2021/11/17

外食外人材が惚れる。「日本の食」を変える仕事とは

NewsPicks Brand Design chief editor
居酒屋「塚田農場」を大ヒットさせて一部上場企業に成長を遂げたエー・ピーホールディングス。しかし、上場後は苦戦を強いられ、回復の兆しが見えたところにコロナが直撃した。CEOの米山久氏も、「かつてはセンスだけで戦っていた」と話す。
コロナ禍の今は、外食産業にとって冬の時代とも言えるが、エー・ピーホールディングスは耐え忍ぶだけではなく、攻めの姿勢を崩さない。戦略コンサルなど「外食以外」からの人材を積極的に採用することで、センスと経営力の両輪で戦っているのだ。異業種人材は食産業で何ができるのか、彼らを惹きつけるカリスマ=米山氏の魅力とは。
INDEX
  • 経営に無頓着でもイケイケだった時期の終焉
  • 出発点は、外食産業への「義憤」
  • 自動車から飛行機へ。外食企業に潜む罠
  • 休業2カ月、コロナ禍で受けた痛手
  • 30歳以下でも10億規模の会社の社長になれる

経営に無頓着でもイケイケだった時期の終焉

「20〜30億くらいの売上の外食は、社長の感性でやっている企業がほとんどです。
かくいう僕たちも、店の空間や業態など、ほとんどクリエイティブの力だけで上場を成し遂げました。十分な売上があり、成長を続けていたので、経営について見つめ直さなくてもよかったんです。
週ごとの経営会議もほとんど井戸端会議で、上がってきた数字をもとにPDCAを回すような意識はなかったですね」
こう話すのは、米山久氏。2001年に異業種から参入し、エー・ピーホールディングスを設立。居酒屋『塚田農場』などのヒットにより、2012年9月に東証マザーズに上場、翌年9月には東証一部に市場変更という急成長を遂げた。
ただし、それだとセンスだけでは乗り越えられない壁にぶつかったときに潰れてしまう。
米山氏自身、「上場後、『飲食のプロであっても、経営に関しては素人だった』と思わされたことが何度もありました」と振り返る。
最初の壁は上場直後に現れた。急成長の原動力となった塚田農場だったが、ピンチの引き金を引いたのもまた、塚田農場だった。
エー・ピーホールディングスは、優れた食材を提供してくれる現場へ足を運ぶ産地研修を行うなど、生産者や漁師たちとの関係を重視してきた。
だからこそ、塚田農場に代表される、高品質・中価格の生販直結モデルが可能になったのだが、ブームにより、既存の居酒屋チェーンと同様に見なされ、「安さが売り」という誤解が生まれた。
塚田農場は「チェーン店」ではない。写真提供:エー・ピーホールディングス
とにかく量を食べたい・飲みたいという人ではなく、月に数回のハレの場として使ってもらうことを狙っていたのに、「チェーンのくせに高い」と不満をこぼされる。
接客にも力を入れていたが、店舗拡大によりアルバイト比率が高まり、「食材の魅力を伝える」という趣旨からずれたサービスも行われるようになってしまった。「塚田農場の売りは地鶏であり、料理だ」という本来の姿に戻すのに4〜5年かかったという。

出発点は、外食産業への「義憤」

そこで米山氏が痛感したのが、これまでいかに事業のモニタリングに無頓着だったか、そして、ブランドについて考えていなかったか、ということだった。
「継続的にブランドを育てるよりも、アイデアやコンテンツに目を光らせておいて、既存ブランドが下がってきたら、新しい業態で商売をはじめるのが飲食業界の当たり前。僕も最初のうちはそれに違和感がありませんでした。
でも、塚田農場の出発点は、おいしい食材を提供してくれる人たちにお金が落ちない外食産業の仕組みに義憤を感じたことです。新しい価値を世の中に提案するのに、少しくらい時間がかかっても仕方ないですよ」(米山氏)
真の目的を考えたとき、5〜7年といった短期間でスクラップ・アンド・ビルドを繰り返すのは違うのではないか。
そこで2016年からは、外食経験のない人材の採用にも積極的に乗り出した。彼らの活躍を見ていると、ブランドを深掘りして、進化させ、客に対してより良いものを提供していくためにも、経営に精通した人材が不可欠だと気づかされた。
「最初のうちは、ハレーションもありました。経営を週単位の数字できちっと管理されることに対して、『自分たちの感覚でお客様を楽しませてきたのに』『これではウチらしくない』と。
でも、経営の力で業績を安定させることがお客様の満足につながるし、自分たちがもっとやりたいことに挑戦できる素地をつくることにもなる。
ほかの産業では当然のことでも、弊社で浸透するまでに1年はかかりましたし、その間に辞めてしまった人もいます。でも、仕事の進め方こそ変わったものの、本質的な部分はズレていません」(米山氏)

