2021/11/17

【すべての実践者へ】これが新規事業の“正解”の在りかだ

NewsPicks / Brand Design  編集者、クリエイティブディレクター
多くの大企業が新規事業を重点テーマに掲げる一方で、現実に事業化できているケースは決して多くはない。全社を挙げて推進しているはずなのに、社内の承認の壁に直面したり、思うように顧客が集まらないまま撤退に至ったりする失敗はなぜ起きるのか?

創業からわずか3年で約60社、約7000件の新規事業アイデアの創出をサポートしてきたAlphaDriveの執行役員 古川央士氏に、社内起業を成功に導く秘訣を聞いた。
──新規事業開発に力を入れる企業が増え、独立を志すビジネスパーソンでなくても社内起業が身近になりました。最近の変化をどう感じていますか。
古川 新規事業のアプローチにはトップダウンとボトムアップがありますが、近年は後者の割合が増えている気がします。これまでは、経営陣が設定したテーマや事業の中から特定の新規事業を選び抜くといったスキームが多くみられました。
 最近は、ある意味失敗が許されないこうした方法が影を潜め、社員から出てきた新規事業アイデアを一度にたくさん走らせるボトムアップの方法が定着してきた印象があります。
 社会の不確実性の高まりに伴い、「何が当たるかは事前に評価できない」ことを企業が認め、多くの失敗や脱落が出ることを許容するようになってきたように思います。
 新規事業創出の取り組みそのものも定着し始めていて、従業員がその枠組みに参加するハードルも相当低くなっています。
 以前なら新規事業案の公募には詳細なビジネスプランを用意して臨む必要がありましたが、今は簡単なアンケートフォームに入力するだけでエントリーできる会社も珍しくありません。
──新規事業案の公募に興味はあっても、「何をすればよいかわからない」とか、「どんな課題を解決すればいいのかわからない」という人は多いと思います。こうしたビジネスパーソンに何かアドバイスはありますか。
 「こんな課題を解決したい!」という明確なビジョンを持った人や、強烈な原体験に裏付けられた新規事業を提案して成功した例が数多くサクセスストーリーとして紹介されていますが、そんな人はむしろ少数派だと思います。
 実際、数億円を売り上げる新規事業であっても、最初はアイデアが明確になっていないことも多い。当初のアイデアがそのまま事業化されることもまずなくて、途中のプロセスでどんどん変化し、洗練されていくものです。
 スタートの段階では、「子育てと仕事を両立させる人は大変だなあ」とか、「まだ食べられる食品が捨てられるのはもったいない」といった程度の課題意識でも実は十分なんです。
──そんなぼんやりとしたレベルのアイデアを、どのように事業化まで育てていくのでしょうか。
 テーマを設定したら、顧客になるような人に会いに行って、話を聞くことです。このプロセスを通して、「誰の」「どんな課題を」「なぜ自分が」解決したいのかという“WILL(意思)”を明確にしていきます。
 最初はぼんやりしたアイデアも、困っている人や大変な思いをしている人を目の当たりにすることで、「この人たちの力になりたい」というWILLが形成されていきます。多くの顧客にあたるほど、WILLは強化され、取り組むべき顧客課題も絞り込まれていくのです。
 このプロセスで重要なのは、最初は、「AIで何かやろう」とか「サブスクのサービスを立ち上げたい」といった技術起点やソリューション起点、ビジネスモデル起点で考えていた人も、顧客との対話を通して思いの矛先が変わり、顧客起点に目線が切り替わることです。
 強烈な原体験や強い問題意識がなかった人でも、新規事業という困難な道のりを、勇気をもって進んでいくためのWILLが自然と形成されていきます。
 決してこれらの起点が悪いわけではないのですが、顧客起点はほとんど費用をかけずに並行してたくさん走らせることが可能です。時間やコストを抑えながら新規事業を育てていくリーンスタートアップに、最も適した方法のひとつなのです。
──考えるより、まずは行動することが重要なのですね。
 別に誰にも会わなくても頭で考えて企画書を書くことはできますが、それだと圧倒的に解像度が足りません。たとえば、「共働きの子育て家庭は毎日の子どもの送迎が大変だ」という課題は、たしかに誰でも想像がつくでしょうし、共感もできるでしょう。
 しかし、同じ“子どもの送迎”でも、対象が保育園児なのか高校生なのか、住んでいるのが地方なのか都市部なのか、送迎先が保育園か習い事か学習塾か学校か、時間帯は朝なのか夕方なのか夜なのか、手段は自転車か徒歩か車か、この程度の要素が違うだけでも顧客が抱える課題や困りごとはまったく異なります。
 何かの調査を引っ張ってきてパワーポイントに貼り付けたり、自分自身の子育てを通してわかった気になっていたりしても、実際に顧客が抱える課題はそんなに大ざっぱなものではありません。
 対話を通して深堀りすることで、解像度が上がり、応えるべきニーズを固めていくことが可能になります。
──多くの企業が新規事業に取り組む一方で、アイデアコンテストで終わってしまう、途中で頓挫してしまうといった例も少なくないようです。優秀な人材を多く抱える大企業が、なぜ新規事業を成功させられないのでしょうか。
 新規事業では、既存事業と同じプロセスを踏んでしまうことがあだになってしまうことがあります。たとえば、社内で根回ししたり、先輩や上司に相談して意見を聞いたりするのは既存事業では正しいプロセスです。
