2021/9/14

【学びを科学する】学習の最短距離をAIが示す時代が来た

NewsPicks Brand Design editor
「進研ゼミ」は、デジタル学習によって蓄積された学習記録データの分析を通して、学習効果の高い学びの追求を行っている。データの源となる「進研ゼミ」ユーザー数はなんと約200万。他社では追随できない圧倒的なデータ量だ。収集したビッグデータを活用して、進研ゼミが提供しようとするアダプティブラーニング(一人ひとりの理解度、習熟度に合わせた最適な学習)とはどのようなものなのか。進研ゼミが見据える未来の教育に迫る。
写真左から、ベネッセコーポレーション データソリューション室の國吉啓介氏、ベネッセコーポレーション 校外学習カンパニー戦略本部 新規事業開発室 永田祐太郎氏、PKSHA Technologyのアルゴリズムソリューション事業本部 葭本香太郎氏。

AIが「自分だけのための授業」を可能にする

学校や塾などの授業でも、生徒の理解度や学習の進行度に応じて、レベルの違う教材が複数用意されることがある。それでも、「簡単すぎる」「難しすぎる」といった不満はついて回る。
しかし今、AIの進化が「アダプティブラーニング」と呼ばれる、より個別化・最適化された個別学習を実現させつつある。
その先端にいるのが、「進研ゼミ」を提供するベネッセだ。2020年3月にリリースされた進研ゼミ高校講座会員向けアプリ「AI StLike(AI ストライク)」は、アダプティブラーニングを取り入れた「個別ニガテ攻略AI」を謳う。
「AI StLike」には、生徒の苦手を克服するための3つの大きな特徴がある。
動画による「アダプティブ授業」、理解度や苦手な傾向をAIが分析し、本人にとって最適な問題を出題する「AI問題演習」、そして、課題への取り組みからすぐに結果が反映される「リアルタイム実力判定」。
まず、「アダプティブ授業」では、ただ動画が流れ続けるのではない。本人が理解している部分はどんどんスキップできるし、つまずきやすい部分については適宜、補足動画がサジェストされる。
「学習用の動画コンテンツはすでに世の中にあふれているので、授業動画を提供するだけでは差別化は図れません。
それなら、生徒一人ひとりによって異なる習熟度に合わせた講義展開にチャレンジしたい。これまで不可能だったことでも、ITの発達によって可能なはずだ、と考えていました」
こう話すのは、「AI StLike」の開発プロジェクトでリーダーを務めた、ベネッセコーポレーション 校外学習カンパニー戦略本部 新規事業開発室 永田祐太郎氏だ。
一般的な授業において、講師は新しい内容ばかりを説明するわけではない。過去の復習をすることもあれば、ピンと来ていない生徒が多いと感じれば補足説明を挟むこともあり、時には関連するより高度な学習内容について先取りすることもあるだろう。
ただ、そこで重視されるのは「クラス全員が最低限必要な内容を理解する」ということ。すると、ある生徒には「もうわかってるんだけどな」と退屈な時間に感じられるし、理解できていなくても、講師に質問するのをはばかる生徒もいる。
しかし、「アダプティブ授業」の動画なら、誰に気兼ねすることなく、先に進むことも、不安を解消するために立ち止まることも可能だ。
※2020年8月末時点のデータをもとに算出
※「AI StLike学習前後の正解者の割合」は、初回の正解者に加え、初回は不正解だったが、解説動画とAIによる演習トレーニングに取り組んだ後、元の問題の類題に正解した人の割合
「じっくり丁寧に、が生徒の理解を助けるのは確かですが、同時に学習効率も追求しています。『AI問題演習』においては、さかのぼる回数をあえて制限し、その中でどれだけ正答率を上げる仕組みを作れるかを考えました。
説明が冗長になりすぎると生徒は気持ちよく利用できず、ニガテの克服を阻害してしまいますし、勉強時間も有限ですからね」(永田氏)

