2021/10/14

【基礎知識】CO2を再資源化する夢の技術「人工光合成」とは

NewsPicks / Brand Design 編集者
 太陽と水、それに光触媒を使って、クリーンな水素を取り出し、その水素とCO₂でプラスチックの原料を作り出す。
 化石資源に依存せず、カーボンフリーどころか、CO₂を減らすことができる、この夢のような技術「人工光合成」プロジェクトが、三菱ケミカルをはじめとする産官学のチームによって進行中だ。
 まず、このリーダーを務める三菱ケミカルエグゼクティブフェローで、人工光合成に関するNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)との共同研究のプロジェクトリーダーを務める瀬戸山亨氏に技術の解説や「循環型社会の実現」への思いを伺った。
 後半では三菱ケミカルの若き研究者たちと、大阪・関西万博でバーチャル大阪館のディレクターも務める、大阪大学 グローバルイニシアティブ機構 招へい研究員の佐久間洋司氏が「2050年の日本の姿」について語り合う。

水からソーラー水素を取り出す人工光合成

──植物の葉っぱが空気中のCO₂を取り入れ、太陽光と水を利用してデンプンという栄養分を作り、酸素を出す。これが自然界で行われている光合成です。必要なものはCO₂と太陽の光、それに水。これを人工的に行うと、何が生まれるのでしょうか?
瀬戸山 人工光合成は太陽光の下で、水から水素を取り出します。このプロジェクトの最終目標は2つあります。
 まず1つ目は、水を光触媒によって分解し、安全に水素を取り出すこと。
 2つ目が、その水素と工場の排ガスなどから取り出したCO₂を原料にして、エチレンやプロピレンなどのオレフィン(プラスチックの材料となる化学製品)を製造することです。
 水素をエネルギーとして使うのではなく、原料としても利用しようというわけです。
──1つ目の目標ですが、電気を使わずに太陽光によって水から水素が取り出せれば、まさにクリーンな水素エネルギーが誕生するわけですね。
 私たちが利用している化石燃料は、燃焼時に大量のCO₂を排出します。ところが水素は燃やしても水以外の排出物を出さないので、化石燃料に代わるクリーンな代替エネルギーとして期待されていることは、皆さんご承知の通りです。
 国もエネルギー基本計画の中で、水素社会への取り組みを促進しています。
 水素は石油や石炭、天然ガスやバイオマスの中にも含まれており、水素を得る手段と原料は多岐にわたります。
 現在主流なのは、天然ガスを回収するときに出るメタンから水素を作る方法ですが、この方法では1キロの水素を作るために8.5キロくらいのCO₂が出ます。これを地中に埋設するという考え方がありますが、全量の回収はできません。
 私たちが進めている人工光合成は、水を分解して水素を取り出すものですが、この分解する工程に電気は使いません。光触媒を塗ったシートを入れた水に太陽の光を当てるだけです。そうすると水からブクブクと泡が出てきます。これが水素と酸素です。
Setoyama Laboratoryにて
 ここから分離膜を使って水素だけを取り出すので、CO₂の発生はありません。カーボンフリーで水素を生み出すことができるのです。
──この方法はすでに成功しているのでしょうか。課題はありますか?
 はい。NEDOや人工光合成プロセス技術研究組合、東京大学、信州大学等と一緒に、光触媒シートをパネル化した100平方メートル規模設備でソーラー水素を製造する実証実験に世界で初めて成功しました。
 このことは今年の8月にイギリスの科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されました。
 人工光合成の課題の1つは、光触媒の太陽光エネルギー変換効率です。
 自然界で行われる植物の光合成では、太陽光の0.2%程度が利用されています。一方、私たちが進めている人工光合成では、太陽光の10%程度を水の分解に利用することを目指しています。
 10%達成がどのくらいかというと、生産する水素をエネルギーとして利用すると仮定した場合、サハラ砂漠の3%の面積があれば、全世界のエネルギーが賄える。それほどの規模になります。
 先述のNatureで発表した実証試験では、最大0.8%程度の太陽光エネルギー変換効率を達成しました。
 今回用いた光触媒は紫外光しか吸収しないため、太陽光エネルギー変換効率は1%未満と低い値にとどまっていますが、今後数年以内に可視光と紫外光の両方を吸収できる光触媒を開発し、5~10%の達成を目指します。
 この技術が確立された暁には、安価な光触媒シートを使った人工水素ガス田を、海上や遊休地に展開するイメージです。

