2022/1/21

脱・物流クライシス。サプライチェーンの「在り方」が変わる未来とは

NewsPicks / Brand Design  編集者
 物流事業は、人々の暮らしや企業活動を支える基幹産業だ。経済の基盤をなすインフラである物流が今、危機に瀕している。
 少子高齢化で働き手は減少し、日本だけでなく世界中の物流網がコンテナや労働力不足で混乱をきたしている。
 今、企業は物流が抱える課題に対して、どう向き合うべきなのだろうか。
 物流倉庫や工場の無人化技術で世界をリードするMujinCEOの滝野一征氏と、物流業界を束ねるプラットフォーム構築に取り組むHacobu社長の佐々木太郎氏、そして、新著『テクノロジー×プラットフォームで実現する 物流DX革命』で日本の物流課題に対して新たな突破口を提示したアクセンチュアの北川寛樹氏が、物流業界が抱える問題と、その解決策について議論を交わした。

スーパーの棚から品物がなくなる“物流クライシス”は日本にも起こりうる

──コロナ禍でのEC利用拡大で、物流のひっ迫や労働力不足の問題が注目されました。今、物流業界はどのような課題を抱えているのでしょうか。
北川 物流業界は他の業界よりも速いペースで高齢化が進んでおり、人手不足が深刻化しています。トラック輸送を支えるドライバーは2020年の時点ですでに14万人以上不足していましたが、25年には20万人以上、28年度には27万人以上不足すると予測されています。
滝野 担い手不足は輸送だけではありません。コロナ禍でEC利用が急拡大したことで、物流倉庫のオペレーションが極めて複雑になり、作業量も大幅に増えました。
 店舗に大量の品物を送るという比較的効率的な業務が減る一方で、メーカーも種類もまったく異なる複数の製品を1つずつ同じ箱に入れたり、形も大きさも異なる箱に対応するような細かい作業が急増しています。
 しかし、倉庫で働きたいと考える人は決して多くありません。コロナ禍では飲食店で働けなくなった若年層が倉庫にアルバイトに来てくれるケースが増えましたが、彼らが飲食店に戻ってしまったらいったいどうなるでしょうか。
 コロナが収束してもEC利用が急減することは考えにくく、出勤が不便な場所にある物流倉庫の人手不足はより深刻化するでしょう。
佐々木 2021年のイギリスではスーパーの棚が空っぽ、ガソリンスタンドに行ってもガソリンがないという事態が起こりましたが、これはブレグジット以降EUからの労働者入国を制限したことからドライバー不足に陥り、ロックダウン明けの経済正常化による需要に応えられなかったことが主な原因です。
 店頭に豊富にモノが並ぶ今の日本では考えられないかもしれませんが、何も手を打たなければ日本でも同様に、小売店からモノが消える状況が起こり得ると危惧しています。
(Photo : iStock / CASEZY)
北川 企業が危機感を持ち始めたのは最近になってからで、物流は企業の中でも最も改革が遅れている部門です。
 開発や製造、販売などではDXが進んでいるような企業でも、物流部門だけはいまだにベテラン社員のKKD(勘と経験と度胸)に依存したオペレーションや、慢性的な長時間労働といった昭和の働き方がまかり通っている例も珍しくありません。