AI学習で「学年底辺だった成績がトップになりました」

このようにして「アダプティブ授業」や「AI問題演習」で学んだ結果は、「リアルタイム実力判定」によって、「計算力」や「思考力」「論証力」などいくつかのスキルに分解され、即座に実力が見える化される。
これまで、生徒が実力を測る機会としては、たとえば全国規模の模試があった。しかし、学習は日々行っていても、模試は年に数回。それでは、日々の頑張りが結果に反映されるまでタイムラグが生まれる。
「ですから、着実に勉強が進んでいることが実感できる『リアルタイム実力判定』の実装は『AI StLike』開発初期からマストだと考えていました」(永田氏)
「リアルタイム実力判定」のデータが蓄積されていけば、将来的には「今日の時点で、あなたが志望校に合格する確率は◯%です」と示すことも可能になるだろう。
また、より正確に学力を数値化できるようになれば、病院間で共有される電子カルテのように、共通言語で書かれた「学力のカルテ」が利用できる未来が待っている。学校、塾、通信講座などさまざまな場面で、より適切な指導を受けられるようになるわけだ。
映像、AIなど、これまでの教育になかった技術を盛り込んだ「AI StLike」。その新しい学習体験は生徒にも好評だ。
「AI StLike」のレビューには「底辺だった成績が学年トップになりました」「数学は練習したら点数取れるようになるんだなと実感しました」「こんなに自分に合う勉強アプリは初めてでした」と、高校生たちの喜びの声が多く寄せられている。
そして、その可能性はまだまだ広がる余地がある。

目指すのは「子どもたち一人ひとりが自ら学び続けられる」世界

「進研ゼミ」は、提出物を郵便でやり取りするアナログ形式の時代から、生徒に合ったやる気を刺激する「スイッチ」を押してきた歴史がある。収集したデータで学習教材に磨きをかけるだけでなく、モチベーションの喚起にも役立ててきたのだ。
「『進研ゼミ』と『こどもちゃれんじ』は累計270万人(2020年)の会員がいますが、それだけ大量のデータを活用して何を目指すかというと、『子どもたち一人ひとりが自ら学び続けられるようにする』ということに尽きるでしょう」
こう説明するのは、データソリューション室の國吉啓介氏だ。
月に1回、「赤ペン先生」に課題を提出するというアナログ形式ではデータを取るのに時間がかかり、得られるデータの量にも限りがあった。学習教材がデジタル化したことで、スピードは向上し、データ量は増加した。
「頑張っていることをおうちの方に認められると、子どもはさらに頑張ります。また、信頼している先生に対して『◯◯を頑張る』と宣言すると、『先生への信頼にこたえるためにも』と奮起できる。赤ペン先生にメッセージを書いてもらうのも、その効果を狙ってのことでした。
これまでは教育的な経験値として、『そんな効果がある』というレベルでしたが、デジタル化によって得られるデータの量と質が上がり、それを分析するうちに、実際に学習効果があることがはっきりとわかってきました」(國吉氏)
毎日どれくらい勉強していて、どれくらいの正答率なのか。生徒自身が自分の理解度をリアルタイムに把握できるだけでなく、「進研ゼミ」からも、これまでよりさらに丁寧なコミュニケーションと応援が可能になる。
子どもが何に興味を持っているのか、何を頑張ろうとしているのか。今まで以上の解像度で見えるようになったことで、新しいモチベーション喚起のあり方も生まれるはずだ。
「たとえば大学受験を目指し、苦手攻略をしたいと思っている『高校講座』の生徒が問題を間違えたときは、それを克服し、成長を実感してもらうことがやる気を引き出す一番の近道です。
一方で、小学生や中学生だと、間違えること自体を嫌うユーザーも多いので、同じアプローチが常にうまくいくとは限りません。
AIを取り入れる際のポイントは何か、モチベーション喚起の際にどこに注意するべきか、『AI StLike』からいろいろなことが見えてきました」(國吉氏)

