2021/11/2

「山ほど失敗した」ファンケルで継続する事業の条件とは

NewsPicks Brand Design editor
1994年、ファンケルは日本で先駆けて「サプリメント」という言葉を用い、それまでの「怪しい」「高い」というサプリメントに対するイメージを刷新し続けてきた。いわば、サプリメントのパイオニアだ。
そこから25年あまりで時代は変わり、技術も進歩した。では今、サプリメントのパイオニアはどんなことに取り組んでいるのか。「正直品質。」を掲げる企業の、不器用すぎるサプリメントに対するこだわりの数々とは。ファンケルの健康食品事業本部長である若山和正氏が語る。
INDEX
  • 創業時から向き合ってきたのは世の中の「不」
  • 「お客様に喜んでいただくこと」がすべての基準
  • ファンケルが「やりすぎた」。サプリメントバー
  • 「必要です」だけでなく「不要です」も言える企業
  • 「サプリメントを売る」のは究極の目標ではない

創業時から向き合ってきたのは世の中の「不」

若山 ファンケルの祖業は化粧品販売です。あるとき、創業者である池森の奥様の肌が荒れてしまった。どうも化粧品が原因らしい。
「きれいになるために使っている物なのに、なぜこんなことが起こるんだろう」と池森は皮膚科を訪ねたところ、化粧品に含まれる防腐剤や殺菌剤などの添加物が原因だと知ります。それなら、無添加の化粧品を作ろうと立ち上げたのが「ジャパンファインケミカル販売」、現在のファンケルです。
とはいえ、化粧品メーカーも製品を維持するために必要だから添加物を入れていたわけです。「無添加の化粧品なんか長持ちしないし、売れるわけがない」というのが周りの反応でした。
しかし池森は、「なら、傷まないうちに使い切れる量だけを密封容器に入れればいい」と思いつき、1982年に5mlという少量の無添加化粧品を発売。結果的に、多くのお客様に喜ばれました。
密封容器に入れて発売した創業当時の化粧水。
業界からすれば当たり前のことでも、外から見るとおかしいことがある。何が本当に必要とされているかを考えて取り組めば、必ず突破できる。
これは、ファンケルの創業理念である、「正義感を持って(不安・不便・不満といった)世の中の『不』を解消しよう」という大切な価値観です。
1994年に健康食品事業をはじめたのも、「不」の解消のためです。
少子高齢化により、日本の医療費が大きな課題になることはすでに予測されていました。「それなら、病気になる人を減らせばいいんじゃないか」。
セルフメディケーションの考えが進んでいたアメリカでは、当時からサプリメントが日常的に利用されていました。ところが日本では、桐箱に入ったローヤルゼリーが1万円ほどで販売されるなど、非常に高価な「健康食品」しか出回っておらず、そのなかには効果が不明確なものも含まれていました。
われわれが日本で先駆けて「サプリメント」という言葉を使ったのは、「健康食品」という言葉にネガティブなイメージが定着しつつあり、それでは健康の維持・増進に役立つものであっても、手に取ってもらうことはできないと考えたからです。
誰もが日常的に健康の維持・増進に、安心して手軽に取り組める環境を整えたい。
1ヵ月1万円以上が当たり前だったサプリメントの相場を、過剰包装の撤廃や、通信販売方式による代理店マージンのカットにより、2000~3000円という正常な価格にしました。
「ファンケルはサプリメント市場で安売り競争を仕掛けた」と言われることがありますが、それは違います。
ファンケルがサプリメント事業開始初期に作ったサプリメントたち。
たしかに当時の健康食品の相場の5分の1ほどまで下げた価格で販売しましたが、これは継続が重要だからです。そのため、一般の人が日常的に摂り続けられる価格帯で提供する必要があった。
企業ですから利益ももちろん大事ですが、「こうすれば売れる」という戦略からサプリメントなどの健康食品事業がスタートしたわけではないんです。
お客様が抱える「不」を解消するには何が最も有効的なのかを考えたときに、それが健康食品・サプリメントだったということです。
創業者の池森から、「失敗してきた事業はファンケルには山ほどある」と直接聞きました。でも、世の中の問題を改善するためにはじめたことがお客様に受け入れられたら、それは事業としてちゃんと残るんです。

