テレビイノベーション

「全局全番組見逃し視聴サービス」という革命

9月18日、テレビの歴史が変わった

2014/9/25

60年間、変わらないビジネスモデル

先週の木曜日、2014年9月18日は、「テレビの歴史が変わった日」として記憶されるだろう。民放連会長の井上弘氏が定例会見で、在京キー局5社が共同で見逃し視聴サービスの検討を行い、来年度中に実験レベルで実現したいと発表したのだ。

<参考>民放連HP、井上会長会見

テレビはここ数年、「オワコン」だの「死んだ」だの言われてきたが、実際には現時点においてネットメディアよりはるかにパワーがある。

しかしテレビには未来の可能性がなかった。テレビ局は非常に完成度の高い地上波テレビというビジネスモデルを守るために、インターネットを敵対視し、誕生以来60年もの間、サービスの基本形を変えずに来た。それは「視聴者が家にいるその時だけ、番組を届ける」というシンプルなものだ。

だが、テレビが変化を恐れている間に、ネットサービスは急激な進化を遂げた。ネットであれば、いつでもどこでも、見たいもの知りたいものは自分で検索することができるし、欲しいものが見つかれば、すぐその場で買うことができる。そうした贅沢なサービスが行き渡り、ユーザーはそれを当然と思うようになった。今やユーザーにとって、テレビは時代遅れの不便なサービスとなってしまっている。

閉塞感に満ちているテレビが、これからもメディアのフロントラインに留まるためには、インターネットに乗り出し、ネットの先進的なサービスを取り込む必要がある。

その唯一の手段が、「全局全番組の見逃し視聴サービス」であり、井上会長が今回打ち上げた構想は、まさにこのサービスだ。

2つの高いハードル

これが実現すれば、フェイスブックやツイッターのつぶやきに、友人に薦めたい番組シーンのURLを書き込むことが可能になり、それをクリックすればその動画がすぐに視聴できるようになる。この拡散力は極めて大きい。ネットにあふれるテレビに関する膨大なつぶやきや情報から、巨大なトラフィックをこのサービスに誘導できる。

またサービスを利用したユーザーの行動履歴や番組のメタデータなどのビッグデータをクロス解析すれば、ユーザーに対して精度の高いレコメンドを行うことが可能だ。ほかにも、広告主に価値の高いマーケティングデータを提供することもできるし、ユーザーごとに最適化されたターゲティング広告を送ることもできる。

さまざまな可能性を持つ見逃し視聴サービスだが、これを各局バラバラでやるのでは全く意味がない。

新聞のテレビ欄が全局の番組を一覧できるから便利なように、全局の番組が同じプラットフォームに並び、どれでも視聴できることが絶対に不可欠だ。もはやテレビ局1局だけでは、はるかに先行しているネットのサービスには対抗できない。今後、テレビが新しいネットサービスを開発する上で最も大切なのは、自社の目先の利益ではなく、ユーザーファーストという姿勢だ。

ただし、このサービスの実現には多くの高いハードルがある。

最大のハードルは、井上会長の会見でも触れられたように、権利者の了解だ。権利者の筆頭は番組出演者が所属するプロダクションである。その中にはいまだにインターネットでの露出を拒否し続けているところもある。こうしたプロダクションを説得するには、ユーザーの声、すなわち世論を味方につけ丁寧に努力するしかない。

もう一つの大きなハードルは、ローカル局問題だ。系列5局がそろっている県域はいいが、宮崎県のように民放が2局しかないところはどうするのか。ユーザーファーストとはいえ、ローカル局の経営が苦境に陥るのは避けなければならない。なかなか出口の見えない難しい問題だ。

広告以外のマネタイズの可能性

マネタイズに関しても一筋縄では行かない。井上会長は、「CM付き無料見逃し視聴サービスを考えている」と話したが、果たしてそれが最善の方法か、慎重に検討してほしい。

ネットの世界では、動画などのコンテンツにお金を払うことが嫌われてきた。いわゆる「嫌儲の文化」だ。今でも放送されたテレビ番組をタダで楽しむため、違法動画サイトを利用するのは一般的と言える。

この風潮を大きく変えたのがニコニコ動画だ。ニコニコ動画は、当初は無料サービスだったが、月525円のプレミアム会員の仕組みを作り、今や有料会員は200万人を超えている。

ようやくネットに生まれた、「お金を払ってコンテンツを楽しむ」という文化を大切にするべきだ。何も全部有料にしろと言うわけではない。例えば、放送後3日分は無料で視聴できるが、2週間分なら有料とか、CMを早送りする機能を月額有料のサービスとして提供するとか、様々な組み合わせが考えられる。最初から無料広告モデルと決めつけず、いろんな可能性を考慮してほしい。

このサービスの実現は非常に困難と言える。しかし最大の応援者は、ユーザーになるはずだ。ネット民から敵対視されてきたテレビだが、ネット民を味方につければ、権利者やローカル局などのハードルを乗り越えられるに違いない。テレビの歴史を変え、テレビを再びメディアのフロントラインに立たせる構想をぶちあげた井上会長の決断と行動力には、最大の敬意を表したい。

テレビを可能性に満ちたメディアにするために、一人でも多くのメディア人が「全局全番組見逃し視聴サービス」実現を応援してほしい。