2021/10/8

【制作者談】沈む日本のリーダー像を、2021年の『日本沈没』はどう描いたか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 TBSの日曜劇場で10月10日にスタートするドラマ『日本沈没―希望のひと―』の原作は、小松左京が1973年に刊行したSF小説だ。地殻変動によって日本列島のほとんどが日本海溝に沈んでいく──。大胆な発想を起点にしたスペクタクルや翻弄される人々の営みを描き出して大ベストセラーとなった作品で、小説が刊行された翌年には映画やドラマになり、以降も映像、アニメ、漫画などさまざまなメディアで時代を超えて親しまれてきた。
「国が沈む」という物語が、なぜこんなにも愛されるのか。気候変動やコロナ禍などの環境問題が経済・社会課題として認識され、解決のいとぐちを世界が模索している現代に、このリメイクは何を提示しているのか。プロデューサーの東仲恵吾氏に聞いた。

『日本沈没』は平和な社会へのアンチテーゼだった

── なぜ『日本沈没』は繰り返しリメイクされるんでしょうか。この原作のおもしろみとは?
東仲 世界が滅びていくときに人々がどう振る舞うかという普遍的なテーマを、「日本列島が沈む」というSF的な設定で問いかけている。時代を超えて、誰もが「自分だったら」と考えやすいんですね。
 その荒唐無稽な現象にリアリティを感じるのは、1970年代に小松左京先生が、それこそ地震学者になれるんじゃないかというレベルの膨大な調査や研究を行って執筆されたからだと思います。
 もちろん、日本が沈むなんてあり得ない話です。でも、いくつかの仮定を置いたうえで、ディテールの部分に科学的根拠のある話がちりばめられている。このドラマでも名古屋大学の山岡耕春先生に、最新の研究を踏まえると今の日本に何が起こり得るかという仮説を立てていただいたんですが、山岡先生自身も小松左京さんのファンなんですよね。
 小説が刊行された73年から半世紀が経っていますが、物語の骨格は色あせていないどころか、むしろその世界観がよりリアリティを持つようになってきたと思います。
小松左京のSF小説『日本沈没』を原作に、2021年現在の状況に当てはめて大幅アレンジ。小栗旬演じる環境省の官僚・天海啓示を主人公に、各省庁の未来を背負った有望な若手グループ「日本未来推進会議」の面々や市井の人々の沈みゆく日本での活動を描く。
── 地震や異常気象、新型コロナのような感染症など、自然災害への恐れは高まっているように感じます。
 そして、その自然災害が、人間の社会や生活の豊かさと引き換えに引き起こされるという見方も浸透してきましたよね。
 小松先生が『日本沈没』を書かれた1970年代前半、日本はまだ高度経済成長のさなかで、非常に活気がありました。社会が平和で経済が盛り上がっているからこそ、日本沈没のようなアンチテーゼが世に広く受け入れられた。実際に起こったら恐怖でしかない物語も、「起こり得ない」から楽しめたのでしょう。
 実は、このドラマの企画を立ち上げたのは2年以上前で、当初、私たちは2021年を1970年代前半になぞらえていたんです。2021年の東京は世界中から注目される国際イベントを経て活気にあふれ、景気も上向いて楽観的なムードに包まれているだろう、と。
 でも、だからといって気候変動や自然災害のリスクがなくなるわけではない。「もしも日本が沈没したら?」という問題提起によって、自然の脅威や防災への意識を新たにしてもらえるのではないかと考えていました。
── 東日本大震災からちょうど10年の年でもあります。
 ええ、その点に関しては、今作のテーマはとても重い。震災の記憶が鮮明に残っている方々もいるなかで、慎重に描かなければいけないデリケートな題材だという重圧も感じていました。
 小松先生の原作では、日本が沈没するきっかけとして、地中の深いところにあるマントルによる地殻変動が描かれています。しかし、改めて原作を読み返して興味深かったのは、気候変動などの環境問題、とくに人間による環境負荷と自然災害の関連が示唆されていたことです。
今作で地震学者の田所雄介教授を演じるのは、香川照之。1973年の小松左京の原作では、地球深くにあるマントルの対流がプレートに影響を及ぼした。今作では日常の生活の中で蓄積した環境破壊、そして、それに付随した環境システムが日本沈没につながる。地震学の監修は名古屋大学の山岡耕春氏が担当し、物語のリアリティを支えている。
 今やSDGsやCOPなどの国際的な取り組みでも、気候変動対策に具体的なマイルストーンや目標が設定されています。
 国連が目標に置いている2030年や2050年は遠い未来ではなく、今の日常の延長線上にあるものです。2030年というとずいぶん先のように感じられますが、あと10年もないんですよね。
 TBSのドラマの王道ともいえる日曜劇場の枠で、環境に関して切実に訴えるこの作品を子どもから大人まで多くの方々に見ていただける。これは、とても意義のあることだと思います。

