2022/2/17

今こそ、「2つの問い」で“パーパス”を再定義せよ

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
地球環境の変化や経済格差の広がりをはじめとする社会課題が深刻化するなか、これまでの資本主義の根幹が大きく揺らいでいる。
企業活動においても、多様なステークホルダーに利益をもたらそうとする「ステークホルダー資本主義」、企業の存在意義を意味する「パーパス」が新たな潮流として広がっている。
企業経営の在り方そのものが見直しを迫られるいま、企業はどこに経営の軸足を置けばいいのか。経営課題が多様化・複雑化するなか、コンサルティングファームはどのような役割を担い、どう変化することが求められているのか。
世界的な経営コンサルティングファームであるボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)のCEOを2013年から約9年にわたり務め、昨年会長に就任したリッチ・レッサー氏、日本共同代表の秋池 玲子氏に話を聞いた。
INDEX
  • ステークホルダー資本主義の台頭
  • 人とテクノロジーをどう融合するか
  • 自ら変化することで、企業の変化を支える
  • クライアントとともに社会を変える

ステークホルダー資本主義の台頭

──レッサーさんは1988年にBCGに入社し、2021年からは会長を務められています。30年以上コンサルティングの世界に身を置かれていますが、昨今の企業経営を取り巻く変化をどのように捉えていますか。
レッサー 企業経営はいま、非常に大きな変化の波の中にあります。事業環境が複雑化し、変化のスピードが著しく加速しているのに加え、企業が視野に入れるべきステークホルダーの範囲が拡大しています。
 特筆すべきは、企業が責任を負うべき範囲がここ数年で大きく変わってきているということです。
(写真提供:BCG)
 これまでは米国中心に、株主の“利益の最大化”を最優先に考える「株主資本主義」が主流でした。
 一方で現在、企業は株主に対する責任を果たすべきなのは当然のこと、社会、コミュニティ、地球環境に対する責任も問われるようになっています。
 そこでここ数年、企業は利益追求だけではなく、企業活動に影響する多様な関係者(ステークホルダー)に価値をもたらす経営を目指すべきとする「ステークホルダー資本主義」の考え方が一気に拡大しているのです。
 このような事業環境においては、明確な戦略を構築することと同様に、ゆるぎないパーパスを掲げる必要があります。幅広いステークホルダーに対して、長期的な価値を創造するためにも、パーパス起点の企業経営が求められています。 
──ステークホルダー資本主義への転換により、パーパスを掲げる必要性が高まっている。
レッサー ステークホルダー資本主義への転換は、パーパスの重要性が増している背景の一つですが、それだけではありません。
 激しい環境変化に適応するため、たゆみなく変革を続けなければならない現代の企業には、整合的で明確な指針が必要です。
 パーパスはだれもが理解しやすく、共感できる言葉で、いわば北極星のように進むべき方向を照らします。そして経営者や従業員のベクトルを揃え、経営の舵取りを助ける役割を果たします。
 また、若い世代の間では特に、企業や自らの仕事に社会的な意義を求める傾向が高まっています。パーパスは従業員にとっての「この企業で働く意義」を明らかにし、仕事に向かう内的動機、意欲をもたらすものでもあります。
 実際、私たちの調査ではパーパスが組織内に浸透している企業はそうでない企業とくらべ、長期的に見て中央値を上回る「TSR(株主総利回り)」(※)をあげられる可能性が高いこともわかっています。※株式投資により得られた収益(配当とキャピタルゲイン)を投資額(株価)で割った比率
──BCGではパーパスをどのように捉えていますか。
秋池 ビジョンは、企業として何をめざすか(WHERE)、ミッションは、そのために何に取り組むべきか(WHAT)、戦略や企業文化は、どう取り組むか(HOW)を明らかにしたものです。
 それらを考えるうえで前提となる「自社がなぜ社会に存在するのか」という問いへの答えが、私たちの考える「WHY(パーパス)」です。
 「我々は何者か?」「世界は何を求めているのか?」。この2つの問いが交差する部分こそ、その企業が社会のニーズに対して独自の強みを発揮できる領域、すなわち存在意義(WHY)でありパーパスだと考えています。
 実は日本では多くの企業が「組織理念」や「設立の趣旨」を大切にしてきたという歴史があります。その多くは自社が何のために存在し、お客様、社員、そして社会のために何をするかを見つめたものとなっています。これはパーパスだと言えるでしょう。
 いま改めてその組織理念を見直そうという動きが盛んになっているのは、世界的にパーパスが議論されるようになったからだけではありません。
 不確実で変化の幅が大きい時代だからこそ、北極星のように動かずにあるもの、多様性が求められるからこそ、みんなで共有できるメッセージが必要になっているのだと考えています。

