2021/10/28

問題は「時間」だけじゃない。どうすれば睡眠の“質”は手に入るのか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
「忙しくて十分な睡眠時間がとれない」「朝すっきりと目覚められない」──。

多くのビジネスパーソンがこのような睡眠に関する悩みを抱えているのではないだろうか。睡眠の問題は生産性を低下させるだけでなく、中長期的に病気を引き起こす要因にもなるため、すぐにでも対策が必要だ。

とはいえ日々忙しいビジネスパーソンにとって、十分な睡眠時間を確保したり、最適な睡眠環境を整えたりすることは容易ではない。

そんななか「多忙なビジネスパーソンにこそ、寝具の“カスタマイズ”の概念を知ってほしい」と語るのが、機能性マットレス“エアウィーヴ”を提供するエアウィーヴ代表取締役会長兼社長の高岡本州氏だ。
スタンフォード大学をはじめさまざまな研究機関と睡眠研究を行ってきた高岡氏に、眠りの“質”を手に入れる方法と寝具のカスタマイズが睡眠にもたらす影響を聞いた。
※初掲載は2021年10月28日。情報は2023年3月時点で最新のものに更新

睡眠を「時間」でしか測っていない

──日本は「睡眠不足大国」といわれるほど、多くの人が慢性的な睡眠不足に陥っています。高岡さんから見て、日本人の睡眠にはどのような課題がありますか。
高岡 睡眠を「時間」でしか測っていない。これが大きな問題です。
 多くの人は「昨日はよく眠れた?」と聞かれたら、「6時間寝ました」と時間で答えると思います。
 しかし本来なら、よく眠れているかどうかは睡眠の「質」で測られるべきです。
 皆さんも食事の質には相当気を使っているはずです。栄養バランスを考えたり、ビタミンやたんぱく質をサプリメントで補ったりすることは、ごく当たり前にやっているでしょう。
 とくに1990年代以降は体脂肪計などの人間の体内を可視化する技術が登場し、一般の人たちも「体脂肪率が高いから、油物は控えよう」といった食事の質への意識がさらに高まった。
 現代人の食事の質は、科学によって高度化されたのです。ところが睡眠だけはいまだ時間にしか目を向けず、質が置き去りになっている。
 健康寿命を延ばし、年齢を重ねても元気な人生を送るには、睡眠の質を向上することが不可欠です。
──睡眠の質が低下すると、どのようなリスクがありますか。
 睡眠の最大の役割は、脳と体を休息させることです。裏を返せば、質の良い睡眠がとれないと、翌日も疲れが残ってしまう。
 いくらやる気があっても、仕事中の思考能力は低下し、パフォーマンスは落ちます。
 若いうちは無理が利くので「寝なくても大丈夫」と過信しがちです。私も20代の頃は、睡眠の質を意識するどころか、2時間や3時間しか寝ない日もよくありました。
 ところが30代になると睡眠不足が日中の仕事に影響するようになり、その頃から眠りの改善を意識し始めました。
 とくに37歳の時、私の父が創業した会社を継いで社長になって以降は、すべての会議において自分が最終意思決定者になりました。
 リーダーとして重要な意思決定を下す立場になったことで、睡眠の重要性を私自身も痛感したわけです。
──とはいえ、一般にリーダーやマネジメントのポジションになれば、ますます仕事が多忙になるので、毎日十分な睡眠時間を確保できるとは限りません。
 だからこそ、睡眠の質を上げることが大切です。睡眠時間が多少短くても、睡眠の質を改善すれば、「時間×質」のトータルで必要な睡眠を確保できます。
 「睡眠負債」という言葉もありますが、これは十分な睡眠がとれないことにより、健康へのマイナス要因が借金のように積み重なっていくことです。
 睡眠には脳の老廃物を排出したり、免疫力を高めたりする役割もありますが、睡眠負債が積み重なるとこれらの機能が正常に働かなくなります。
 それがさまざまな病気の原因になることが明らかになっています。
 睡眠の問題は、ボディブローのようにじわじわと効いてくる。
 今はまだ健康や仕事のパフォーマンスに大きな影響が出ていなくても、決して軽視すべきではありません。