化学製品の原料を人工光合成で作る夢の技術

──人工光合成というと水素を取り出すところまでをいうことが多いとのことですが、瀬戸山さんたちのプロジェクトでは、取り出した水素とCO₂を使って、化学原料のオレフィンを製造するという未来の技術に挑んでいます。こちらの達成度は?
 オレフィンの合成については、世界のどこにもない革新的プロセスの開発に挑んでおり、小型パイロットでの実証実験に成功しています。
 この方法が成功すれば、必要なオレフィンだけを単独で生産できるようになり、エネルギー消費も建設費も低く抑えることができます。
手にしているのは、オレフィン製造用のゼオライト触媒。Setoyama Laboratoryにて
 そればかりか、CO₂を原料として使うことで、CO₂の排出量をマイナスにすることができる。化石資源から人工光合成に転換することにより、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献することができると確信しています。
佐久間洋司氏は、AIやVRなどの最先端の技術を活用して「人類の調和」を実現することをテーマに活動を進めている。研究テーマも年代も大きく異なるものの、研究者として大先輩である瀬戸山氏に人工光合成のプロジェクトの方向性や、推進のヒントについて問う。

三菱ケミカルには人工光合成に挑む責任がある

佐久間 センセーショナルに言うと、私は科学技術で「人類の調和」を実現することをテーマにしています。
 現代の情報環境に問題意識を持っていて、例えば、推薦システムによって価値観が収斂・先鋭化してしまうフィルターバブルなどの問題が知られています。
 そこで、全体主義ではなく、多様性が担保された形で私たちが「個人」の幸福を追求する生活を送りながら、私たちとしての「集団」の幸福も理解できる──そんな世界を実現するための科学技術の研究開発や、社会実装のあり方について研究をしています。
 まったく分野も違うところですが、これまでの瀬戸山さんのお話がとても面白くて、組織論から研究内容まで、質問したいことがたくさん出てきました。
 この人工光合成のプロジェクトの研究について、最初はポスドク(大学院博士後期課程の修了後に就く研究職ポジション)を一人つけるところからスタートしたとのことでした。それが現在ではNEDOの大型プロジェクトになっていますね。
 アカデミアとビジネスの間を行き来して、最後は事業化しなければならないかと思います。それぞれのフェーズで、誰に対してどのような主張をすることで、瀬戸山さんが行いたい研究の方向性にもってこられたのか、そのあたりのご苦労を教えていただけますか。
瀬戸山 こういう新しい技術開発は、常に綱渡り。バランスを取りながら、絶対に落ちないようにしなければならないんです。誰に対してどんなアピールをするかも、その都度考えなければなりません。
 会社のトップに対しては、「これだけの大きな事業になります」という話、アカデミアに対しては、「ここが日本の最先端科学の有力な1つです、ここを強化しましょう」と主張する。
 官公庁に対しては、例えば経時的波及効果といったことに力点をおいて話す、というように、相手が何に着目するかをよく考えて、ずっとマネージしてきました。
 もちろんうまくいかないこともいっぱいありますよ。でも、ゴールの軸足をぶらさず、そこに至るまでのやり方は、その都度考えながらやってきましたね。

10年後、20年後を予想して、ボトルネックを探す

佐久間 先日まで、ムーンショット型研究開発事業に研究開発目標を追加するというプロジェクトを進めていました。
 そのなかで、目指すべきビジョンと、20〜30年後の主戦場になる研究テーマを調査してきました。こういった調査で難しいのは、何かブレイクスルーが起きてしまったときには、その他の未来(ブレイクスルー)が選択されなくなる可能性があるということです。
 例えば圧倒的な効率かつ電気分解で全部できちゃう、という会社がどこかで生まれた瞬間に、この人工光合成に対する需要はガクッと落ちてしまうのか。
 そして逆に人工光合成が席巻してしまうと、「電気分解ってなんだった?」と忘れさせてしまうような、そういうパワーバランスはありますか。
 研究者は自分の研究をするわけですが、一方で、他の分野でブレイクスルーが起きて、ひっくり返るかもしれない。それが自分と異なる分野から生まれるものだとすると、その予想はほとんど不可能に近いのかと思います。
 最後は“勘どころ”があるのではないかと思ったのですが、考え方のヒントはあるものでしょうか。
瀬戸山 僕ははっきりとした方法論を持っています。それは「ボトルネック」となる課題を見つけるということ。
 今の社会で「これが常識だよね」と思っていることはいっぱいありますが、それを1つひねってみると「あれ? もしかして、こういうことができたら世の中変わるんじゃない?」ということがゴロゴロあるんです。
 このボトルネックの見つけ方ですが、まず10年後、20年後にどういうことが起こるかを予想し、その解決には何を考えなくてはいけないか、これがベースです。
 そのときどうやって情報を集めるかというと、僕は人が書いた報告書、個人の感想が入ったものはあまり読みません。読むのは白書、ホワイトペーパーが中心です。
 そこに書かれた事実をずっと眺めていると、裏にあるものが見えるときがあるんです。それが見えたとき「あ、このボトルネックを解決できれば、間違いなく世の中が変わる」ということがはっきりわかる。
 いろいろなことを考えながら俯瞰的に白書を眺めていると、あるときポロっと出てくる。そんな感じなのです。
そんな瀬戸山氏が若かりし頃に、フランス留学で学んだことがあった。ジェネラシティー(寛容性)だ。

