2021/9/15

なぜオークションが「サステナブルな仕組み」と言えるのか

NewsPicks Brand Design Editor
 売り手と買い手の合意によってモノの取引価格が決まる「オークション」は、SDGs時代の今、そのサステナビリティによって世界的に注目されているビジネスモデルだ。
 2020年のノーベル経済学賞受賞も、強い後押しになっている。
 日本のオークションを牽引してきたのが、1985年に中古車のテレビオークション事業を立ち上げたオークネットだ。
 現在は、中古バイクや花き、ブランド品、中古デジタル機器、中古医療機器など多岐にわたる分野の流通ビジネスに取り組んでいる。
 では、オークションのどのような点がサステナブルなのか。オークションビジネスの展望とは。
 オークネット藤崎慎一郎COOと同社のコンサルを務める東京大学エコノミックコンサルティング取締役で東京大学教授の渡辺安虎氏のコメントから解き明かす。(本編読み切り、全2回連載)

なぜ今「オークション」なのか

 2020年、米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン名誉教授が、「オークション理論への貢献」を理由にノーベル経済学賞を受賞した。
 オークション理論とは、ミクロ経済学の基礎理論であるゲーム理論を応用し、オークションにおける入札者の行動を分析、最適な制度設計を考える研究のこと。
 ミルグロム教授らの功績は、これまで複雑ゆえに実現が難しいとされてきた「複数の財を同時に売る」タイプのオークション(通称同時競り上げ式)の設計と社会実装などにある。
 世界的なサステナブル意識の高まりと、ノーベル経済学賞受賞。
 大きくこの2点が、現在、改めてオークションが注目されている理由だ。
 ミクロ経済学を専門とする東京大学の渡辺安虎教授は、オークションの特徴を「限りある資源を効率的、かつフェアに分配する仕組み」と説明する。
「オークションには、大きく2つの機能があります。
 1つは『価格の発見』。家で眠っている骨董品や一台一台状態が異なる中古車など、それまで市場価値が明らかでなかった品物に価格をつける機能です。
 もう1つは『資源配分の適正化』。その商品に最も高い価値を見いだす人に配分する機能を指します。
 通常の売買のような二者間の取引とは違い、『運営者』がいるのもオークションの特徴。
 売り手・買い手を効率的に探せるうえに、運営者が適切に商品の情報を提供し取引のインフラを整備するため、公平で効率的な取引ができるのです」(渡辺氏)
 競り出されるモノに対し、最も高い価値を見いだした人のもとにフェアに商品が行きわたる。これは市場を維持するために欠かせない要素だ。
 さらに、オークションに出品される品物は、中古品や買われなければ廃棄になる商品が大部分を占める。
 しかし、そうした商品も世の中の誰かは価値を見いだして使う可能性があり、オークションがそれを効率的に仲介するのだ。
 つまり、オークションは市場と環境、二者に対してサステナブルというわけだ。

世界初の「中古車テレビオークション」は日本で行われた

 公平なオークションの要素について、渡辺氏は「信用できる取引の場=オークションプラットフォームが欠かせません」と指摘する。
 買い手と売り手に情報の非対称性が生じると、買い手に不信感が生まれてよい入札が行われず、結果として売り手の出品自体が遠のいてしまう。
 つまり、信用がないプラットフォームには買い手も売り手もつかず、適正な価格をつけられない。
 サザビーズやクリスティーズなど、オークション会場に歴史があるということは、顧客の信用の証しなのだ。
iStock:duncan1890
「オークションプラットフォームにとって一番重要なのは、モノの価値を適正に判断できるような正確な情報を提供すること。
 売り手からいくら情報を提供されても、それが正しい情報であり、買い手が商品の価値を適正に判断できなければ、信用できる取引の場にはなりえません」(渡辺氏)
 渡辺氏らの東京大学エコノミックコンサルティングが今年8月にコンサルティング契約を結んだオークネットは、日本のオークションを牽引してきた企業の一つだ。
 インターネットが生まれるはるか前、1985年に世界初の電話回線とレーザーディスクを活用した中古車のオークションを確立して以来、30年以上にわたってBtoBをメインにオークションビジネスに取り組んできた。
 オークネットCOOの藤崎慎一郎氏は、事業の興りを次のように説明する。
「現地に行かずとも、全国どこからでもオークションに参加する仕組みを作れないか、と考えたのがはじまりでした」
 1985年当時、中古車のオークションは買い手が自らオークション会場におもむいて、車の傷や凹みを確認するのが常識だった。
 だが、中古車が大量に集まるオークション会場は山間部や海辺にあることがほとんど。
 売り手や買い手が移動するのにも時間がかかるし、当然車を運ぶコストも計り知れない。
 オークネットは、これを効率化したいと考えたのだ。
「テレビを使ったオークションの構想を発表したときは、買い手からも同業者からも『現物を見ない取引なんてありえない』と言われました。
 それでも、便利だという口コミが徐々に広がり、世の中に認められていったのです」(藤崎氏)
1985年当時の、レーザーディスクを使ったテレビオークションの様子。買い手のもとに中古車の情報が入ったディスクが送付され、オークション開始時間に自動的に再生し、競りを始める。車が売れるまでの時間は1台につき約1分程度。

