【福田康隆】「理想的な顧客プロファイル」を全社レベルで描こう

2021/10/6
「NewsPicks NewSchool」では、2021年10月から「SaaSグロース戦略」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、日本のSaaSビジネスのトップランナーである福田康隆氏です。
開講に先立ち、福田氏によるインタビューをお届けします。

Go-to-market戦略

次に「Go-to-market戦略」です。製品開発などを除けば、おそらくこれが最初に考えるべきことになります。
「Go-to-market戦略」とは、IT系スタートアップやWeb関連のニュースメディアであるTechCrunch(テッククランチ)の定義では、「how a company will reach target customers and achieve competitive advantage」、つまり、ターゲットとするカスタマーにどうリーチするか、そして競争優位性をどう勝ち取るかということです。
この目的としてはブループリント、つまりプロダクトやサービスをどう最終顧客に提供していくかという青写真ですね。
その中でプライシングや価格、チャネルを考慮したうえで、商品やサービスをどう届けていくかを考えることです。
私はこれを、「中長期で獲得していくべき市場を定義し、どこからどのような順番で攻略していくかを決めること」と表現しています。
先に述べた通りARR 100億円が1つの目標だとすると、そこに到達するにはさまざまなルートがあります。
たとえば 1社当たりの販売額が2000万円で、500社でも100億円になりますし、500万円×2000社でも100万円×1万社でも100億円。
さまざまなパターンがあるわけですが、どの道を選ぶかによって、マーケティングや営業の人員も、当然カスタマーサクセスにおいても取るべき戦略が違ってきます。
単価を低く設定するパターンは立ち上がりがスムーズです。検討も短期間で、初期の成長スピードは早いのですが、課題になってくるのはチャーン (解約率)です。
一般にSaaSの業界では、SMBですと、サービスの契約更新率はだいたい80~85%と言われ、エンタープライズは95%ぐらいと言われますが、この10~15%の違いが3年後には非常に大きな差になります。
チャーンが多いということは、穴の開いたバケツに水を流すようなもので、後で非常に苦労します。しかも、(受注を増やすためには)営業を増やしていかなければならないので、労働集約型になりがちという課題が出てきやすいアプローチになります。

立ち上げ時期こそやるべき事を明確に

一方で、より少ない会社を高単価で狙っていくというやり方もあります。
たとえばエンタープライズに特化している会社やバーティカルSaaSベンダーは、スライドの左側のアプローチ(2000万円×500社)を取っています。
一商談が億を超えるサービスもありますので2000万円という金額が高いか安いかという議論はさておき、高単価を狙っていくと当然、1社目や2社目を取るのにものすごく苦労します。
時間がかかっている間に、ほかの会社にブランディングを取られてしまうと、後発になり市場を制することが困難になります。
またやっと獲得した受注を自分たちより規模の大きい競合他社が、体力勝負で低価格でリプレイスしにいくことも考えられます。
より少ない会社を高単価で狙うアプローチではせっかくできた基盤が数社破壊されただけで、一気に経営基盤がぐらつくので、初期の段階で危機に陥る可能性があるというリスクもはらんでいるわけです。どちらのアプローチにも当然、メリットとデメリットがあります。
低価格帯と高価格帯の両方を攻めるハイブリッド型が、この中間のアプローチです。
どのアプローチが正しいという事はありませんが、そういうことを考えながら、自社がどういう特性を持っていて、どんなルートを選ぶのかを決めていくという絵を最初に描かなければ、その場しのぎでマーケティングを行い、こんな施策をしてみようとか、人が足りないからから営業を採用しようという形になりがちです。
しかし、立ち上げ時期はリソースが限られるからこそ、やるべき事を明確にしなければ自分たちより規模の大きい会社に勝つことはできません。
ですから、自分たちは5年後、10年後にこういうポジショニングを得たい、そのために、こういうルートを取る。だから、こんな戦略を取ろうという順番で考えていくことが不可欠だと私は思っています。

