2021/11/12

【楠木建が斬る】急成長ビジネスマッチングサービスに秘められた、唯一無二の価値

NewsPicks Brand Design Senior Editor
つながりを通して、経営課題を解決する──。オンリーストーリーが手掛ける決裁者ビジネスマッチングサービス「ONLY STORY」とその有料版「チラCEO」が、今伸びている。

ONLY STORYの会員は、毎月200名程度増加を続けており、現在5000名ほどの「決裁者」が登録(2021年11月時点)。2021年4月には、約13億円の資金調達も発表した。

なぜ、オンリーストーリーは決裁者にフォーカスしたのか? 同サービスが提供する価値の正体とは。オンリーストーリー代表取締役CEOの平野哲也氏が、一橋ビジネススクール教授で企業の競争戦略を専門に持つ楠木建氏と初対面。同社のビジネスモデルについて、語り合った。

なぜ、決裁者だったのか

平野 本日はお時間をいただき、ありがとうございます。楠木先生と我々のビジネスについてお話しできるのは、素直に光栄です。
楠木 こちらこそ。初めに、御社サービスについて詳しく聞かせていただき、そのあとで私から意見や感想を述べさせていただければと思います。
 改めて、オンリーストーリーは「決裁者」同士をマッチングさせるプラットフォームを提供しているとうかがいました。なぜ、このようなビジネスに?
平野 まず、私が少しだけ特殊な環境で育ったことが影響しています。私自身の父親が経営者、叔父2人も経営者、知り合いにも経営者が比較的多い環境で育ちました。
 そうして経営者に囲まれる中で、彼らが共通して悩んでいたのが「営業」でした。
 この課題は僕自身のミクロな実体験だけでなく、マクロなデータからも証明されています。
 ただ、ひとことで営業課題と言っても幅広いものです。そこで我々が目を付けたのが、「“決裁者”に会えない」問題です。
 ここからは釈迦に説法となり恐縮なのですが、通常アウトバウンドマーケティングで行われているのはメールや電話で「企業」をターゲットにするマーケティング、いわゆるABM(アカウント・ベースド・マーケティング)です。
 しかし、ABMでは狙った企業にアプローチできても、話している相手が決裁者とは限りません。とくにBtoBのビジネスの場合、非決裁者と面談した場合は相手に権限がないため、成約までに時間がかかりやすいのが現状です(※ABM自体は、非常に有効な手法であるため、あくまですみわけの話として言及)
楠木 たしかにそうですね。
平野 効果的な営業を叶えるためには何が必要か。
 そこで、オンリーストーリーでは狙った企業の、狙ったキーパーソン(決裁者)に直接届く「KBM(キーパーソン・ベースド・マーケティング)」というマーケティングの概念をつくり出しました。
 このKBMを事業化したサービスが、決裁者マッチングサービスの「ONLY STORY」であり、その有料版の「チラCEO」です。
楠木 なるほど。たとえば経団連は、「企業」が会員ですよね。一方、経済同友会や日本取締役協会は「人」が会員になる。
 オンリーストーリーの会員も「企業」ではなく、「人」だと。
平野 はい、そうですね。

コロナ禍のニーズを捉えマッチング数が2倍以上に

楠木 ちなみにコロナの中で、マッチングは伸びているのですか?
平野 今年は昨年の2倍以上のマッチングが生まれ、マッチング数も増えてきています。
 コロナ前はオフラインの商談がメインでしたので、私たちも1都3県のマッチングがメインでした。ですが、商談がオンラインになったことで、全国に対象が広がってきた感覚もあります。
楠木 実際に、どんな企業が使い、どんな成果が出ているんですか?
平野 たとえば、従業員数30人程度のある広告会社さんが有料会員として15カ月使ったところ、174件の商談から19件の成約が生まれ、投資額の6倍以上の売上を獲得されたような事例があります。
楠木 営業以外のシーンで使われることも?
平野 はい、もちろん経営課題は営業だけではありません。
 現在もさまざまな目的で活用されており、将来的には採用支援、投資先や代理店探し、M&Aなど、あらゆる経営課題の解決に関する、あらゆるテーマのマッチングや成約にまで広げていきたいと考えています。
楠木 M&Aのマッチングまでできたら、たいしたものですね。
 チラCEOのサービスは月額の会費なんですよね。御社の収益は、ほぼこの会費に?
平野 はい。現在は、売上の9割以上がサブスクの固定会費ですね。成果報酬等はいただいていません。サービス内容に応じて、料金プランの階層があります。
楠木 (導入企業の事例を見て)結構、大きな企業も有料登録していますね。
平野 そうなんです。最近は規模の大きな企業の登録も増えてきました。

