【野村忠宏×金沢景敏】「脱力」をコントロールすることが“圧倒的”な結果を生む

2021/10/29
スポーツとビジネスに共通点は多い――。多くの人が感じていることではないだろうか。
昨年亡くなった野球界の名将・野村克也氏の著書や、元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏の本がロングセラーになっているのも、ビジネスパーソンに支持されているからだろう。元サッカー日本代表キャプテンの長谷部誠の『心を整える』は累計発行部数が150万部を越えた。
そんなスポーツとビジネスをつなぐ視点から「圧倒的な結果を出し続ける人」の共通項を見出したのが、柔道男子60kg級で前人未到の五輪三連覇を成し遂げた野村忠宏氏と、プルデンシャル生命保険のトップセールスとして伝説的な結果を残した金沢景敏氏である。
「圧倒的に結果を出す」ために何が必要なのか? NewsPicks NewSchool「超一流アスリート×伝説のトップセールス 〜圧倒的な結果を出す共通の思考法〜」のプロジェクト開始に先駆け、2人の対談をお届けする。

力を抜く大切さ

金沢 野村忠宏さんは著書で「僕の柔道は、瞬間的な脱力がポイントである」とおっしゃっていますね。野村さんの中で、脱力とはどういう感覚なんですか?
野村 柔道で、パワーではなく技術で投げた時は相手の重さを感じないんです。たとえ相手が世界トップクラスの選手であっても、理にかなった動きと瞬間の脱力で技に入ると相手は反応できず、スパーンと綺麗に一本をとることが出来ます。
金沢 営業でも同じですよ。「売りたい、契約したい」という意識が強いと、相手にそれがすごく伝わっちゃうんですよね。
だから商談前にお客様に警戒されて、話を聞く体勢にならなかったり、そもそも商談の場に立つことができなかったりします。場合によっては、人間関係が壊れてしまうことにもつながってしまう。
野村 もし私も金沢さんにそういう感じで近づかれていたら、絶対今のような関係になってない(笑)。保険の営業の方は「売りたい、売りたい」という意識が強い人が多い印象で、そうなったらこっちも一歩距離を置きますよね。
「そういう感じできたんや。じゃあ、その話を聞くのはあなたじゃなくていいよね」となってしまう。
野村 忠宏/柔道家・株式会社Nextend 代表取締役
柔道男子60kg級でアトランタオリンピック、シドニーオリンピック、アテネオリンピックで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2013年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。2015年に40歳で現役引退後は国内外で柔道の普及活動を行い、スポーツキャスターやコメンテーターとしても活動する。
金沢 僕の場合、営業で絶対に売りに行かない。それが営業マンとしての脱力です。だからこそ、多くの方と信頼関係を築くことができたし、お客様の母数があるからこそ確率論で案件をいただけるようになりました。
野村 すごく、わかります。抜かなきゃいけないところは抜くし、力を入れるときは入れる。それがキレのある技を生むし、相手に悟られない入り方ができる。
金沢 誰でも「成功したい、結果を出したい」って思って当たり前なんですが、それが前に出すぎるとガチガチになっちゃう。
力まないコツってありますか?
野村 不安や緊張、そして結果を出したいという強い思いが、力みを生みます。だからこそ、緊張して当たり前、不安があって当たり前、力んで当たり前というふうに、「感じて当たり前のこと」として受け入れるのが大事だと思います。
若い頃は恐怖している自分が嫌で、不安に感じていることも嫌でした。それを払拭するために、ポジティブなイメージを持ったり、メンタルトレーニングをやったり。けれど結局、不安は不安。恐怖は恐怖。そこを拭う方法はないなと思ったんです。
勝負の世界で「世界一」という結果を出すためにやっているのだから、それが当然。
五輪は4年に1度で、負けたら4年間の努力やプロセスが本当に正しかったのか問われるので、たとえ、いくら最善の準備をし、やれることをすべてやったとしても、その瞬間を迎えたらやっぱり緊張しますよ。
だから「なんとかなる」と誤魔化すのではなく、自分が今戦おうとしているのはそういう舞台なんだと「当たり前」として受け入れるようになりました。
金沢 保険営業には「メンタルブロック」という言葉があります。電話でアポを取る際、断られるのが怖くて躊躇してしまう現象です。でも、そもそもテレアポは断られるもんなんですよ。結果を出したいなら動くしかない。断られることも想定しているからこそ、最高の準備をして最善を尽くすことができる。
金沢 景敏/AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
京都大学工学部卒業後、TBSに入社しスポーツ番組のディレクターや編成などを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。入社1年目にして、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位になったのみならず、日本の生命保険募集人登録者のトップ0.01%しか認定されない「Top of the Table(TOT)」に3年目で到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な実績を残した。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を2020年に起業。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。
野村 人にどう思われているんだろうと想像するし、結果を出した経験がある人は余計にプライドも働くしね。実は私もプライドが邪魔して結果が出せなかった時期があります。
シドニー五輪で2連覇を達成したあと、3度目の金を目指す過程で直面した苦い経験です。それについては、プロジェクトに参加してくださった皆さんへ詳しくお伝えしたいと思います。

