2021/9/30

マスは笑うか? デジタル時代にテレビのコンテンツ価値が高まる理由

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
「お笑い」という普遍的なエンターテインメントは、何度もブームを生み出しながら、時代によってその内容やコンテクストを変えてきた。SNSによる情報流通が増え、社会的価値観が変わるなか、これからの「笑い」はどうなっていくのか。テレビを通して笑いをプロデュースしてきた仕掛け人たちは、今の時流をどう読み解いているのか。TBSテレビのバラエティ番組を手がけるキーパーソンたちに聞いた。

言葉がいらないバラエティは世界に通用する

── 渡邉さんが所属するDXビジネス局は、どういう取り組みをされているんですか。
渡邉 国内外のデジタル配信サービスにTBSテレビの番組を届け、さらにはこれまでの 放送とは異なる視点で、オンデマンド配信の目玉になるようなコンテンツづくりを取り仕切っています。
 国内では「TVer」や、TBSテレビとテレビ東京などが共同で立ち上げた「Paravi」という有料配信サービス。また、「Netflix」や「Amazon Prime Video」、ディズニーといったグローバルなプラットフォームとも組みながら、インターネットを通じて世界に展開する。テレビ局としては、電波放送に代わるチャネルを広げようと画策しているんです。
── 海外ではどんな番組がウケるんでしょうか。
渡邉 わかりやすい成功例に『風雲!たけし城』と『SASUKE』があります。この2つの番組は長らく販売されていて、 これまでに150カ国以上で放送されています。
『風雲!たけし城』
1986年スタート。ビートたけしが、東京・緑山スタジオの2万3000坪の敷地に難攻不落の「たけし城」を建設。一般の挑戦者たちが、バネでできた飛び石の竜神池や、迷路で悪魔が待ちうける魔人の館、泥沼の上を決死で渡るジブラルタル海峡など8か所におよぶ難関に挑む。壮絶で爆笑必至な城攻めバラエティ。
『SASUKE』
1997年にスタート。2020年12月までに38回の大会を開催。緑山スタジオに特設される巨大アスレチックコースに、全国から選りすぐりの筋肉猛者たちが挑戦。毎回100人が出場し、4つのステージに据えられた障害物をアクションゲームのようにクリアしていくフィールドアスレチックゲーム番組だ。
── 150カ国はすごい。「たけし城」や「SASUKE」が始まった頃は、配信プラットフォームなどなかったと思うんですが、どうやって世界に広がったんですか?
渡邉 番組を世界に展開する場合、日本版をそのまま販売して現地で放送する「番販(番組販売)」と、コンセプトを提供して現地でリメイクする「フォーマット販売」があります。
『SASUKE』も最初は、アメリカのケーブル局などに細々と番販していたようですが、それが次第に話題となりアメリカ版をつくろうという動きが起こりました。さらにアメリカの4大ネットワークのひとつであるNBCのスタッフが見ておもしろがって、全米での地上波放送が決定。
 こうして生まれた『AMERICAN NINJA WARRIOR(アメリカニンジャウォーリアー)』は大成功しました。『SASUKE』をそのまま放映するのではなく、そのフォーマットでアメリカ版をつくったことでよりグローバルに伝わりやすくなったんじゃないかと思います。
── 『SASUKE』はなぜ海外で受け入れられているのでしょう?
渡邉 『SASUKE』も『風雲!たけし城』も、画の力だけで伝わるところが強いと思います。
 番販が始まった当時は、日本人が難関にチャレンジしている様子を、現地のアナウンサーが適当に実況していたこともありました。一所懸命にチャレンジしている人が水にジャボーンって落ちるのは一目瞭然。とくに言葉はいらないんですね。
 あと、なぜか海外では、視聴者参加型の番組がウケます。日本ではちょっと過酷なチャレンジとなると芸人さんが立ち向かうのが定石ですが、海外では一般の人たちがどんどん出てきて生き残りをかけて競い合うような番組が人気なんです。

