2021/11/19

アート思考ができる人は「正解」ではなく「好き」を見つけるのが上手い

NewsPicks Inc. brand design, editor
 変化の多い時代に、ロジックや既存の思考にとらわれない柔軟な発想法に関心が高まっている。
 ビジネスの場でいま注目を集める「アート思考」もその一つだ。
「そもそも子ども時代には、誰もが自然とアート思考ができていた。
大人になっても、絵を描かなくても、アート作品との向き合い方を変えるだけでアート思考は取り戻せる」(末永氏)
「アート思考とは、“自分で考える力”。
好きな作品を所有する体験を通じて、よりアイデンティティを深めることができる」(松園氏)
13歳からのアート思考』の著者である末永幸歩氏と、1万円からアートを共同保有できるサービス「ANDART」を手掛ける株式会社ANDART代表取締役CEOの松園詩織氏が語り合った。

アート思考を「13歳」で失うのはなぜか

──末永さんの著書に「13歳以前の子どもにはアート思考がある」と書かれていて驚きました。改めて「アート思考」とは何かを教えてください。
末永 「アート思考」は、アーティストたちが作品を生み出す過程の思考法という意味で名付けられ、多くの人が様々な切り口からアート思考とは何かを説いています。
 私の著書では、アート思考を「自分のものの見方で世界を捉えて、自分だけの答えを作ること」と定義しています。
 作品が生み出されるまでの「過程」つまりアート思考こそが、実はアートの本質とも言えます。
──アートが好きという大人も多いですが、13歳以前のアート思考ができた頃とは何が違うのでしょうか。
末永 13歳と区切った理由は、小学校から中学校に上がる年齢だからです。
 小学校で「図工」は人気教科ですが、実は中学校で「美術」になるとその人気がガクッと下がる。
 それは、美術の授業では、制作の技術や美術史の知識といった、正解があるものへの比重が大きくなってしまうからだと考えています。
 ここで「アートに正解がある」と思ってしまうと、途端に難しく感じてしまう。
 でもアート思考とは、作品と情報を照らし合わせて、正しく解釈することではないんです。
 端的にいえば、美術館で作品よりも作品の横にある「キャプション(説明や題名など)」を読み込む人は、アート思考を磨くチャンスを逃しているかもしれませんね。
松園 なるほど。末永さんがおっしゃっているのは「アートを見なさい」ではなくて、「あらゆる物事に対して、自分の感覚を持ちなさい、研ぎ澄ませなさい」ということなんですね。
 私自身は経営者でありビジネスパーソンですが、アート思考はビジネスにかかわらず、人間としての深みや、より豊かに生きるためのツールだと思っています。
 それが今「アート思考」と名付けられたことこそ、世の中に大きなインパクトを与えたと思うんです。
 私は美術の専門教育を受けたわけではないですが、モンテッソーリ教育※など自由で柔軟な思考を重視する教育を受けたり、家にアートが飾ってあったりと、子どもの頃はアートがとても身近なものでした。
※モンテッソーリ教育とは、イタリア人の医師で教育家であったマリア・モンテッソーリ博士が考案した教育法。「子どもには自分で自分を教育する、育てる力がある」という「自己教育力」がベースの考え方。
 小さい時は純粋にアートが楽しかったのに、大人になると知識を必要とされる気がして、専門教育を受けないと門外漢のようにも感じてしまう。アートを縁遠く感じていました。
 でも、「ただアートが好き」なだけでいいと思うんです。
 純粋に「自分が好きなものを買う・所有する」行為を通して、より身近にアートを感じてほしいと、ANDARTのサービスを始めました。
 私は「アートを所有して自分ごと化することで、アイデンティティを深められる」とよく表現するのですが、まさにアート思考に近い感覚なのかもしれません。
ANDARTが手掛けるアートの共同保有サービスも、まだ世界でも1、2社あるかないか。
 現代アートを中心に、今ではバンクシーやアンディ・ウォーホル、KAWSなど、35点の作品を所有しています(2021年11月現在)。
 広い世の中で、自分たちらしい独自性を出せたことは価値だと思っています。