自問自答の大切さ

金沢 五輪の重圧はとてつもないと思います。野村さんは試合前に恐怖とどう向き合い、どう乗り越えてましたか?
野村 五輪が近づいてきたら、家族や友人との会話も少なくなります。柔道日本代表として五輪で戦う恐怖と不安は共有できないという思いがあって、「戦う自分」と向き合う時間が増えてきて、試合前日に恐怖のピークが来て寝られなくなる。2、3時間、寝たか寝てないかの状態で朝を迎えます。
試合に向けたウォーミングアップの段階では、マークしている選手の動きがすごく気になって、集中し切れていない自分がいる。そういう意識を引きずったまま試合を迎えると、絶対に負けてしまう。
散漫になった意識や不安を断ち切り、戦うスイッチをオンにする必要があるので、私は試合直前に、必ずトイレへ行って、鏡で自分の目を見るようにしていた。
金沢 それは、どうしてですか?
野村 どんな競技でも、結果を出す選手って、いい顔してますよね?まだ試合が始まってないのになんか勝ちそうな気がする。表情、目から伝わるものがあると思うんです。
今日、自分がいい表情をしているか。戦う目、世界一になれる目をしているかというのを、確かめに行くんですよ。恐怖との決別の瞬間です。
金沢 自分自身に言い聞かせるという感覚、すごくわかります。僕は京大でアメフトをやって、日本一になれなかった。でも、本気で日本一を目指してなかった自分がいるということは、自分自身でわかっているんですよ。
どっかで立命館には勝てないと思っているクセに口では勝つぞと言っていたり、引退後しても「京大アメフト部」という肩書きさえあれば生きていける、と考えていた。
実際、TBSに入ったら「京大アメフト部」という肩書きがあると、すごく仕事がしやすかった。でも自分には嘘をつけないんですよ。絶対にやり切っていないんです。だからこそおまえはどうなりたい? また逃げて後悔する? いや、もう逃げたくない。そうやって自分と向き合って、TBSをやめました。
保険の営業マンになっても、常に自分に問いかけました。今、電話をかけるのと、かけないのとでは、どっちがなりたい自分に近づく? 場の雰囲気に流されてお酒を飲むのと飲まないのと、どっちが日本一に近づく? と。
自分が大学時代に日本一から逃げたのを認めた。俺ってそういう人間なんだと。もうそういう自分は嫌だ。これがすごくエネルギーになった。
野村 これから勝負というときに、よし!っと思える自分であるためには、やはり日々の準備しかないんですよね。
今日の取り組みはなんのためにやっているのか。誰のためなのか。どうなりたいのか。本当にこれでいいのか。常に自分に疑問を投げかける。そこが本当に重要だと思う。自問自答すると、やらなきゃいけないことが見え、物事を深く考えられるようになります。

恐怖心の意味

金沢 五輪で3度金メダルを獲っても、恐怖心は嫌なものですか?
野村 嫌なものだし慣れることは無かったです。もともとネガティブ思考の自分にとっては本当にキツかった。特に金メダリストになってからはそれが増し、大きな試合の前には、絶対にこの試合で引退しようと思っていた。
金沢 最終的に、恐怖心を飼い慣らすことができましたか?
野村 いや、だめですね。五輪前の眠れない夜とか、ライバル選手が減量失敗しないかな、とか明日試合会場が潰れたら試合延期になるのになとか、そんな思いが出てくるほど恐怖に支配されていました。(苦笑)
金沢 その一方で、「このプレッシャーを感じられるのは自分だけだ」みたいに言い聞かせたりはしませんでしたか?僕も日本一になった時に、3000人の前でスピーチをさせていただく機会があったのですが、その時も「この緊張感を味わえるのは自分だけだ」と言い聞かせて臨みました。
野村 そうなんですよ。自分の中に矛盾するような気持ちが同時にありました。
目指すものがあり重圧がある方が、やり甲斐があるし、生き甲斐を感じます。弱かった時代は期待されない寂しさを嘆いていたのに、金メダリストになったら期待される苦しさを口にするって自分勝手だなと、そう感じたんです。
※後編に続く
(取材、構成:木崎伸也、写真:鈴木大喜)
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