2021/9/30

【問題】企業の生産性を下げている意外な業務とは

NewsPicks Brand Design editor
新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、電子契約の導入が急速に進んでいる。しかし、「契約締結業務のデジタル化」はこれまで企業が抱えてきた「契約」の本質的な課題を解決するものではない。
今、その課題に切り込む存在として、世界で急速に伸長するのが「契約ライフサイクルマネジメント=CLM(Contract Lifecycle Management)」という概念だ。ビジネスにおける「契約」とは何か、そこにどのような課題があるのか。日本初のベンダーであり、国内シェアNo.1(※)のCLM「ContractS CLM」を提供するContractS執行役員COOの安養寺鉄彦氏の話から、「CLM」の最前線を明らかにする。
出典:ITR「ITR Market View:ECサイト構築/CMS/SMS送信サービス/CLM/電子契約サービス市場2021」CLM/契約管理サービス市場:売上金額シェア(2019~2021年度予測)同レポートには旧社名(株式会社Holmes)および旧サービス名(ホームズクラウド)で掲載

電子契約の普及が気づかせた「契約」の課題

コロナ禍の影響もあり、ここ数年で電子契約を活用する企業が増えてきた。
「製本作業や印紙を貼る手間が省けて便利になった」と感じる人がいる一方で、「結局、電子契約を使わず紙で契約書を締結している」「電子契約と紙で締結した契約の2元管理が煩雑」といった不満を感じる人もいるはずだ。
というのも、電子契約は、「締結」という契約プロセスの一部の業務最適化にすぎないからだ。
契約締結前には契約書作成、書面のレビュー、稟議・承認といったプロセスがあり、締結後には保管や管理といった業務が必要で、そのどちらにも手間がかかる。そしてこの手間は、電子化が実現されてもさほど変わらない。
そこで注目されるのが、「契約ライフサイクルマネジメント=CLM(Contract Lifecycle Management)」という概念だ。契約の作成から管理までワンプラットフォームで最適化可能なサービスとして、CLMを導入する企業も増えている。
アメリカでは急速に市場が成長しており、グローバルでの現在の市場規模は2000億円程度。2021年から26年までの年平均成長率は12%ほどと予測されている(※)。
※Contract Lifecycle Management Software Market: Global Industry Trends, Share, Size, Growth, Opportunity and Forecast 2021-2026
「CLMにおいては、アメリカが少なくとも5年ほど日本に先行しているのは確実でしょう」
こう話すのは、CLMを提供するContractS株式会社の執行役員COO、安養寺鉄彦氏だ。ContractSは、2017年に日本初のCLMとして「ContractS CLM」(旧「ホームズクラウド」)の提供をスタートした。
「リリース以降、契約社数は右肩上がりで増えていましたが、その角度は比較的緩やかでした。しかし、コロナ禍の影響で電子契約の普及が進み、多くの企業が締結業務以外の隠れていた契約に関する課題に気づくチャンスが生まれた。
『電子契約を機に契約プロセス全体を電子化しよう』と、規模の大きさゆえに腰が重かった大企業からの問い合わせも顕著に増加しました。
電子契約の普及がCLM普及の前提条件というのはアメリカを見ても明らかで、日本もやっとスタートラインに立ったということです。
企業活動のなかで、もっともDXが進んでいなかったのが『契約』領域ですが、ついにその状況が大きく変わろうとしています」(安養寺氏)