人とテクノロジーをどう融合するか

──パーパス起点の企業経営のほか、経営者はどのような戦略上の優先課題を抱えていますか?
レッサー パーパス志向やサステナビリティに加え、変化への適応、テクノロジー、組織やオペレーションのレジリエンス(回復力、強靭性)というポイントが重要になっています。
 私たちの支援する具体的なテーマの一つはテクノロジー関連です。昨今、デジタルやAIなどの技術は、生産性、消費者、顧客とのつながりを含む、事業活動のすべての面に関わる要素です。
 いまや考えるべきはテクノロジーを「どう活用するか」ではなく、「人とテクノロジーをどう融合するか」です。
 つまり人間とAIなどのテクノロジーがそれぞれに強みのある分野で能力を発揮し、つなぎ目なく協働するような状態をつくるにはどうすればよいか、ということになってきています。
 パーパスと戦略を中核として、人とテクノロジーが連携できる基盤を構築し、新たなやり方で事業を進められる組織、BCGではそのような企業を「バイオニックカンパニー」と表現しています。
 次に、脱炭素、サステナビリティへのコミットメントの実現が挙げられます。
 企業は脱炭素に対して重大な責任を負い、オペレーションや製品・サービスを根本から見直すことを促されています。世界中、どこでどの企業のCEOと話していても、必ず脱炭素のテーマは話題に上がります。
 検討するべきは、排出量を削減し、脱炭素社会への移行に合わせて事業ポートフォリオや資産を再構築する、という守りの側面だけではありません。脱炭素に向かう流れのなかで、既存事業、新規事業の双方でどう新たな価値を生み出すか、という攻めの側面も重要です。
 不透明な状況のなかで、規模の大きい複雑な変革を数十年という時間軸で進めなければならない難しい取り組みですが、BCGはこの領域でも多くの企業を支援しています。
 最後が、働き方の未来です。新たなテクノロジーの普及や、持続可能性という要請に加え、コロナ禍での学びを通じて、CEOは新たな働き方のモデルや職場環境を整え、従業員がエンゲージメントを高め、生き生きと働ける職場をつくることに心を砕いています。

自ら変化することで、企業の変化を支える

──企業ニーズの変化に伴い、コンサルティングファーム、コンサルタントの役割はどのように変化していますか。
レッサー 一人のコンサルタントとして、この仕事がいま、ますます挑戦しがいのあるものになってきていると感じています。
 クライアントの課題は、複雑性を増すとともに全社にわたる課題となっています。それに伴って、難易度が著しく高まっている。だからこそ、クライアントの支援を通じて社会により大きな価値を生みだせる時代です。
 弊社を例にすると、BCGは1963年の創設以来、「戦略コンサルティング」という領域を切り拓いてきました。
 さまざまなテーマについて、それぞれの企業や市場に対する深い理解から、インサイト(洞察)を導出し、それを起点に置かれた状況に合わせた独自の戦略や革新的な解決策を練り上げる支援を続けています。その根本は不変です。
 しかし近年、事業環境の複雑性の高まりから、プロジェクトのテーマはサステナビリティの側面を含んだ長期的な戦略をつくりあげる、というようなより幅広く時間軸の長いものへと変化しています。また、対峙する課題の質も大きく変わっています。
 BCGでは数十年前に、戦略策定支援にとどまらず、変革を実現し成果をあげるための「実行支援」の重要性が認識されるようになりました。その傾向は近年、さらに顕著になっています。
 加えて、10年ほど前からは、変革に伴走する過程でクライアントが組織内に知見や組織能力を構築するお手伝いにも注力しています。
 プロジェクト終了後もクライアント自身がその手で変革を継続し、事業環境の変化に応じて戦略を進化させていけるような支援を目指しています。それを私たちは「イネーブルメント」と呼んでいます。
秋池 日本においても状況は同様です。全社にわたる課題に取り組むことも増え、地域的な広がりも拡大していることに合わせて、さらに広く深い領域にわたる支援を行う機会が数多くあります。
 テーマは時により変化しますが、それらを通じて長期の戦略を構築しているという意味では共通しています。
 BCGでは、リッチがCEOを務めていた期間にデジタルやデータ分析をはじめとするさまざまな専門機能を社内に取り込み、事業環境の大きく素早い動きを的確に捉える体制を構築してきました。
 そういった体制を基盤に、BCGジャパンでは経営者が意思決定や実行の舵取りを自信を持って行えるような支援をさせていただいています。
──具体的にはどのように支援をしているのですか。
 支援するときには、まずは実態の把握と戦略策定を含めた「方向性を決める」段階があります。次に「実行する」。さらには「変化に応じて実行の方法を進化させる」という流れに沿って行うことが一般的です。
1.方向性を決める
2.実行する
3.変化に応じて実行の方法を進化させる