配信サービス向き/テレビ放送向きのコンテンツ

── 渡邉さんは、テレビ番組を国内外の配信サービスに提供しているわけですが、テレビでの視聴とはなにか違いますか?
渡邉 テレビ放送は、たとえばリビングでBGMみたいに流していることもありますよね。無料だし、食事しながらなんとなく見て、気づいたらいろいろな情報を得られる。メディアとして情報を伝播させる力が非常に強いんです。
 一方、配信サービスは「オンデマンド」といって、視聴者のみなさんが見たいときに見られるもの。能動的に再生しないといけないし、有料サービスがほとんどなので、お金を払ってでも見たいほど「好き」の深度が深い。
 テレビ局の指標にはリアルタイムの視聴率と別に、録画再生率を測定したタイムシフト視聴率があります。この数字を見るとドラマが群を抜いて高く、非常にオンデマンド向きだといえます。
── バラエティやお笑いはどうですか?
渡邉 TBSだと19時台に情報系のバラエティが多いんですが、そういった番組はやはりリアルタイム視聴が多い。それに対して22時台に放送される『水曜日のダウンタウン』は録画視聴も多かった。この番組を「TVer」に配信したら、2021年8月のランキングではバラエティ部門再生数1位でした。
https://www.paravi.jp/title/57732
 同じバラエティでもリアルタイム視聴に向いているものと、あとでじっくり見たいもの、番組によって得意分野があると思います。タイムシフト視聴率に加えてオンデマンド配信の数字が評価に加わることで、制作者の意識も徐々に変わってきていると思いますね。
── オンデマンドを狙うならよりコアなファンをつかむ必要があるわけですよね。渡邉さんから「こんな番組をつくってほしい」とオーダーされることはあるんですか?
渡邉 それも重要な仕事のひとつです。昔はどんな番組をラインナップするかを「編成」という部署が行っていましたが、我々のいるDXビジネス局も総合編成本部に統合され、放送番組を担当する編成部と同じフロアで働いています。
 放送向けの制作のコントロールを編成が行い、配信向けのコントロールを私たちが行う。たとえば「Paravi」で配信するコンテンツをつくる話が持ち上がったときには、私たちが編成とタッグを組んで制作を依頼しました。
── そうした体制はいつ頃から始まったのでしょう?
渡邉 2018年ごろ、「Paravi」をスタートさせたことが大きなきっかけだったと思います。それ以前も「TVer」で配信はしていましたが、放送し終わったコンテンツをネット経由で出すことがほとんどでした。
 オリジナルコンテンツの制作に力を入れ始めたのは「Paravi」以降。その後、いくつかに分かれていた配信のセクションを統合して、今のDXビジネス局ができたのが2020年。配信に関してはこの2段階でギアを切り替えた感じですね。
── 配信専門のプラットフォームと比べたとき、どこがテレビ局の強みになると思われますか?
渡邉 やはり伝播力とコンテンツの制作力だと思います。テレビ局にはマスがどういうことに興味を持つかを熟知しているプロデューサーやディレクターがたくさんいます。そのノウハウが電波放送の強い拡散力と組み合わさることで、着実に広がる。
 一方で、すごくコアなファンをつかむことに長けたクリエイターもいるわけです。かつては「視聴率」だけが評価指標で、DVDなどのパッケージが売れてもあまり評価されないところがあったんですが、配信の世界だと特定のターゲットに深く刺さるコンテンツは間違いなく再生数が上がる。
 従来の放送に加えて、配信という新たなチャネルを得たことで、テレビ局の可能性はむしろ広がっていると思います。

