(ブルームバーグ): 緊急事態宣言下での東京五輪が幕を閉じ、緊急事態の範囲が拡大・延長される中でパラリンピックが24日に開幕する。菅義偉首相は「五輪が感染拡大につながっているとの考え方はしていない」としているものの、専門家の間では見方が割れている。

東京五輪・パラリンピック組織委員会が公表した統計によると、大会関係者で新型コロナウイルス感染症への感染が確認されたのは7月1日以降から8月22日までに547人で、そのうち、選手村で確認されたのは36人だった。パラリンピックの関係者も8月12日以降に30人の感染が判明。陽性者の大半は国内在住者であることも確認された。

組織委で感染症対策に当たる専門家らの円卓会議で座長を務める岡部信彦・川崎市健康安全研究所長はブルームバーグの取材に「関係者の生活から直接影響を及ぼすようなことはなかった」とした上で、ほぼ無観客ながらもクラスター(集団感染)を招かずに大会を開催できたことは「一つの成功と言って良い」と総括した。

一方で、大会の開催が間接的に影響を及ぼし、人々の意識の弛みにつながったとの声も聞かれる。コロナ対策分科会の尾身茂会長は、五輪の感染拡大への影響を否定した半面、「人流という意味で、五輪の開催が人々の意識に与えた影響の議論でいえば、私たちはあったと思う」と述べた。

後世に残す

東京都の感染者数は五輪開催前から増加しており、政府は都に対し4回目の緊急事態宣言を7月12日に発令していた。五輪が開幕した23日の直前には、都内の新規感染者数が1日で2000人近くに達した。さらに、8月以降は感染力の強いデルタ変異株の感染が急拡大したこともあり、東京では1日の新規感染者数が5000人を超える日も多い。

北里大学の中山哲夫特任教授(ウイルス感染制御学)は、「一番の原因は五輪前の連休で人々が自粛疲れであちこちに出ていたこと。そこから感染が爆発してさらに五輪が輪を掛けて感染を増長した」と振り返る。「自粛しながら五輪をやるというのは、論理的に破綻している」と指摘した。

組織委円卓会議の岡部氏も「『五輪やっているのに俺たちどうして酒飲んではいけないんだ』という疑問はあったかもしれない」と認め、観戦したい気持ちが感染する懸念を上回って「競技場のそばに行ったり、モニュメントで写真を撮ったり、リスクの高い行動を誘ってしまったかもしれない」と述べた。

それでも岡部氏は、感染症が大流行する中で開催した初めての五輪大会として、選手や運営関係者を隔離するバブル方式の採用など、「後世に残すものは出来た」と語った。

冬に大きな波も

東京大学の藤井大輔特任講師と仲田泰祐准教授は五輪による国内感染への影響を開会前に分析しており、五輪関係の入国者による直接的な国内の一日の新規感染者数への影響は15人程度だと試算していた。

仲田氏は、大会関係者の実際の感染者数は1日平均で約12人であり、分析通り「直接影響はやはり限定的だったのではないか」とした一方で、五輪がなかった場合との比較が必要になるため、間接的な影響を「定量化するのは難しい」と述べた。

ジョージア州立大学のホリー・ウィルキン准教授(ヘルス・コミュニケーション)は、「昨年五輪が延期されたのは、開催が安全でないと判断されたからだ。今年の開催は、人々にもう安全だと言うメッセージを送っていることになる」とした上で、コロナの脅威への考え方に影響を与え、行動制限の必要性についての「姿勢を変えてしまう可能性がある」と指摘する。

態度の変化は行動や感染状況にも影響を与える。仲田氏らが緊急事態宣言の再延長が決まった17日に行った最新のシミュレーションでは、楽観的な仮定でも感染力が強いデルタ株に対し宣言期間中に1日の新規感染者数は大きく減らないと試算した。

仲田氏は今後、緊急事態宣言が秋にいったん解除されると仮定した場合、冬には「今より大きな感染の波が来る可能性が高い」と指摘した。

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