2021/10/22

【潜入】スーパーゼネコンが挑む「建設DX最前線」

NewsPicks Brand Design / 編集者
 “匠の技”に支えられてきた建設業界は昨今、作業員の高齢化等により、深刻な人材難に直面している。
 ゼネコンにとって、匠の技をロボットなどに置き換える技術の開発や、ICT導入による業務効率化など、本格的なDXへの取り組みは急務だ。
 そんななか、国内スーパーゼネコン5社の一角である清水建設が、ものづくりからサービスまでを包括するDX戦略を始動させた。
 そのコアになるのが、“建築現場のデジタル化”をコンセプトに掲げる「Shimz Smart Site(シミズ スマート サイト)」
 従来の施工管理をデジタル化するほか、溶接や資材搬入といった現場作業の一部をロボットによってオートメーション化していく。
 すでにその一部が導入されているという「虎ノ門・麻布台プロジェクトA街区」の建設工事現場に潜入し、デジタルゼネコンの現在地を探る。

デジタル施工技術の最前線へ

 国内最大規模の再開発事業「虎ノ門・麻布台プロジェクトA街区」。森ビルが“ヒルズの未来形”と位置づけ、2019年8月に着工した一大事業の中枢を担うエリアだ。
 地上64階、地下5階からなるタワービルの高さは、約330メートル。延床面積は約46万平方メートル。
 そのあまりに巨大な建設現場の片隅、現場監督のためのプレハブ棟の中に、三方の壁を有機ELディスプレイがぐるりと取り囲む一室がある。
 工事現場の仮設事務所とは思えないサイバーな空間。
 統合監視室「Smart Control Center(以下、SCC)」と名付けられたその場所には、工事に関するあらゆる情報がリアルタイムで集まってくる。
「工事現場の各所に360°カメラが設置されていて、このSCCにすべての映像が送られてきます。
 高さ160〜170メートル(※取材時)にもなる最上階からの映像も集中監視できますし、こちらから遠隔で指示を送ることも可能です」
 そう語るのは、同プロジェクトの建設所長を務める井上愼介氏だ。
 清水建設は中期デジタル戦略2020の柱として、「建設工事現場のデジタル化」を掲げた。
 施工のデジタル管理やロボットによる溶接、資材の自動搬送システムなどを取り入れ、より効率的で安全なものづくりを目指す計画だ。
 その象徴といえるのが、ここ虎ノ門・麻布台プロジェクトの建設現場。デジタルゼネコンのトップランナーを目指す清水建設の、最先端技術が詰め込まれている。
「従来の現場でも、モニターで工事状況を管理する仕組みはありました。ただ、これまでは大きなパネル1枚にさまざまなデータをただ表示していたので、使い勝手はあまりよくなかった。
 ここでは33枚のパネルにそれぞれ違うデータを表示させることもできますし、1枚の大きなディスプレイとして映像を流すことだってできます。
 現場管理はもちろん、アフターコロナとなれば多くの視察者の来場が想定されるので、VTRで工事の概要を説明する際などにも役に立ちます」
広大な現場で働くスタッフ一人ひとりの勤務状況もリアルタイムでデータ管理する。

デジタル化の力が、職人の力に

 もう一つ、建設現場を大きく変える”ものづくりのデジタル化”の要となるのが、5フロアに1台設置されているタッチパネル式の端末「SmartStation®」だ。
 この端末を介して、SCCに集約された作業員の勤務状況や工程表、図面類、資材の搬入・揚重状況などのデータにアクセスすれば、「手ぶらで現場に入っても、施工に必要な情報がすぐに把握できます」と井上氏は言う。
 あらゆる局面で、事前の段取りが物を言う建設現場では、こうした情報収集・共有の仕組みこそが効率化を推し進める
「たとえば、工事現場の仮設エレベーターって台数が限られていますし、速度も遅いんです。資材も人も計画的に運ばないと、エレベーター待ちの渋滞が発生してしまう。
 運んだ資材一つとっても、置く位置を間違えただけで、ときには作業計画が何日にもわたって狂う可能性すらあります。
 これから自動搬送システムを使えるようになれば、資材は夜間に運んでおいて、職人は朝からすぐ仕事に取りかかれますよね。安全性も生産性も飛躍的に向上していくでしょう」
現在の仮設エレベーターは予約制で運行。人員輸送のための時間帯が指定され、資材や機材の運搬の効率化が徹底されている。(提供:清水建設)
 さらに今後は、新たな試みとして、現場を巡視する四足歩行型監視ロボットの導入なども検討しているという。
「正直なところ、現場の職人にとっては、未だデジタルは“特殊なもの”という感覚があると思います。ただ、本格的に実装されれば、その便利さを必ず実感してもらえるはず。
 ですから今は来るもの拒まず、いろんな技術を取り入れていきたい。それが職人にとっての日常になって初めて、清水建設が掲げる“建設現場のデジタル化”が成功したと言えるのではないでしょうか」