 最初の「方向性を決める」段階では、経営の立場に立って悩みを理解し、自信を持って方向性を決めるためのお手伝いをします。
 そのひとつに、「シナリオプランニング」という手法があります。シナリオプランニングでは、自社に影響を与える長期的な潮流を特定し、たとえば、それらの潮流のいくつかがあるタイミングで大きく加速したと想定します。
 つまり、「もし、こんなことが起こったらどうなるか」という問いかけを徹底して掘り下げることで、感覚ではなくデータを駆使して定量的に分析し、起こりうる未来図を複数描きだすという手法です。
 このプロセスそのものが、経営者が起こりうる変化に柔軟かつ戦略的に対応する力を身につけるきっかけにもなります。
 それぞれのシナリオが実現したと仮定して考えることで、自社の戦略上の盲点を把握できるため、大きな変化の兆候を素早く捉え、より的確な打ち手を実行できるようになるからです。
 また、新しい戦略のリスクやリターン、インパクトを長期的な視点で再評価できるため、より適切な経営資源の配分が可能になります。
 第二の「実行する」については、リッチの話にもありましたが、戦略を描くところで終わらずに、成果をあげるまでの支援を徹底しています。
 ただ、長期的な戦略を策定しても、想定していたよりさらに道が険しかったり、事業環境ががらりと変わったりすることもあります。こうしたときに重要なのが、第三の「変化に応じて実行の方法を進化させる」ことです。
 いまの世の中では100%成功する選択肢というものは非常に少なくなっています。長期にわたり伴走し、クライアントとともに考え、企業にとってより意味のある形に取り組みを変えていくお手伝いが重要になっています。

