくなってきている印象です。
最近は、パーパスづくりを手伝ってくださいという要望も増えてきましたね。
──パーパスを求める若い世代の影響力も大きいと言われています。日本でもそのような影響を感じますか?
岩嵜 現状、日本では消費者からのプレッシャーはあまり感じませんね。
ただ経営者目線で考えると、採用の環境が大きく変わっていっている印象はあります。やっぱり自分たちが目指す世界に共感してくれる、志あるいい仲間と働きたいという思いから、若い世代が共感してくれるようなパーパスづくりがスタートしていますね。
佐々木 採用とかリテンション(人材の維持)は大きいですよね。
もともと、パーパスが求められるドライバーは3つあると思っています。一つは、若い世代の台頭。二つめが気候変動、三つめが投資家の動きです。
SNSだけを見ていると日本でも若い世代からの動きがあるように見えなくもないですが、実際のところSNSは局所空間なので、あまり大きな変化にはなってないと思います。
どちらかといえば、投資家の動きや気候変動が大きなドライバーになっていそうです。海外の機関投資家の出資比率が大きいような、たとえば総合商社などは脱炭素の取り組みを進めていますよね。
今まで炭素ビジネスで儲かってきた会社が、次々に脱炭素を掲げているのを見ると、かなり大きな力が働いているなと感じます。
ただ、日本もまだまだこれからだなと思うこともあります。グローバル展開している日本企業の投資家向けウェブサイトでは、日本語のページと英語のページを作り分けているところもあります。
やはり海外と日本を比べると、ESG投資に対する意識が海外の方が圧倒的に高くて、日本と同じメッセージングをしていると全然お金が集まらないんですよね。

経営のど真ん中にパーパスを

──パーパスを「PRのために掲げているだけだ」という批判もあると思います。
佐々木 広報部とか総務部といった部署がパーパスを担当して、他の部署は関係なく活動しているということが今はまだ多いと思うんです。パーパスを一部ないし端っこで議論するのではなくて、経営のど真ん中で議論して定めるということがすごく大事です。
岩嵜 今までのCSR(企業の社会的責任)の考え方だと、本業で得た利益を一部慈善活動に回すみたいな形で、社会活動が企業活動の「周辺」に位置付けられていたんですけど、パーパスは企業の中心に置くものだと思っています。
その意味で言えば、パーパスを規定するときは、次世代の経営を担う可能性がある人を交えて作ることをぼくはおすすめしています。長期的な視点でコミットしていく自覚を持っている人、当事者意識を持てる次世代の人と作った方がいい。
海外で成功している企業の多くのように、シンプルなパーパスを設定してそこに企業の戦略を直結させられるといいですね。
佐々木 あとは事業活動がパーパスと直結しているというのを会社の内外に示していくことですね。言葉を掲げるだけじゃなくて、アクティビティが直結しているのが何よりも大事だと思います。
パーパスを元にした活動があって、それが染み出していって「実はこの取り組みの背景にはパーパスがあった」という形で市場や消費者に届くと理想的です。
ぼくは、ナイキの「BREAKING BARRIERS」っていうパーパスが好きなんです。あれはシンプルかついろんなことを包含できると思っています。
ナイキはスポーツの会社なので、アスリートが記録を破る、困難を乗り越えることをサポートするという意味もあるのですが、現代の文脈においては人種や格差による「分断を乗り越える」というメッセージ性も帯びている。
最近だと、ナイキがRTFKTというデジタルスニーカーの会社を買収しましたが、これも「リアルとバーチャルの垣根をなくす」と捉えることができると思うんですよね。
パーパスって、もちろん社会課題を解決するというのもあるけど、新しい事業を創造していくことにもつながっていて、パーパスを設定することの良さを実感しましたね。
──社会課題を解決しようとすると、パーパスがいくつかに収斂していくようにも思えます。ブランディングという観点でも、どのように差別化を図るのでしょうか。
岩嵜 パーパスを規定する方法として書籍の中では、自社の探索と社会の探索をして両者を統合することを提案しました。
(書籍より編集部作成)
社会の探索というと、みんな同じような社会を見ているので同じようなものになりそうなんですけど、それは自社の探索との統合ができていないんだと思います。
自社と社会、両方を探索して統合していけばオリジナルなものが作れるのに、多くの場合は社会問題の分析だけで終わっていて、自社の特徴と統合できていない。
佐々木 みんな「サステナビリティ」って言ってるみたいな感じですよね(笑)。
もっと、なぜ自分たちの企業が誕生して、なぜ今存在しているのかというところを深掘りして、社会問題と統合できると間違いなく差別化できると思います。
岩嵜 その点でスノーピークは、直接パーパスという言葉を使っているわけではありませんが、面白い取り組みをやっているなと思っています。
アウトドアブランドですけど、問題意識は「人間性が失われている」というところなんですよね。その問題意識に対して、自分たちが持っているアセットで何をするかを考えていて、「人生に、野遊びを」というパーパス的な方向性を立てているんですよ。
(写真:スノーピークHPより)
彼らは意図的にアウトドアという言葉を使わず、“野遊び”という言葉を選んでいる。そこの背景には彼らの思想を感じますし、議論して作ったものであることが伝わってきますよね。

