2022/1/31

【究極の問題】一度失われたらもう戻らないものとは

NewsPicks Brand Design chief editor
今、歯に対する関心が高まっている。コロナによる衛生意識の高まりやマスク生活の影響もあり、歯の治療や歯列矯正に通いはじめる人が増えているのだ。
歯の健康は、全身健康やパフォーマンスにもつながるとされる。ビジネスパーソンは、「むし歯になったら治す」ではなく、正しい知識を身につけ、「かかる前に予防する」オーラルケアを習慣づける必要があると言えるだろう。まさに歯こそ、投資すべきパーツなのだ。そこで今回は、『世界の一流はなぜ歯に気をつかうのか』著者、森下真紀氏に話を聞いた。

「なぜコロナ禍で歯科医院に通う人が増えたのか」

コロナ禍の影響により、私たちの行動にも様々な変化が生じている。
たとえば、マスク生活やリモートワークが続くことで、ヒゲの手入れをサボる男性もいれば、メイクを簡単に済ませる女性もいる。昼に歯磨きしなくなった人や、間食が増えた人もいるかもしれない。
その結果、むし歯患者も増えているそうだ。
「コロナ禍の特殊な状況が、歯のトラブルを生むこともある」と話すのは、『世界の一流はなぜ歯に気をつかうのか』の著者で、口腔ケアの重要性を啓蒙する歯科医の森下真紀氏だ。
「マスクによって自分の口臭に気づいた方もいますし、コロナ渦の長期にわたる自粛生活によって生じる食生活の乱れやストレスにより、虫歯や歯周病が進行しやすくなっています。当歯科医院に来る人は、コロナ禍で確実に増えています」
歯科を受診する人が増えているのは、何も治療のためだけではない。「マスクをしている今だからこそ」と、これまで気になりつつも踏み切れなかった歯の矯正に取り組む人もいる。
従来のワイヤーによる矯正は大掛かりに見え、敬遠する人もいたが、最近ではより目立ちにくいマウスピース矯正も浸透しつつある。それにより、仕事にも関係する見た目の印象をアップするため、矯正に取り組む人はコロナ前より増えているそうだ。
「女性だけではなく、対外的な印象を気にされるような経営者の男性などで、矯正を始める方も増えています」(森下氏)

歯に対する意識が低い日本人

コロナ禍で歯に対する意識が上がっているとはいえ、そもそも、欧米と比較して、日本人は歯に対する意識が低いとされる。
森下氏は学生時代にイギリス留学を経験したことで、身をもってそれを感じたという。
「向こうの歯学部の学生は、みな歯がきれいでした。日本だと、歯科医であっても、『自分の歯に自信がない』という人もいるのですが、それとは好対照。ホストファミリーなど『普通の人たち』も同様です。
欧米と日本での意識の違いを目の当たりにして、衝撃を受けました。
私が歯学部生ということもあり、ホストファミリーに『なぜ日本人は歯が汚いの?』という質問までされました。悪気があっての質問ではなく、純粋に理解ができないからこそ、私に尋ねてきたんです」(森下氏)
欧米では、フロスやマウスウオッシュなどのプラスアイテムを併用して、効率的にケアをすることが一般的だが、日本ではまだまだ浸透していないのが現状だ。
出典:LION「日本・アメリカ・スウェーデン 3カ国のオーラルケア意識調査 Vol.1」
2013年にライオンが行った調査によると、デンタルフロスの使用割合は、欧米(アメリカ・スウェーデン)のほうが、日本の2.5~3倍も多いという。
またオーラルケア用品の年間購入金額を比較しても、日本では欧米の6割程度しか投資をしていない。
歯科医院を受診する目的についても、日本では「むし歯治療」が最多なのに対し、欧米(アメリカ・スウェーデン)では「歯の健康状態の診断」が最も多いと、対照的だ。
出典:LION「日本・アメリカ・スウェーデン 3カ国のオーラルケア意識調査 Vol.1」※オーラルケアアイテム(ハミガキ剤、ハブラシ、洗口剤、デンタルフロス、歯間ブラシ)を保有しており、かつ、直近1年間で自ら購入している者の年間平均購入金額 ※日本(n=865) 、アメリカ(n=987) 、スウェーデン(n=905) ※2013年時のレートで日本円換算
つまり、欧米では「治療」ではなく、セルフケアや定期的な歯科健診などの「予防」に力を入れているのだ。
日本では、むし歯などになってから歯科医院にかかる人が多いため、その結果年間当たりの通院回数は平均4.6回と、アメリカの平均2.6回、スウェーデンの2.0回よりも2回以上多くなっている。