「理想的な顧客」のプロファイルを描く

マルケトでも、明確にその方針を打ち出して顧客獲得を行っていました。
当時は急成長しているスタートアップと、製造業を中心としたB2Bの大手企業に明確に的を絞りました。
これは「急成長している企業ならマルケト」「B2B企業ならマルケト」「大手企業にも採用されているマルケト」という印象を市場に持ってもらうことが狙いでした。
そのような印象を持ってもらうためには、どの企業に採用してもらうのがベストなのかというアプローチです。
先日もあるジャパンクラウドの関連会社の社長に、「イベントの基調講演で顧客紹介のスライドを用意するとしたら、どの会社のロゴが並んでいると理想的だと思うか」という問いかけをしました。これは是非皆さんにも試してもらいたいエクササイズです。
ターゲットリストを作成する時に、つい売上や業種などの条件だけで抽出しがちです。しかし同じ売上規模や業種の会社でも、新しいものを積極的に取り入れる会社もあれば、保守的な会社、世の中から模範的と思われている会社などさまざまな要素があります。
自分たちで考える理想的な顧客企業のロゴを考えてみて、なぜそのロゴを選んだのか、どんな条件が整っていれば、自社にとっての理想的な顧客、ターゲット顧客になるのかということを逆から考えてみると新しい発見が得られると思います。
まさに、その思考プロセスによって得られるものが、このあと話をする「Ideal Customer Profile(ICP)」、「理想的な顧客のプロファイル」ということになります。
これがなぜ大事かというと、冒頭に申し上げた通り、THE MODELというと、リードを広く獲得して、インサイドセールスが商談を作成して、営業に渡すという受け身型のイメージが非常に強いわけです。
しかし、インバウンドに依存したアプローチで進めてしまうと、マーケティングがリード(見込み客)を獲得できなくなったり、インサイドセールスが商談化できなくなったとたんにリカバリーがきかなくなります。
しかも、売上を伸ばそうとすると、そのぶんインサイドセールスの増員が必要になる。さらに営業が、「商談はインサイドセールスが作成するもの」という受身の姿勢になってしまうので、絶対にうまくいきません。
むしろ、それとは逆のアプローチで、ゴールから逆算していく。つまり売上目標数字がまずあって、それを達成するにはこれだけのパイプラインが必要になる。
営業が常にそのパイプラインを意識しながら、インサイドセールスからパスされる商談の傾向をチェックする。足りなければ自ら発掘する、パートナーとの協業を検討する、過去の失注商談を掘り起こすなど、営業が能動的に動くことが重要です。
組織全体にこういうマインドがなければ、会社は成長しません。
福田 康隆/ジャパン・クラウド・コンサルティング CEO
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。2004年セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人で専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年マルケト代表取締役社長として日本法人の設立に関わる。2019年買収により、アドビシステムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウドのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。

「売りやすい」という観点で決めてはいけない

「営業テリトリーのCEOという意識を持つ」というお話もさせてください。
『THE MODEL』にも書いてあるように、私も営業マネジメントになりたての頃は、テリトリーを決めるより、そのときの稼働状況に応じて、営業担当者に案件を割り振るほうがよいと思っていました。
ところがそれでは、今お話ししたように営業が受身の姿勢になってしまうので、「ここがあなたのテリトリーです」としっかり決めて、「この範囲はあなたの責任です」と、営業担当者に理解をさせることが必要です。
各営業担当者にテリトリーを設定するために、全社レベルで「理想的な顧客プロファイル(ICP)」を設定する必要があるということです。
では、そのICPをどう設定するかということですが、本当に会社を新規で立ち上げるときと、ある程度顧客を持っている場合ではアプローチが少し違います。
後者の場合は、既存顧客のデータ分析を行い、まだ売れていないホワイトスペースはどこかを見つけていく。新規市場でどこにポテンシャルがあるかを見つける。
こうした作業を、企業特性や売上高、従業員数、業種、地域などのデータをもとに行います。
既存顧客の場合には、プロダクトデータやそのお客様の利用状況、製品導入開始時期、競合製品などのさまざまなデータを組み合わせていきます。
あとは、過去の受注・失注データなどから、こういう特性の顧客は解約、購入しやすい、失注しやすいというデータを集める。そういった分析を行っていきます。
立ち上げ時期は仮説を立てざるを得ませんが、いずれにしても、仮説を立てたあとにプロダクトデータや過去の受注・失注データをもとに、繰り返しチューニングをしていくことで、求められる正解に近づきます。
その際、ポイントになるのは「売りやすい」という観点で(ICPを)決めてはいけないということ。
(ICPは)提供するサービスが最もフィットする顧客層、製品思想に基づいて正しく使ってくれる顧客層、自分たちの会社を代弁してくれる存在だということを意識しなければなりません。
SaaSビジネスではチャーン(を減らすこと)が重要なので、そもそも機能面でフィット感が少ないとか、あまりにも厳しい要求をしてくる傾向の会社は避けるなど販売しない企業の条件を決めておくことも非常に大切です。
ただし、ここが天王山になるという勝負どころの案件が舞い込んできたら、赤字覚悟でも勝負をかけることはあります。この辺をよく検討することが、立ち上げ期にICPを考える際のポイントだと思います。
ということで、ざっとお話をしてきましたが、「Go-to-market戦略」全体の中でどうICPを設定し、どの顧客セグメントにリソースを投入すべきかを検討することが非常に大事です。
これが定まって初めてメッセージングやPR戦略、ファネルの設計、とくにインサイドセールスなどの、いわゆる「デマンドジェネレーション」の設計ができていくわけです。
そして、それが見えてくると、セールスモーション、テリトリーの設計、営業のコンペンセーション(報酬)、人員の配置、営業カルチャー、採用などの話がテーマになってくるのです。
カスタマーサクセスについては、ハイタッチやロータッチを含めて、カスタマーサクセス部問による顧客カバレッジの体制をどうつくるか。
さらに、最終的に組織全体を動かしていくのに必要なマネジメントやKPIの見方、リーダーシップなどがテーマになり、これらが組み合わさって初めて、グロース戦略になると考えています。
これらのテーマについて、毎回実例を基にしながら皆さんと学びを深めていきたいと思います。
(構成:加賀谷貢樹、写真:遠藤素子)
「NewsPicks NewSchool」では、2021年10月から「SaaSグロース戦略」を開講します。詳細はこちらよりご確認ください。