各社で頻発する「あの契約書、どこ行った」問題に終止符を

そもそもなぜ、契約のDXが進まなかったのか。考えられる理由のひとつには、セールスフォースのような売上に直結することが明白なツールに比べて、ビジネスへ寄与するメリットが見えにくいことにある。
だが、実は「CLM」を導入し、契約DXを実現させることには、ビジネスに寄与する大きく3つの利点がある。
まず1つめの「ビジネスを加速させる」について、安養寺氏は次のように説明する。
「契約を取り交わすプロセスはビジネスのリードタイムそのものですから、そこを短期化できたぶんだけビジネスは加速します。結果、売り上げが立つタイミングが早くなり、機会損失も避けられます」
その言葉を裏付けるように、不適切な契約管理によって収益に平均9%の損失が発生しているというデータ(World Commerce & Contracting調べ)もある。
実際にコロナ禍でContractS CLMを導入したデジタル広告企業では、これまで21日かかっていた契約日数を1日まで短縮したケースもあったという。
2つめの利点が、契約業務の生産性を上げること。契約書が紙・データを問わず、CLM上の一箇所に集約されることで、「あの契約書、どこ行った?」と探す手間が省ける。
「管理がずさんな中小企業の話だろう」と考えるかもしれないが、安養寺氏によれば、これは意外にも企業規模問わず起こる「あるある」だという。
また、契約書そのものだけでなく、契約背景や経緯をひとまとめに残しておくことが、トラブル回避や、法務が複数人から何度も似たような質問を受けるという無駄なやり取りの効率化につながる。
さらに、契約書やその関連情報がナレッジとして整理・蓄積されることで、ひな形が洗練・整備され、特殊な契約であっても、参照できる事例が見つかる可能性が高まるのも利点だ。
3つめの利点が、コンプライアンスを強化できること。さらに、契約違反リスクの低減といった、より長期的なメリットもある。
たとえば、契約をもとに問題が起きれば、企業の存続危機にもなりかねない。契約の内容やステータスを正しく管理するいわゆる「予防法務」は、ビジネスにとって大切な業務なのだ。しかし、ワードやエクセルによる人的管理を行っている企業が多いのも事実。
CLMのようなツールを使い、システマチック契約管理を行うことで、そうした人為的なミスを低減し、コンプライアンスを強化することができるのだ。

なぜ契約がもとで「裁判」になってしまうのか

この「予防法務」をテクノロジーの力で実現しよう、という考え方はContractS のルーツでもある。
ContractSは、「世の中から紛争裁判をなくす」ことを「志」として掲げている。この志は、代表である笹原健太氏の経験から生まれたものだ。
弁護士として活動していた笹原氏は、裁判で疲弊する人を大勢見てきた。裁判には時間もかかり、お金もかかる。地方裁判所で勝訴判決が出たとしても、相手側が控訴してきたら今度は高等裁判所。たとえ勝訴が確定しても、裁判に費やした時間自体は取り戻せない。
「笹原は『裁判で勝った人も幸せそうに見えなかった』と話しています。裁判には人の心を蝕む部分もあるんです。
それなら、裁判で勝つことよりも、裁判になるような紛争自体をなくすために力を使いたい。テクノロジーの力で契約プロセスを適正化し、正しく管理できる、使いやすいソリューションを提供したい。それがContractSのルーツです」(安養寺氏)
iStock.com/NiseriN
契約がもとで生じる紛争には2つのパターンがある。
ひとつは、締結時の契約内容が甘かった、というもの。もともと取引があり、信頼して仕事を任せたところ、見積りが甘く、より多額の金銭を要求されたり、納期に間に合わなかったり、というケースだ。
もうひとつが、契約内容は作り込まれていたものの、後にそれを反故にしてしまう、というものだ。これは、悪意を持って「踏み倒してやろう」というケースに限らない。
たとえば、「1000個納品します。そのうち20個以上不良品があったら全額返金します」という契約があったとしよう。
契約を結んだ営業社員は異動してしまい、現場は納品数しか伝えられていなかった。そして、不幸にも不良品が20個発生。取引先は契約の通り「全額返金してくれ」と連絡を入れるが、現場は「いきなり何を言い出すんだ!」と話が噛み合わない。
現場が法務に「契約書を見せてくれ」とやってくる。すると、返金の条件は締結直前に付け足されたもので、最終バージョンの契約書が紙としてファイルにあるのか、電子データでイントラネットのどこかにあるのかがわからない。
確認に手間取っている間に、「埒が明かない」と取引先から訴訟を起こされる……。
つまり紛争裁判は、契約書そのものより、契約内容の吟味不足や、契約後の管理不徹底に起因する。「書面」は整っていたが、「契約」が正しくできなかったということだ。
iStock.com/seb_ra
「個々の工程で別々のツールを使っていると、どこかで漏れが出てきます。想定外のリスクを避けるためには、情報を一元化し、適正なフローで工程が進み、改ざん防止を行い、トレーサビリティをつける、という一連の仕組みを企業内に定着させることが重要です。
ContractSの場合、電子締結も利用いただけますが、すべての工程が『ContractS CLM』上で管理されるため、何か問題が起きても、その原因と対処法は今まで以上に明確になります」(安養寺氏)
つまりCLMの導入によって、複雑で手がつけられなかった契約領域でもPDCAを回せるようになる。それがコンプライアンスの強化につながり、より素早く、より正しい契約を行うことが可能になる。
このように、一気通貫することで初めて生まれる効果があり、それこそがCLMの強みだ。しかし、これは企業側のメリット。安養寺氏は「関係者全員のストレスが減るのが一番のメリット」と語る。
「契約には部署を超えて関係者が散らばっていて、コミュニケーションのコストがかかり、互いにイライラさせてしまうことも多かった。私は、事業部と法務部の仲がいい会社をほとんど見たことがありません(苦笑)。
私たちなら本来無用だったいがみ合いを解消できると感じています」

