【福田康隆】SaaSビジネスの、立ち上げ期〜成長期を牽引できる人材を育てたい

2021/10/5
「NewsPicks NewSchool」では、2021年10月から「SaaSグロース戦略」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、日本のSaaSビジネスのトップランナーである福田康隆氏です。
開講に先立ち、福田氏によるインタビューをお届けします。

プロジェクトの狙い

まずは私の自己紹介も含め、本プロジェクトが何を狙いにしているのかについて、お話ししたいと思います。
その後は事例研究として、私が勤務していたセールスフォース・ドットコムやマルケトなどの実例を挙げ、会社や事業の立ち上げ期に意識することや「Go-to-market戦略」について話していきます。
最後に「Ideal Customer Profile(アイデアル・カスタマー・プロファイル)」について触れます。
「理想的な顧客のプロファイル(ICP)」をどう描き、初期にどんなお客様や企業群をターゲットにするかということが、最も重要だと私は考えています。
つまり、明確にターゲットを定めた企業にどうアプローチするかということが、事の始まりで、これがすべての基点になります。
これが決まらないとマーケティングにおけるデマンドジェネレーションからPR、営業の組織作りに至るまで、すべてが定まりません。
まずは自己紹介から。私は日本オラクルに入社して8年間働き、その後セールスフォース・ドットコムでは、アメリカ本社と日本に10年間籍を置きました。
次いで、世界有数のマーケティング専業ベンダーであるマルケト(Marketo)で、日本法人立ち上げの1号社員として社長を務めて丸5年勤務。
その後、アドビの買収を経て、同社で1年過ごしたあと、ファンドとコンサルティング支援の機能を兼ね備えるジャパンクラウドという会社で、外資系のSaaSベンダーを日本に誘致して合弁会社を作り、8~10年のタームで支援を行っています。
福田 康隆/ジャパン・クラウド・コンサルティング CEO
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。2004年セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人で専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年マルケト代表取締役社長として日本法人の設立に関わる。2019年買収により、アドビシステムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウドのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。
まさに、これまで積み重ねた経験を生かし、企業の立ち上げから成長期、成熟期に至るまでのフォローを手がける会社で働いております。
ジャパンクラウドの歴史は古く、その前身であるサンブリッジという会社があり、最初にセールスフォース・ドットコムの日本進出を支援したところから歴史がスタートしています。
ジャパンクラウドになってからは、会計系から金融機関のバーティカルSaaSと言われるソリューション、購買系のソリューションに至るまで、さまざまな領域をこれまで手がけてきました。
その中で得たノウハウをプレイブックとして集約し、どんなときに何をすればいいのか、その戦略とは何かに加え、過去の成功・失敗事例をまとめているところです。
そのノウハウを、ジャパンクラウドで一緒に仕事をしているメンバーとともに、皆さんに公開していこうというのが、本プロジェクトの狙いです。
もともと参考書籍として、拙著の『THE MODEL』(翔泳社)を、ぜひ読んでいただければという話をしていましたが、そのほかに、セールスフォース・ドットコムCEOのマーク・ベニオフが書いた『クラウド誕生』(ダイヤモンド社)。
また、これは吉田(育代)さんというライターの方が、日本オラクルが日本でどう成長していったかをまとめた『伝―データベース競争の覇者』(ソフトバンククリエイティブ)という本があります。
これらを読むと、各社が取ったソリューションもその時期も違いますが、戦略として非常に共通しているものや異なるものが見えてきます。それぞれが時代を反映していて、個々の事例を今の時代にどう生かせるのかなどについて、多くの学びがあります。