自分なりの「興味」を選び取る

──まさにアートには知識を必要とされていると感じていました…。ついキャプションや作品情報を読み込んでしまいます。
松園 知識や教養があるとより楽しいと思う一方で、知識なしにただ作品と対峙して得られる感情や発見も面白いですよね。
 でも、そんな自然な気持ちも、アーティストの背景を知るとまた違う深みが増したり。
 ANDARTでは、オーナー限定イベントのように、ユーザーさんが生の作品に対峙できる機会を設けています。さらに、作品の背景やトレンドがわかる解説記事やオークション情報なども提供しているので、どちらの楽しみも感じていただけると思います。
 起業した当初には「アートをきちんと勉強していない人間が、簡単にアートを語ってほしくない」といった空気も感じましたが、知っていても知らなくても面白いのがアートですよね。
 アートには正解がないはずなのに、大人になるほど堅苦しくなってしまうというか。
作品鑑賞イベントでの、ANDARTスタッフとオーナーの1枚。「オーナー様がアートを自分ごと化し、かつアート思考を実践していただけていたら嬉しいです」と松園氏(提供:ANDART)
末永 私の授業では「興味のタネ」から「探究の根」の部分を大事にしていますが、小学生は勝手に「興味のタネ」がどんどん出てきます。
 でも大人はなかなか疑問や違和感を抱けませんよね。これもやはり、既存の正解にとらわれていることが原因ではないかと。
末永氏が行った小学校での授業の様子。(提供:末永幸歩氏)
 アートには、名作として社会から評価されている作品が存在します。しかし、「これがアートだというようなものは、ほんとうは存在しない。ただアーティストがいるだけだ※」という言葉もあります。
※エルンスト・ゴンブリッチ『美術の歩み(The story of art)』
 たとえば、ある美術館では一般的なビデオゲームがアート作品として収蔵されるなど、アートか否かの垣根は曖昧です。だからこそ鑑賞者が、「正解とされるような解釈」にとらわれず、自分なりに感じ取って考えを持てるのではないでしょうか。
 知識があると鑑賞も面白い。でも作品を勝手に解釈して、自分なりの答えを作ると、アートの鑑賞がすごく楽しくなりますよ。
 好きな作品を見て自分で考えた言葉って、唯一無二ですから。
松園 素晴らしいですね。ANDARTのユーザーさんにも是非そういった楽しみ方をしてほしいと、心から思っています。
 私はアートを好きな気持ちを言葉にすることで、すごく生きやすくなったと感じています。人と比べたり評価されたり、あらゆることからちょっとだけ解放されたような。
 アート好きを名乗るのは心理的にハードルが高いという人も多いなかで、ANDARTのユーザーさんから「たとえ作品の一部であっても金銭的な関与を持つことで、アートが好きという気持ちを言葉にしやすくなった」との声をいただいています。
──作品の所有権を持つことで、アート好きを名乗りやすくなる?
松園 そうですね。わずかでもアートと金銭的な関与を持つ大きなメリットの1つには、まさにこうした心理的なハードルを取り除く効果があると考えています。
 実はANDARTのユーザーの約65%が、初めてアート作品を買うようなアート初心者の方なんです。
ミーハーな心でスタートしても、それも「興味のタネ」で、その人の個性ですよね。オーナーになると自分が所有する作品に詳しくなったり、好きになったり。自由に楽しむきっかけになると思います。
 だから「とりあえず自分が知っている有名なアーティストを買う」からスタートしていただければいいなと思っています。

「13歳」以上の大人がアート思考を身につけるには

──なるほど。ビジネスパーソンがアートを自由に楽しむために、どんな方法がありそうでしょうか。
末永 美術館などで作品を鑑賞する際には、本の中でも少し紹介した、作品とのやりとりにフォーカスする「アウトプット鑑賞」がおすすめです。
 ただ見るだけではなくアウトプットしようと思うと、作品をもっと詳細にいろんな角度から見ることができます。
 また、アート作品の所有も、「自分なりの答えを表現する方法」の1つかもしれませんね。
 アウトプット鑑賞では自分が感じたことを「言葉」にして表現してみましたが、それが「選んで所有する」行為に変わっただけ。自分で考えて「ここが気に入ったんだ」と語れるストーリーがあって選び取ることが大切です。
 特にアート作品は、わかりやすい機能や利便性がないからこそ、その人が選び取った理由や価値観、個性が出ますよね。
 私は美術館に行くと「興味をそそるもの」を 1つ選んでから見るようにしています。
 これが不思議なことに、「好きなもの」を選ぶぞと考えると、ついきれいな作品を選んだり、「家に飾る作品」と思うとインテリアに合うかなと考えたりしてしまうんですよね。
 でも「興味をそそるもの」は必ずしもきれいじゃなくていいし、インテリアに馴染まなくたっていい。
「家には飾らないけど、所有できる」共同保有サービスなら、純粋に自分が気になる作品を選べそうですね。アート思考と作品のコレクション、いいとこ取りが実現しそうです。
松園 おっしゃる通りです。「ANDART」でコレクションする、「選び取る」行為が、その人のアイデンティティや主観を深めるきっかけになれたら嬉しいです。
 実際に、美術史的な背景など関係なしに、自分のコレクションを楽しんでSNSでシェアされているユーザーさんや、イベントで私たちに自分なりの言葉で語ってくださるユーザーさんを見ていると、そういったアウトプット鑑賞やアート思考に近い循環ができていると感じます。
──日本人は美術館に行く人が多い一方で、自宅に所有している人はあまりいませんよね。
松園 「自分の家に置けないなら買う意味がない」と意見をいただきますが、私たちは「置かないことで広がる楽しみ方もある」と考えて、新しい所有の形を提案しています。
「ANDART」では実物がある作品を取り扱っているので、デジタルで完結することはありません。定期的に展覧会を開催し、作品を見られる機会も作っています。
末永氏が記事中でアウトプット鑑賞したダミアン・ハーストも展示された、オーナー限定鑑賞イベント。(提供:ANDART)
「ANDART」でアートへの心理的なハードルがちょっと下がったら、次は自分で選んで買ってみようという、さらなる好循環も生まれるなど、ユーザーのアクションがどんどん深くなっているような感覚があります。
 末永さんとお話しして、いつか「この作品をどう思ったか」なんてアウトプットできる場所やコミュニティがあればいいなとアイデアが浮かびました(笑)。
「ANDART」を通じて、自分なりの興味やアート思考を見つけてもらえたら。何より、正解のないこと、新しいことに対して行動を起こすきっかけになれば嬉しいなと思います。