契約を日本企業の「武器」にする

契約にまつわる「負」を減らすためなら、手段を選ばないのもContractSのスタンスだ。先述した、必要なときに契約書を見つけられない、という企業の「あるある」。
事業部ごとに契約書を管理している場合だけでなく、法務で一元管理している場合も、電子契約の出現によって紙と電子の契約書が混線を起こしていたり、契約管理の仕組みが整理されていない頃の契約がごちゃごちゃのまま山積みされていることもある。
そこではじめたのが「ContractS SCAN」だ。その名のとおり、紙の契約書をスキャンするサービスだが、企業側がやることは至って単純だ。
「契約書が3000件あろうが1万件あろうが、機密文書用のダンボールに入れて、とにかく送ってください。そうしたら、スキャンして『ContractS CLM』上に必要項目を入力します」
「クリップや付箋もそのまま」「整理せず」送っていいというのは、地味ながらありがたいポイントだろう。
iStock.com/Artem Cherednik
パンドラの箱を開けることにはならないから、安心して任せてください、というわけだ。こう伝えると、担当者の顔が明るくなるという。
CLMを導入すべきだとわかっているのに、そのための作業で心が折れてしまうのが一番もったいないんです。
私たちのようなテクノロジー系のスタートアップは、アナログな領域になかなか手を出さないものですが、メンバーの多くが理想論だけではDXが進まないことを知っていて、少しでも前進させたくてContractSに集まっている。
『ContractS SCAN』は、私たちだからこそ生まれた解決策でしょうね」(安養寺氏)
契約に限らず、オンプレミスのシステムをリプレースできず、SaaSへの移行に二の足を踏む企業は多い。それを解消するためにも、契約のさまざまなシーンで活用される他社のデジタルサービスとの連携だけでなく、紙の契約書を扱うためのラインも残している。
機密文書を扱う業者や、スキャン業者など、アナログ業界にもネットワークを広げ、オープンなエコシステムを作っていくというのが、ContractSのスタンスなのだ。
「遅れがちだった契約のDXを推進していくことで、日本企業はよりリスクテイクが可能になります。契約のPDCAが回れば、これまでブラックボックスで飲めなかったリスクも適正に判断できるからです。要は、契約リスクの洗い出し精度が向上していくということです」(安養寺氏)
契約には専門的な知識が必要で、関係者が多く、面倒で、ややこしい。そんな常識が覆される未来はもうそこまで迫っている。
「ContractS CLM」は契約のさまざまなシーンで活用される他社のサービスと連携している
「コンビニでの買い物だって、契約書こそないものの、契約に基づいた行為です。その場でお金を払い、物を受け取ることで完結し、リスクもほぼないので、わざわざ文面に落として契約書を取り交わしていないだけ。
さすがにコンビニの買い物レベルには遠いですが、契約を敬遠されるものから、より身近なものに、そして日本企業の武器にしていきますよ」(安養寺氏)