なぜ睡眠は「科学」されなかったのか

──食事は科学によって高度化されたという話がありましたが、なぜ睡眠は科学的なアプローチが行われなかったのですか。
 睡眠の質に大きな影響を与えるのが、寝具です。
 しかし、従来の寝具業界は「売ったら終わり」の世界でした。これが長らく睡眠が科学されなかった理由です。
 寝具は反復購入品ではなく、買うのは転居や結婚などライフイベントの時だけ。頻繁に買い換えるものではありません。
 それに実際に比較するには結構な労力がかかりますし、自分が購入した寝具しか使用感がわからないのでクレームも出ない。
 だから寝具メーカーがわざわざコストをかけて、寝具が眠りに与える影響を研究するインセンティブがなかった。
 つまり睡眠の研究開発よりも、いかに数を売ることができるか、売り場の確保に重きを置いてきました。
 しかしエアウィーヴは、寝具業界に参入した時から「眠りの質」を売ろうと考えた。これは「物事は科学しないと進歩しない」という根本的な考えに基づいています。
 だからブランドスローガンに「眠りの世界に品質を The Quality Sleep」と掲げたのです。そして眠りの質を上げるには、科学的なアプローチが必要となるわけです。
──寝具メーカーがやらなくても、大学や医療機関で睡眠を科学的に研究している人もいるのでは?
 確かに睡眠を専門とするドクターはたくさんいます。しかし医師が研究対象とするのは、不眠症など睡眠障害をすでに抱えてしまっている人たちです。
 睡眠障害は精神的な問題や生活習慣などが要因となるので、それは寝具だけで解決できる問題ではありません。
 そのため私たちは、健康な人により良い睡眠を提供するための研究に注力しました。
──どのように研究を進めたのですか。
 まず研究したのが、「寝返り」と「深部体温(体の内部の体温)」です。
 スムーズに寝返りできないと、筋力を使うので脳が覚醒し、睡眠を妨げる。また、質の良い睡眠をとるためには、深部体温が十分に下がることが必要です。
 そこで一般的な低反発マットレスと比較した研究を行い、両者ともエアウィーヴが睡眠に良い影響を与えることが確認されました。
 さらに私たちは、研究対象としてトップアスリートに着目しました。なぜなら「一流に認められるものを作るべき」と考えていたからです。
 歴史を振り返れば、世界のトップに認められた技術こそが、一般ユーザーにも普及しています。例えばかつてはF1で使われた最先端の技術は、現在は軽自動車に搭載されています。
 だから私たちも、まずは一流アスリートに認められる寝具を開発し、その技術を多くの消費者に提供したいと考えました。

「カスタマイズ」の発想が生まれた理由

──では実際にアスリートへ寝具を提供し、効果を確認してもらったのですか。
 一流アスリートといえば、やはりオリンピック選手。4年に一度の大舞台に自身のピークを合わせる必要があるため、まさに一流のコンディション調整が求められます。その本番前日に寝るマットレスに選ばれたら本物だと考えました。
左から2009年からエアウィーヴを愛用している 錦織圭選手、東京2020オリンピック柔道 金メダリストの阿部一二三選手、阿部詩選手。
 エアウィーヴは、2008年の北京大会から日本選手団にマットレスパッドの提供を始めました。最初に提供したのは1種類のマットレスです。
 しかし考えてみれば、食事は各選手の体格に合わせてカロリーや栄養バランスをカスタマイズするのに、寝具は100kgの選手と50kgの選手がまったく同じものを使っている。体形や体重が違う人が、同じ寝具でいいわけがない。
 そこで2012年のロンドン大会では、それぞれ表裏で硬さの異なる3種類のマットレスパッドを提供。その後のソチ、リオ、平昌大会ではフィッティングを実施し、各選手の体形に合う商品をお渡ししました。
──寝具をカスタマイズしたわけですね。
 そうです。ところが300人ほどの日本選手団だけなら、一人ひとりに合ったマットレスを提供できましたが、2020東京大会では2万人に上る各国の代表選手に対応することになりました。
 もちろん事前に全員をフィッティングして本人に最適なマットレスを用意するのは難しい。
 そこで東京大会では、表裏で硬さの異なる3分割したマットレスを提供しました。選手自身が選手村の中でマットレスを自分仕様にカスタマイズし、最適な睡眠環境を作れるようにしたのです。
 この選手村に提供した寝具が世界中のアスリートに高評価を頂き、これまでの実績をもとに、パリ2024大会の選手村にも個別仕様化できる3分割マットレスを提供することにもなっています。
──マットレスを3分割するアイデアは、どこから生まれたのですか。
 実は2020東京大会を迎える以前から、「マットレスは1枚である必要があるのか?」と疑問を抱いていました。
 マットレスは大型商品なので配送業者が2人がかりで運ばなければいけないし、お客様はわざわざその日の予定を空けて自宅で待たなくてはいけない。
 でもマットレスを3分割すれば、ダンボール箱に収まり、通常配送でお届けできます。一般の宅配物と同じようにお客様が玄関先で受け取り、簡単に組み立てられる。配送業者の負担も軽減します。
 そこで2017年から3分割マットレスの開発を始め、同年秋に分割したパーツごとに硬さを変えた新商品を発売したところ、好調な売り上げを記録しました。
エアウィーヴ ベッドマットレス S04」。肩・腰・脚、それぞれ異なる硬さのパーツを組み合わせることで、一人ひとりの体形に合わせて理想的な寝姿勢を実現する。 
──まさに画期的な商品だった。
 でも3分割マットレスのアイデアを出した時は、社内から大反対されました。「こんな奇抜な寝具が受け入れられるはずがない」と。
 しかし私はもともと電機や機械の会社を経営していた人間で、寝具屋としてはいわば素人。だから「お客様から見れば、これはおかしいよね」と素朴に考えられたのだと思います。

