2021/11/24

【人材選びの極意】新規事業人材、こう選ぶと“失敗”します

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
新規事業創出において、「誰がやるか」は事業の成否を決める最重要事項だ。しかし、抜てきするメンバーを“何となく”選んでしまった結果、事業が失敗に終わる例は多いという。

では、新規事業立ち上げに最適な人材は、どう探し出せばいいのか。これまで50以上の新規事業を立ち上げた連続新規事業家である守屋実氏と、外資系企業で30年にわたり人事を担当してきた安田雅彦氏に、話を聞いた。

新規事業は、こう頓挫する

──多くの企業が新規事業創出に挑んでいますが、頓挫してしまうケースは多い。「失敗する新規事業」の共通点とはなんでしょう?
守屋 そうですね。うまくいかない新規事業部門の「あるある」のパターンをご紹介しましょう。
 4月1日に、突然トップダウンで新規事業部が新設され、「異動しても支障が少ない人」が本業と新規事業を兼任。
 その中で「一番年次の古い人」が責任者になるパターンです。
 そもそも何をやるのかが決まっていないから、どう動いたらいいか誰もわからない。さらに本業と掛け持ちしているため、本業の忙しさを言い訳にして、新規事業の方はおざなりに。
 予算達成のプレッシャーが少ない上半期はまだしも、徐々に全社の通期予算達成が頭をよぎり始める下期になると、経営企画や財務などから牽制が入るように。
 徐々に出費を抑え、やがて新規事業部は生きる屍になってしまう──。
 これで新規事業なんてうまくいくはずがないですよね。
──なぜそうなってしまうのでしょうか?
守屋 本業の方が大事だからです。だから新規事業は、常に本業の影響を受けることになる。
 たとえば、大企業では事業創出において最も重要である「ヒト」と「カネ」を動かすことが、非常に難しいですよね。
 創業間もないベンチャー企業では、「彼にはこの役割を担ってもらおう」「今は勝負時だから一気に投資しよう」といった直感的な意思決定を迅速にできます。
 一方で大企業は、「ヒト」は人事、「カネ」は財務というように機能が分化されており、何を決めるにも承認やすり合わせが必要。
 それこそ大きな意思決定であれば「来期から」というようなスピード感さえも「あるある」です。
 つまり、事業創出に不可欠な、迅速で直感的なリソース配分がしづらいのです。
 さらに、「ヒト」は一人ひとり能力や性質が異なりますが、人事部門ですら社内にどんなスキルや経験も持つ人材がいるのかを把握できていないことが多い。
 新規事業を誰に任せればいいのか? という問いに対して解がないのです。
 結局、新規事業創出の“枠組み”だけを作っても、中身である「ヒト」と「カネ」の差配がうまくいかない。
 このギャップが新規事業を失敗に導く要因の一つではないかと考えています。