自動車から飛行機へ。外食企業に潜む罠

経営の力を期待されて入社した人材の代表格が、現COOの野本周作氏だ。
「初めて塚田農場で食事をしたのが2016年の秋です。当時、裏では態勢を立て直していた時期ですが、そんなことはまったく知りませんでした。ただただ『普通の居酒屋でなんでこんなに美味しいんだ』という印象です。
それからしばらくして、知り合いづてに『経営を立て直してほしい』と声をかけられ、あれだけのレベルの料理を出せるのになぜだろう、と。それがきっかけで2018年の夏に入社しました」(野本氏)
入社して気づいたのは、社員同士のコミュニケーションがかなり密なこと。「面談」という名の1対1のコミュニケーションが頻繁に行われていた。
直接のコミュニケーションを重視しているからこそ、企業規模が拡大し、全国に出店するようになったとき、どのようにつながりを保つか、「らしさ」を伝えていくかが課題にもなっていた。
「関東圏で30店舗ぐらいの規模と、全国で100店舗の規模では、たとえるなら自動車と飛行機くらいの違いがあります。最初、軽自動車からはじまって、ダンプカーまでなら、慣れで何とかなる。
でも、飛行機になると、ハンドルがあって車輪がついているのは同じでも、飛ばし方はまた自動車のそれとは違う。
米山たちは『自動車』を運転するプロですが、いつの間にか『飛行機』に乗り換えていたことに気づいていなかったんです。これは多くの外食企業に共通する罠ですね」(野本氏)
写真提供:エー・ピーホールディングス
一方、野本氏は自動車のプロではないが、それまでの経験から、「乗り物全般は、ここをこうすればこう動く」ということを、スクラッチで考える大切さを知っていた。
その経験をもとに、事業だけではなく、時には人間関係の部分の不具合も含めて解消していくのが最初の仕事になったという。
当事者たちの話を聞いて関係性やそこで働くメカニズムを把握し、引っかかっている部分は何なのか、それを解消するために何が必要かを探っていく。
前職での経験や常識にとらわれず、フラットにファクトを掴んでいくことで、からまった糸が少しずつほどけていった。

休業2カ月、コロナ禍で受けた痛手

もともと外食産業が好きで「学生時代にはドーナツ屋でバイトしすぎて留年した」という野本氏。ただ、新卒で飲食業界に就職すると、全体の経営に携われるようになるまでには長い時間がかかる。
「だから、今のようなかたちで外食にかかわるとは想像もしていませんでした。
でも昔から、一番簡単に人を幸せにできるのは、おいしい食べ物だと思っていました。それに、米山から出てくる大胆なアイデアや、外食産業というくくりでなく、日本の食をより良いものに変えていきたいという思いに、いつもワクワクするんです」(野本氏)
既存店の立て直しが終わり、拡大しすぎていた部分を整理し、さらなる成長の基盤がやっと整ってきた。しかし、そこにコロナが襲いかかる。
コロナ禍によって、東京都で大規模な休業要請がはじまったのは2020年4月11日のことだ。しかしエー・ピーホールディングスはそれに先立つ4月2日から系列店を全国一斉休業させている。当時を振り返って野本氏はこう話す。
「2020年の赤字は36億円でしたが、そのうちの多くは4月、5月に生じています。当時は、コロナの実態もわからないけどお客様は来ないし、従業員も不安になりつつあった。米山も人命の安全を最優先にすべきだと感じつつ、どうすべきか悩んでいました。
そこで僕が勝手に試算し、2〜3週間なら休業しても財務的に乗り切れそうなことがわかりました。それを米山に伝えると、『わかった』と。すぐさま決断し、実行に移すのはさすがでしたね」(野本氏)
3週間を予定していた休業は2ヶ月まで伸びた。従業員への給与補償も予定の100%支給から6割支給へと後退。苦しい局面だったが、迅速に休業を決断したからこそ、手を打つのも早かった。
生活費の貸し付けや住宅費の支援、従業員の他社での就労、さらには店舗用の食材を提供するなど、従業員の生活を守りつつ、テイクアウトの開始やデリバリーへの対応など、コロナ禍に対応した稼ぎ方を模索したのだ。