今の時代は、どんなリーダーを求めているのか

── 2020年の新型コロナウィルスの感染拡大で、社会はこれまで想定できなかったような新しい問題に直面しました。ドラマへの影響はありましたか?
 コロナを経て、どんなことを視聴者のみなさんに伝えたいかを、脚本家や監督も含めてずいぶん話し合いました。
 実は、全10話のプロットは、2020年4月の最初の緊急事態宣言より前にできていました。それまでにも脚本家の橋本裕志さんと一緒に、「日本が沈没していくときに何が起こるか」「自分はどうするか、市井の人々はどう行動するのか」というようなことを、さまざまな局面を想定して書き出し、脚本をつくっていたんです。
 当初、私たちは日本が沈んでいく「恐怖」をテーマに描こうとしていました。ところが、コロナによって社会の状況が一変してしまった。
 先の見えないパンデミックによって現実がつらく恐ろしいものになってしまったのだとしたら、何を発信するべきかを改めて考え直す必要がありました。
── 今回、タイトルには「ー希望のひとー」というサブタイトルがついています。
 ええ。コロナ禍の厳しい現実が続くなかで、『日本沈没』というタイトルだけだったら、夢も希望もあったもんじゃないなという気がして。
 それに、沈没という厳しい危機のなかで、希望になり得るのは何かと考えたときに、人の思いや行動ではないかというところに行き着いて、この副題をつけました。
 原作をはじめ過去の映画やドラマでは深海潜水艇のパイロットだった主人公を、今作では環境省の官僚に変えています。これは、先程も話したように、今作では環境問題を大きなテーマにしたいという意図のなかで、環境問題に先頭で向き合っている人を主人公にすべきだと考えたからです。
 加えて、もしも今、日本が沈むような事態になったとき、人々が求めるのは問題を解決してくれるヒーローではなく、身近な場面で意志を持ち、自分たちを引っ張ってくれるような「リーダー」なんじゃないか、と。
 たとえばビジネスシーンでも、困難や危機に直面したときに頼りたくなるのは、上から状況を俯瞰している社長よりも、現場に立って物事を捉え、知恵を絞り、汗をかいて行動するリーダーではないでしょうか。
 そのほうが「希望」を投影しやすいと考えて、「官僚」という立場からリアリティのあるリーダー像を描いていく構成にシフトしたんです。
主人公を取り巻く若手官僚の精鋭部隊「日本未来推進会議」には、松山ケンイチ(経産省)、中村アン(外務省)、ウエンツ瑛士(厚労省)らが参画。また、杏が天海にはばからぬ週刊誌記者を演じている。
──このドラマで提示しようとしているリーダー像とは?
 意識しているのは「ヒーローにしてはいけない」ということですね。主人公の天海は、目の前に次々と立ちはだかる厳しい現実に対して、つい弱音も吐きたくなるし、途方に暮れることもある。
 人によっても定義が違うと思いますが、ヒーローには「どんなことがあってもくじけることなく戦い、突き進んでいく人」みたいなイメージが私にはあります。
 一方でリーダーとは「目的を完遂するために状況を把握し、自分の持ち場で意志決定を行い、行動していく人」。
 当然うまくいかず思い悩むこともあるし、いろんな利害を調整することへの葛藤もあるし、時として強い逆風を受けて方針を変えながらも、みんなを守るために立ち向かっていく。
 日本が沈没するという未曾有の現象と、それに伴って次々に直面する未知の状況に対応し、状況をゼロから把握して答えをひねり出していくのは、一人ひとりのリーダー、小栗旬さん演じる「天海啓示」のような人たちなんじゃないかなって。

テレビは世代を超えて「時代の空気」を共有する

── 社会の根底が変動して産業がまるごと沈み込むようなこともありますから、このリーダー論はビジネスパーソンにも自分事として感情移入できそうです。一方で、テレビ、とくに日曜21時のドラマ枠は老若男女あまねく見られるものですよね。
 そうですね。TBSテレビにとってもこの「日曜劇場」というドラマ枠は特別で、子どもからお年寄りまで、どんな人が見ても楽しめることはかなり意識しています。それが、マスメディアとしてのテレビの特徴ですよね。
 テレビはスイッチさえ入れれば無料で誰でも見られる、垣根が低いメディアです。つくるうえでの難しさもありますが、だからこそ環境や経済の問題や、社会的な有事における人のつながりやリーダーシップなど、考えるきっかけをより多くの人に提示できる。
編集の合間を縫ってリモートでのインタビューに応える東仲恵吾プロデューサー。ドラマの場面ではありません。
 全10話のドラマのなかで、官僚同士の丁々発止や政権との交渉も見どころですが、主人公家族のやりとりや母親との関係という部分も大事に描いています。家族全員、小学生が見ても楽しめるエンターテインメントとして成立させたつもりです。捉え方は人それぞれであっても、われわれが投げかけたメッセージのどれかひとつでも届けられたらと思っています。
 実はそこが、『日本沈没』が50年来色あせない魅力なのかもしれません。一見あり得ないような話なんですが、誰にとっても無関係ではない。「もしも日本が沈没したら」という仮定を示した瞬間に、すべての日本人が想像をかき立てられる。SFであるだけでなく、「群像劇」としてのおもしろさがあります。
── ドラマのおもしろさでもありますよね。視聴者それぞれに感情移入する登場人物が違う。
 そうですね。それに、より広く今の視聴者に向けて放送されるテレビドラマは、映画など他のメディア以上に「時代の空気」を色濃く反映すると思います。一方で、オンデマンド配信など、放送時間に制約されない視聴のされ方や、パッケージのバリエーションも増えている。
 テレビ番組がこれまでなかったようなさまざまな形で見られていくことは間違いないし、1970年代のTBSドラマ『日本沈没』と今作が、オンデマンドで横に並ぶことだってあるかもしれない。制作側としても、それに恥じないものにしようと意気込んでいます。
 まずはより多くの方に見ていただいて、2021年の状況下でつくられた『日本沈没』を、それぞれの視点から楽しんでもらいたいですね。