新規事業創出に適した人材とは

──安田さんは、外資系企業で30年にわたり人事を経験されてきましたが、人事視点では新規事業が失敗する背景には何があると思いますか?
安田 多くの日本企業に、「人材マネジメント」の視点が欠けている。これは要因の一つではないでしょうか。
 人材マネジメントとは、企業がビジョンや経営計画の達成を目指し、人材を有効活用する仕組みのことです。
 この視点がないと、そもそも社内にどんな人材がいるのかを把握できないし、結果的に最適な人材配置もできない。
 人材獲得が難しいなかで、人材をフルに活用できないのは非常にもったいないことです。
──では実際に新規事業を生み出すときには、どんな人材が必要なのでしょうか?
守屋 新規事業なのだから、必要なのは新規事業のプロに尽きると思っています。
 新規事業はなぜか、専門職であるとのイメージを持たれづらい。ですが何度も立ち上げを経験すれば、スキルやノウハウが蓄積されるもの。
 医者のいない病院や、弁護士のいない弁護士事務所が成り立たないのと同じで、新規事業のプロなしに、新規事業を立ち上げるのは無理があります。
──新規事業に向いている特性などはないのでしょうか。
守屋 特性や性格よりも、立ち上げ経験の有無が最も重要です。さらに挙げるなら、業界のプロも必要ですね。
 というのも、こんな偉そうに話している僕も、前職のミスミで新規事業を立ち上げたときに、人材の面で大失敗したんです。
 ミスミは製造業の部品調達を支援する企業で、当時から僕は新規事業を担当していました。
 そこで何をしたかというと、本業の金型のメンバーだけで、異業種である「看護師のマーケット」で新規事業を立ち上げようとしたんです。すると、驚くほどに鳴かず飛ばずで。
 そこで気づいたのは、誰一人として医療現場の知識を持っていなかったこと。現場のリアルな課題もわからなければ、市場規模の肌感覚もない。
 もちろん、新規事業を何度も経験した新規事業の勘所のあるメンバーもいなかった。そんな陣容で、成功させられるはずがなかったんです。
 今振り返ってみて、あのとき僕がやらなければいけなかったのは、社内で、新規事業のプロ、医療業界のプロを探すか、いないならば外から採用することでした。
 当時の僕はそこに気づけなかったのですが、今でもこういった適切な「人材集め」の視点が抜け落ちたまま、新規事業が失敗に終わっているケースは多々あると思います。

「人材ポートフォリオ」とは何か

──社員数が1000人を超すような企業では、社員のスキルや経験を把握するのは難しいのではないでしょうか?
安田 それはその通りです。だから、社内の人材を把握するための「人材ポートフォリオ」を作成する企業が増えています。
──人材ポートフォリオという言葉は最近耳にするようになりましたが、どんなものですか?
安田 人材ポートフォリオとは、簡単に言ってしまえば、社内にどんな人材がいるのか、一覧として可視化できるもの。
 社内人材を俯瞰的に見られることで、企業の目標を達成するために、どんな人材を新たに雇う必要があるのか、この人材はどのチームが最適なのか、などの意思決定ができるようになります。
 その分析を行うために、まずは社員をカテゴリ分けするための軸を決めます。何を軸にするかは、企業が何を把握したいかによって、三者三様異なります。
 僕が以前勤めていたジョンソン・エンド・ジョンソンでは「重要ポジションの後継者候補が何人いるか」を軸にしていました。
 具体的には、後継者にすぐなれるかどうかという観点から、人材を「Ready Now(今すぐOK)」と「Ready Later(もう少し時間を要する)」、「Ready Future(将来的に可能)」の3段階に分けます。
 Ready Nowがたくさんいる部は、今のところ高い組織力を保っていると言えますが、Ready Futureしかいない場合、外部から後継者候補を採用するなどの策をすぐにとろう、という意思決定ができるのです。
──なるほど。では実際に人材ポートフォリオを作成、活用する上で、陥りがちな落とし穴はなんでしょうか?
安田 失敗するケースとして、一つは「人材ポートフォリオの自己目的化」があります。
 会社としての目的を定めないまま、人材ポートフォリオ作成という手段に頼ってしまうのは本末転倒。
 人材ポートフォリオはそもそも、企業のゴール到達に向けて最適な組織を作るためのものですから、まずは会社の存在価値とビジネスのゴールをきちんと定義することが大事です。
 その上で、どんな人材がどれくらい足りていないのかを洗いざらい出す。そして今の組織とのギャップを埋めるために、今いる人を育てるのか外から採用するのかを決める。
 それが正しい順序だと思います。
 二つ目に挙げられるのが、完璧な人材配置を目指して、人材ポートフォリオを武器に、キャリア形成を上から押し付けてしまうこと。
 本人の意思とは異なるのに「人材ポートフォリオ的には、君はこのポジションに置きたいんだよね」なんて一方的な会話をしていたら、社員のモチベーションはどんどん下がってしまいます。
 結局大事なのは、上司と部下との日々の対話
 上司が個人のスキルや実績をきちんと把握し、日々のパフォーマンスをマネジメントしながら、将来どんな仕事をしたいのかといったキャリアの話を重ねていくことが、何よりも大事なんです。