売り手・買い手が集う、稀有なコミュニティ

平野 楠木先生、ここまでの話を踏まえて我々の事業についてどう思われましたか?
楠木 なぜ、これまで「決裁者」にフォーカスしたマッチングサービスが出てこなかったのかなと思わせる、納得感のあるビジネスモデルですね。
 そもそも、商売は入金がすべてです。もちろんサービスをつくることも大事ですが、それ以上に売ることが100倍重要になる。
 そこで大きな意味を持つのが、売り先の「決裁者」であることは間違いありません。そこに目を付けたのは、すばらしい。
 また、営業マンは売る側にしかなりにくいですが、決裁者であれば売る側にも、買う側にもなると。
 セラーだけ、あるいはバイヤーだけを集めているコミュニティではなく、セラー・バイヤーどちらにもなれる決裁者をコミュニティに登録させているのも非常におもしろい。
平野 ありがとうございます。楠木先生にそうおっしゃっていただけてうれしいです。
楠木 ただし、このプラットフォームと相性のいい商売なり商材がありますね。逆に言えば、これがなくても容易に取引が成立する製品やサービスはたくさんあります。
 たとえば、会社でホワイトボードがほしいと思ったら、モノタロウのECサイトにいけばいい。なにも、チラCEO経由で買う必要はない。相性がいいのは先ほど出た、広告会社のような「不定形」な商材かなと想像するのですが。
平野 まず、BtoBのビジネスが前提になります。そのうえで、不定形かどうかも一つの要素ではあるのですが、それ以上に「商材の汎用性(ホリゾンタル性)」の起因率が大きいのです。
 たとえば、採用支援や研修支援、コンサルティング、ホームページや動画の制作といった、ある程度多くの会社に当てはまるサービスは、とくにフィットするようです。
 逆に、医療業界や不動産業界など、領域特化(バーティカル)なサービスだと、現状はベストな相性ではないなと思っています(※オンリーストーリーでは、現在、バーティカル向けの新事業も開発中)

「スピードや効率」だけが、価値じゃない

楠木 なるほど、よくわかりました。ここで、オンリーストーリーのサービスについて、僕が感じた印象をお話ししてもいいですか。
平野 ぜひ、うかがいたいです。
楠木 御社のサイトやNewsPicksの記事、平野さんのnoteも拝見しましたが、そこからは「決裁者に直接アプローチできるから“効率がいい”」という価値しか汲み取れなかったんです。
 たしかに、それも大きな強みです。ですが、今日、平野さんの話をうかがって、サービスの価値はそれだけじゃないし、最も重要なのは効率ではないんじゃないかと思いました。
 オンリーストーリーが提供している真の価値は「人と会う機会」にある。それによって、ビジネスの相手がどんなタイプの人か知ることができることだと僕は思います。
 単に「買い手が見つかる」ことだけじゃない。1回の取引で終わりではなく、売ったり買ったりの関係を続けながら相手への理解を深めていける。
 そういう長期的な関係を築ける可能性の高いビジネスの相手が、ここでたくさん見つかる。意図しない出会いが生まれることもある。それがサービスの肝になると感じました。
 つまり、いろいろなお話をうかがう中で、オンリーストーリーで得られるのは短期の「トランザクション」だけでなく、中長期の「リレーション」もありそうだな、と。
 これからはもっと、ビジネスの「リレーション」がつくれることを、強調すべきだと感じました。とくに、ネットワークを持たない人ほど、強く価値を感じてくれるサービスだと思います。
平野 ありがとうございます。すごく学びになります。
 今、楠木先生のご意見をうかがって一つ思い出したことがあります。
 最近、初回のマッチング面談では成約に至らなかったけれど、しばらく時間が経ってから「実は成約できたんです」というケースが少しずつ、目につくようになってきたんです。
 たとえば、以前つないだAさんが、その時は成約しなくても、後から需要が生まれた際に、「せっかくだからあのBさんから買おう」と再度の商談につながるケースです。
 ほかにも、「チラCEO」でつながったことで「そういえば○○を買おうと思っていたんだ」と潜在的なニーズを掘り起こすケースも見受けられます。
 長い時間軸で見ると、再び商談が生まれ、成約がまとまる。これは決裁者同士をマッチングするサイトならではの強みだと思っています。
 決裁者とのつながりは、単発の成果だけでなく“資産になりやすい”。
 スピードや効率だけでなく、こうしたリレーションから生まれる長期的な価値ももっと伝えていくべきだと、お話を聞いていて思いました。

