2021/8/27

【岸原稔泰】福岡の大企業社員が集う「裏コミュニティ」とは

NewsPicks Re:gion 編集長
 2014年に国家戦略「グローバル創業・雇用創出特区」に認定され、“スタートアップ推進都市”のイメージを内外に浸透させてきた福岡市。
 その裏側では、スタートアップを支援し、オープンイノベーションを推進する非公式な「裏コミュニティ」が存在するという。
 福岡でアクセラレータープログラムを運営するStartupGoGoの代表パートナー・岸原稔泰氏に、福岡コミュニティの実態を聞いた。
INDEX
  • 大企業新規事業担当が集う「One Fukuoka」
  • 福岡スタートアップシーンを裏で支える輪
  • 大企業とベンチャーのリソースを最適化
  • 0→1よりも10→100人材が福岡に要る
  • 次に目指すのは他地域とのつながり

大企業新規事業担当が集う「One Fukuoka」

──福岡には“大企業とスタートアップの共創の推進”を掲げる「One Fukuoka」という団体があると聞きましたが、表向きには一切情報が出ていません。
岸原 StartupGoGoのWebサイトにロゴを載せているだけなので、探しても情報は出てこないでしょうね(笑)。
「One Fukuoka」は、福岡にある大企業の新規事業担当者たちが“濃いつながり”を持つための、クローズドな非公式コミュニティです。
 大企業の組織から少しはみ出している挑戦者たちが本音でつながる場を作りたかったので、あまり外に情報を出さなかったし、メディアに取り上げられることもありませんでした。
──立ち上げの背景を教えてもらえますか?
 きっかけは2017年、福岡のとあるプロジェクトに、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)と西日本鉄道、西日本新聞、そしてStartupGoGoを含む4社でチームを組んで提案する機会があったんです。
 メンバーが毎週集まって「福岡に足りないものは何か」「我々ができることは何か」を話し合い、アクセラレータープログラムやファンド設立などのプランを練りました。
 結果的に、残念ながら我々の提案は採用されなかったのですが、メンバーたちの志は変わらないのだから、「できることから自分たちで形にしよう」という話になりました。
 連携が深まる中で、各社の新規事業部門の担当者と打ち上げを兼ねた飲み会を開催したところ、これが信じられないくらい盛り上がりまして。
  大企業は既存事業にリソースを割くので、すぐに利益につながらない新規事業は苦労も多いのです。新しいことをやりたくてもできなかった若手が、同じ悩みを共有しながら、やりたいことをアツく語っていた。
 それならば、同じ立場にある大企業の新規事業担当者たちともっとつながろう、現状を変えるためのノウハウを共有しようと、「One Fukuoka」が立ち上がりました。
 最初は“ゆるい飲み会”だったのですが、事例を共有する勉強会もセットにして2~3ヵ月に1度のペースで開催するうちに、紹介ベースで参加者が50人、100人とあっという間に増えていったんです。

福岡スタートアップシーンを裏で支える輪

──4社で始めた飲み会が100人規模のコミュニティに発展すると同時に、もともと練っていたファンド設立などのプランも形になっていったとか。
 はい。2019年には、StartupGoGoが母体となったVC「GxPartners」と、FFGベンチャービジネスパートナーズとの共同ファンドとして「九州オープンイノベーションファンド」を設立しました。
 このファンドには、「枠に収まらない面白い人たちが集まっている、あのOne Fukuokaから生まれたファンドであれば」といった理由で、地元の大企業から出資いただくケースが多かったです。
 加えて、One Fukuokaに参加する大企業が主催するスタートアップイベントや、オープンイノベーションプログラムも増加しました。
福岡を拠点としたスタートアップイベント「StartupGo!Go!」。2020年には応募総数250社、セミファイナルに7カ国45社がピッチ登壇する、日本有数の大規模イベントに発展した。
──非公式なコミュニティが、福岡スタートアップシーンを裏から推進する原動力になっていた。
 そうですね。イベントの参加者やスポンサーは年々拡大していますし、大企業とスタートアップのコネクションも増えています。
 One Fukuokaを起点として大企業のネットワークが増えると、スタートアップの顔ぶれも増えていく、結果的にそんな構造になりました。
──岸原さんは、福岡スタートアップの“裏番長”ですね。
 いえいえ、私は単なるコミュニティマネージャーにすぎません。
 福岡市が推進するスタートアップの波と、DXやオープンイノベーションから逃れられない大企業の波。2つの波がタイミングよく合致したところに乗っかっている感覚です。
──コミュニティの運営はStartupGoGoが担当しているのですか?
 はい。スピーカーや会場の手配、参加者の呼びかけなどを行っています。
 過去には「運営費確保のためにも組織化しませんか」と提案したこともあるのですが、「いや、それは福岡らしくない」と一蹴されまして。まあその通りだな、と。
 組織にすると、どうしてもヒエラルキーができてしまう。僕らもそれはまったく望んでいないので、ゆるいつながりのまま、負担がない範囲でStartupGoGoがコミュニティ運営を続けています。
──立ち上げのきっかけとなったほかの3社は運営に入っていないのでしょうか?
 もちろん、FFGと西日本鉄道、西日本新聞は「One Fukuoka」だけでなく、福岡のオープンイノベーションを引っ張る中心メンバーです。
 ただ、僕ら以外はみなさん大企業なので、彼らが表に立つと「他社を巻き込みにくい」という課題があったんですね。みなさん、同業他社にも声を掛けようということで一致していました。
 オープンなコミュニティに特定のグループしか入ってこないのは意味がないですから、しがらみのないStartupGoGoが“呼びかけ人”になっているというわけです。
 ただ、2017年から定期的に開催してきたOne Fukuokaの会合は、コロナの影響で2020年12月からストップを余儀なくされています。オンラインで実施しても何も起きないので、リアルで開催できるようになったら再開したいと思っています。
──リアルで会わないと意味がない?
 新規事業に関わる人たちのネットワークづくりは、オンラインでは難しいですね。
 「スタートアップと組む、投資をする」というノウハウは、最初は誰も持っていません。取り組みが進んでいる企業の話を、自らが深掘りしながら聞いていくことがすごく大切なんです。
「One Fukuoka」の様子。事例勉強会→飲み会の流れがワンセット
 実際にコミュニティに参加した人からは、「社内に味方はいないが、ここには仲間がいた」といった声を聞きます。
 物理的に集まって事例やノウハウを共有していくことで、コミュニティ全体のリテラシーを上げることが、地域のエコシステムへの貢献につながるのだと思っています。

