5年後、アニメは食えるのか?

第1回

アニメ産業の海外展開が進まない、とりあえずの仮説

2014/10/11
日本が世界にほこる文化のひとつ、アニメ。しかし、ビジネスとしてアニメ産業を見ると、その将来は決して明るいとは言い難い。この連載では、経済産業省でクール・ジャパン政策に携わり、退官後はオックスフォード大学の博士課程学生として、日本アニメ産業の海外展開を研究する三原龍太郎氏が、「アニメ産業のイノベーター」たちを追っていく。

避けては通れない、アニメ産業の海外展開

本連載は、アニメが5年後も「食える」産業になっているのか?という問題意識の下、「海外」に向けたビジネスの「仕組み」の分野で、この産業に変革をもたらそうとしている「イノベーター」たちに焦点を当てていくものである。彼らが現在のアニメ産業のどこに危機感を持ち、それらをどのように変えていこうとしているかを知ることで、アニメ産業の未来を考え、また行動を起こすための指針とすることを目指す。

アニメ産業の未来については、次のようなことが頻繁に指摘されている。すなわち、少子高齢化等により日本のアニメ産業の国内市場は将来に渡って縮小傾向にあり、アニメ産業の持続的発展のためには海外市場の開拓・獲得が不可欠である。現状すでに日本アニメの海外における人気は高いので、収益機会はかなりあるように見える。

しかしよくよく見ると、海外からの収益はその人気に見合ったものとは言い難い。日本アニメは海外の人気を収益に結び付けられていないのが現状である。現に、日本コンテンツの海外輸出比率は5%に過ぎず(米国は17.8%)、日本アニメ産業の海外からの売上は全体の10%程度という相対的に 低い水準でずっと推移してきている (ハリウッドメジャーは全体の半分以上を北米外から売り上げている )-。要するに、アニメ産業の未来を考えるにあたっては、海外展開という課題を避けて通れない、ということだ。

私自身、まさにこの問題群を研究対象としている研究者の卵だ。日本アニメ産業の海外展開(特にインドへの展開)について研究するべく、オックスフォード大学大学院博士課程に在籍し、現在日本で長期現地密着調査(フィールドワーク)を行っている最中である。オックスフォード大学に入る前は、経済産業省の官僚としてクール・ジャパン政策の企画・立案・執行を担当してもいた(2年前に一念発起して退官し大学院生になった)。

「頭では分かっているのに行動に移せない問題」という仮説

本連載を貫くとりあえずの仮説は、日本アニメ産業の海外展開(がうまくいってないと言われている問題)は、「頭では分かっているのに行動に移せない問題」として理解できるのではないか、ということだ。

例えば、上記の日本アニメ産業の海外展開に関する「能書き」に対する実務家の反応をカッコ書きにすると、おそらく次のようになるだろう。

日本は少子高齢化している(ニュースで散々やっているから知ってる)。従って若者や子どもの数が減っており、その分マーケットも縮小している(数字を見ればそうだろう)。他方で、海外における日本アニメの人気は高く(これもニュースでたまに見るからそうなんだろう)、とりわけ新興国市場の可能性は非常に大きい(日経あたりがよく言ってるよね)。そこで、日本アニメ産業の持続的発展のためには、旺盛な海外需要を取り込まなければならず(まあ理屈の上からはそうなるわな)、そのためには現行のビジネスの仕組みを変えていかなければならない(はいはいそうですね)。つまり「あなた」の普段の仕事の仕方を今日から変えていかなければならないのだ(は?うるせえ!できないから困ってんだよ!)。

この最後の一文が重要で、日本アニメ産業の海外展開を考える上での「ゴルディアスの結び目」になるのだと思う。数字や理屈の上から導き出される対策を、現実に実行に移せないのはなぜなのか?海外展開が大事だと言われながら、実際に海外展開がうまくいっていない(と言われてしまっている)のはなぜなのか?

「コストに見合った利益が見込めない」という経済・経営的な理由があるのかもしれない。「やろうと思っても稟議が通らない」「通常業務が忙しすぎてそこまでアタマが回らない」という組織的な理由からかもしれない。「ガイジンとやり取りするのは何となく気後れする」「今この瞬間は国内で仕事があるからとりあえず後回しにしている」といった文化・慣習的な理由からそうなっているのかもしれない。あるいはもしかしたら、数字や理屈の方が間違っているのかもしれない…!

「アニメ産業界のイノベーター」を探して

本連載では、日本アニメ産業が海外展開という課題に取り組むときに陥っていると思われるこの「頭では分かっているのに行動に移せない問題」を、実際の海外展開ビジネスの「肌感覚」に即して考えたい。

つまり、「海外展開促進のために現行のアニメビジネスの仕組みを変えていかなければならない」という要請を自分ゴトとして取り組んでいる人、すなわち、日々の自分自身の仕事の仕方の問題として取り組んでいる人に焦点を当てる。そして、彼らが直面する様々な障害(それこそ経済・経営的なものから、組織論的、文化・慣習的なものまで)をどのように理解・消化し、また乗り越えていこうとしているかを知ることで、アニメ産業の未来を考える「よすが」としたい。

「頭では分かっているのに行動に移せない問題」は、おそらくアニメ産業界以外でも広く見られる現象だろうし、類似の論点に関しては経済学、経営学、組織論その他の分野でこれまで多く論じられてきたことと思う。その意味で、本連載は、これまで内輪に閉じがちだった「アニメ論」を、より広い一般的な文脈下に置いて考えてみようとする試みでもある。一般に、ある業界の構造的な問題に対して自分ゴトとして取り組み、変革を志向する人間のことは「イノベーター」と呼ばれていると思うので、本連載で焦点を当てる人たちは、「アニメ産業界のイノベーター」と呼ぶことができるのではないかと思う。

本連載でどのような人を取り上げるかという基準は単純明快、私自身が上記の観点から面白いと思ったかどうか、である。私はこのテーマで現在長期現地密着調査を行っている最中なので、この連載は私自身の「フィールドワーク日記」の様相を呈するだろう。イノベーションは「周辺」から起きる、という議論に従えば、業界のビッグネームや現在紙面を賑わせている人々、今現在主流となっているビジネス、業界のトレンドや相場観といったものからはやや距離を置くことになるかもしれない。ここで取り上げる人たちが、5年後に「ビッグネーム」として紙面を賑わせ、アニメビジネスの「主流」になっていたら嬉しい。

次回はインドに行きます(多分)。

※本連載は隔週金曜日に掲載する予定です