ビルの情報プラットフォーム構築のカギ「BIMデータ」

 清水建設がDXに舵を切った背景には、建築業界における世界的なデジタル化の流れも関係している。
 図面をはじめとするさまざまなツールがデジタルに置き換わり、アナログのままでは仕事が成り立たなくなっているのだ。
「今回のプロジェクトで一部の設計を担当したのは、トーマス・ヘザーウィック氏という著名な3次元デザイナーです。
 彼が構築した3Dの図面データを受け取り、僕らが検討・修正して戻したり、クラウド上で承認したりするプロセスがありました。
 もはや、デジタルが一つの言語ツールになりつつあるのを実感しましたね」
 難易度の高い曲線的なデザインの増加とともに、設計から3次元データを活用するケースも増えている。
 2次元の図面から完成形をイメージするには、専門的な知識が不可欠だが、3Dモデルはそれ自体が誰の目にも明らかな“完成形をした設計図”なのだ。
 さらに近年では、単なる図面のデジタル化にとどまらず、そこにさまざまな情報を連携させる。
 そういったデータ連携の仕組みの一つが、今回のプロジェクトにも導入されている「BIMデータ」だ。
 BIMとは、Building Information Modelingの略。日本では2009年が“BIM元年”とされ、2014年に国土交通省でガイドラインが策定された比較的新しい概念だ。
 あらかじめコンピューター上に実際の建物と同じ立体モデルを構築し、そこに必要な情報を集約することで、生産・管理の効率化・高度化を図る。
 材質や品番、施工の順序などの情報を載せれば、設計図になり、施工のログにもなる。つまり、その建物の情報プラットフォームになるのだ。
「清水建設では数年前からBIMツールを使った一気通貫の生産体制『Shimz One BIM』の構築を進めてきましたが、超大規模現場での本格運用は今回が初めてとなります」
「従来の構造図に加え、鉄骨の数量なども正確かつ簡単に把握できるので、業務効率化につながっています。
 3Dの図面に“時間軸”をプラスすれば、一連の施工の流れをシミュレーションすることさえ可能になりました
 これにより、現場の作業員はもちろん、設計者やクライアントにも工事の進捗状況をわかりやすく共有できます」
 Shimz One BIMの恩恵は、管理業務だけでなく一部の現場作業にも表れ始めている。
 3次元曲線などの複雑な施工の場合、従来のようにXY軸で正確に寸法を測るとなると、熟練の職人でも相当な手間と時間がかかる。
 しかし、BIMを使い、コンピューター上で座標軸を割り出してしまえば簡単だ。寸法の複雑なポイントに、どう足場を組めばいいか現場で迷うこともない。
 3Dプリンティング技術や溶接・運搬を行う自律型ロボットの制御も、BIMが基盤となる。一部の複雑なポイントだけでもこの技術を採り入れることで、工期を大幅に短縮できるという。
優美な曲線を描くタワービル。3Dモデルを駆使した緻密な計算が、このデザインを可能としている。(提供:清水建設)

未来のスタンダードを生み出すDXの現場

 建設現場にこれだけのテクノロジーを導入するには、新たなインフラが必要となる。
 超高層部や大深部には、デジタルツールを自在に動かすためのネットワークはおろか、携帯で話すための一般の通信網さえカバーできない領域だ。
「今回の現場には、法人向けメッシュWi-Fiを手掛けるPicoCELAさんと連携し、各フロアの分電盤をIoT化して、現場全域にWi-Fi網を張り巡らせました。
 実は、この分電盤にタッチパネルや360°カメラ機能を搭載したのが、前述のSmartStationです」
取材時に登った地上26階は、東京タワー展望台とほぼ並ぶ高度
「高さ約330メートルにも達する現場で携帯電話を使うには、通信環境の整備が不可欠。そこでNTTドコモさんにご協力いただきました。
 地下鉄の軌道内で一般客向けに電波を提供する技術を応用したもので、ビル現場への適用は初めてと聞いています。
 “ものづくりのデジタル化”が進むことによる新たな需要を感じるからこそ、ご協力いただけたのではないでしょうか。今後、清水建設だけではなく、さまざまな工事現場で同様の取り組みが進むかもしれませんね」
 こうした仕掛けの一つひとつで知見とデータを集め、全国の建設現場のDXを推進するのも今回のプロジェクトの狙いだ。
「たとえば、SmartStation一つとっても、職人さんから『もっと、こういう機能がほしい』といった要望をいただきながら、日々システムを改善しています。
 ほかにも、僕らが現場で悩んでいること、苦しんでいることを本社の開発チームにフィードバックし、新しいテーマをどんどん与えていきたい。
 今はまだコストや技術面で難しいことでも、10年後、20年後には可能になっているかもしれませんから」
 虎ノ門・麻布台プロジェクトの工期はまだ1年半を残している。今後もさまざまな可能性を模索していくという。
ここまでさまざまなデジタル技術を試せるのも、1棟で46万平方メートル、全体工期が4年弱という規模感だからこそ。通常1年、長くても2年ほどの現場では、どうしたって採算が取れません。
 このプロジェクトは清水建設がかなり早い段階から専任チームを作って準備し、総力を挙げて受注を勝ち取ったもの。経営陣も、清水建設がDXを始めるならこの現場しかないと考え、社運をかけてバックアップしてくれています。
 新たな建設のあり方は、きっとこの現場から生まれ、社会のスタンダードになっていく。そのためにも、今後の試金石となるようなチャレンジをしていきたいです」
 200年前の宮大工から始まったスーパーゼネコン・清水建設は今、テクノロジーと人の技術を融合し、建設の未来をつくり始めている。