2021/12/16

私たちは何者か。有事にこそ「パーパス」が問われる

NewsPicks Brand Design Editor
 コロナ禍を契機に多くの企業でデジタル化が推進された。
 しかし、すべてが成功というわけではなく、事業や組織、人事制度などの変革を同時に推進した企業に軍配が上がっている。
 その指針として、注目を集めるのが「パーパス(企業の存在理由)」だ。
 なぜそのビジネスを行うのか、さらにはなぜ企業が存在するのかを問い直し、今取り組むべき変革を見定めるのだ。
 では、実際にパーパスを策定し、戦略に落とし込むには何が必要なのか。
 連載「クリエイティビティ×コンサル新時代」第2回は、『パーパス・ブランディング』著者で、日本で先駆けてパーパスの重要性を提唱してきた齊藤三希子氏と、企業のビジネス変革を支援する電通デジタルの安田裕美子氏に、パーパスを起点にした企業支援のリアルを聞く。
INDEX
  • パーパス=企業活動の「判断軸」
  • パーパスは「必ず一つ」になる
  • 「顧客基点」DXの時代が来た
  • ビジネス変革は「急がば回れ」
  • DXで困る「中間管理職」たち

パーパス=企業活動の「判断軸」

齊藤三希子(以下 齊藤) 昨今、企業経営における「パーパス」への注目度が高まっています。
 日本語では「存在意義」や「存在理由」と訳されることが多いですが、最も端的な表現は「なぜ(企業が)存在するのか」
 企業や組織、そしてブランドが、何のために存在し、顧客や社会にどんな価値を提供しているのかを明らかにする、シンプルかつパワフルな概念です。
 私が立ち上げたエスエムオーは、このパーパスの持つ力に可能性を感じ、創業から一貫して企業のパーパス策定や浸透のお手伝いをしてきました。
安田裕美子(以下 安田) パーパスは、企業経営の非常に本質的な考え方ですよね。
 私が所属する電通デジタルのBX(ビジネス・トランスフォーメーション)部門では、デジタルを軸に企業の事業やビジネスモデル全体を捉え直し、再構築する支援しています。
 DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するには、それまでやったことがない挑戦をしたり、組織をまたいだ取り組みや意思決定が必要になります。
 その時の指針になるのが、パーパスです。
齊藤 パーパスが日本で注目され始めたのは最近ですが、世界の名だたる企業は、10年以上前からパーパスを起点に経営をしています。
 新商品を作る、雇用制度を変える、オフィスの移転や人事異動まで。企業の活動すべてが、パーパスに沿って展開されています。
 だから何かをやる、やらないの判断がスピーディーだし、誰から見ても納得感がある。この一貫性こそが、企業の強さに直結するわけです。
安田 コロナ禍のような有事にこそ、パーパスの真価が問われると感じます。
 仕事柄、さまざまな事例に触れていますが、パーパスが浸透している企業は、やはり経営判断が早いですね。
 たとえば、ある衣類メーカーは「服を作る」ではなく、「自社に関わるステークホルダーすべてを幸せにする」というパーパスがあったからこそ、コロナ禍でもリモートワーク向けのシャツを展開したり、需要が減ってしまった原材料の生産者さんを少しでも支援しようと布マスクを作ったりと、スピーディーな舵取りができました。
 それに対してSNSなどで顧客から多くの共感と称賛が寄せられ、購買にもつながったのです。
 一連の動きを見て、パーパスはただの「飾り物」ではなく、先行きが見えない時に「やるべきこと」を見定める強い指針になるのだと、改めて感じました。

