2021/12/17

なぜ大事な決断は「仕組み化」しなければいけないのか

NewsPicks Brand Design editor
私たち人間は、時おり不合理な行動をしてしまう。昨年の「トイレットペーパー買い占め騒動」はその顕著な例だが、一人ひとりは最適な選択をしているつもりでも、俯瞰で見れば間違いだったという例は多い。

行動経済学では、こうした不合理な行動は、直観的な判断を司る「ヒューリスティクス」によって起こると考えられている。私たちはなぜ間違ってしまうのか。そして、ヒューリスティクスをコントロールする方法はあるのか。

行動経済学やマーケティングを専門とする東京大学大学院経済学研究科の阿部誠教授と、金融・投資教育を行うシンプレクス・インスティテュートの安藤希氏(行動経済学が専門)に話を聞いた。

不合理な行動は「ヒューリスティクス」で説明がつく

昨年、コロナ禍初期に起こった「トイレットペーパー買い占め騒動」を覚えているだろうか。
マスクの品薄報道の直後、「今度はトイレットペーパーが不足する」というデマが広がった。それが引き金となり、最終的には日本中を巻き込んだパニックとなった。
当時、9割以上の人が「この情報はデマだ」と理解しているにもかかわらずレジに並んだという調査もあり、なぜ騒動が起きたのか、冷静に考えれば不可解だ。
しかし、東京大学大学院経済学研究科の阿部誠教授によると、その原因は「ヒューリスティクス」で説明がつく。
「行動経済学において、人間の情報処理は『システマティック(熟慮型)』と『ヒューリスティクス(直観型)」の2つで揺れているとされます。前者は論理や知識、後者は経験や先入観を元に情報処理を行います。
特に『深く考える時間がない』『自分にとってさほど重要でない』『判断するための知識や情報が少ない』といった場面では、ヒューリスティクスを使った判断がされやすくなります。
トイレットペーパー騒動などは、まさにヒューリスティクスによる判断の結果でしょう」(阿部教授)
こう聞くと、ヒューリスティクスは「人間の良くない特性」という印象を受けるが、そうではない。
例えば店でランチを食べる際、数時間かけてメニューを決める人はほとんどいないだろう。
仮にそこで最適な選択をできなかったとしても、次の日に別のメニューを食べれば良いだけだからだ。その日のランチが人生に与える影響は限りなく小さい。
だからこそ、そうした優先度の低い意思決定はヒューリスティクスに任せ、判断する時間やリソースを減らすのだ。そうすることで、脳内の認知資源を仕事などの重要な活動に充てられる。
ヒューリスティクスは、脳内の認知資源を節約するために重要な役割を果たしているのだ。

バイアスを乗り越えるには「仕組み化」が必要

とはいえ、ヒューリスティクスを使った直観的な情報処理には問題があるのも確かだ。その代表的な例が「バイアス」だろう。
バイアスとは「偏り」を意味する単語で、ヒューリスティクスによって直観的な情報処理が行われ、非合理的な判断をすることをいう。
「トイレットペーパー買い占め騒動でも、ほとんどの人がデマだと理解していたはず。
ですが、『もしかしたら買えなくなるかもしれない』という不確実性の高い状況にさらされ、ヒューリスティクスで物事を考えれば、人間は途端にバイアスを引き起こし、誤った判断をしてしまうのです。
この場合は、低い確率を多く見積もるバイアスや、利得の喜びよりも損失の痛みのほうがより強く感じる『損失回避バイアス』が関係していると思われます」(阿部教授)
ヒューリスティクスは日常生活においては役立つ場面も多いが、不確実性の高い状況下ではバイアスを引き起こす要因となるという。
プロスペクト理論とは、1980年代に行動経済学者のダニエル・カーネマンとエイトモス・トヴェルスキーによって考案された、人間の意思決定のメカニズムのこと。注目すべきは、そのうちの「主観的効用」「主観的確率」の2つ。
そのメカニズムを説明したものが「プロスペクト理論」だ。簡単に説明していこう。
主観的効用とは、人間が満足度を感じる際の感情の揺れを「価値関数」というグラフに置き換えたもの。利益を得たときに価値(バリュー)は大きくなり、反対に損失を被ったときには価値が減少する。
価値関数には以下の3つの特性がある。
これらから人間の「絶対的な価値よりも、参照点からの損益を重視してしまう」「利得・損失どちらの状態でも、数値が大きくなるほど、価値の感じ方は減っていく」「利得と損失の値が同じ場合、損失の方が大きく評価される」という傾向がわかる。
①参照点依存性の「参照点」とは、例えば、スーパーに陳列された商品のポップに「小売り価格1,000円から300円値引き」と書かれていた場合の1,000円のこと。
人間は「仕入れ値から見てお得か(絶対的損益)」よりも「参照点からお得か」を重視してしまうのだ。
②感応度逓減は、人間に「利得が大きくなるにつれて満足度の増加が鈍る=リスク回避」という特徴があるとも言い換えられる。
「③の損失回避は、例えば同じ100円でも、100円の『損失』を出した場合のほうが、100円の『利得』が出た場合より、2.5倍程度強く感じるといわれています。だから人間は損失を避けようとするのです」(阿部教授)
このように、不確実性の高い状況では「価値」の感じ方に主観が入ることを示したのが、「主観的効用」というわけだ。

