ADandMEDIA_田端信太郎_第1回

Q&A with 田端信太郎(1)

バズワードで荒れる、日本のマーケティング

2014/9/29
テレビ、雑誌、新聞、ウェブメディアで取り上げられれば、モノが自然と売れる――そんな時代は終わりつつある。では、ソーシャル、モバイルの普及により、マーケティングのあり方はどう変わっていくのか。LINE上級執行役員として、広告営業や法人ビジネス全般を統括する田端信太郎氏に、マーケティングとメディアの未来について聞く(全5回)。

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広告業界にはびこる2つの極論

――新著の『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい』はかなり刺激的なタイトルですが、今、この本を書こうと思った問題意識を教えてください。

今の広告業界の論調には、お決まりの2つのパターンがある。一方が、「マスメディアが効かなくなった」「CMは終わった」と全否定するパターン。もう一方が、ネイティブ広告のようなキーワードをポーンと出して、「これが全てを変える」と過剰な幻想を抱かせるパターン。でも、どちらも現実的ではなくて、実際の答えはその間にある。

テレビCMが効かなくなったという人は、最初からCMに過大な夢を持ちすぎている。そして、新規のバズワードに飛びつく人は、下手くそなサッカーの試合みたいなもので、ボールにワーッと群がっているだけ。もう自分自身が、まずそういう「◯◯マーケティング」みたいなバズワードにへき易しているところがある。

今の状態は、広告主サイドにとっても迷惑な話。「新規のマーケティング手法」だとあおられて、過大な期待をもって飛びついたのに、実際に試してみたら大したことなかった、これはダメだ、ということになるケースも多い。

ネットベンチャーは、基本的に有限責任なので、キーワードであおって一獲千金を狙う傾向がある。インバウンドマーケティングにしろ、ネイティブ広告にしろ、セカンドライフでも何でもそう。

「新しいキーワードが当たればいいし、当たらなかったら当たらなかったで、また2〜3年ぐらいしたら別のラベルに張り替えればいいや」というところがある。

それはある意味悪く言うと、場が荒れているだけ。焼畑農業みたいになってしまっている。

――「ネットベンチャーは有限責任」と言うのは、どういう意味ですか。

要は資本金1000万円で会社を作ってビジネスをするのは、宝くじみたいなもの。実際、「◯◯マーケティング」とか、ソーシャルマーケティングをウリにした会社はいっぱいあるじゃないですか。そうした企業にとっては、バズワードを煽って場が荒れてしまっても、一攫千金ができればそれでいい。場を荒らせば荒らすほど、オプションの価値があがる。

単純に言うと、10分の1の確率で、時価総額30億円の会社ができるとすれば、期待値は3億円になる。1000万円の資本金、つまり入場料で3億円の期待値だったら、10分の9の確率で失敗しても全然OKということになる。その意味では、株式会社は有限責任と言える。

そういう感じで、新規のバズワードをあおって、ゴールドラッシュ的に怪しい人がわーっと出てくることは仕方がないのだが、個人的に苦々しく思っている部分はある。

だから、既存メディアの人たちが、一部のネットベンチャーを苦々しく思う気持ちはよく理解できる。「俺らがずっと耕してきた畑から金が出るという噂を聞きつけた奴らが、スコップを持ってきて人の家の畑をいきなり掘り出した」みたいなものだから。

結局、今のままでもいいわけではないし、新しいマーケティングに飛びつけばいいわけでもない。既存のマーケティングと新しいマーケティングの中庸というか、両者をフェアに接続するような考え方や手段がないといけない。

――その意味では、新しい時代のマーケティングの基本書のような位置づけですか?

前著の『MEDIA MAKERS』は、メディアを作る側、媒体者側、メディアサイド、あるいは、もうちょっとえげつなく言うと、セルサイド(広告の売り手)側の視点から書いた。それに対し今回の立場は、どちらかと言うとバイサイド。実際に企業がどうメディアを使うかという目線に寄せて書いているつもり。

例えば、今回の著書では、1000人から10億人まで、ターゲットとする人数別にマーケティング手法を解説した。実務家からすれば、そもそも何人を対象とするかで最適なマーケティング手法は全然違ってくる。距離に応じて、パットとアイアンとドライバーを使い分けるのと同じ話だ。

ゴルファーと同じように、現実のマーケターなり企業というのは、「風はこちらから吹いていて、残り何ヤード」というふうに、個別の文脈の中にいる。それなのに、その文脈を抜きにして「このクラブを使えば、すべてうまくいく」と言うのは、バカバカしいというか、とんちんかんな感じがする(続きは明日掲載します)。

(撮影:風間仁一郎)