失われたらもう二度と戻らないのが「歯」

欧米で「予防」の考え方が浸透している一因として、日本と欧米諸国との医療制度の違いが考えられる。
たとえばアメリカにおいて、歯科治療は多くの場合、自費になる。虫歯1本の治療にかかる費用が、簡単な詰め物であれば日本だと2000〜3000円ほどであるのに対し、アメリカであれば3〜5万円、仮に根っこの治療が必要ともなれば、10万円は下らない。
つまり、大金を払って治療するより、日々メンテナンスして予防することのほうが合理的なのだ。
出典:首相官邸HP「社会保障国民会議サービス保障(医療・介護・福祉)資料」2008年
※2008年時のレートで日本円換算
しかし、日本では治療費が安いからと言って油断してはいけない。
「風邪を引いても、時間が経てば体調は戻ります。しかし、むし歯の治療で歯を削る、あるいは歯周病によって歯が抜けてしまえば、元には戻りません。
詰め物や人工の歯を入れることはできますが、噛み合わせが微妙に変わりますし、1本のむし歯や歯周病によって、全体の歯並びに影響が出ることもあります」(森下氏)
むし歯などになってしまうと、その後何回も歯科医院に通わなくてはいけない。忙しいビジネスパーソンにとって歯のトラブルの「予防」には、余計な時間やコストの削減にもなるのだ。

歯はバックグラウンドを映す鏡

歯に対する欧米との意識差のもうひとつの要因が、歯で「値踏み」されることだ。これも森下氏の実体験によるもの。
「歯をメンテナンスすることが当たり前の環境だと、いい悪いは抜きにして、人の歯を見て、当然のようにその人のバックグラウンドや知的レベルを推し量ります。
日本の中だけで暮らしているぶんには問題ないかもしれませんが、歯や歯並びについては、もう少しグローバルな視点も取り入れるべきでしょう。海外の方と仕事をする際、不当な評価を受ける恐れがあります」(森下氏)
欧米では、子どもの歯に対する投資も当たり前に行われている。日本でも子どもの歯列矯正は一般的になってきたが、歯が富やステータスを写す鏡として捉えられている欧米では、中流階級以上で投資を惜しむことはまずないという。
欧米諸国では、歯はその人の「育ち」「教養」「自己管理能力」「富」の象徴である。
iStock.com/Image Source
日本だと、特に女性の場合、笑うときに手で口元を隠すなど、思いっきり歯を見せて笑うことはあまり多くない。森下氏も、歯への関心が低いのは、そのような文化的な要素もあるのでは、と分析している。
しかし、「歯がキレイになると、人は変わる」と森下氏。
「私の専門は歯列矯正ですが、歯並びが整っていくにつれ、自分に自信を持てなかった患者さんのメンタルが改善していくのを感じます。
マイナスをゼロにするだけでなく、虫歯治療や歯列矯正、ホワイトニングによって自信を取り戻し、より活動的・社交的になる。それにより、いい仕事ができるようになったりする好循環は、誰にでも起こりえます。
最近では愛子様が歯列矯正をされたことが話題になりました。皇族のような影響の大きい方が歯列矯正に取り組むことで、口腔ケアに関心を持つ人が今まで以上に増えてほしいですね」

