2021/11/1
【コロナ後の旅行】なぜ選ばれるホテルは“原点回帰”を目指すのか
オリエンタルホテルズ&リゾーツ | NewsPicks Brand Design
長引くコロナ禍によって、インバウンドを中心に旅行客は激減。宿泊業界は大きな痛手を負っている。
平時を取り戻すまでの間、デイユースや定額制プランなどでテレワーク需要への策を講じる企業がある一方で、コロナ後まで見据えた価値創出に取り組み始めた企業もある。
その一つがオリエンタルホテルを有するホテルマネージメントジャパンだ。
全国で22のホテルを展開する同社は2021年6月に15施設のブランドを統合してチェーン化し、自社の生き残りにとどまらない新たな経営戦略を打ち出した(※11月現在16施設)。
キーワードは「地域共創」。
アフターコロナに描くホテルの価値とは。代表取締役の荒木潤一氏に聞いた。
逆境は、組織改革のチャンスだった
──ここ10年ほど右肩上がりだった旅行・宿泊業界は、このコロナ禍で計り知れない打撃を受けました。率直なところオリエンタルホテルはいかがですか?
荒木 もちろん我々のホテルも例外ではありません。
一般的なホテルの稼働率の目標ラインは80%以上と認識されていますが、コロナ禍では多くのホテルで、収益確保の重要KPIである客室稼働率は50%以下に落ち込んだといわれます。なかには、10〜20%という状況になった所もあるようです。
弊社も概ね同様と申し上げれば、現状がどれほど厳しいかはおわかりいただけるでしょう。ここまでの大打撃となると、経営としても守りに徹さざるを得ない。とにかくコスト削減に頭を悩ます日々でした。
そして、コロナ禍でのミニマム運営がもたらす痛手として、本来のホテルの魅力を創造する機会も減ってしまった。
お客様が極端に減る影響は多岐にわたります。しかし見方を変えれば、普段できないことに取り組めるタイミングでもある。
私たちはこの逆境を、アフターコロナを見据えた改革のチャンスと捉えました。いわば、再建に時間を当ててきた1年半ですね。
──コロナ後を見据えて、どんな取り組みを始めたのでしょうか。
まずは我々ホテルマネージメントジャパン(以下、HMJ)が経営及び運営する全国各地のホテルを新ブランド「オリエンタルホテルズ&リゾーツ」でチェーン化しました。
──チェーン化、ですか?
チェーン化には、2つの目的があります。1つは平準化による効率アップ。もう1つがチェーン共通の魅力の創出です。そのために取り組むのが「地域共創」です。
ホテルのある地域、そして関係人口をも巻き込んだ「コ・クリエーションホテル戦略」で、独自性のある体験価値を生み出す狙いです。
──均質化の側面もあるチェーン化は、地域の独自性を打ち出す戦略とは相反するように思うのですが。
チェーン化といっても、すべてを平準化するわけではありません。「地域とともに魅力を発見し、創造する」という共通のビジョンを持つという意味です。
観光ニーズの根幹とは、異文化体験での発見や感動を求めて自分の知らない土地に行くこと。私たちはそう考え、各地域ならではの体験価値を追求します。
そのなかでの成功事例やノウハウを全国で共有すれば、より付加価値の高い体験をどこででも安定して提供できるでしょう。
こうした地域共創による体験価値創出を目指す取り組みの第1弾として、6月に神戸メリケンパークオリエンタルホテルでの「神朝プロジェクト」をスタートさせました。
地元企業や住民など地域の関係者と共に、神戸らしい“朝の魅力”を再発見する3つの体験プランです。
さらに今秋、神戸市西区にある流通科学大学との産学連携で、学生たちと神戸の朝を楽しむ「デジタルデトックス」をテーマにした宿泊プランも発売しました。
神朝プロジェクトは起点に過ぎません。今後、オリエンタルホテルズ&リゾーツを全国で“地域独自の体験”を提供できるホテルブランドにしていきます。
すでに各地のスタッフが地域のステークホルダーと対話しながら、地域共創による体験価値の創出をスタートさせています。
アフターコロナの旅行は、“体験”の需要がより鮮明となる
──地域共創を経営戦略の軸としたのはなぜでしょうか?