AIがアップデートする進研ゼミの知見

國吉氏が語るように、教材にAIを導入したことが「進研ゼミ」自体のさらなる進化につながっている。
「AI StLike」のコアとなるAIの開発を担当したのは、2012年に設立された株式会社 PKSHA Technology(以下、PKSHA)だ。
これまでもいろいろな産業にアルゴリズムを提供してきたPKSHAだが、教育分野は今回が初。機械学習アルゴリズムが機能するには、まず「教師データ」が必要になるが、「AI StLike」はこれまでにないアプリであり、文字通りゼロからのスタートだった。
PKSHAのアルゴリズムソリューション事業本部 葭本香太郎氏は当時を振り返り、次のように話す。
「2019年の4月頃から、永田さんたちとアプリのあり方を検討しはじめ、6月に方向性が決まりました。その後アプリのプロトタイプを結構な人数の生徒さんに使ってもらい、そのデータをもとにアルゴリズムの設計を検討して、本格的な開発に取り掛かったのが10月になります。
ローンチ時点からある程度の性能がないと、生徒さんに利用してもらうわけにはいきません。リリースは20年3月と、かなりスピーディだったのですが、テストを繰り返してデータを作るだけでは、今ほどの精度は出なかったかもしれません。
そこはベネッセさんの知見があってこそでしょうね」
たとえば「AI問題演習」は「ユーザー個人の学習履歴」と「多くのユーザーの傾向」という2つのデータから、学力を向上させるために最適な問題を提示する。
ただ、そこで候補に上がる問題は、「AI StLike」がまったくのゼロから学習したわけではない。「これを間違えたときには、こういう問題を解けば克服できる」という、「進研ゼミ」編集者たちの知見が生かされている。
「実は『AI StLike』には、本筋のアルゴリズムを鵜呑みにせず、時折『もしかしたら』と疑うような仕組みも入っています。
本筋のアルゴリズムが候補問題を提案すると、別のアルゴリズムが、『それとはまったく違う部分でつまずいているかもしれない』と別の問題を提案する。面白いことに、それが的中することがあるのです」(葭本氏)
編集者の知見に支えられた「AI StLike」が、今まで見えていなかった問題同士の関連性を導き出しているのだ。もちろんそれは編集者にフィードバックされ、さらに教材に磨きがかかるという好循環が生まれている。

DXで教育は変えられるか

「現在の『AI StLike』はいかに効率よくティーチングできるかが主眼ですが、勉強に取り掛かるための最初の一歩のサポート、くじけそうなとき精神的に支えるコーチングについても、このようにAIが活躍できる余地があると感じます。
それに『進研ゼミ』のマンガに出てくる主人公は、勉強だけではなく、部活も恋愛も一生懸命。実際の生徒さんもそうでしょう。チャットボットなどの機械学習技術が今後、勉強だけでなく、もっと広く学生生活をカバーできるようになるといいなと思っています」(葭本氏)
「AI StLike」の開発チームは、アプリを制作する、改良するといった目の前の課題だけでなく、「教育とは何か」「教師とは何か」「人とAIの役割をどう整理するか」といった、より根本的なテーマについて、リリース後も頻繁に語り合っているという。
それは、AIを取り入れることにより、既存の教育が大きく変わる手応えをつかんだからだ。
「これまでの教育は、個性に合わせた学び方をなかなか取り入れにくかったと思います。そういったなかでも、『すごくいい先生』に巡り合った経験があるはず。
そんなスペシャルな先生との出会いのような体験を、『進研ゼミ』のDXを通じて提供できるようになれば、生徒の学ぶ姿勢も変わるはず。
また、AI活用は『進研ゼミ』に限りません。多くの先生方が、苦労しながら現在の学びの仕組みを作り、支えてこられた。
AIの力で先生や生徒の負担を少しでも減らし、『今の時代だからこそ必要な学び』や『自分が楽しいと思えて、もっと深く探求していきたいと思える学び』に取り組める時間が増やせたら、こんなに素晴らしいことはないですよね」(國吉氏)
このような最先端の取り組みを推進できるのは、ベネッセの「自ら学び続けられる力を育てる」というシンプルかつ強い信念によるものだろう。
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子どもたちの人生と真摯に向き合ってきた歴史が、お題目のDXで終わらせず、「教育」や「学習」そのものをアップデートする原動力になっている。
「『進研ゼミ』のように多くのユーザーを抱えるサービスだからこそ、最先端の取り組みができる。しかし同時に、教育には子どもたちの人生がかかっている。真剣勝負の領域だからこそ、『新しい』だけじゃダメなんです。
私は最初、『進研ゼミ』の教材編集者でしたが、教材にミスがあれば生徒が1点差で不合格になるかもしれない、というプレッシャーのある現場でした。
ベネッセ社員の子どもたちに真剣に向き合おうとする姿勢と、『進研ゼミ』が長年積み重ねてきたノウハウの掛け合わせによって、多くの生徒に受け入れられる『AI StLike』が生まれた。
しかし、まだまだチャレンジしたいことの半分も実現できていないので、今後も、PKSHA Technology様はじめとするパートナー企業と一緒になって、子どもたちにより良い体験をお届けしていきたいです」(永田氏)