クライアントとともに社会を変える

──社会やクライアントに価値提供するうえで、BCGならではの強みをどのように捉えていますか。
レッサー  BCGはビジネスに戦略という概念をはじめて取り入れたファームです。
 ベストプラクティスを探して、それを社内に取り込む支援を行うのではなく、現状の延長線上にはない、斬新なアプローチや、それぞれの顧客の固有の状況に合わせた戦略を通じた競争優位性の構築を目指し、60年近くにわたり成長し続けてきました。
 1988年に私が入社した当時は1億ドル程度だった売上が、現在は100億ドルに拡大しており、これはコンサルティング市場の伸びをはるかに上回ります。
(写真提供:BCG)
 創設期から引き継いできたこの伝統的な強みに加え、昨今ではより幅広い領域の知見や組織能力を蓄積しています。
 各業界/機能(戦略、財務、オペレーション、組織など)についての深い知見に加え、デジタル、AI、その他テクノロジーなどの専門人材からなるチームを擁し、コンサルタントと彼らが協働してクライアント支援にあたっています。
 さらに、グローバルな視点からの知見がご提供できることも特徴の一つです。最終的にはクライアントの立ち位置や置かれた環境に合わせてカスタマイズをしますが、そのためには業界、機能、国や地域の事情についての多面的な理解が不可欠になっています。
 加えて、前述しましたが、クライアント組織のあらゆる階層の人たちと協働し、イネーブルメントを通じて、アイデアを持続的なインパクトへと変えていく力もあげられます。プロジェクトが終了し、コンサルタントが離れても、社内の変革への気運を持続できるようお手伝いをしています。
秋池 専門的、グローバルな知見はデータベース上にも蓄積されていますが、実際のプロジェクトのなかでは社内の専門家たちが提供してくれる生きた知見を活用しています。
 BCGジャパンでは、世界各国の専門家との議論や連携を通して、クライアント固有の事情に合わせた知見を得て、その知見を最大限織り込んだ解決策を提供しています。グローバルの仲間とチームを組んだり、日本拠点のコンサルタントが海外のプロジェクトに参加したりするのも日常です。
 この国境を越えた助け合いというところにも関連しますが、コンサルタント、サポートチームを問わず、従業員同士が互いの専門性に敬意を払い、助け合う組織文化も大きな強みだと考えています。
 全員がクライアントの組織や社会をよくすることをわがごとと考え、変革を起こし成果につなげようとしています。社内のチームだけでなく、クライアントを含めたチームが一丸となって課題に取り組んでいます。
 BCGには長くお付き合いいただいているクライアントが多くいますが、それはより深くその組織を理解しようとし、クライアントと一つのチームとなって、常にその企業にとっての最善は何かを考える文化が根付いているためだと考えています。
 私個人としても、クライアントと誠実に向き合うこと、そしてクライアントの成功を通して社会をより良くしていくことを最も大切にしています。
レッサー BCGジャパンはグローバルから見ても非常に重要な地域であり、BCGを牽引する存在です。
 東京はボストンに次いで世界で2番目に開設された事務所であり、長い歴史の中で地域に根差した支援を行ってきました。デジタル、テクノロジー、アナリティクスを担当する大規模なチームを擁し、効果的に協働を行っています。
──BCGは、今後どのような姿を目指し、進化していきますか。
レッサー BCGはまさにパーパスを起点とした組織です。今後もパーパスを軸に進化していきます。
 実は5年ほど前に、私たち自身のパーパスを明確化するべきだという議論が起こりました。当時は、ブルース・ヘンダーソンにより創設されてから50年以上の歳月が経過していました。
 組織の規模や拠点の数も拡大し、多様な人材を擁するようになっていたことから、一度立ち止まり、何がBCGのパーパスなのかを見つめ直す機会を設けてみようと考えました。
 そこで、歴史をひもといて、創業当時の古い資料を精査したり、数千のBCG従業員と対話したりすることを通じて、何が私たちの存在意義であり、他社とは異なる独自性なのかを再確認しました。
 取り組みを通じて生み出されたのが「Unlock the potential of those who advance the world」というシンプルなコア・ステートメントと、それに息を吹き込む5つの原則です。
 世界を前進させる人や組織の潜在力を解き放つ、というような意味になりますが、“those who advance the world”とは、クライアントはもとより、社内の人材、そしてより広い社会を意味しています。
 私たちのクライアントはたえず進化しています。より速く、より強く、より高い提供価値を目指して階段を上っています。それでも時に社会の変化のスピードがそれを上回るために、どうしてもギャップが生じることがあります。
 BCGは、その隔たりを埋める「橋渡し役」を果たしながら、クライアントが自社の将来を見出し、新しい戦略、新しいやり方、考え方、新しい組織のあり方を形づくるためのお手伝いをすることを目指しています。未来をともにつくりあげるパートナーとして協働していく存在でありたいと考えています。
 そもそも私がBCGに入社した理由は、最も困難なビジネスの課題をこの手で解決したいと考えたためです。
 しかしいまでは課題解決そのものより、パーパスに基づいた長期的な変革を通じて、クライアントの進化を後押しすること。そしてクライアントとともに社会にインパクトを生み出すことが、この仕事の醍醐味だと感じるようになりました。
 コンサルタントとしてのキャリアに興味のある方、私たちのパーパスやメッセージに共感いただける方がいたら、ともに社会に変革を起こす挑戦ができると嬉しく思います。