パーパスは「必ず一つ」になる

齊藤 よく、パーパスはビジョンやミッションとどう違うのかと聞かれます。
 私たちの定義では、パーパスは先ほど申し上げた「なぜ(企業が)存在するのか」という判断や行動のよりどころ、ビジョンは「企業のありたい姿や成し遂げたいこと」の宣言。
 そして、ミッションは「パーパスとビジョンを実現するために果たすべきこと」です。そして、これらを実現するための価値観としてバリューズがあります。
 パーパスの特徴はいくつかありますが、ユニークなのは必ず「問い(=なぜ企業が存在するのか)に対する一つの答え」になることでしょう。
 反対にビジョンやミッションは、概念の定義が曖昧なので、人によって解釈が異なり、いろんな答えになりうるものです。
安田 パーパスは、必ず一つの答えになる。いろいろ考えるなかで、一番しっくりくる表現を取り上げるイメージでしょうか。
齊藤 そうですね。私たちは「ディスカバー」と呼んでいますが、企業の歴史や創業者の想い、ビジネスの強み、目指すべき将来像などの条件を洗い出して、そのコアを抽出する作業を行うことで、その1つの答えを見つけ出します。
 そして、何回もクライアントと議論を重ねながら、最も正確な表現を探り当てていくんです。電通デジタルでは、どのようにしてパーパスを見つけるのですか。
安田 齊藤さんのやり方に近いですね。
 私たちの場合、パーパスを策定したいというより、DXを推進したい、ビジネスを変革したい、といったご相談をいただく場合が多いので、具体的なHOWに入る前に「なぜそのプロジェクトをやるのか」「自分たちの提供価値は何か」のWHYを、企業もしくはチーム単位で整理します。
 先日も、ある大手メーカーさんのBXプロジェクトで、30名以上のクライアント社員と一緒にパーパスを見つけるワークショップを実施しました。
 全員に自社の提供価値を考えていただき、私たちが壁打ち相手になったり、テキストマイニングをして言葉の共通項を見いだしたりして、最適な表現を模索するのです。
iStock:akinbostanci
 振り返ると、自社の事業や顧客を考えて言葉を紡ぐプロセスは、パーパスを定める以外にも有効です。メンバーのエンゲージメントを高め、自社を客観的に見つめるいい機会になると感じます。
齊藤 パーパスを作るプロセスで得られる気づきの部分も肝要ですよね。
 自分たちの仕事が「なぜ社会に必要なのか」と考える機会って、普段はなかなかないですから。

「顧客基点」DXの時代が来た

齊藤 さまざまなクライアントと接していて感じるのは、20年後、30年後に残るのはブランドしかない、ということです。
 ここでのブランドとは、企業名や企業理念など、パーパスを含めた企業の根幹部分を指します。
 反対に、社員も入れ替わるし、事業だって時代の変化に合わせて変わるもの。30年前とまったく同じ事業をしている企業は、ほとんどないでしょう。
安田 顧客のニーズも絶え間なく変わりますからね。
 きちんと自分たちのブランドやパーパスを軸にしないと、ただ変化に踊らされるだけになってしまいます。
 特に、私たちの生業であるBXは「顧客“基点”── つまり顧客を中心にビジネスを作り変える」変革です。
 これまで一般的だった、業務効率化や生産性向上のためのDXの一歩先にある、顧客や社会に求められる新たな価値の創出を目的としています。
 そのためには、既存の顧客とのいい関係を構築しながら、新規事業を打ち出してサービスを拡張していかなくてはいけない。
 この両輪を組織一丸となって進めるためのよりどころとなるのが、パーパスです。
齊藤 デジタル化やビジネスモデルの見直しのような、多くの人を巻き込む変革であればなおさら、なぜやるのか=WHYが重要になりますね。
 私はもともと電通で働いていたのでわかりますが、「顧客基点で」という部分は、コミュニケーションやマーケティング領域に強みをもった電通グループならではだと感じました。
安田 ありがとうございます。パーパスが今注目される理由にもつながりますが、市場が成熟しきっていて、すでに今まで通りの売り方が通用しなくなっている
 だからこそ、顧客が何を求めているのかを、そして自社の存在意義とは何かを問い直すフェーズが来ているのでしょう。
 電通デジタルとしても、これまで培ってきたデジタルやクリエイティビティの知見をいかしつつ、クライアント企業の変革を支援していきたいと考えています。

