2021/11/19

【衝撃】デジタル化が「大量のCO2」を生んでいた

NewsPicks Brand Design Editor
 あらゆる産業でDXが推進され、ペーパーレス化が進んでいる。
  一見エコな動きだが、世界的なデータ量の増加が間接的に環境破壊のリスクを増幅させているという。
 膨大なデータの管理・運用による電力消費やストレージ使用の拡大により、CO2排出量や電子製品の廃棄物が急増しているのだ。
 そこで今、GAFAMなどのIT企業がデータの保管ツールとして導入して注目されているのが、半導体メモリーでもハードディスクでもない「テープストレージ」。
 通電せずにデータを保存できるため、ハードディスクと比較して約95%もCO2排出を減らせるという。
 世界シェア約7割のテープストレージメディアを製造する富士フイルム・大木晴信氏に、デジタル化が引き起こす環境破壊のリスクと解決策を聞いた。

なぜデジタル化がCO2排出を増幅させるのか

 コロナ禍も後押しになり、あらゆる場面でデジタル化が進んでいる。
 リモートワークやキャッシュレスの普及、各種手続きの電子化など、枚挙に暇がない。デジタル化に呼応して、データ量は世界中で急速に増えている
 書類が減り、紙の消費や印刷にかかる電力コストが減れば、当然環境負荷も減る。
 デジタル化=エコなイメージがあるが、データを管理・運用するためのストレージ(保存媒体)を企業向けに提供する、富士フイルム・記録メディア事業部の大木晴信氏は、その考えに「待った」をかける。
「データ量の増大は、実は環境保護の文脈で世界的な問題になっています。
 データには、情報処理の後一瞬で消されるものと、ハードディスクやクラウドなどのストレージで長期的に保存されるものがありますが、特に問題なのが後者。
 データの保存に大量の電力を要するため、間接的にCO2排出を増幅させると危惧されているのです」(大木氏)
 たとえば、スマートフォンのカメラ性能の向上や4K・8K技術などの登場により、画像や動画一つひとつのデータが大きくなった。加えて、IoTやセンサー技術で取得できるデータも増えている。
 5Gなどの通信技術の発達によって、一度に大量のデータが送れるようになったことも、データの急増に影響を及ぼしている。
 統計によると、2025年の世界のデータ量は2018年の約5倍、175ZB(ゼタバイト)に到達するとされる。
「ZB」とはあまり馴染みのない単位だが、記録用メモリーなどで目にする「TB(テラバイト)」の10億倍と聞くと、その天文学的数量がわかる。
出典:2025 report by Seagate with data from IDC Global Datasphere, (November 2018)
 それにしても、データの保存がCO2排出につながるとは、どういう仕組みなのか。
「データを保存するストレージのなかでも、特に電力消費が大きいのがハードディスク。
 いつでもデータを取り出せるよう、24時間365日電源が入った状態が前提で、動き続けているディスクを冷やすために冷却装置も稼働します。すると、データを保管しておくだけでも大量の電力を消費するのです」(大木氏)
iStock:XH4D
 大量の電力を消費すれば、当然その供給源である火力発電などの稼働を増やすことになり、間接的にCO2排出量の増大につながってしまう。
 実際、国外の調査ではインターネット用のサーバーやデータを管理するデータセンターのCO2排出量は、航空業界と同等というデータもあるほどだ。
 大量のデータを扱う企業にとって、電力消費の削減が喫緊の課題になっているのだ。

なぜ今「テープ」が注目されるのか

 こうした状況を受け、世界の大手企業はすでに対策に乗り出している。
 その筆頭が、GAFAMや中国バイドゥ(百度)といったテックジャイアントと呼ばれる企業だ。サステナブル意識の高まりが顕著な米国はもちろん、電力のひっ迫が社会問題化している中国でも活発な動きが見受けられる。
 たとえば、データセンターで使う電力を再生可能エネルギーで調達する。自社のクラウドストレージのユーザー向けに、CO2排出量を確認できるサービスを提供する。
「テープストレージ」の導入もそのひとつ。ここ10年ほどで自社のストレージの一部をテープに切り替える企業が増えた。
 グーグルやマイクロソフトも、テープストレージへの移行を明らかにしている。
世界最先端のテープストレージ「LTO(Linear Tape-Open)テープ」。データのバックアップやアーカイブなどに使用され、高容量化の技術はハードディスクを抜いている。
「テープストレージは、一昔前に一般家庭で使われていた磁気テープとは比べ物にならないほど進化したもの。内蔵された1,000mほどのテープに、必要なデータを記録していく仕組みです。
 普段の生活ではすっかり見かける頻度が減りましたが、BtoB製品のコンピューター用磁気テープとして進化を続けており、近年IT業界ではこのテープが再び『環境に優しいストレージ』として注目されています」(大木氏)
 調査によると、テープストレージはハードディスクと比較して95%もCO2排出量を抑えられるという結果が出ている。
出典:Brad Johns Consulting, LLC "Improving Information Technology Sustainability with Modern Tape Storage", (July 2021)
 テープストレージがCO2排出を抑えられる一番の理由は、ハードディスクと違い、読み書きのとき以外、つまりデータの保存自体ではほとんど電力を必要としないことだ。
 必要なデータを記録したら、あとは電気につながずにそのまま棚に置いておく、とイメージするとわかりやすいだろう。
 データを取り出したいときには、読み込みまで30秒~数分ほど待たなくてはいけないのがデメリットだが、そもそも常に取り出し可能にしておく必要のあるデータがどれほどあるだろうか。
「専門用語で常に取り出す必要のあるデータを『ホットデータ』、そうでないデータを『コールドデータ』と言いますが、常に取り出す必要のあるデータ=ホットデータは企業が保有するデータの約3割と言われています。
 逆に言えば、残りの7割はコールドデータですから、テープストレージで『いったん置いておく』保管でも問題ないというわけです」(大木氏)
 ちなみに、テープストレージへの切り替えに積極的なのは、テックジャイアントだけではない。
 大量のデータを扱うシンクタンクやメディア企業、製造業、大学研究機関・医療機関なども、続々とテープストレージの導入に意欲を示しているという。

