2022/2/25

【トップに聞く】なぜ保険は、“考えたくない”ものなのか

 年間数万円も支払うのに、複雑でよくわからないし、安全運転をしていれば何の得もない。多くの人にとって自動車保険とは、「嫌だけど仕方なく加入する」存在ではないだろうか。

 そんな“疎んじられる存在”とも言える自動車保険を、根本から変えたいと生まれたのが、イーデザイン損害保険の「&e(アンディー) 」だ。事故が起きない社会を目指すという、これまでの損害保険の常識を覆すコンセプトを掲げる。

 抜本的なコンセプトチェンジを、どう実現したのか。「お客さま視点を徹底すれば、結果は必ず付いてくる」と言い切る同社の桑原茂雄取締役社長に、「&e」開発の奥にある想いを聞いた。

なぜ保険には、ワクワクしないのか?

── 自動車保険には正直、「万が一のために嫌々加入するもの」というイメージを持っていました。
 正直、私もそう思いますよ。自動車保険を選ぶときって、ワクワクしないですものね。
 自動車保険とは本当に不思議な商材で、事故で被った損失を「ゼロに戻す」ことが提供価値。もちろん人生には万が一はありますから、その損害を補償するという社会的意義は大いにあります。
 ですが、年に何万円も支払っている割には、安全に運転している限り何の得もない。お客さまが「嫌々加入する」という気持ちになるのも、仕方ないと思います。
── 自動車保険に“ワクワクできない”根本には、どんな理由があるのでしょうか?
 自動車保険のビジネスモデルが、「事故ありき」であることは、大きいと思います。事故が起きてはじめて、効力を発揮するということです。
 事故ありきのビジネスモデルによって生まれてしまうのが、「自動車保険ってどれも一緒じゃん」という状況。
「事故が起きたら補償します」というビジネスの核は各社同じで、サービスの差別化ができないんですね。
 そこで各社とも、「わが社の保険ならこんな補償やサービスがついてきますよ」と工夫を凝らして違いをアピールするのですが、ビジネスの核に踏み込んだ改革はしてこなかった。
 細々とした差別化に終始して、お客さまにとってはむしろ、さらに複雑でわかりにくいサービスになってしまうのです。
 結果的に、お客さまが自動車保険を選ぶときの基準は、「価格」か「知名度」くらいしか残らない。自動車保険関連のテレビCMもよく見ると思いますが、裏を返せばあれくらいして認知を取るしか、自社サービスをアピールする術がないとも言えますよね。
 確かにこれでは、保険選びにワクワクはしないですよね。

“事故を起こさない”自動車保険?

 そんな自動車保険のあり方を根本から変えたいと開発したのが、「&e(アンディー)」です。昨年11月に販売を始めました。
 最大の特徴は、そのコンセプトそのもの。というのも「&e」は、「事故のない世界」を目指す自動車保険なのです。
 事故があってから活躍するのではなく、お客さまの日々の運転に寄り添うことで、安全運転を支援する。
 どのように実現しているのか、少しご説明させてください。
「&e」に加入いただくと、お客さまの家にチロルチョコくらいの小さいIoTセンサーが届きます。
 そのセンサーをお客さまの車に設置すると、急ブレーキや急ハンドル、急加速などの運転傾向を検知。それらのデータを基に、運転スコアを表示します。
 自身の運転傾向や客観的なスコアを知ることで、安全運転をより意識いただけるようになるのです。さらに、イーデザイン損保の事故データ分析に基づいた、安全運転のテーマ(アドバイス)も配信しています。
 さらに、今後はApple Watchなど他社製品とも連携、サービスを共創していく予定です。
 現在、運転中やその前後の心拍数、睡眠時間などのヘルスケアデータと安全運転との相関関係を調査中で、これから必要な機能を実装していきます。
── 自身の運転傾向を知ることで、より安全な運転を心がけられると。ただ、ユーザー自身の安全運転に対する意識が高くないと、続けるのは難しいのでは?
 ダメだとわかっていてもつい運転が荒くなってしまう……ということは誰しもあります。安全運転を続けていただくには、分かりやすいメリットやインセンティブも必要だと考えています。
 そこで私たちは、安全運転を続けるとハート(ポイント)がたまり、コンビニのコーヒーやスイーツなどの商品と交換できる仕組みも作りました。
 こういった楽しみがあれば、自然と安全運転への意識を高め、継続できるのではないかと。