新商品開発には「連続」と「非連続」の発想が必要

──3分割マットレスの開発で苦労したことはありますか。
 商品開発には、連続と非連続の両方の発想が必要です。マットレスを3分割にすること自体は、これまでの技術を活かして一定の時間をかければ必ず実現できると考えていました。これが連続的な部分です。
 一方で、まったく新しいビジネスモデルを生み出すには、非連続な発想が必要です。3分割マットレスの場合は、「マットレス・フィット」の誕生がこれに該当します。
 実はマットレスを3分割するアイデアはあったものの、お客様が自分に合う硬さをどうやって判断するかが課題でした。
 そんな時、知人を通じてアメリカの起業家ジン・コー氏と出会ったのです。彼はAIを活用した身体採寸技術「Bodygram」を事業展開していた。
 その技術を実際に体験し、「これはマットレスにも応用できる」と直感しました。
Bodygramは、スマートフォンで撮影したわずか2枚(正面と側面)の全身写真を基にして、AI(人工知能)を使って体の各部位の寸法を高精度で推定する技術。ユニクロ、花王などアパレル、ヘルスケア業で身体採寸技術「Bodygram」の採用が相次いでいる。
 こうしてスマホで自分の身長と体重を入力し、体の正面と側面を撮影すると、自分に「最適な寝具の硬さ」がわかる体験を生み出すことができました。
 連続的な技術開発は現場に任せればいい。でも既存のものとは別次元の非連続な技術は、リーダーが新たなチャレンジをしながら自分の世界を広げていかないと見つからない。
 3分割マットレスは、連続と非連続の両方があったからこそ、実現した商品です。

睡眠に自己投資する時代へ

──「眠りの科学」を通じて、今後どのような未来の実現を目指しますか。
 2020東京大会で、弊社の理念である「The Quality Sleep」をグローバルな舞台で初めて披露することができました。と言っても、私たちは「睡眠の質」への扉を開けただけ。
 より多くの企業がこの研究に参入し、“スリープエコノミー”が生まれることを期待しています。眠りが投資に値すると認識されれば、科学による進化も加速するでしょう。
 もちろんこれまで以上にエアウィーヴ自身も「科学」を軸に睡眠を研究することに注力していきます。
──睡眠問題に悩むビジネスパーソンにアドバイスはありますか。
 まずは、自分の睡眠を記録することです。何事も改善や新しいことを生み出すには、自らの現状を理解することから始まります。
 例えば、痩せようと思ったら、毎日体重計に乗りますよね。それと同じで、睡眠の悩みを解決しようと思ったら、自分の睡眠を毎日ウォッチすることが大切です。
 何時に寝て、何時に起きて、何時間寝たのか。どんな状態だといい眠りにつけるのか。自分の睡眠を知ることから始めましょう。
 それから眠りのリズムを整えたり、睡眠環境や寝具の改善に挑戦したりするというステップが大切です。
 私自身いまでも、エアウィーヴが開発した睡眠アプリを活用することで、毎日の睡眠状態を管理し、「睡眠の質」の改善に役立てています。
エアウィーヴの睡眠アプリ「airweave Sleep Analysis」の使用画面。アプリを起動したスマートフォンを枕元に置いて眠るだけで、睡眠中の体の動きを感知し、毎日の睡眠状態を計測した結果を波状のグラフやレーダーチャートで簡単に確認することができる。
 また、睡眠は最高の「自己投資」でもあります。
 前述したように、ビジネスパーソンも食事は自分の体調に合わせてカスタマイズしたり、サプリメントにお金をかけたりしますよね。それは食事を自己投資と捉えることができているからです。
 同様に、眠りも当たり前に自己投資する時代がやってくるはずです。人間は一人ひとりの能力に大きな差はありません。でもだからこそ日々の睡眠への投資が仕事のパフォーマンスを大きく左右する要因となります。
 エアウィーヴの寝具は価格が高いと言われることがありますが、仮に20万円のマットレスを購入したとして、10年使えば1日当たりのコストはわずか60円。缶コーヒー1本の半額以下です。
 それだけの自己投資をしていただけたら、皆さんの睡眠の質を高めて、仕事のパフォーマンスも上げられる。エアウィーヴの寝具が必ずそのお役に立てると約束します。