人材データをまとめるための作業は、もうやめよう

──守屋さんは、人材マネジメントの視点を入れることで、事業づくりをどう進化させられると思いますか?
守屋 私が考えているのは、人材マネジメントの視点を持つことで、年功序列などの昔ながらの日本企業カルチャーを変えられるのではないかということ。
 新規事業の責任者って「年次」の高い人が優先されることが多いんですよ。個人のスキルや経験は、二の次にされてしまう。
 でも当たり前ですが、年次が高いことと、新規事業立ち上げの能力があるかは、まったく別問題ですよね。
 定期昇給や年功序列の制度を全否定するわけではないですが、少なくとも新規事業立ち上げにおいては、成功を阻害する要因になっています。
 新規事業のプロが新規事業に抜てきされるし、年次なんて関係なくマネジメントが得意な人がリーダーをやる。それが一番いいじゃないか、と。
 人材マネジメントの視点を持ってポートフォリオを作ることで、事業づくりの理想形に近づけられるのではと思います。
──とはいえ、社員のスキルや経験は、日々アップデートされていくものです。これを全社員分整理して、可視化して、更新していくのは、大変な作業ですよね。
安田 それはその通りで、僕もその大変さは前職で体験しました。
 タレントレビューという年2回の人事評価の時期には、自分のチームの後継者候補や、どんな人材がいるかを、事業部長が提出するんです。
 人材データがまとまっていたわけでもなく、その時期は毎回徹夜でしたね。
 また人材配置を決める際も、模造紙に付箋を貼って、ああでもない、こうでもないと議論するスタイルで。「そこ、ちょっと写メ撮っておいて!」みたいな(笑)。
 半年後にもう一度同じ議論をするのですが、「前回、どんな話をしていた?」「議事録はどこにある?」といったことを繰り返していました。
 こういった大変な作業を毎年繰り返すことになるので、人材ポートフォリオを作ったものの、継続しない企業は結構多いと思います。
──そういう際に、タレントパレットのような人材マネジメントシステムを使うのは、有効でしょうか?
安田 ええ、非常に貢献すると思います。人事の事業戦略として人材マネジメントを掲げたところで、現場に浸透するかは別問題。
 人材ポートフォリオ作成のような大掛かりな作業は、特に現場で後回しにされがちですし、自己流で始める人なんかも出てきてしまう。
 だからこそ、まずはシステムを導入し、統一されたフォーマットの中できっちり管理する。それが一番やりやすいし、浸透もしやすいと思います。
 データが一元化されていれば、「半年前の議事録をあさる」なんてことはなくなりますから(笑)。
 また、生産性だけでなく、人事の仕事の精度も上がると思います。
 人事評価や人材配置の議論の際に、「昨年この人は、ファイナンス部長の後継者候補に選ばれていました。根拠となったのはこの成果で、今年はさらにこんな結果を出しています」という話が最初からできれば、その人の適正な評価と配置につながります。
守屋 そうですね。先ほどお話しした年功序列といった従来の制度を変えるためにも、「形から入る」のは重要だと思います。
 骨の髄まで染み込んだ制度や文化を変えるのは大変なことですが、まずは一律でシステムを導入することで行動が変わり、文化もゆっくりと変えていける
 繰り返しになりますが、新規事業創出で最も大事なものの一つが、人材です。
 タレントパレットがあれば、適正な人材を探し出すことはもちろん「この人をなぜ新規事業部に配属させたいか」という根拠にも使える。
 こういったシステムの導入を通して、最高のメンバーで新規事業を創出できる企業が増えていくといいなと思います。