売上には、こだわらない

── 保険会社なのに「事故のない世界を目指す」というのは、勇気がいるコンセプトチェンジですね。
 そうですね。事故が起きてはじめて効力を発揮するというのが、自動車保険の長年のビジネスモデルでしたから。
 ですが、本当にそんなビジネスモデルのままでいいのかと。長年、モヤモヤした気持ちを抱えていたんです。
 私は、1989年に損害保険の業界に入りました。若いころはよく新橋の居酒屋で、社内の仲間たちと喧々諤々の議論をしたものです。
 保険会社はどうあるべきなのか、事故のときだけ出てくる存在で本当にいいのか、もっとできることがあるんじゃないかと。
 保険会社で働く人ならだれでも、保険を通して社会に貢献したい、お客さまの役に立ちたいという思いを持っていますし、実際に世の中の役に立っている。
 しかし、縦割りの役割分担が徹底された大企業で、目の前の仕事に忙殺されているうちに、ブレイクスルーが生まれにくくなってくる。
 そこで原点に立ち返って、本来あるべき自動車保険のあり方を考えました。
 たどり着いたのは、「どんなに手厚い事故対応を提供しても、お客さまにとってはそもそも事故なんて起きない方が幸せだ」ということ。当たり前といえば、当たり前なんですけれどね。
 保険を通して事故を起こさないドライバーへとお客さまを導き、安全なクルマ社会を実現する。そんな思いを形にしたのが「&e」であり、やっとあるべき保険商品を生み出せたと感じています。
 もちろん、サービスとしてはまだスタートラインに立ったところなので、ここからさらに進化させていくつもりです。
── なるほど。しかし、ここまで抜本的にコンセプトを変えるとなると、社員から反発の声は上がらなかったのでしょうか?
 もちろん、大きなコンセプト変更を不安に感じている社員はいました。そこで「&e」開発にあたっては、全社員を少人数ずつ集めて、私からの説明と対話の場を設けました。
 そのときに強調したのは、「売上にはこだわらない、体験にこだわる」という一文です。
 お客さまの体験をより良くすることを第一に考えていれば、必ず結果はついてくる。だから心配はいらない、と社員には言い続けています。
 そう聞いて、「気が楽になった」という人もいれば、「本当に収益はついてくるの?」ともっと不安になったという人もいました(笑)。
 人はそれぞれ価値観も違えば感じ方も違うので、「&e」に対しても様々な反応があって当然ですよね。
 私たちは、企業のパーパスとして「事故のない世界の実現」を設定しています。このパーパスが北極星のように存在しているからこそ、様々な意見を持つ社員が同じゴールを共通して目指せるのだと思います。

“うわべだけ”の社会貢献は、見破られる

「&e」を通してお客さま個人の運転を改善していくだけではなく、「街づくり」にも貢献できると考えているんです。
「&e」を使えば、車載のIoTセンサーに集まる膨大な走行データから、「この交差点で急ブレーキを踏む人が多い」といった示唆を得られます。その情報を使って、事故が起きやすい危険な場所を特定したり、交通量が増える時間帯などを可視化したりできます。
 そこから、信号やミラーをつけるべき場所を特定して自治体に提案する、といった活動ができると考えており、今はまさに自治体との連携も進めているところです。
── ただ、現状でも交通事故は減少しており、自動運転が普及すれば人的ミスに起因する事故はさらに減ると考えられます。自動車保険のニーズそのものがなくなる心配はないのでしょうか?
 確かに、2040年にはレベル5の完全自動運転が実現するとの見立てもあり、そもそも自動車保険が必要なくなるのでは、という意見もあります。
 ですが、現状として痛ましい交通事故が毎日のように起きている。それなのに、「自動車が進化しているから、自動車保険なんていらない」という話にはなりません。
 そもそも保険会社に勤める社員なら、日々報道される事故のニュースを見て「自分の仕事を通して、一件でも事故を減らせないだろうか」と考えるはずなんです。
 売ることや利益をあげることだけを優先する企業は、いずれ消費者にそっぽを向かれます。うわべだけのSDGsや社会貢献をうたう企業も同様で、消費者はすぐに見破るでしょう。
 しっかりとお客さまの方を向いて、真正面から世の中をより良くできるビジネスに取り組む。そうすれば、結果は自然についてくると考えています。