ビジネスとテクノロジーに人文知を

佐々木 最近だとDAO(分散型自律組織)の動きも面白いなと思って見てますね。
これまではまず会社という箱があって、その箱の方向性を定めるためにビジョンを定めて活動していたと思うんです。DAOはその順番が逆になっていて、まず活動があって、そこから自律的にコミュニティが生まれていく。
こういう自律分散型のコミュニティって束ねるのが難しいのですが、コミュニティの目的とかパーパスがあって、それをみんながシェアしていると自然と同じ方向を向いて活動することができるんだなと思いましたね。
だから、パーパスを元にした組織やコミュニティづくりが現代のデフォルトになるかもしれません。
個人が強くなっていく時代の中でコミュニティを束ねていくために、企業も、DAOのコミュニティも、それから学校や行政などでも、あらゆる組織でパーパスが必要になってくると思います。
岩嵜 テクノロジーの受け取り方も変わってきてますよね。いまWeb3が盛り上がってますけど、Web2のGAFA的な世界観がこれだけ批判されて、「テックラッシュ(テクノロジーとバックラッシュを掛け合わせた造語)」と言われているなかで、テクノロジーを手放しでほめることが難しくなっている。
これからは、テクノロジーをどんどん発展させていって便利なものを作っていくだけではダメで、テクノロジーを用いた先でどのような社会を実現したいのかを真剣に考えなくてはいけない。
テクノロジーとヒューマニズムの融合を考えないといけなくて、そうなると、哲学や人文科学の知識が必要になってくるんです。
今までビジネスやテクノロジーの世界は、ものごとを「役に立つか」という観点でしか見ていなかったけど、長期的な視座に立って人間にとっての意味や意義のことを考えられるのは人文知とか哲学だと思うんですよね。
佐々木 これは岩嵜さんとよくお話ししたことですけど、この本を書くことの一つの動機に「もっとビジネスに人文知を」というのがありました。
これからどういう社会を作っていきたいのか、会社という箱がビジネスを行う上での唯一解ではないとなったときの組織はどうなるのか、働き方はどう変わるのかとか、いろんなことを議論する必要があると思いますね。

パーパスと利益は両立する

──今までのビジネスは儲けること、スケールすることが優先事項だったと思います。パーパスを元にした経営はそれとは異なるものなのでしょうか。
佐々木 これはいろんな議論があって、それこそ脱成長だとか、週15時間労働でいいんじゃないかとか言われてますよね。
でも誤解されたくないのが、この本の強いメッセージは「パーパスの追求と利益の追求は両立する」ということなんです。どうしてもトレードオフになると思われてしまうのですが、むしろ逆で、パーパスを追求した方が長期的には必ず利益になる。
ナイキでいえば、2018年に人種差別反対の意を込めて国歌斉唱の際に膝をついて物議を醸したNFL選手のコリン・キャパニックを起用した広告(人種差別への反発のメッセージ)を出したあと、一時的に株価が下がったりもしたのですが、その後多くの評価を得てコアのファンが増え、売り上げの増加にもつながるという結果になりました。
アメフト選手コリン・キャパニックを起用した、ナイキの広告(Robert Alexander/Getty Images)
エーザイの例もあります。2010年にWHOに無償で治療薬を配布する取り組みがありましたけど、それも結果的にその後、途上国各国に進出する際のマーケティングコストが大きく抑えられたりといった点につながっているんですよね。
長期的な視野で利益を考えれば、「社会を良くする」ことと「利益の追求」は両立する。
岩嵜 テスラも自社を自動車会社だとは思ってなくて、サステナブルエネルギーを推進する会社だと言っていますよね。どう自動車を売るかではなくて、エネルギーをどう使うかということを考えている。これは50年後100年後の世界を見据えることでしか出てこない発想ですよね。

「地球がなくなっちゃうじゃん」

──短期的な利益に走らないというのは、視座の高さが求められますね。
佐々木 そうだと思いますね。
Allbirdsというスニーカーの会社は、全サプライチェーンにおける二酸化炭素排出量を計測しながら商品を作るという、とんでもなく手間のかかることをやっていて、ファウンダーに「なんでそんな大変なことをしてまで厳しい基準のサプライチェーンを作るのか?」と聞いたことがあるんです。
そしたら「だって、地球なくなっちゃうじゃん!」って言われたんですよね。地球がなくなったら誰もスニーカーを買ってくれなくなるという観点で経営をしていて、視座が高いと思いました。
最近はステークホルダー資本主義と言われていますが、考え方次第では未来の地球で生きる子どもたちもステークホルダーになり得て、そういうところまで考えて経営できると共感してくれる人も増えてくると思いますね。
岩嵜 長期的な視点での経営が、これからのグローバルエクセレントカンパニーの条件になってきそうですよね。長期的な視点で、それこそ人文知を交えながら議論できているか。それを経営者が語ることができて、意思決定の際に参照できているかどうか。
評価システムもどんどん変わってきそうです。
──日本の企業も後れをとらずに変わっていけるでしょうか。
岩嵜 日本でも、やっぱりトヨタってすごい変わろうとしてるじゃないですか。時価総額日本一の企業ですけど、先日のEV会見も大々的にやっていたし、2020年にはWoven city(ウーブンシティ)構想を始めていたりとか。自動車会社ではなく、モビリティカンパニーになりますと言ったりもしていますよね。
日本の経営者はトヨタのそういう変容する姿を見ていると思いますし、どの企業も変化しないといけない時代になっていることを実感していると思いますよ。