30歳以下でも10億規模の会社の社長になれる

そのなかで生まれ、今後さらなる成長が見込まれるのが「キッチンクラウド」だ。もともとポテンシャルの高いエー・ピーホールディングスが厳選した素材を使用し、店舗でしか味わえないレベルの料理を家まで届ける。
当初は「焼肉弁当」のような一般的なメニューに注力していたが、それでは味が良くても、既存のテイクアウトやデリバリーとの差別化が図りづらい。
自宅でも作れるメニューではなくて、それこそレストランに行かないと食べられないものを家庭に届けてはどうか。もちろん米山氏のアイデアだ。
たとえばエー・ピーホールディングスには、火鍋や串揚げの専門店がある。家庭で食べようとすれば機材を一式揃えるのも大変で、滅多に使わないから邪魔になる。
調理済みの料理だけでなく、機材ごと自宅まで届け、次の配送時に機材を回収するというサブスクリプションモデルの誕生だ。
キッチンクラウド定期便のメニュー例。機材込みで準備・再現の難しい料理が届き、スイッチを入れるだけでできあがる。
写真提供:エー・ピーホールディングス
現在、一部の店舗で実証実験中のこのモデルでは、家庭でもハレの楽しみ方が可能になるだけでなく、サブスクリプションという特性から、エー・ピーホールディングスとしても在庫管理が容易になり、食材のロスもなくなるという利点がある。
「コロナ禍により、ゴーストレストランがにわかに注目を集めています。
ブランディングの巧みさには感心させられることもありますが、調理の現場にはお客様の目が届かない。飲食業界は総じて参入障壁が低いので、『今なら儲かる』と参入した人によって、いつか事故が起こるのではとヒヤヒヤしています。
安く仕入れたものを工夫して高く売るとか、店舗、あるいは集客や配送の担当業者ばかりが潤って、一次産業の現場にお金が落ちないという状況を変えないと、日本の食は細っていきます。
だから良質の素材を、優れた技術で調理し、提供するという私たちの姿勢は今後も変わりません」(米山氏)
その言葉どおり、エー・ピーホールディングスは従業員の調理技術を磨くことにも、コロナ禍で一層注力した。
今年の春、休業を余儀なくされた時期は、技術を高めたいという声にこたえ、焼鳥を炭火で焼き、寿司を握り、とにかく従業員に経験を積ませる時間として活用した。
エー・ピーホールディングスでは、新卒入社から6年ほどで高価格帯で通用する一人前の技術を身につけることを目標にすると、今期新たに打ち出した。焼き鳥、寿司、接客。自分の武器を持つことで、その先が拓ける。
「キャリアプランが明確なので、成長しようという気概も強いですし、30歳以下の社員でも10億規模のグループ会社の社長を安心して任せられるようになってきました。
豊かな人が豊かな食事をするのは当たり前ですが、一般の人でも、中価格で国産の上質なものを食べてほしい。そういう思いでこれまでやってきたから、共感してくれた人が大きく育っていくのは本当に嬉しいですよ」(米山氏)
エー・ピーホールディングスでは、コロナ禍を従業員に経験を積ませる時間として有効活用した。
写真提供:エー・ピーホールディングス
エー・ピーホールディングスは、居酒屋業態や外食産業という小さな枠ではなく、食産業全体にフォーカスし、日本の食のあるべき姿を追求する。だから、大きな夢を見る人が集まってくる。
「掲げる夢のスケールだけでなく、グループ全体の事業規模としても、非常に挑みがいのある仕事です。加えて、システマティックなチェーンに多い現状維持志向ではないし、あたかも個人店のようにどんどん進化させていくスピード感もある。
自分がこれまで異業種で培ってきた技術や経験を、そんな環境で生かすことに挑戦したい。そういう仲間をさらに増やすことで、日本における食の未来を切り拓いていきたいですね」(野本氏)