BtoBでは「心のひだ」が大切になる

楠木 BtoBの商売と聞くと、合理性が重視されて相見積もりで決まるイメージを持つ人が多い。
 でもBtoBって、実はBtoCよりもはるかに仕事相手の「心のひだ」を大切にすべき商売なんです。
 内容と価格と納期だけじゃなく、それを売る側がどういう人なのかが重要ですから。
 ここを単なる“社長の仲良し会”にはしないほうがいいと個人的には思います。チラCEOで行われるのは、あくまでもビジネスの話がメインであるべきだ、と。
 カネ勘定の損得の判断軸と信用主義的な判断軸って二項対立ではないんですね。
 これは、ものの見方の時間軸が違うだけです。カネ勘定のほうが早く、信用形成には時間がかかる。
 このプラットフォームは、お客を見つけるだけでなく、信用形成に着地するほうがよいかと思います。
平野 あくまでもサービスの着地点は「ビジネス」であるべきだということですね。
楠木 はい。ただし、リレーションだからといって商売や取引と関係のないコミュニティに見せたりする必要はないと思います。

ユニークだからこそ「やらないこと」を打ち出すべき

楠木 ちなみに将来的に、M&Aや採用が成果として生まれたら会費はどうなるんですか?
平野 月額会費プラス成果報酬という2段階の収益構造にするか、あるいは成功報酬だけにするか。はたまたM&Aの成立・不成立にかかわらず、今までどおり月額会費のみにするか、現在は思案しているところですが、楠木先生はどう思いますか?
楠木 これは僕の考えになりますが、成功報酬は取らないほうがいいですね。今までどおり、収入はピュアに月額会費だけにしておくのが一番いい。
 結局、ディールがうまくいったら成功報酬を受け取る仕組みだと、オンリーストーリーの中に無理にでも“成約させよう”という空気が充満してくると思う。それはいろいろな機会を制限することにもつながってしまう。
 商談のマッチングをする役割に徹して、今より価値の高いコミュニティになったら、その時は遠慮せずに月額会費を上げればいいんです。
平野 たしかに。先生のお話をうかがって、ビジネスの次の段階の解像度が一気に上がった気がします。
楠木 ユニークなサービスにするためには、「やらないこと」をもっと明確にすることが必要だと思います。
 たとえば、従来のBtoBコマース、人材紹介会社、オフラインの経営者交流会や異業種交流会と何が違うのか、比較対照表みたいなものがあったらわかりやすい。
 新しいサービスだからこそ、実態をつかみにくいと思いますから。
平野 それはよいですね。複数の既存のサービスと多面的に比較すると、我々の目指しているコミュニティの実体がより立体的に浮かび上がってくる。
楠木 単に売りたい人が決裁者にすぐにアクセスできる、その“近道”を売っているだけの会社だと思われるのは損ですよ。
 オフライン交流会の代替サービスではない。もっとまったく違う価値がここにはあると思います。
 それをどう見せていくか。そこは今後、平野さんとオンリーストーリーが試されているところですね。
平野 ありがとうございます。
楠木 それにしても、こう話をしていての印象ですが、平野さんには“ハッタリ”がないですね。
 これは僕の好みの問題ですが、情報サービスを扱う平成以降のスタートアップにはハッタリ商売が少なくなかった。個人的に平野さんみたいなタイプの経営者には好感を持ちます。
 大病を患い生死の狭間をさまよった経験や、長いこと借金をしながら自己資本でやってこられたことなどが影響しているのかもしれない。
平野 ありがとうございます。たしかに資金調達をしたのは、創業から6年ほど経ってからでした。回り道してきたかなと思っていたのですが、地道に泥臭く進んできたことに対して、そう言っていただけると、うれしいです。
楠木 世の中って、本当によくできているんですよね。お客さんは価値のあるものにしかお金を払わない。
 だから、チラCEOに毎月多くのお金を払ってくれる企業がすでにいて、その数が増えていることによって、オンリーストーリーのビジネスの長期的価値はある程度確認できていると思います。
 今後は会員数がもっと増えて、「これじゃ安すぎますよ」とお客さんのほうから言ってくるほどの価値が出てくるといいですよね。
平野 ありがとうございます。先生からいただいたアドバイスを基に、もっと価値ある出会いを提供できるように頑張ります。