自分のやり方ではなくても、他のものが優れていたら、それを受け入れる寛容性。寛容性があれば物事が俯瞰して見えるし、並行していろいろなものが眺められるようになるという。

現在、瀬戸山研究室でともに人工光合成の研究にいそしむ若手研究者がいる。坂本尚之氏小野塚博暁氏のおふたりだ。ともに核心的技術を担当している。佐久間氏を含め、若き研究者たちが描く2050年の未来は──。

「10%カルチャー」が企業の化学文化を醸成

──三菱ケミカルには、「10%カルチャー」という制度があります。研究者は自分の仕事時間の10%を、仕事とは別の、自らが自由にテーマを決めた研究に使ってよいというものです。若き研究者であるおふたりは「10%カルチャー」を活用していますか?
坂本 私はソーラー水素とCO₂からメタノールを合成する技術が担当です。「10%カルチャー」の導入で、テーマ提案や業務改革のために何ができるか、各人がこれまで以上に考えるようになったと思います。
 自由な活動に予算と時間を使えることに加え、これを制度化したところに、会社の本気度を感じ、意識が変わった人も多いように思います。
小野塚 私は坂本さんのチームが作ったメタノールを原料にして、エチレン、プロピレンといったプラスチックの原料を作るためのゼオライト触媒の研究開発を担当しています。
 一方で昨年まで「10%カルチャー」で年間100万円の共同研究費をつけてもらい、ゼオライトの結晶化メカニズムの解明というテーマで、大学と共同研究をしていました。
 テーマ自体は今、すぐに利益につながるものではないのですが、先生と定期的にディスカッションさせていただいて、ベーシックな部分を考える機会となり、研究者としてよい経験になりました。
瀬戸山 企業の化学文化を醸成していくための最初の一歩という意味で、「10%カルチャー」は良い取り組みだと思います。化学は文化です。ここから真の革新技術が生まれる本当のカルチャーとして定着することを期待しています。
佐久間 手順や枠組みに囚われずに、自ら考えて提案する土壌を作る10%カルチャーが普及すれば素晴らしいですね。もちろん、そう言ったの化学の文化を育てることは、制度だけで可能になるわけではないのだろうと思います。
 その時間を最大限に活用してもらうことや、各々が俯瞰した視座を求め、革新的な変革を志してもらうための次の一歩も重要になるのでしょう。こういう取り組みの積み重ねが、三菱ケミカルの新たな強みを作り続けることにつながるのですね。
 ここまで非常に興味深いお話を伺ってきましたが、最後に2050年の日本の姿をどのように思い描いているか、皆さんのビジョンを教えていただけますか?
小野塚 人工光合成というのは、自然をある意味で模倣した技術ですが、このように自然の良さを化学の力でもう一度取り戻す時代になっているといいなと。2050年に向けて、人工光合成もそうですが、そういうものを作れる研究者でいたいなと思っています。
坂本 CO₂や海洋プラスチックの問題などもあって、今、化学はちょっと悪者みたいに見られていますよね。それらの問題を化学の力で解決して、化学に対する良いイメージ、ポジティブなイメージを皆さんに持ってもらいたい。
 それは2050年では遅くて、もっと早い段階からやっていかなければならないと思っています。そのために人工光合成がきっと役立つと確信しています。
瀬戸山 私も2050年では遅すぎると思っています。これは2040年くらいの話ですが、日本はサイエンスをベースにして物を作る国じゃなきゃダメだと思います。知恵を売る国です。
 ITの世界は、大半がよそから入ってきたものですし、規模的に大きすぎて今更日本の強みにはなりにくいと思います。どこで勝っていくかと考えると、知恵をビジネスにするようなことを考えていかない限り、勝てないでしょう。
 その頃の三菱ケミカルはケミストリーではなく、サイエンスの会社になっているかもしれませんよ。
佐久間 ケミストリーを超えた、エネルギーという広い視座なのか、あるいは、それ以上のもはや名前が呼ばれてすらいない基盤を取りにいかれるのだろうと思うと、とてもわくわくします。