「お客様に喜んでいただくこと」がすべての基準

創業理念に加え、ファンケルは経営理念として「もっと何かできるはず」を掲げています。最終的な決定者はお客様であり、「お客様に喜んでいただくこと」をすべての基準として、もっと自分たちにできることを探そう、という意味です。
「お客様は何を求めているのだろう」、「この行動の裏にどんな思いがあったのか」と真剣にお客様のことを考え、「もっと何かできることがあるはず」と探せば、何かは必ず見つかると信じて進んできました。
「はず」なので、一生終わりがなく、ゴールがないからこそつらい部分もありますが(苦笑)。
それでもやっていけるのは、企業として、チームとしてみんながお客様のことを考え、抱える「不」を解決していこうという思いと仕組みがあるからです。理念をただのお題目とするのではなく、個人の行動指針として落とし込むための取り組みもいろいろ行っています。
たとえば、2ヶ月に一度の「理念アワー」。全部署のグループ単位5〜6人で、創業からこれまでファンケルがやってきたことを振り返りつつ、今後自分たちが何を成し遂げるべきなのかを話し合う時間です。
われわれの仕事はもちろんお客様に向けてのものですが、他部門の同僚や上司、部下、先輩後輩、取引先など、いろいろなステークホルダーがいます。
そうした人々に対して、自分はどんなことに取り組んできたのか。どんなことがこれから先できるのか。もっと何かできるはず。
取り組みは人それぞれですが、自分の行動や考えを身近なメンバーから褒めてもらえるとやっぱり嬉しいものですから、これからも続けていこうという気持ちになれる。全社的にいい循環が生まれています。
ファンケルでは、創業者である池森賢二氏の言葉を31日のカレンダーにまとめ、社員の日常の心構えのベースとしている。
それから毎週火曜日に、「放送朝礼」を行っています。名前こそ朝礼ですが、社長や役員、部署長たちの決意表明に近いですね。「今、うちの部署はこんなことを考えて、こんなことをしている」と15分くらい話します。
「自分が関連する仕事だけやっていればいい」ではなく、「あまり接点のないほかの部署の仕事もファンケルの重要な仕事であり、自分も当事者だ」という意識を大切にしているのです。
コロナ禍の影響でリモートワークが増え、出勤率が下がっていることで、個で行動することが必然的に多くなっていますが、放送朝礼は単なる情報共有ではなく、企業の理念を忘れてしまわないためのコミュニケーションとしても重要な働きを担っています。
ファンケルがふだんから取り組んでいる隠れたこだわりをまとめた「100の真実」。詳細は記事後半で。
ファンケルは創業者の池森が一人で立ち上げた企業です。もともとそこまで大きな企業ではないことから、社員同士のコミュニケーションを大事にしているので、風通しがとてもいいですね。
社長がフロアを歩いていて、「今、何やってるの?」と社員にいきなり声をかけることもあれば、一般の社員が社長をつかまえて直接提案することもある。部門の責任者同士も、何かあればさっと集まって「どうする?」と話しをはじめる。
「自分たちはお客様のためにやっているんだ」という意識があるからこそ、変なしがらみもなく、フラットなコミュニケーションが取れる。それが事業を生み出したり、改善したりする力になっていると感じます。

ファンケルが「やりすぎた」。サプリメントバー

世の中をより健康にすることが目標の企業ですから、「健康経営」という言葉が出てきたときから、お客様だけではなく、サプリメントを通じて他社の健康への取り組みもサポートしたいと考えていました。
当時は、まだ他社の健康をサポートしている企業が少なかったことから、「ビジネスモデルの検証や、エビデンスの収集など、考えられることを1回自社でやってみて、どんな成果が出るのかを見てみよう」ということに。本格的に取り組みを開始したのが2014年頃です。
ファンケル全社員にカウンセラーをつけたり、血液検査をもとに、食生活や活動が健康にどんな影響を与えるかを見たり。このような健康増進プログラムを導入したところ、1年後の健康診断では明らかに有所見者が減りました。
iStock.com/akasuu
同時に社員食堂のメニューも、より健康を意識しました。それまでも社員食堂はあったのですが、心から健康に配慮しているとは言えなかった。
また、「健康によくても、味が薄かったり、まずかったりするのは嫌」という声もあったので、おいしく健康的なメニューを開発して、主菜、副菜、汁物、デザートまでで塩分量2グラム前後、それが1食350円。これは今でも好評です。
少しやりすぎたな、と反省したのは、社員食堂に「サプリメントバー」を設置して、無料でサプリメントを提供したことでしょうか。サプリメントは何でもかんでも摂るものではなく、本人に必要なものだけを摂るべきですから。
社員食堂の人気メニューのひとつ「香味野菜で食べる鶏のから揚げ」。
従業員への健康サポートを自社で試したうえで、翌15年から他社のサポートに乗り出しました。そのときに感じた課題が2点あります。
①従業員の健康管理のために潤沢に資金がある企業もあれば、社員一人当たり1000円ほどの予算しかない企業もあったこと。
②健康経営の取り組みは、企業の考え方と従業員の受け止め方のバランスが悪いと成果につながらない。それなのに、社内コミュニケーションが円滑でない企業も多いこと。
後者については、取り組み以前に、「体調が悪いので今日は帰っていいですか」と言える空気を作るだけで随分変わるはずです。
どれだけ企業の側が手厚い施策を打ったところで、個人の取り組みが続くかどうかは個人次第。個人のモチベーションを喚起して、「自分のためになるから続けよう」とか「楽しいから続けられる」という状態を作らないと難しいんですよね。

