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日本を代表するファッションデザイナーの山本耀司氏。“反逆児”“反骨精神”“アウトロー”という言葉は耀司さんの枕詞のようについて回っていましたが、こんなにも深い憤りが根底にあったとは。I don't understood you.いつまでも第一線で活躍してくださいませ。
山本耀司さんの語りは大変心を打ちます。
戦争に殺された父、そのことへの怒りは、もしかすると私が父をバブルに殺されたと思っている怒りと重なるかもしれません。
また坂口安吾の『堕落論』も私にとってはとても大切な「怒りの書」であり、そして、「続堕落論」からその一節が引用されていることに、強く心を動かされました。

「続堕落論」の当該引用箇所の続きにはこのようにもあります。少し長いですが引用します。

「我等国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。竹槍をしごいて戦車に立ち向かい土人形の如くにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかったのではないか。戦争の終わることを最も切に欲していた。そのくせ、それが言えないのだ。
そして大義名分と云い、又、天皇の命令という。忍びがたきを忍ぶという。何というカラクリだろう。惨めとも又なさけない歴史的大欺瞞ではないか。しかも我等はその欺瞞を知らぬ。天皇の停戦命令がなければ、実際戦車に体当たりをし、厭々ながら勇壮に土人形になってバタバタ死んだのだ。最も天皇を冒涜する軍人が天皇を崇拝するが如くに、我々国民はさのみ天皇を崇拝しないが、天皇を利用することには狎れており、その自らの狡猾さ、大義名分というずるい看板をさとらずに、天皇の尊厳のご利益を謳歌している。何たるカラクリ、又、狡猾さであろうか。我々はこの歴史的カラクリに憑かれ、そして、人間の、人性の、正しい姿を失ったのである。
人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだという、大義名分だの、不義は御法度だの、義理人情というニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この赤裸々な姿を突きとめ見つめることが先ず人間の復活の第一条件だ。そこから自我と、そして人性の、真実の誕生と、その発足が始められる。

日本国民諸君、私は諸君に日本人、及び日本全体の堕落を叫ぶ。日本及び日本人は堕落しなければならぬと叫ぶ。」

安吾は、戦争という悲惨な現実が、人間性から遊離した先において生じる、近代の限界、愚かさを鋭く批判しました。堕落した先から人間は復活するのだと説く安吾の言葉と山本耀司さんの視線の重なりは、まさに必然だったのだと思うのです。人間の復活と山本さんの語りに注目したいと思います。