 ですが、新規事業では社内に答えを持っている人などいないので、むしろ遠回りになりかねない。競合の調査や市場分析などはいずれも既存事業では重要なプロセスで、新規事業でも必要になる局面はあります。
 とはいえ、あまり初期の段階でこうした業務に注力すると、最も重要な顧客の声を聞く時間がなくなってしまう。
 時間がたっぷりあるなら別ですが、半年から1年程度である程度形にすることを求められる新規事業では、初期はとにかく顧客課題を固めることに時間を割く必要があるのです。
──なぜ顧客との対話にそこまで振り切る必要があるのでしょうか。
 新規事業の“正解”を持っているのは、顧客だけです。成功するかどうかは、そこに顧客のニーズがあるかどうかにかかっています。そこをおろそかにしたまま事業化して、「そこまでのニーズはなかった」と後からわかっても遅いのです。
 そうなる前に、初期の段階で顧客との対話を徹底的に繰り返し、本当に解決すべき課題とニーズがあるかを検証することが、結果的に失敗を少なくすることにつながります。
 それ以外の方法が悪いわけではありませんが、多くの事業者がさまざまな商品やサービスで課題解決を図ろうとする社会で、まだ残っている課題を発見するのは簡単ではない。
 ですから、まずはここを徹底的に深堀りすることが、結果的には最短ルートであることが多いんです。
──新規事業コンサルを提供する企業は数多くあります。AlphaDriveは創業からわずか3年で約60社、約7000件の新規事業アイデアの創出をサポートしてきましたが、どんな点が強みなのでしょうか。
 よくコンサルに依頼される業務として、市場調査をして資料にまとめたり、社内稟議を通すための情報を集めたりといったサポートがありますが、当社はこうしたリサーチを重視しません。
 僕らは外を見るより中を見るべきだと考えているからです。市場ありきではなく、社内に眠っている豊かな発想を持つ人材や実行力のある人材、何より彼ら彼女らが持っているアイデアを発掘するというアプローチを大切にしているんです。
 また、当社のような小規模な組織でここまでの件数をサポートできているのは、「ゼロから1を生み出すフェーズ」に力を入れているという背景もあります。
 まだ業種や専門性を問わないフェーズで、ありとあらゆる領域のテーマで日々浴びるように顧客検証を続けていることで、ノウハウがたまっています。
 もう1つ、当社には生粋のコンサルタントはいません。皆、起業や事業開発、あるいは新規事業創出の事務局やオープンイノベーションプログラムの運営をやっていたという実践を経験した人材ばかりです。
 だからこそ、支援先がつまずきやすいところ、担当者が悩む点、稟議を通すうえのハードルなどが手に取るようにわかります。
 当社のコンサルタントは、登山でいうシェルパです。シェルパ自身は登山家ではなく、その山や気候を知り尽くしたガイドでもあり、荷物を持って登山家と一緒に登ります。
 こうしたサポートができる人材であることを重視しているのでなかなか規模は拡大できませんが、一つひとつの支援先を大切に活躍してもらっています。
──AlphaDriveは2019年にユーザベースグループ入りしました。今後、どんな価値を共創できるでしょうか。
 動画学習プラットフォーム「NewsPicks Learning」(旧NewsPicks アカデミア)で、新規事業開発をテーマとする11講座69話の動画講義を配信したところ、非常によく閲覧されていることに驚いています。
 これは当社の新規事業支援ツール(Incubation Suite)にも搭載しているコンテンツで、教科書のように繰り返し見てくださっているという声をたくさんいただきます。
 たとえば、顧客に会いに行きましょうと言っても、どうヒアリングすればいいのか、顧客をどうやって探せばいいのか、といった日々生じる小さな疑問を、スキマ時間で解決できる点が喜ばれているようです。
 前述したとおり、当社のリソースは限られており直接メンタリングできる先は限られますが、こうしたコンテンツや事務局業務の効率化を図れるツールを拡充することで、当社のノウハウをより多くの人に提供できる点には大きな可能性を感じています。
──社内起業に挑戦しても、成功する確率は高くありません。それでも挑戦する価値はあるのでしょうか。
 人生100年時代を迎え、ビジネスパーソンが働く期間は今後も延びていくでしょう。それが長くなるほど、積み上げてきた経験や磨いてきたスキルの中には、陳腐化して使い物にならなくなるものが出てくるかもしれません。
それでも、自ら課題や顧客を発見し、その解決方法を見つけ出し、ビジネスへと磨き上げていく新規事業創出スキルは、いつの時代にも通用する普遍的なスキルです。
 独立はもちろん、業種や職種がまったく異なる分野に転職しても、一生使えるポータブルスキルだと思います。
 新規事業に興味を持つ人に私が最も伝えたいのは、実際に挑戦した人たちが劇的に変わる姿です。新卒時代、大きな志を持って企業社会に飛び込んだ人も、何年かするとその思いを忘れ、慣れや諦めに支配される人も出てきてしまう。
 そういう人が新規事業に取り組む中で、本気で涙を流すようになる姿を私はたくさん見てきました。「こんなに困っている人がいるのに、行動してこなかった自分が情けない」と悔しさを吐露することもあれば、逆に達成感の喜びで涙する人もいます。
 たとえ結果的に成功には至らなくても、ステップを踏みながら新規事業に取り組んだ人は、既存事業でも同じように課題を探し、顧客ニーズを固めながら前向きに日々の業務に取り組むようになります。
 こうして自らの仕事に大きな価値を見つけ、心に情熱の火をともす人を1人でも増やしたいというのが当社の思いなんです。