医療イノベーション

国際基準のさらに先を行く欧州

医学生にiPhone無料支給、欧州医療の先進性

2014/10/23
日本国内で最高峰のエリート職業の一つと言えば、医者だ。医学部へ入るため親子二人三脚で受験勉強を頑張った美談はよく、塾の宣伝の定番として使われている。もちろん、医師免許はその知名度に加えて、給料や結婚という面において、「ゴールドライセンス」として多くの人の羨望の眼差しを集めきた。だが、威光が遠くない将来、陰る可能性があったとしたら??

世界スタンダードでの医学部教育がアメリカを中心に進む中、究極のガラパゴス化が進んでいた日本でも、改革の兆しが見え始めた事を前回(世界基準に追いつけ!医学部教育に必要な「大手術」)紹介した。そこで気になるのは、他国はどうしているかだ。

そもそも、医師の国際間での移動は世界ではそれほど珍しいものではない。そんな中、今回アメリカが世界基準を言い出した背景には、中東やアジアを中心とした世界的な医学部増加があげられる。どの国にも独自の医師国家試験はあるが、その基準はバラバラで世界共通の医師の質の保証は難しい。特に移民国家・アメリカは移民流入に伴う、医師の質のばらつきを危惧している。

「欧米では、筆記試験や客観的臨床能力試験という試験では、医師としての適格性は測れないと考えている。一方、今の日本では、医師になる者としての能力は医師国家試験という筆記試験のみで測っている。しかも欧米と異なり資格取得試験に実技は課していないし、医学部教育を改善していく手法としての教育の質保証の制度もない」と、東京慈恵会医科大学の教育センター長であり、日本医学教育学会副理事長をも勤める福島統教授は説明する。

そこでアメリカでは、医師の国際間での移動が増す中、統一した国際基準を満たした医学教育を受けた人のみ、2023年からは米医師免許の受験資格認める事にしたのだ。

アジア各国も呼応、医師の国際間移動が当たり前になる未来

では、日本以外のアジア各国はどう対応しているのか。もともと、アジアは英国の植民地だった場所も多く、すでにヨーロッパ系の医学教育を実施している所が多い。

「たとえば、インドやシンガポールは英国、ベトナムはフランスの影響が強いので、ヨーロッパの国々が行っている質保証の動きに追随していくだろう」と、福島教授は予想する。

戦前は日本が占領していた韓国や台湾では、日本より一早く国内に医学部教育の認証機関を設立、WFME(世界医学教育連盟)の認証を受けるのも遠くない。中国は1990年代からアメリカ主導で制度作りに協力していることもあり、世界基準を満たすのは容易だ。

アジア各国が世界基準を満たしつつあることで、医師の国際間流動がにわかに現実味を帯びつつある。

一方、欧州各国はこの2023年問題に対して焦りはそれほどない。なぜなら、もとからWFMEは欧州が発言権の強い組織。アジアだけでなく、旧ソビエトのウクライナ、アゼルバイジャンやグルジアなどはオランダに学ぶなど、世界の医学部教育を欧州が牽引してきた。彼らからすれば、自分たちが早くからきちんと医学教育の改革に取り組んできているという自負がある。わざわざ2023年に向けて改革をしてお墨付きを得なくとも、WFMEをはじめ、どこでも認められて当たり前という認識がある。

英国医学部教授が語る、欧州の次なる医療イノベーション

むしろ、世界の医学部教育をリードしてきた欧州では、すでに次のイノベーションの段階にきているという。欧州医学教育学会の会長である英リーズ大学のトルーディ・ロバーツ教授によれば、「今、医学部教育の中で最もホットな話題は医学部教育にITをどう取り入れるか」だと言う。

すでに、トルーディ教授が勤めるリーズ大学医学部では、数年前から各学年500人以上の医学部生全員にiPhoneを支給している。今日では、心電図はiPhoneで記録する事ができ、患者の情報などを素早く共有するのにも役立っているという。

「今後、テクノロジーが医師を助け、よりよいパフォーマンスにつなげる事は間違いない。100年前から医師は聴診器で患者を検診してきた。今ではエコーでの検診がどんどん広がっている。近い将来、患者をスキャンして、体の中を直接検診するのが当たり前になるだろう」と、トルーディ教授は予想する。

また、最も注目を集めているのは、欧州医学教育委員会(AMEE)が主導で進めている、医学部にもEラーニングを取り入れる計画だ。会長のトルーディ教授によれば、“Flipped classroom”と呼ばれるプログラムが検討されている。つまり、ただ聴講するための講義はオンライン上で各自に家で受けてもらい、クラスではオンライン授業で出された課題の討論の場にするという。「テクノロジーが発達しても、一番大事なのは、患者と向き合い、コミュニケーションをとる事に変わりない」(トルーディ教授)。

世界基準の医学部教育では、臨床実習の時間を十分に確保する事で、患者とのコミュニケーションを大切にする医師を育成しながら、ふんだんにテクノロジーを活用して医療の安全と便利を図る方向に向かっている。このままでは、いまだに19世紀からの講義中心の医学部教育を行っている日本が、医学部教育の分野で世界のリーダーシップを発揮するのは難しい。

「閉鎖的であった日本の医学教育はまだまだ過去の借金(医学教育の改革の遅れ)を払わなければならない」と、福島教授は指摘する。世界から評価される日本の高い医療水準を21世紀も維持し続けるためにも、医学部教育からの抜本的な改革は待ったなし。

※本連載は毎週木曜日に掲載する予定です