コロナ以前から、観光目的の宿泊客のニーズに変化を感じていたんです。
たとえば当初、中国をはじめとするインバウンドのお客様の目的は、圧倒的に買い物でしたが、みなさん次第に体験価値も重視されるようになってきました。
そこにコロナが直撃します。世界中で旅行が制限され続けたコロナ後には、溜まりに溜まった国内外の観光需要が一気に解放されることになる。そこで求められるのは、その土地や地域でしかできない体験です。
だからこそ、“旅行の目的地となるホテル”が必要です。観光地の恩恵を一方的に享受するのではなく、ホテルが地域の魅力をさらに高める一翼を担いたいと思っています。
──どうすれば“旅の目的地”として選ばれるホテルになるのでしょうか?
昔と違い、設備や建築といったハード面だけでホテルを差別化するのは難しい時代になりました。
一般住宅のインテリアや内装設備のクオリティがどんどん高くなった今、お客様を圧倒するような豪華な内装やアメニティだけで、ホテルに満足していただけることはないでしょう。
これからのホテル選びにおいては、いかに地域ならではの滞在体験を提供できるかが重視されると考えています。
地域の魅力が伝わり、多くのお客様が訪れるようになれば、地域経済が活性化する。結果、私どものホテルに泊まりたいというお客様もさらに増えていくでしょう。
単に一時的な観光ニーズの爆発を捉えるよりも、時間をかけて地域の魅力づくりに投資するほうが、大きなリターンが返ってくると考えています。
各地のオリエンタルホテルが地域活性化の旗振り役となり、街の魅力を最大化する。最終的には、地域の経済成長とホテルの成長がイコールの状態を目指しています。
日本最古の西洋型ホテルのDNAを継承
──ホテル単体ではなく、地域そのものの魅力づくりへの投資が、ブランドの価値につながるのですね。
そうです。オリエンタルホテルズ&リゾーツのDNAは、前身である「オリエンタルホテル(以下、旧オリエンタルホテル)」に由来します。
旧オリエンタルホテルは、1870年に神戸外国人居留地に開業した日本最古級の西洋型ホテルです。
当時アジア随一の海運拠点であった神戸港とともに世界のVIPを迎え、日本に西洋文化が流入する玄関口。その歴代オーナーとスタッフたちは、日本にない新しい体験価値を提供して街に刺激を与え続け、神戸の発展に貢献してきました。
たとえば日本初のジャズバンドが結成され、日本で初めてジャズが演奏されたのは、旧オリエンタルホテル。日本最古の西洋型ホテルの一つとして、そのほかにも食やパーティ開催などの新しい文化体験を提供し続けてきたと言えます。
こうした旧オリエンタルホテルのあり方が、まさに地域共創なのです。
つまり今回のチェーン化は、旧オリエンタルホテルが体現してきた地域共創の精神を、“成長の根幹”として継承していくための手段と言えます。
私自身も以前、「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」で総支配人を務めていました。
最上階の「VIEW BAR」は神戸の美しい夜景が望めるベストスポットです。しかし当時は、その眺望を最大限に活用できているとは言い難い状況でした。
この素晴らしい場所に、ジャズやバーといった西洋文化の発信地だった“神戸らしさ”を取り戻したいと強く思ったのを覚えています。
赴任後すぐに内装をリニューアルし、街場の人気店の知恵をお借りしてバーテンダーを指導いただきました。
音楽も神戸らしい上質なものをお届けしようと、神戸の音楽シーンに詳しいDJに尋ねたところ、「それなら、チキンジョージに相談するといい」とアドバイスされました。
──「チキンジョージ」とは?
