大企業がイノベーションを取り戻す日

【特別鼎談第5回目】

まずは「小さなイノベーション」から始めよ

2014/10/1

日本の会社の変革は偶然起きる

:日本の大企業でイノベーションが起こらないのは、経営者選びにも問題があるからでしょうね。だいたい日本の会社で出世する人は、調整型のリーダーが多いでしょう。大企業ではいろんな意見の人を調整できないと仕事が進みませんからね。調整のうまい人がトップにいると、ものごとが摩擦なくスムーズに運ぶわけですよ。

だから企業の経営企画室みたいなところにいる人は、ついつい、「あなたの言うことももっともですが、あちらの言うことも……」と調整をするんじゃないかな。そしてそういう人が出世していく。

夏野:でもそうなると結局、調整型のリーダーしかトップになれないじゃないですか。いくら斬新なアイデアでも調整ばかりしていると、角がとれてイノベーションどころじゃなくなります。それじゃジリ貧決定ですよ。

松永:現経営者がどういう人を自分の後継者に選ぶかといえば、自分の相似形の、しかも縮小サイズだものね。

:そういう企業は多いですよね。

夏野:でもね、たまにあるのが人選ミス。「この人なら言うことを聞くだろう」と思って次の社長を指名したら、急に改革をし始めたりすることがあるんですよ。前社長にしてみれば自分の路線を継いでくれるだろうと思って譲ったのに、社長になったとたんに前社長の路線を全否定する人がたまに出てくる。でもそれで会社が飛躍的によくなったりするんですよ。

ある商社の社長は、社長になった瞬間に、取締役会での事前説明、根回しを廃止して、会議ではその部門の責任者に自分で説明させることにしたんです。それができなかった役員以上を辞めさせたら、役員の3分の1がいなくなってしまった。みんな震え上がったそうです。

こんなふうに日本の組織って、たまに運命のいたずらで、イノベーション好きな10%が次期社長に任命されたりする。だから10社に1社くらいしか真の改革者が出てこないんです。こういう人選を「たまたま間違って」するんじゃなくて、もっと意識的にしていくことでしょうね。

松永:その商社の改革のなかに、「夜8時すぎたら残業禁止」という項目がなかった? 残業しない代わりに、仕事が終わらないときは朝早く来させるようにしたでしょう。あれはいいよね。私、長時間労働をなんとかしない限り、女性の管理職は増えないと思う。まずそこにメスを入れないと。

私のリクルート時代の上司は、のちに女性で初めて社長になった人で残業を一切しない「9時5時の女」で有名でした。お子さんが2人いらっしゃるからと思っていたら、5時以降は雀荘に詰めてました(笑)。でもその上司が5時にいなくなるとなったら、みんな前倒しで仕事をするようになったのね。

その上司は「遅くまでいるのは能力が低い」と言い切るわけよ。「朝から仕事していたら、夕方にはヘロヘロになるものだ。夜中まで働けるのは昼間真面目に仕事をしていない証拠だ」って。私なんか編集だから遅くなるけど。

夏野:朝、会社に来るのも遅いしね。

松永:そうそう(笑)。でもね、そういう時間感度に優れた人の下にいると、いかに仕事がしやすいか。

ローソンもおにぎりから変わった

夏野:まあ、とにかく、変な会社に入ってしまったと思ったら、すぐ行動したほうがいいですよ。昔は「ある一定の地位につくまではひたすら我慢して、地位についたら思い切り変えてやる」という「課長・島耕作」的なことがよく言われていたけど、いまどきはそれじゃもう遅いんですよ。50歳になってから才能を発揮するといっても、もう発揮すべき才能は枯渇している。だから先送りしないことですよ。小さなイノベーションでいいから、とにかく起こす。起こして実績をつくっていく。それが大きなイノベーションにつながるんです。

たとえば新浪剛史さんが43歳で商社マンからいきなりローソンの社長になって、最初にやったのが、おにぎり。「高級おにぎりといえばローソン」というふうに印象づけたでしょう。小さいことでも最初に何か成功させないと、誰も言うことを聞かないからですよ。

iモードでいえば、「絵文字」は全体から見ると、そんなに大きな話じゃない。でも僕たちは絵文字にものすごく執着してつくった。これは絶対に受け入れられるという信念があったから。最初は誰も言うことを聞いてくれなかったけれど、絵文字が人気を得たことで、みんな聞く耳を持つようになりました。最後は携帯電話の製造工程そのものを変えてしまったんですよ。だから小さくてもいいから、まず実績をつくることです。

松永:小さなアイデアをかたちにしていくのが大事よね。結果が出るとみんなの見る目が変わるから。

夏野:「うちは上司が無能だから、新しいことをしようとしてもムダなんですよ」という人は多いけど、できることをまずやらないと。

松永:アイデアコンテストレベルで改善できることなら、いっぱいあるわけじゃない。「どうやったらもっと安くできるか」とか。コスト削減になることなら、絶対に会社はやりたがるんだから。私はやりたいことがあれば、だいたいコスト削減にからめてましたね。

夏野:僕がリクルートでアルバイトをしていたときもそうですよ。当時まだエクセルはなかったけれど、マルチプランという表計算ソフトがあって、僕だけがそれを使えた。それでずっと手書きで集計していた読者アンケートの結果をばんばん入力していたら、そのうちアンケートの設問づくりまで任されるようになったんです。それも小さなイノベーションですよね。

松永:ちょっとずつ変えていくと、まわりが「この前のあれ、いいじゃん」といってくれて、「これもやってみない?」とお声がかかるようになるんですよね。

最初は小さな一歩から

夏野:イノベーションというと大発明とか革命みたいなことを想像するけれど、最初はその程度ですよ。それでも結果を出すと、次に少し大きな仕事が来る。だから小さく変えることをさぼっちゃいけない。

松永:絶対に誰かが見ているよね。それはリクルートの社風でもあるけど。

夏野:実は僕は東京ガスに入ってからも、同じことをしたんです。当時は僕のほかは誰もコンピュータを使えなかったから、「え、この程度の書類をいちいち印刷会社に出すんですか。僕、打ちますよ」と言って、文書をコンピュータでつくるようにしたら、30万円がゼロになった。そんなことから始めているんですよ。

松永:コスト削減につながることなら、誰も反対する人はいないしね。

夏野:あ、でもそれをよしとしない輩もいました。印刷会社からお歳暮をもらってる人たち(笑)。「お前のせいで印刷会社が食えなくなったって言ってるんだけど」って。でもそのときの上司が「夏野くんがやってくれるならいいじゃない」と言ってくれましたが。

松永:まさに日本企業的(笑)。じゃあ、最後にまとめますね。私はやっぱりiモードをつくったことで、ユーザーのライフスタイルを変えることができたのは楽しかったね。そんな経験はなかなかできないですよ。

:われわれは勝ったと思いましたね。

夏野:勝ったんですよ。iモードを継いだのが、グーグルとアップルだったというだけで。

松永:そうか。でもいつかはまた日本企業に継いでもらいたいな。

:「大企業がイノベーションを取り戻す日」が待ち遠しいね。

(構成:長山清子、撮影:講談社写真部)

iモードという日本で起きた屈指のイノベーション。その裏側では何が起きていたのか。iモードの誕生から成長まで、すべてを仕掛けた榎啓一氏が綴る、「iモード猛獣使い〜会社に20兆稼がせたスーパーサラリーマン」(newspicks://users/9007)もあわせてご覧ください。
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