ビジネス変革は「急がば回れ」

安田 DXや新規事業の現場にいると、「急がば回れ」という言葉を痛感します。
 デジタル化を進めたい、6カ月後に新規プロダクトを出さなければ、と気持ちが焦っているときほど、HOWやWHATに目が向いて、肝心のWHY=パーパスの部分が抜け落ちてしまう。
 すると、そのうちに組織やプロジェクトがどこに向かっているのかがわからなくなる。途中で崩壊するDXプロジェクトが多いのも頷けます。
齊藤 パーパスがないのはさることながら、あっても浸透しないと、組織の求心力になりませんからね。一方で、この「浸透」の部分を実現できている組織はごくわずかです。
 そもそも、パーパスの浸透には、「理解」と「信頼」の2つのフェーズがあります。
 理解とはパーパスの指し示す意味を社員が理解し、「自分ごと化」できているかどうか。
 信頼は、2つあって、①社員一人ひとりがパーパスを信頼できるか、②パーパスを掲げている組織そのものを信頼できるか、です。
 このパーパスの理解と信頼がきちんとできている組織は、たとえマニュアルがなくても全社員が適切な判断をし、行動できるのです。
安田 共感します。齊藤さんは、パーパスの「浸透」を具体的にどう進めていますか。
齊藤 リーダーや幹部が本気でパーパスの意味を直接、何度も社員に伝えること。それに尽きると考えています。
 優れたパーパスドリブン経営をしている企業は、パーパスとは何かを伝える研修や対話の時間を十分に設けています。
 結局、リーダーが本気で伝えに来ているという姿勢こそが、現場社員の心をつかむんですよ。
安田 DXの推進と近いですね。デジタルソリューションの導入は今までのやり方をガラッと変えることになるので、言葉を選ばずに言うと「めんどくさい」。
 その時に重要なのが、たとえば顧客管理ソリューションの導入であれば、リーダーなり、マネジメント層なりが「顧客は一人の営業のものではなく、全社の資産である」と、そのDXの意義をきちんと何度も伝えること。
 面白いことに、ソリューションの利用が進んで、実際に価値が実感してもらえると、現場社員のモチベーションが湧いてきて、「次はこう改善してはどうですか」といった声があがるようになります。
 特に今は、部門ごと、職種ごとで個別最適になっているDXを、全社最適にしたいというご相談も増えているので、より多くの社員に伝わるきちんとしたWHYが必要だと感じますね。

DXで困る「中間管理職」たち

齊藤 コロナ禍に限らず、VUCAと呼ばれる不確実な時代が続くなかで、経営やビジネスは今後もさまざまな危機にさらされる可能性があります。
 なかには、「差し迫った判断をする必要があって、パーパスなどと言っていられない」という経営者もいるかもしれません。
 ですが、そんな時こそ立ち止まってパーパスを見つめ直す好機です。
 そうすることで、冒頭の衣類メーカーのように、今まで思い浮かばなかった新しい事業アイデアが見つかる可能性がありますから。
iStock:aydinynr
安田 経営もそうですが、特にDXでいうと、困っているのは中間管理職の方々だと感じます。
 DXが必要かどうかの判断も、前例がないのでわからないし、必要だとわかっても実際にどう進めればいいか、その重要性を現場にどう伝えればいいかがわからないという声も少なくありません。
そんな時こそ、私たちのような外部パートナーをうまく「外圧」として使っていただきたい
 特に電通デジタルは、DXの構想の提案だけでなく、実行まで支援しているので、最後まで並走するパートナーを求めている企業にはフィットすると思います。
齊藤 外部コンサルが実行フェーズまでカバーするのは珍しいですね。
 普段、私たちもパーパスの策定から浸透まで企業の内部に入るようにしていますが、こういう企業の根幹に関わる事業こそ、時間をかけてきちんと並走する必要があると感じます。
安田 同感です。私の経験上、しっかり中まで入り込まないと、結局その企業のコアは見えてきません
 だからこそ、私たちは企業に常駐することもありますし、本当にチームに入って新規事業の立ち上げをご一緒したりもしています。
企業と世の中の関係構築を支援し、顧客基点のビジネス変革を行う。
 私たちも、これまでと変わらずに、これからもクライアントに向き合っていくつもりですし、もしこの考えに共感してくださる方がいれば、ぜひ仲間になっていただけると嬉しいです。