物流の「現場力の高さ」があだとなり、改革が遅れた

──私たちの生活に密接に関連している物流の問題は、もっと早くに企業が手を打ち、解決されるべき問題だったように感じます。なぜここまで深刻化してしまったのでしょうか。
北川 企業にとっては開発や販売が経営の要であり、物流部門は傍流とみなされてきたことが一因にあります。日本企業の物流部門は、発言権の強い上流(製造)や下流(小売)の双方からさまざまな無理を強いられ、調整弁のような役回りを担わされてきました。
 それでも日本人労働者はまじめなので、物流の現場は在庫管理や生産調整までを担い、むちゃな要求にも職人技で応えてきた経緯があります。
 日本企業の「現場力の高さ」があだとなり、改革の遅れにつながってしまったといえるでしょう。
滝野 人間の仕事を、そのままロボットに置き換えるのは不可能です。物流現場の方たちが担ってきたこうした複雑な業務を機械化するのは難しいので、人に任せた方がよほど効率的で柔軟な運用ができたのでしょう。
 私は産業用知能ロボットソリューションを提供するビジネスを展開しており、自動化を希望される企業の物流倉庫を訪れることが多いのですが、在庫や回転率などのデータを求めると、「〇〇さんが把握しているので、ここではわかりません」と返答されるケースがよくあります。
 熟練した担当者の頭の中に入っているデータを、ロボットに覚えさせることはできません。自動化するには周りのシステムや人の動き方まで含めてプロセスごと変えていく必要があり、小手先の改善やロボット導入だけでは対応できないのです。
北川 物流部門のトップに役員クラスが就くこともまずありませんし、現場を知っている物流の出身者が経営の意思決定層に来ることも少ない。企業の中で発言権がないまま、後回しにされてきたことも大きいでしょうね。
佐々木 一般の人の多くは「物流=宅配便」というイメージを持っていますが、現実には企業間物流の市場は宅配便市場の10倍ほどもあります。
 社会には課題を解決しようとする人は大勢いますが、知らない世界に対してイノベーションは起こせません。
 物流が抱える課題は一般の人が考えるよりもずっと巨大で深刻なのに、その問題自体が知られていない構造も、物流業界の改革の遅れにつながった気もします。

物流部門の改革だけでは、問題は解決できない

──物流業界が抱えるこうした課題を解決するには、どんな策が考えられるのでしょうか。
北川 まずは企業の物流に対する考え方を、根本から変える必要があります。第1に、モノを運ぶという仕事だけを切り出して改革しようという発想から脱却することです。
 企業はこれまで、生産や販売など各部門の中で効率化を図ってきましたが、実際は「製造の中では最適でも、販売にとっては非効率」というようなケースが無数にあります。
 こうした部分最適をつなぎ合わせただけのいびつなサプライチェーンを、物流部門でなんとか調整し帳尻を合わせているのが現状です。
 物流の効率化を目指すなら、仕入れから製造、そして顧客に届くまでのサプライチェーン全体を見渡し、調達や生産、販売などとも連携して全体の最適化を図る必要があります。
 第2に、現場を見ることです。これは単に大変さをわかってほしいということではなく、現場で起こっている問題をデータ化し、客観視できる状況をつくることを含みます。
 たとえば、せっかくトラックが到着してもドライバーが長時間の待機を余儀なくされたり、発注翌日納品といった小売店の厳しい要求に間に合わせるために、わずかな荷物を積んだだけのトラックを出発させたりといったことは、現場では日常茶飯事です。
 こうした状況をデータ化して可視化し、課題の本質を見極めたうえで解決策を探る必要があります。
佐々木 物流の世界はいまだに紙の帳票や電話、ファクスがフル稼働していて、企業の中でも他の部門はデータでつながっているのに物流だけが断絶しているような例さえあります。
 北川さんがおっしゃる通り、現場を視察するだけでは問題は見えてこないので、データ化は不可欠です。
 物流にはメーカーの工場や物流センター、卸業者の倉庫、小売業者の物流センターや店舗といった多くの拠点が絡むうえ、輸送にも大手物流会社から中小運送会社に下請けや孫請けに出す構造があり、ステークホルダーが非常に多い複雑な業界でもあります。
 これを効率化するには企業の枠を超えたデータ共有が不可欠です。私が社長を務めるHacobuでも、会社・業種の枠を超えてビッグデータが蓄積・利活用されるクラウド物流プラットフォームを提供しています。
北川 おっしゃる通りで、物流改革には企業間の協調が欠かせません。物流クライシスの解決に必要な第3の視点は、競争すべき領域とそうでない領域を明確に区別することです。
  私は物流業界の改革として、業界ごとに物流を束ねて配送業務を企業間でシェアする「次世代物流プラットフォーム」の実現を目指しています。