「当たらないのに」宝くじを買ってしまうのはバイアスのせい

意思決定に関連するもうひとつの要素「主観的確率」は、確率に対する人間の感じ方のズレを示したものだ。人間は高い確率で起こる事象を過小評価し、低い確率で起こる事象を過大評価する傾向がある。
「主観的確率の最も身近な例が『宝くじ』でしょう。購入する人は、『1等が当たる確率は極めて低い』と頭では理解しているはずです。
しかし、人間は低い確率を過大に評価するので、『もしかして当選するかもしれない……』と、統計上の確率と主観的な確率にズレが生じ、くじを買ってしまうわけです。これもひとつのバイアスです」(阿部教授)
宝くじの他にも、プロスペクト理論で説明可能なことはたくさんある。
たとえば、家電などの「延長保証」だ。オプションで保証期間を延長できるというものだが、考えてみればこれはメーカー側が稼ぐための仕掛けのひとつ。ビジネスなので、当然、延長保証で得られる利益のほうが大きくなるよう設計されている。
しかし、それでも加入者が絶えないのは、ユーザー側の修理費を出したくない「損失回避バイアス」と、故障する確率が低いのにそれを過大評価するバイアスが働くからだ。
投資行動の一部も、プロスペクト理論で説明できる。投資で負けが込むと、その損失を取り戻すために一発逆転を狙いがちだ。これにも、「感応度遁減」によるリスクを追求と、勝つ確率が低い勝負を過大評価するバイアスが影響している。
このように、ヒューリスティクスに起因するバイアスは、不確実性の高い状況下で決断を迫られたときに発生する。その結果不合理な選択をしたことが、金銭的な損失につながる可能性もある。
宝くじやスーパーでの買い物のような少額の損失であればいいが、高額の投資では「人間だから仕方がない」ではすまされない。阿部教授は「大事な決断をするときには、とにかく『ヒューリスティクスで判断する余地をなくす』こと」と強調する。
「例えばオークションで何かを落札したいなら、最初に上限金額を決めておく。すると、もし入札間際に他の参加者が熱くなっても、自分だけは冷静に判断できます。
つまり、何か行動を起こす前に状況を分析して、『Aの状況になったらBをする』と、機械的に行動できるように仕組み化するのです。経済学ではこれを『コミットメント』と呼びます」(阿部教授)
では、投資における「仕組み化」とは、どのようなものが考えられるだろう。

投資では「自分の欲を抑えること」がカギになる

「投資とは、自分の資産をリスクにさらすため、ヒューリスティクスが生じやすい行動です。その意味で、安定的に利益を出していくためには『いかにシステマティックに判断できる仕組みを取り入れられるか』が重要です」
こう語るのは、金融・投資教育を行う、シンプレクス・インスティテュートの安藤希氏だ。
どんな投資商品を取引するのか、手法によっても個人差はあるが、「自分の欲を抑えること」がカギとなるケースは多い。
例えば、1株1,000円のときに株を買い、その後1,500円まで株価が上昇すれば、単純計算で500円分の利益が出る。このとき、多くの人は「できるだけ利益を大きくしたい」と欲を出して、決済せずに保有し続けてしまう。
ところが、その後株価が1,300円まで下がると、過去の1,500円が参照点となるため、(既に300円分の利益が出ているのに)感覚的には「損した」と感じる。そして、損失を取り戻そうとして、さらに利益を減らす行動をしてしまうのだ。
これは多くの投資家が一度は陥る罠だが、リテラシーの高い投資家はこれを「仕組み化」で回避する。
「相場で安定的に利益を出している投資家は、総じて『必ずこの値段で利益を確保する(損失を確定する)』というラインをあらかじめ決めていて、バイアスに振り回されないような工夫をしています。
その方法はいくつかありますが、初心者でも取り組みやすいものとしては『カバードコール』がおすすめです」(安藤氏)
istock/Dilok Klaisataporn
カバードコールとは、「オプション」と呼ばれる金融商品を使った戦略の1つであり、指値売りを少しお得に実現する仕組みだ。
オプションとは、ある金融商品を決まった期日に決められた価格で売買できる権利のこと。カバードコールは、特定の期日までに自分が保有している金融商品を「特定の価格で買い取る」権利を、他の投資家に売る取引を指す。
株式投資の場合、大阪取引所に上場している「かぶオプ」を利用すれば、この戦略をとることができる。
カバードコールでは保有している株の利益以外にも、「買う権利」の購入者から支払われる「プレミアム」と呼ばれる代金(利益)を株価の上下とは関係なく受け取ることができる。
ただし、カバードコールは「あらかじめ決めた値段で株を売却する約束(義務)」であるため、仮に株価が急騰した場合には、株の大きな値上がり益を手放すことになる。しかし、安藤氏によると、そうしたデメリットも初心者にとってはある意味メリットになるという。
「私もこれまでいろいろな相場を経験してきましたが、自分の保有する株の価格が数日で数倍になるようなケースはまずほとんどありえません。そうした値動きを狙う投資はギャンブルに近く、むしろバイアスがかかりやすくなります。
一方、カバードコールを使うと、めったに起きない大きな値上がりを諦めるかわりに、確実なプレミアムを得られるため収益が安定します。
さらに、株価が高値から下落したとしてもプレミアムは利益として手元に残るので、『損をした』というバイアスが入るのを防いでくれます」(安藤氏)
株価の上下に振り回されなくて済むのであれば、心に余裕も生まれる。すると、ヒューリスティクスに左右されずに冷静な投資判断ができる。
オプションというと難しい印象を受けるかもしれないが、カバードコールの仕組みはとてもシンプル。複雑な投資戦略というよりも、「お得な指値売り」という感覚に近い。
「いつも投資で熱くなってしまう」「相場を見ると気持ちが揺らいで売買のタイミングを逃してしまう」という人は、オプションを取り入れた「仕組み化」を試してみてはどうだろうか。
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