今年創業40年を迎えた、神戸を代表するライブハウスです。そんな場所に、カルチャーのまるで異なる一介のホテルマンが突然訪ねていったところで、相手にしてくれるとは思えませんでした。
しかし私たちの目的は、単なるVIEW BARの価値向上ではありません。お客様に「さすが神戸」と言われるような、神戸でしかできない体験を届けたかったのです。
そんな思いを丁寧に伝え、チキンジョージの方々に共感いただけたからこそ、協力を得ることができた。ミュージシャンもホテルスタッフも、立場は違えど神戸を愛する気持ちは同じだったのです。
今ではチキンジョージお墨付きのミュージシャンに演奏してもらえるパートナーシップを築き、神戸ならではの滞在体験の提供が実現しています。
──地域共創を成功させるためのカギは何だと思われますか?
まずは、私たちホテルスタッフが地域の魅力をどれだけ知って、伝えられるかだと思います。
スタッフは地元出身者とは限りませんし、地域外から通勤している人もいます。ただ、ホテルは多くの観光客の拠点となる。そこにいるスタッフは、地域の中でも観光ニーズを最も熟知する存在です。
そのニーズを共有して、地域の英知を結集させる。ホテルスタッフ1人の知る世界はごく小さなものですが、地域を見渡せば、飲食、音楽、娯楽、ゴルフ……さまざまなプロフェッショナルがいる。業界の枠を超えて、彼らを頼るべきです。
地域のプロとともに体験価値をつくれる人材が増えれば、ホテルはもっと魅力的な“目的地”になれる。ホテル内だけで奮闘するより、魅力に広がりや深みも加わるはずです。
新たな経営戦略は、原点回帰
──地域のいちプレーヤーとしてではなく、まちづくりにおける主体的な役割を担っていくわけですね。
そうですね。我々にとっての地域共創の成功モデルは、全国屈指の温泉地として知られる、熊本県の黒川温泉です。
1970年代にとある旅館経営者が、自分の旅館だけが繁盛しても意味がないと考えて、温泉街を巻き込んで「黒川温泉=上質な里山の温泉地」というブランドイメージを確立させました。
以来、2009年版「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で、温泉地としては異例の二つ星を獲得するなど、熊本地震やコロナ禍といった危機もくぐり抜け、今日に至るまで国内外のリピーターを呼び込んでいます。
オリエンタルホテルも地元にお住まいの方をはじめ、地元企業といった大勢の関係人口まで巻き込み、ともに地域の魅力を生み出していく。それが地域のホテルに地元の方が期待することであり、我々の責務だと思っています。
これまで宿泊業界は、何もしなくても右肩上がりで成長してきたので、2014年頃からレストランや宴会施設を併設しない「宿泊主体型ホテル」が全国で急増しました。
しかしホテルの数を増やすだけで地域は潤わず、観光地としての魅力が増すことはありません。
泊まるだけのホテルなら、安ければどこでもいいと思われてしまう。際限のない価格競争で、業界は疲弊する一方でしょう。
──地域共創の仕組みは、ホテル業界への参入障壁や、業界内の差別化にもつながりそうです。
だからといって、私たちは奇をてらったことをしようとは思っていません。コ・クリエーションホテル戦略で実現しようとしているのは、ホテル本来の役割への原点回帰でもあります。
もともとホテルの総支配人といえば、地元の名士として街のイベントの神輿に乗せられるような存在でした。それだけ地域に貢献していると、地域の人々が認めてくださっていたからです。
こうした、ホテルが元来持っていた資質をコロナ禍で見直すことができた。その資質を地域のみなさんにも活用いただいて、地域と一体となって成長していくことを願っています。
執筆:横山瑠美
撮影:林和也
デザイン:藤田倫央
取材・編集:中道薫
撮影:林和也
デザイン:藤田倫央
取材・編集:中道薫
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