【特別鼎談 第1回】
大企業でイノベーションが起きない理由
2014/9/25
9割の人は、現状維持が好き
――「イノベーション待望論」が言われて久しいですが、いまだに日本企業は大きなイノベーションを起こせずにいます。リーダー、組織風土、従業員自身など、いろいろな要因があると思いますが、かつてNTTドコモで「iモード」というイノベーションを起こしたお三方は、なぜいまの企業がイノベーションを起こせないと思いますか。
夏野:まずみんな勘違いしていることがあるんですよ。みんなイノベーションは素晴らしいものだと思っているでしょう。でもそれは間違いで、本当は経営者も従業員も、イノベーションなんてイヤなんです。だってイノベーションが起きるということは、新しい価値観とか、新しい製品とか、新しいやり方が出てくるということでしょう。人間は自分が理解できないものは嫌いなんです。だいたいね、イノベーションが好きな人は1割の奇特な人だけ。9割の人は現状維持が好きなんです。
榎:ほとんどの人は、変わったものが出てくると面白いとか、ワクワクするとは思わないわけね。
夏野:そうです。だからイノベーションを起こしたいなら、その1割にやらせないといけないのに、9割のイノベーションが嫌いな人にやらせてしまう。
松永:いまの企業は、その1割を増やそうとしていないしね。私、今日はある本を持ってきたの。『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』(日本経済新聞出版社)っていう本。本を買うとテストができるようになっていて、180問の質問に答えると、34の強みのなかから自分のいちばんの強みを5つ教えてくれるようになっているの。
夏野:真理さんの強みは何?
松永:私の最大の強みはね、「ポジティブ」だって(一同爆笑)。2番目は「着眼」。これは自分でも納得した。3番目が社交性。
夏野:確かにそうですね。
松永:私も決して自分のことをネガティブとは思っていなかったけれど、「ポジティブですね」って、あまりにもしょっちゅう言われるのが、本当はイヤだったの。「明るいですね」とか「天真爛漫ですね」とか。
夏野:そうだったんですか?
松永:だって、よく言えば「いつも前向き、発想豊かで、出会いに満ちている」けど。いっぽうで「思慮深さに欠ける明るさで、ただの思いつきの、八方美人」ともなってしまう。でも実はそれが私の強みだったんだよね。前向きなのも、いろんなことを思いつくのも、私にとっては普通のことで、ほかの人もそうだろうと思っていたから、あまり強みだとは感じてなかった。そういうわけでびっくりしたんだけど。
この本で分類されている34の強みのなかで、私のなかに絶対あり得ないのは、「規律性」(一同爆笑)。あとは「アレンジ」。アレンジっていうのは調整したりする能力ね。あとは「分析志向」とか「競争」。
それで改めて思ったんだけど、まあ、私みたいな人って、本当に日本企業には向いていない。リクルートだからやってこれたんだなぁって。
夏野:やっと気付きましたか! さすが真理さんだな。
松永:このテスト、榎さんと夏野さんにもやってほしい。たぶん私とは全然違う強みを持っていると思うのね。
榎:やらなくてもわかりますよ。真理さんみたいな人を相手にできるのが僕の能力ですよ。つまり「猛獣使い」(笑)。
松永:そうかもしれない(笑)。それで何が言いたいかというと、そもそも今の企業はイノベーションを起こすような人を採用しないんですよ。規律を乱すから。私、目標志向なんてまるでないでしょ?
榎:いや、志向しなくたって、企業では目標を与えられるんだから。「あなたは今年いくら稼ぎなさい」とか。
松永:私、そういうのがまるでダメ。こういう人間なのに、たまたまリクルートだから生き延びられた。でも、だからこそリクルートではイノベーションが起こるわけよね。変わり種も採用するから。
榎:でも真理さんがリクルートに入ったのは、30数年前の話ですよね。
松永:まあ、そんなものですけど。
榎:当時はそういう会社がけっこうあったんじゃないですか。今と比べれば余裕があったから。いろんな企業が伸び盛りで、人口はどんどん増えて、未来は明るくて。
夏野:30年前、40年前はまだパイが広がっていたから、年々仕事の量が増えていたんですよね。そうすると仕事の取り合いが起こらないので、イノベーション好きな10%の人が勝手にやれるんですよ。ところが90年以降は、会社がもう成長できなくなってしまった。何か新しいことをしようと思うと、ほかの領域を侵してしまったりするので、横槍が入るんです。
榎:いまのベンチャーもそうですけど、創業期は忙しい。ひんぱんに権限移譲が起こるから、社員は面白くてたまらない。よその部署がちょっと気になったとしても、自分の仕事が忙しくてかまっちゃいられない。でも人事が必死で人を増やすから、ある日、人の量が仕事の量を追い抜くんです。その途端に小姑が増えて、隣のことに口を出し始める。
松永:そうすると規律と秩序を求められてくる。規律と秩序のなかでしっかりやれる人ばかりになって、私みたいに混乱とカオスのなかで生きる人間は肩身が狭くなっちゃう。
変革したいなら、『七人の侍』型
夏野:真理さんは時代的にも、いい意味で女性であることが幸いしたところもあると思いますよ。女性だから「あの人は宇宙人だから」で済んだけど、もし真理さんが男だったら、嫉妬と怨嗟の対象ですよ。
松永:私、林真理子さんと対談したとき、「真理さんは不思議な存在だ」って言われたことがあるの。「企業のなかで上に行く女性は、男になりきっておじさんになるか、世話焼きのおばさんになるかのどちらかなのに、真理さんはそのどちらでもない」って。
夏野:日本企業では、よくある範疇に自分を当てはめないと、偉くなれないってことだね。
90年以降はGDPが成長しないから、普通にやっていてもダメで、今までやったことのないことをやらないと、成長できない。でも過去の延長線上にないことをやるのは、今いる人たちでは無理なんです。今までとは違うパターンの人を外部から入れないといけない。しかも新卒だけじゃなく、幹部に入れる必要がある。それを今まで日本の企業はやってこなかった。今イノベーションが起きていない理由は、それに尽きると思いますね。
松永:だから私はやっぱり、もし何か変革をしたいならプロジェクト型しかないと思う。外からいろんな人が集まってきて、目的を達成したら解散するというスタイル。『七人の侍』じゃないけど、野武士との戦いが終わったら解散。中には死ぬ人も何人かいる、みたいな(笑)。
プロジェクトを組むとき経営者が一番間違ってはいけないのは、リーダーの選定ですよ。リーダーがヘボだったらもう終わりよね。iモードはドコモの社長だった大星公二さんが榎さんを選んだからこそ、イノベーションが起きたと思いますね。
榎:ほかにも勝因はいろいろあったと思いますよ。
夏野:何が勝因だったか、話しているうちに思い出すでしょう。
(構成:長山清子、撮影:講談社写真部)