「必要です」だけでなく「不要です」も言える企業

こうした経験を経て、今ファンケルが力を入れているのが健康状態の「見える化」です。
薬と違って、サプリメントは健康の維持・増進のために活用するものです。これまでにも「なんのサプリメントを摂ったらいいかわからない」「必要だと考えて摂っているけど、種類や量が正しいかわからない」といったお声が寄せられていました。
その中には、すでにサプリメントを定期的に摂取している、健康管理への意識が高いお客様も含まれます。
そこで昨年2月、食習慣に関するアンケートや尿検査をもとに、一人ひとりに必要なサプリメントをご提案する「パーソナルワン」というサービスを開始しました。
「自分に必要な栄養素が知りたい」「サプリメント選びに自信がない」といった消費者の声から生まれたのが、昨年2月にスタートした「パーソナルワン」というサービスだ。アンケートと尿検査の結果をもとに自身の栄養状態をグラフで「見える化」し、一人ひとりに最適なサプリメントをオーダーメイドで提供する。
食事や生活習慣などの違いによって、その人ごとに不足しがちな栄養素は異なります。
「パーソナルワン」を継続的に利用いただければ、「この栄養素が少し不足しがちなので、増やしましょう」というだけでなく、「この栄養素は今十分なので摂らなくてもいいでしょう」というアドバイスもこれまで以上の精度で可能です。
ファンケルは以前から、お客様が本当に必要なものしかおすすめしない「売らない勇気」を大切にしています。
目先の売上だけを考えたら、正直1個でも多く買ってもらったほうがいい。でも、「お客様に喜んでいただくこと」がわれわれの基準ですから、お客様に不要なものは勇気を出して「要らないです」と言うようにしています。
サプリメントによっては、普段摂っている薬の効果を必要以上に高めてしまったり、逆に弱めてしまったりすることもある。「サプリメントと薬との飲み合わせを確認するシステムを自社で構築し、飲み合わせがよくないものがあれば『やめてください』とご案内しています」と若山氏。
われながら、面白い企業だと思いますね。

「サプリメントを売る」のは究極の目標ではない

2016年、ファンケルはスタンスメッセージとして「正直品質。」を打ち出しました。
合わせて、われわれがお客様のお声をどんなふうに生かしているのか、どんな哲学のもと「正直に」製品を製造しているのかをお客様に知っていただくため、「ファンケル 100の事実」としてウェブ上にまとめました。
結果、「そんなことまでやっていたのか」と驚かれたり、「なぜ今まで表に出さなかったんだ。PRが下手だ!」と怒られたり(苦笑)。
たとえば、ファンケルのサプリメントのアルミパッケージは、開封すると、袋の前側と後ろ側で段差ができます。きれいに高さが揃うと口を開けづらいことがあるから、わざとそんなふうに設計しています。こんなこと、言われなければ気づきませんよね(笑)。
でも、サプリメントを摂ることは、日常生活で1つ手間が増えることでもある。「サプリメントを摂って、健康の維持・増進に役立てるのが当たり前」という世界をつくるには、そういう細かなところもおろそかにはできません。
ファンケルは自前で工場も研究所も持っていて、研究・企画から製造・販売まで一気通貫でできます。自分たちの理念から外れないよう丁寧に、かつ新しい価値観をどんどん提案できるのは、それゆえかもしれません。
日本でサプリメントを日常的に利用する人はまだ3割ほどですが、10年後には半数の人が健康の維持・増進のためにサプリメントを摂るような世の中にしたいと思っています。
サプリメントというと、薬のようで忌避感があったり、高齢になってから摂るようなイメージがあったりしますが、年代や自身の生活環境に合わせて、必要な栄養素をバランスよく摂取するのにサプリメントは有効です。
画一的なものではなく、「パーソナルワン」のように個人個人に合った提案力を高めることで、より受け入れられやすい存在になりたいと思っています。
でも、人は健康であるうちは、健康を強く意識することがありません。
そういう意味では、「健康でありたい」という以上に「パフォーマンスを最大限に発揮したい」と考えるアスリートや意識の高いビジネスマンをターゲットにすることで、サプリメントの活用を知っていただくことも考えています。
こんなふうに「不」の解消のために「もっと何かできるはず」と考えていると、やっぱりどんどん見つかるんですよ。
お客様の課題を解決できるなら、究極的には「サプリメントを売る」という手段にこだわりません。人々がより健康に過ごすために、われわれに何ができるのか。これからも正直に向き合っていきたいですね。