歯を守ることは全身健康・QOLにつながる

実は、歯のケアを行うことは全身の健康を維持する上でも合理的である。
「日本では医科と歯科が分離していることもあってか、歯とそれ以外の健康について、一般の人も分けて捉えている節があります。
しかし、血管を通じて歯や歯ぐきは全身とつながっています。ですから、口の中の病気が身体全体に影響を与えうることは、当然のことと言えるのです」(森下氏)
最近では、歯周病と全身疾患の関係について、さまざまな調査が行われている。もっとも関連があるとされるのが糖尿病だが、高血圧、心筋梗塞や脳梗塞、肥満、果ては認知症まで、重度の歯周病が疾患を悪化させることが示されつつある。
病気になれば仕事のパフォーマンスに影響があることは、言うまでもない。歯の健康を守ることは、口腔疾患を防ぐというだけではなく、私たちにとって非常に重要なのだ。
ちなみに、歯周病は35歳以上の3人に2人がかかっているとも言われているが、症状が進行しなければ痛みもなく、自覚しにくい病気である。そのため、「沈黙の病気」などとも称され、永久歯を失う原因の第1位にもなっている。
「食事や会話などに困らないように、80歳で自分の歯を20本残そう」という「8020運動」は広く知られているが、もし仮に歯周病対策を怠れば、歯を20本残すことは難しくなってくる。
歯のケアをすることは、食べる、笑う、話すというQOL(生活の質)の維持・向上からも重要なのだ。
出典:8020推進財団「第2回永久歯の抜歯原因調査」2018年

ビジネスパーソンにオススメのオーラルケアとは

では、忙しいビジネスパーソンにオススメのオーラルケアとはどのようなものか。以下は森下氏に聞いたものだ。
ポイント①フロスや歯間ブラシを使う
「ハブラシだけのケアでは、歯間の汚れを落とすのは難しく、汚れは約6割しか取り除けないと言われています。そこで、残りの汚れを取り除くには、ハブラシに加えて、フロスや歯間ブラシが必須です」(森下氏)
ポイント②1日の中でしっかりケアする時間を作る
「1日3回磨くことも大切ですが、3回を適当に磨くより、重要なのは、夜などにフロスや歯間ブラシを使って、しっかり汚れを落とすこと」と森下氏。
回数や時間よりも「質」を意識して、夜など時間がある時に丁寧にケアをすることが大切だという。
iStock.com/Serdiukov
ポイント③朝起きたらうがいし、朝食を摂る
「高齢者であれば、口の中が汚れたまま食事をすることが誤嚥性肺炎の原因にもなるため、朝食前に歯を磨くことをおすすめします。
もちろん若い世代の方々も朝食前に歯を磨いてほしいところではありますが、時間がないときは、起きてからせめてうがいだけは行うといいでしょう。
そして、朝食は必ず摂ってください。噛むことによって唾液が分泌されます。唾液には強い殺菌作用、浄化作用がありますから、唾液を出すだけでもお口の中はきれいになります。特に女性の場合、男性と比べて唾液が少ない傾向にあるので、なおさらですね。
唾液の殺菌作用は強力です」(森下氏)
噛むのを促すという意味では、朝食をゼリーやヨーグルトで済ませるのではなく、リンゴなどの繊維質のものを取り入れるのがおすすめだという。朝は食欲がないとか、時間がないという人も、軽くでも良いので取ってみよう。
iStock.com/Edwin Tan
ポイント④自分に合ったハミガキ粉を使う
自分に合ったハブラシを選ぶことも重要だが、ハミガキ粉にも注意したい。
「むし歯リスクの高い、若い年代までは、フッ素の入ったむし歯予防用ハミガキ粉が良いでしょう。フッ素濃度が高いものがオススメです。それ以降は歯周病予防に注力したほうが良いので、歯周病予防用を選びましょう。
多少値段が張るものもありますが、ハミガキ粉の値段なんてたかが知れています」(森下氏)
投資すべきところに投資することが、結果的に健康にも経済的にも良い結果をもたらすという。
ポイント⑤定期的に歯科健診に行く
森下氏が理想とする定期歯科検診の頻度は、3ヶ月に1回。
iStock.com/SunnyVMD
「きちんとホームケアできている20代、30代の方であれば、最低半年に1回。その頻度であれば、むし歯や歯周病が重症化する前に発見することができます」
がんをはじめとする多くの病気は、日頃から健康に気をつけたり、積極的に運動をしたりしても、遺伝的な要因もあるため、リスクをゼロにすることはできない。
しかし、歯周病やむし歯といった口内の病気は、正しく予防し、定期的に検診を受けていれば、治療が必要な状態に陥る可能性は低い。
コストや時間も踏まえると、治療が必要なほど進行してから歯科医院にかかるより、普段からのセルフケアや定期的な歯科健診受診の方ほうが、賢い選択なのは間違いないだろう。
投資すべきところにきちんと投資して、リターンを得るのがビジネスの鉄則。歯についても、意識を刷新し、正しい投資を。