業界別次世代物流プラットフォームで、サプライチェーンを変える

北川 たとえば、目と鼻の先の距離に大手3社のコンビニが並んでいるような地域はよくありますが、それぞれの店舗に各社のトラックが何台もやってくるより1台にまとめて運んでくれればドライバーも少なく済むし、CO2も削減できます。
 激しい競争を繰り広げているライバル企業同士ではあっても、各店舗に商品を運ぶ業務に差別化できる要素はほとんどないのですから、そこは手を組めばいいのです。
 同じ業界であればニーズやルールは似通っているので、出荷元である荷主はもちろん、配送業者や倉庫、配送先など、物流にかわるステークホルダーをマッチングすれば無駄のない配送を実現できるはずです。
滝野 すでに中国や欧州では、競合する物流業者が同じTMS(輸送管理システム)を共有するデータ管理が行われています。
 自社のサービス価値の根幹の部分では情報を外部に出すことなく単独で展開しても、それ以外の部分は思い切って共有するという割り切りができているんです。
 日本企業は競合と手を組むことには強い抵抗を示す傾向がありますが、そこは考え方を変えていく必要がありそうです。
北川 将来的には受発注や決済業務もシェアすれば、より効率化できるでしょう。企業はもっと戦略的な領域にリソースを振り向けて、そこで競争すればいい。業界ごとの特性を加味して、同業他社が共同活用できる物流プラットフォームを確立するのです。
 実際に、自動車部品やタイヤ、食品、木材・建材などの業界で、実現に向けた取り組みが始まっており、当社もサポートさせていただいています。
佐々木 このプラットフォームに関する詳細な提案が示された北川さんの著書『テクノロジー×プラットフォームで実現する 物流DX革命』を興味深く拝読しました。私のビジネスでは物理的な配送よりもまずは企業間でデータを共有することを重視しているので、その点は異なりますが、考え方にはとても共感しています。
 実際のところ、荷台をいっぱいにして走っている車両は多くはなく、スカスカのトラックがたくさん走っている状況は現実に起こっています。
 イメージとしては、同じ家にAmazonと楽天とZOZOの荷物が別々のトラックで次々と届くような現状を1回にまとめるようなもので、これができれば運ぶ方も受け取る方も負担は劇的に減りますね。
北川 物流は水や電気と同様のインフラであり、社会全体で共有するべきものです。そう考えれば、企業が個別にインフラを整備するなんて非効率極まりないし、労働力不足が加速すれば社会全体が危機的な不利益を被ることも容易に想像できるはずです。
 すでにお話しした通り、物流の課題はこれまで後回しにされてきましたが、人手不足による物流コストの上昇やEC拡大による需給のひっ迫、厳格な温度管理が求められるコロナワクチンの大量輸送などで、ようやく物流の重要性が認識されるようになってきました。
 SDGsへの意識が高まり、企業はCO2の排出量削減に本気で取り組むことが求められる昨今のムーブメントも追い風です。平時には起こりにくい改革の機運が高まっていることは、またとないチャンスです。
滝野 国や人々の暮らしを豊かにしていくには、最終的には生産性を上げるしかありません。日本もかつては高度成長期に、劇的な自動化を進めて世界をリードした実績があります。業界全体で手を結び、国を挙げてDXに取り組むことで、この危機も乗り越えられるはずです。
 そうなれば不人気業界といわれて久しい物流業や製造業にも、優秀な人材が戻ってくるでしょう。いずれも人々の生活を支える、生涯を懸ける価値のある産業です。
北川 かつては日本が高いシェアや技術力を誇ってきた領域で、日本企業の存在感が薄れていることが危惧されています。しかし、物流倉庫内の自動化やロボット技術に関しては滝野さんのMujinのような高い技術を誇る企業が多くあり、世界の最先端を走っています。
 物流の問題は世界共通であり、日本は次世代物流プラットフォームのソリューションで世界をリードする力を秘めている。
 コストを劇的に削減し生産性を改善できる物流DXは、企業の新しい成長エネルギーになり得ることを、多くの人に知ってほしいと思います。