圧倒的な「コスト減」につながる

 ここで、ひとつ疑問が湧いてくる。それは、近年利用が拡大しているクラウドストレージでは代替できないのか、ということだ。
 クラウドであれば、ハードの機器を動かさなくていい分電力消費が抑えられるし、何よりデータの出し入れも手軽だ。
 GoogleやMicrosoftなど、自社でクラウドストレージを持っている企業がそのバックアップとしてテープを利用するのであれば話はわかるが、そうではない企業もテープストレージを導入するのは一体なぜなのか。
「圧倒的にコストが安いからです。たとえば、すべてのデータをテープで10年間保存するコストを計算すると、クラウドに比べて約66%、ハードディスクに比べて約86%のコストが抑えられるというデータが出ています」(大木氏)
出典:Enterprise Strategy Group, Quantifying the Economic Benefits of LTO-8 Technology , (August 2018)
 クラウドサービスは、使った分だけ料金を支払う従量課金制を採用しているため、預けるデータ量が増えれば増えるほどコストがかさむ。
 クラウド上のデータを再びダウンロードするごとにお金がかかるサービスもあり、膨大なデータを扱う企業にとってはかなりの出費になる。
「GoogleのクラウドストレージであればGoogleの他のアプリケーションとも連携できるなど、クラウドならではの使いやすさはあります。
 なので、現状はほとんどの企業がクラウドとテープストレージやハードディスクを用途によって使い分けています
 電力消費量と業務上の使いやすさのバランスを鑑み、最適なストレージの体制を組み立てよう、というのが近年の流れですね」(大木氏)

世界シェア7割、富士フイルムのテープ

 世界中から熱い視線が注がれるテープストレージ。実は、このテープ生産の世界シェア約7割を占めるのが富士フイルムだ。
 自社で生産・販売しているものもあれば、大手ITメーカーのOEM(Original Equipment Manufacturer、委託生産)として販売しているテープもある。
富士フイルムの最新LTOテープ「LTO9」
 富士フイルムは、コンピューターのデータ保存用ストレージとして、1965年に国内で先駆けてテープストレージを開発し、そこから60年以上にわたってテープの研究開発に取り組んできた。
 この長年の実績が、今日の市場シェアにつながっている。
「私たちはデータを保存するストレージ本体を開発する企業ですが、当然データを読み書きするハードウェアがないと記録はできません。
 この、ハードウェアを開発している企業との中長期的なパートナーシップも、一つの参入障壁になっていると感じます。
 また、近年はテープストレージ需要の増加にともない、これまでハードディスクをメインに使っていた企業からも引き合いが増えています。国内外問わず、テープストレージに興味を持ってくださる企業が増えているのです」(大木氏)
 2020年はコロナで少し需要が落ち込んだが、ここ数年はテープストレージの出荷総量が2ケタ%程度で成長しているという。
今後もデータ増のトレンドは確実に続くため、さらなるテープストレージの普及が予想される。
 この状況に、富士フイルムとしても急増するニーズに応えられるよう、効率的にデータを管理できるストレージを開発していきたいと意気込みを見せる。
 また、日々ストレージ導入を支援するなかで、痛感しているポイントがあるという。
「一番大切だと感じるのは、CO2排出が増えている、コストがかかるといった課題があったときに『じゃあデータを減らそう』ではなく、どうすれば『データをうまく保存できるか』と考えるべきだということです。
 一見、必要ないと思われるデータも、実は将来の自社のサービスや、もっといえば文明の発展につながるかもしれませんから」(大木氏)
 AIの発達も相まって、ますます多くのデータを保有する企業が強い時代になるのは間違いないだろう。
 そして、すでに先進的な企業は環境に配慮しながら、効率的にデータを保管する方法を模索し始めている。
「デジタル化の環境リスクは、今後も企業の重要テーマになると予想されます。
 富士フイルムも、テープストレージの提供などを通してデジタル領域のCO2を削減し、地球環境の保護に積極的に取り組んでいきます」(大木氏)