オンライン配信の時代にテレビが持つ底力とは

── おふたりは、昨年始まった8時間特番『お笑いの日』の仕掛け人。お笑い芸人さんたちと現場で向き合いながらバラエティ番組を企画・制作されているわけですが、配信やYouTubeなど、テレビ放送以外のチャネルが増えたことでつくり方が変わった点はありますか?
浜田 配信経路や手法が増えたのはよいことだと思いますが、テレビマンとして企画を立てるときは「配信でウケるかどうか」ではなく、まずはおもしろくてマスに届くものをつくりたいと思っていますね。
 一方で、つくったものがうまくハマらなかったときには配信は助けになる。もし放送で数字が悪くても、配信でコアファンにリーチできれば、徐々に火がつくこともありますから。
 たとえば『東大王』は、番組を立ち上げた山口伸一郎さん(現在は『ラヴィット!』の総合演出)から今年引き継いだんですが、熱いファンが多い番組だなと感じていたので、オンデマンド配信やリアルイベントとマッチするだろうと考え、積極的に活用しようと思いました。今年の春、オンラインイベントを開催したのはそういう経緯なんです。
 ただ、まだ今のところはテレビのチカラがあってこそのかけ合わせかなと。おもしろい番組で、かつネットとの相性が良ければ、なお良しというか。新しく出す企画で「配信で売れるやつを」って言われてもなかなか難しいなと思っちゃいますね。
高柳 確かに視聴率のほかに、TVerなどでの再生数を指標にする気運はあります。
 TVerは視聴者が特定の番組を見ようと、積極的に選択して見る。テレビとしてちゃんと骨太なお笑い番組をつくれば、以前よりその影響が可視化され、評価されるようになってきたと、ひしひしと感じています。
── YouTubeチャンネルを開設する芸人さんも増えていますよね。
高柳 芸人さんのYouTubeチャンネルはよく見ます。芸人さんの人柄や考えが知れておもしろいですよね。放送メディアのなかでは、ラジオに近い。その芸人さん個人に興味のある方が、もっと知りたいと思って見たり、芸人さん個人からの発信を見ているうちにもっと好きになっていったり。でも、その企画をそのままテレビ番組でやるのは難しい印象です。
浜田 たとえば、かまいたちさんが独断で選ぶ「コンビニスイーツBEST5」をYouTubeで見るとおもしろいんですよ。個人が発信するコンテンツならではの魅力がある。コンビですけど。
 でも、テレビの場合は「なぜかまいたちさんが選ぶのか」っていう理由を説明しないと、納得を得られないんですよね。特定の芸人さんのファンに向ければいいのではなく、たとえ冠番組であってもその芸人さんを知らない人だって気軽に見たりするわけですから。
「これまでウン百万円以上スイーツに費やしたかまいたちが選ぶ」みたいな理由をわかりやすく提示しないと、大多数の人がコンテクストにノれないんですよ。
高柳 そこが難しいところでもあり、テレビの制作がすごいところでもありますね。オンデマンド配信のプラットフォームにテレビの制作人材が流れているのも、その経験知やノウハウに価値があるからなのかな、と。
── オンデマンド配信にないテレビの強みってなんだと思いますか?
浜田 影響する規模が圧倒的だと思います。たとえば去年放送した『お笑いの日2020』だと、8時間のリアルタイム視聴者数は約4,500万人。好きな人が好きなときに見るインターネットとは、規模が全然違うんです。その爆発力があるから、いまだにテレビで発信された情報が、インターネットや他のメディアに拡散していきやすいんだと思います。
 テレビの歴史ってたった60年なんですけど、テレビマンはその60年間、マスメディアとして世間と向き合ってきた。そのときどきの公序良俗にフィットするかたちで、全国のお年寄りが見ても怒らず、小さい子が見ても大丈夫というハードルのなかで、新しいものをつくり続けてきた。その歴史やノウハウというのは、やっぱり捨てたものではないと思いますね。
高柳 YouTubeとかNetflixの視聴者が増えているのは間違いないんですけど、コンテンツが多くて自由に選べることが、かえって「めんどくさい」という気分になっている気がします。
 今後はNetflixなどのプラットフォームが常時配信、つまり“流しっぱなし”というテレビ的な編成を行うことになるようですが、そう考えると、しっかり選定されて信頼できる情報が流れてくる「テレビ」というモデルも悪くないんだなと改めて思います。

8時間生放送。お笑い特番の意義

── 10月2日に放送される『お笑いの日2021』は、そんなテレビのチカラを集結させた特番ですよね。もともとはどんな企画だったんですか。
『お笑いの日2021』10月2日(土)14:00〜21:54
ダウンタウンを総合MCに、若手からベテランまで人気のお笑い芸人が大集結。今回も「笑いのチカラでニッポンを元気に!!」をテーマに、8時間ぶっ通し生放送の“お笑いの祭り”を開催する。
浜田 TBSテレビには、2011年から「報道の日」「音楽の日」というのがあって、だったら「お笑いの日」ができたらいいねという話を前々から同期の高柳としていました。だいたい我々はこういう企画をいくつも温めておいて、「いつ出すか」というタイミングを待っているんです。
高柳 「お笑いの日」は昨年スタートして、今年で2回目。コロナ禍で世間が暗いムードに包まれていたなか、こんなときだからこそ、テレビやお笑いのチカラが必要だろう、と。1日どの時間にチャンネルを合わせても、芸人さんたちがネタを披露して我々視聴者を笑わせている。家から出られず鬱屈している人たちに向けて、テレビが長時間の生放送をやる意味がある、と。
浜田 生放送で、この日にお笑い芸人がTBSテレビに集結するというのは、芸人さんたちにとっても特別で、発憤していただけたようで。マネージャーさんを通じて「なんで呼んでくれなかったの」と連絡いただけた方もいて、放送を見た結果として「出たい番組」と捉えていただけたんだな、と。それが嬉しくて。
高柳 番組を見ていただけるとわかるんですが、アーティストとのコラボレーションや、受賞歴があって知名度の高い実力派芸人が続々登場したあとに、この特番を締めくくるのが『キングオブコント2021』。1日かけて温めた番組で、コント日本一に挑戦する若手芸人たちがトリを務めるんです。
浜田 そもそも継続できるかはわからないけれど、『お笑いの日2020』と勝手に年号をつけていたんですよね(笑)。昨年、長丁場の収録を終えて、総合司会のダウンタウンさんを見送るときに、浜田さんから「来年は番組のパーカーつくっといてや」と。「よし、来年もやれる」と。
 こういうハレの場をつくり、世の中に向けてドカーンと発信する。どんな境遇にある人にもわかりやすく言うと、「笑いのチカラでニッポンを元気に!!」。これも、テレビのチカラだし、役割だと思ってます!