大企業とベンチャーのリソースを最適化

──福岡のオープンイノベーションを推進することで、実現したいことは何ですか?
 大企業とスタートアップのリソースの最適化です。
 大企業にはお金や人、ネットワーク、信用があり、スタートアップにはアイデアや技術があります。これらをうまく組み合わせて、新しい価値を生むのがオープンイノベーション。
 そのためには、大企業の担当者がスタートアップを理解して、自分たちの利益ではなく「ギブ・ファースト」の姿勢でリソースを動かす必要があります。
 今はまだ小さな動きですが、いずれ大企業のリソースがスタートアップにドッと流れるような変化につながるはず。そうなれば、両者が成長するエコシステムができると思っています。

0→1よりも10→100人材が福岡に要る

──福岡のスタートアップ都市としての優位性は何だとお考えですか?
 福岡の良さは、コミュニティをつくりやすい、ちょうどいいサイズであることです。
 大都市すぎると競争が激しくなりますが、福岡の場合はすぐに顔見知りになれるサイズ感なので、「抜け駆けしよう」よりも「協力し合おう」という雰囲気の方が強いんです。
 また、東京で起業するより目立ちますし、福岡の大企業と実績を作ってメディアに取り上げられると、結果的に東京とつながりやすくなるのも利点といえます。
 ──福岡のスタートアップシーンの課題は何でしょうか。
 1つは、「ちょうどいいサイズ感」が福岡の良さである一方で、ライバルが少ないため刺激を受けにくいことですね。
 もう1つは、経験が足りないこと。
 福岡にはシード期に投資するベンチャーキャピタルは8社あり、行政の支援もあります。起業家もいて、プロダクトも育ち始めている。
 だけど、それをスケールさせる人が足りていません
 あるベンチャーキャピタリストの方も、「起業家はいるけれど、それをサポートする人材が少ない」という話をされていました。
──具体的にどんなスキルの持ち主が足りないですか?
 CxOや現場のマネージャークラス、新規事業をイチから立ち上げた経験のある人ですね。いまは0→1よりも、1→10や10→100をできる人が必要です。
 起業家や支援者も、やはり経験が足りないです。まだ上場まで持っていった人はほぼいないので、その経験を持つ人たちが福岡に来てくれたら、うまくワークするのではないかと思います。
 例えば、上場経験のあるCOO、CFO経験者のような人が来たら、引く手あまたでしょうね。

次に目指すのは他地域とのつながり

──ほかの地域と比較して、なぜ福岡にはスタートアップカルチャーが定着したのでしょう?
 といっても、僕がStartupGoGoを立ち上げた頃は、福岡にも起業家はほとんどいませんでしたよ。2012年に高島市長が「福岡市をスタートアップ都市にする」と言い始めたときには、どこに起業家がいるのかと(笑)。
 でも、2014年に福岡市が国家戦略特区に指定され、さまざまな規制が緩和されました。すると、「いつか起業したい」と考えていた人たちが、高島市長のビジョンに惹かれて地元・福岡に戻って起業し始めたんです。
 それが福岡のスタートアップ初期の起業家たちで、今はその人たちが福岡を引っ張っていく存在になってきています。
 また、今は東京や海外で経験を積んで、福岡に戻って起業する人も増えていますね。
──岸原さんがこれから取り組んでいくことを教えてください。
 福岡の中では大企業とスタートアップのネットワークが回り始めていますが、そこからさらにスケールさせるには、圧倒的リソースを持つ東京や海外を含めた他地域とつながる必要があります。
 ほかの地域の同じようなコミュニティとは連携したいですし、他地域からOne Fukuokaに参加したい人がいたら、ぜひ声をかけてもらいたいと思っています。
 限定的な大企業とスタートアップの共創ではなく、福岡から九州、日本、アジア各国のリソースを最適化して、大きなイノベーションを生み出していきたい。福岡からアジアを元気にして、次世代につなげたいと思っています。