「200人の検査員」が最大の強み

 オークネットの事業が成功した背景には、2つの要素がある。1つは、適正な取引価格を実現したこと。これは、前述したオークションの機能のひとつだ。
「我々がテレビオークションを始めた当時は、情報の非対称性により地域ごとに中古車の値段がまったく違いました。
 たとえば、SUV(スポーツ用多目的車)がよく中古市場に出る北海道と当時流行りはじめた福岡では、走行距離や車体の傷の状態が同じでも落札価格が何十万円も違う、ということもしばしば。
 ですが、買い手が全国からオークションに参加することで、現地へ向かうコストが省かれ、この地域差も是正されていきました。
 商品そのものの状態によって、適正に価格がつくようになったのです」(藤崎氏)
 もう1つの成功要因は、厳格な検査体制を敷いたことだ。
「どんなマイナス要因も見逃さないよう、どこよりも厳しい基準で検査をしてきた自負があります。
 現在も、200人ほどの検査員が中古車を一台ずつ丁寧に状態をチェックし、細かなグレードを付けています」(藤崎氏)
 この検査の厳しさこそが、「信用できる取引プラットフォーム」という参加者からの評価につながったのだ。
 それは、後に登場する一部のインターネットオークションなどとの差別化要因にもなっている。
「オークネットのビジネスを初めて聞いたとき、経済学で考えられているオークションプラットフォームの必須要素をすべて体現していると感じました」と、渡辺氏も評価する。
 モノの価値を適正にはかれるから、信頼できるプラットフォームとして、売り手と買い手が自然と集う。
 オークネットの30年以上にわたるオークションの歴史は、やはり信用の証しなのだ。 
 テクノロジーの進歩とともに、常に新しく、より便利なオークション形式を世に提供してきたのも、オークネットの功績だ。
 電話回線とレーザーディスクを使ったオークションに続き、1989年には民間企業として日本で初めて商業用人工衛星を利用し、衛星放送を利用したオークションを開始。
 2004年には、インターネットオークションを開始した。
 アップデートしたのは、オークションの形式だけではない。
「中古車で得た知見をもとに、中古バイクや花き、ブランド品、中古デジタル機器、中古医療機器などの領域でもオークション事業を拡大してきました。
時代のニーズにあわせて、扱う商品のバラエティもさらに拡大していく所存です」(藤崎氏)
 扱う商材の幅も広がり、同社の提供するマーケットでの流通総額を示す指標「総循環型流通価値(Gross Circulation Value)」は、昨年12月時点で年間3,790億円を超えた。
 これまでの累計GCVは7兆円を上回り、今後もさらなる拡大が予想される。

オークネットが体現する「マーケットデザイン」とは

「オークネットは、オークションでモノの価値を適正化していくだけではなく、その取引の周辺サービスも提供して、マーケットそのものを整えている。
 経済学でいうところの『マーケットデザイン』の重要性を体現し、ビジネスを拡大させていると感じます」と、渡辺氏。
 たとえば、高い検査力をいかして中古品の修理・点検サービスを提供する。買い手に一定の期間を定めた融資サービスを実施する。
 オークネットは、オークション周辺で必要とされる機能を一括して提供してきた。これも、オークネットの成長ドライバーにもなっているのだ。
「今後も、会員様のニーズにあわせて事業の周辺サービスも拡充していく予定です」と藤崎氏。
 ここ数年の世界的なサステナブルムーブメントも、オークネットにとっては追い風だ。
 中古品に対するニーズの高まりは、欧米の消費者を筆頭に、さらに顕著になっている。
「実は、今アメリカでミレニアル・Z世代を中心に『Used in Japan』がひそかにブームになっているんです。
 日本人は中古品の取り扱いが丁寧だから、ぜひ日本人が使ったものを買いたい、と。新品のブランドものを持つより、サステナブルでクールだと言われているほどです」(藤崎氏)
 消費者の価値観の移り変わりとともに、ビジネスモデルも、企業も変わっていく。サステナブル意識が高まる今、消費者は何に価値を感じるのか。
 オークションビジネスが、その変化の一端を担うのは間違いないだろう。