成長期を牽引できる人材を育てたい

昨年実施したNewSchoolではSaaSというビジネスモデルの中でよく使われるマーケティング、インサイドセールス、営業、カスタマーサクセスの4つのロールについて理解を深めていくことを主な狙いにしていました。
今回はよりグロース(growth)、どう成長させるかというところに力点を置き、とくに立ち上げ期から成長期を牽引できる人材を育てたいと考えています。
まず、立ち上げ期や成長期、成熟期の基準は人それぞれだと思いますが、今回はSaaSベンダーでARR(年間経常収益)10億円以下(立ち上げ期)、10億から100億(成長期)、100億以上(成熟期)を、1つのバーにイメージして考えてみました。
私のこれまでの経験から言うと、会社の立ち上げ期の後半から成長期を経験することによって、最も自分の能力を高められる良い経験ができます。
立ち上げ期から会社に入って成長期を牽引することで、本当に自分の過去の経験が生きる、もしくは難しさに気づくなどのさまざまな発見があるもので、ここを突破できる人材が育っていくことを期待し、今回のプロジェクトを企画させていただきました。
私自身、非常にラッキーだったのは、この成熟期を最初に(日本オラクルで)過ごし、次にセールスフォースで日本法人の立ち上げ期、成長期を経験したこと。
この経験をマルケトで生かすことができました。
こちらが、マルケトを2014年にスタートしてから約半年後に、全社員向けのキックオフミーティングで使用した実際の資料になります。
同社の創業時に設定した時間軸の中で、最初の理念はまず足元を固める。そして、次の2017年から19年まではアクセルを踏み込む、創業6年目となる2020~23年でこの市場の圧倒的なナンバーワンになる、という三段階のステップで社員に話をしていきました。
最初の足元を固めるということについては、ポストセールスの強化、バックオフィスの強化、採用と教育の強化、ブランディングの確立。この4つをテーマに挙げました。
「あれっ、逆じゃないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。実際、私が見てきた多くの会社では、営業人員の拡大やパートナーへの投資といったことを最初に行い、ポストセールスやバックオフィスの強化、採用・教育は後回しになりがちというケースが少なくありませんでした。
これは私が、オラクルとセールスフォースの比較を通じて学んだことです。まず一つ目は、なぜポストセールスを強化したかですが、サービスを導入したあとに、お客様が成功することが非常に難しいということを、セールスフォース時代に実感したからです。
会計・業務などのシステムであれば、きちんと導入、インプリ(メンテーション)すれば稼働はしますが、営業支援の仕組みは、ただ(システムを)設定しただけでは駄目で、実際にそれをどう活用できるかが非常に大事です。
ですから導入先の会社で効果が出ないとなると、「結局あのソリューションは使えない」という噂がすぐに市場に広まってしまうという怖さがありました。
マルケトの場合はマーケティングツールでしたので、営業支援と同様に、「導入したけれど使えない」、「ただのメール配信ツールだ」とか「どんな効果が出ているんですか」という話になりかねません。

成功した顧客をいかにつくるか

そういう観点で言うと、最初にどんどん売ってしまって悪い噂が広がっていくより、最初は少数であってもいいので、成功した顧客をいかにつくるかということの大事さを私は実感しています。
そこで私はコンサルタント、カスタマーサクセスおよびカスタマーサポートの人員を徹底的に強化し、採用することに取り組みました。
バックオフィスも同様で、セールスが拡大していくと、注文書や利用規約、契約条件、MSAと言われるマスター・サービス・アグリーメント(マスターサービス契約)や契約書も増えます。そのため、こういったものを含めてバックオフィス部問が強化されていないと、成長にともない労働集約型になり、人員がむやみに増えたり効率が低下します。
ですから、むしろ最初に、スケールできる基盤を固めてから拡大していくという順番を取らないと、あとでしっぺ返しを食らうということも感じていました。
あとは採用と教育です。
オラクルは、日本法人の5人目の社員に人事部長を採用し、当初から採用に注力。新卒採用まで幅広く手がけていたのです。
さらには、単に人材を採用するだけではなく、教育専門の機関を設置し、創業5年目で社員数500人まで到達するというスピード感で成長を遂げました。
会社が成長する中で採用・教育を行っていこうとすると、結局、現場のマネージャーに負荷がかかり、予算があってもそこがボトルネックになることが多いため、採用と教育の専任者を獲得したわけです。
こうした基盤が固まっていくと、安心してアクセルを踏み込めます。
かなりアグレッシブな目標でしたが、売上高でいくら、顧客数は何社、社員数は何名になろう、と私は当時、宣言しました。荒唐無稽なものでは困りますが、ここまでいけると夢があるという数字を出すことによって、社員は鼓舞されていくものです。
(構成:加賀谷貢樹、写真:遠藤素子)
※後編に続く
「NewsPicks NewSchool」では、2021年10月から「SaaSグロース戦略」を開講します。詳細はこちらよりご確認ください。