2021/8/24

【高島宗一郎】日本を変えるために「福岡」から変わる

NewsPicks Re:gion 編集長
地域経済の未来にフォーカスする「Re:gion」では、来る8月31日に大規模ビジネスカンファレンス「NewEra,NewCity」を福岡で開催する。その登壇者でもある福岡市長の高島宗一郎氏に、これからの都市像について聞く。
INDEX
  • 国が変わるのを待っている暇はない
  • “世界標準の価値観”を都市に実装する
  • 福岡の自動車産業を「宇宙産業」に転換
  • 「九州はひとつ」になれるか
  • 歴史的に「風」を読んできたのが福岡

国が変わるのを待っている暇はない

──コロナ禍のなかで発売された著作『福岡市長高島宗一郎の日本を最速で変える方法』(日経BP)において、「基礎自治体を変えることが、国を最速で変えることにつながる」と語られています。その真意とは?
高島 地域のほうが、国よりも断然、フットワークが軽いからです。
 みなさんもおわかりだと思いますが、コロナショックのような国難が襲っても、国の変化は遅々として進みません。
 あらゆるものがアップデートされず、テクノロジーの社会実装は進まない。どんどん諸外国に後れをとっているなか、国が変わるのを待っている暇はありません。
 福岡市は政令指定都市で、基礎自治体として現場を熟知するだけでなく、都道府県並みの権限も併せ持つという強みがあります。
 さらに、国家戦略特区にも指定されており、国に対して規制緩和の提案を直接行うこともできることから、新しい取り組みに挑戦しやすい環境なのです。
 福岡のような地方自治体が、まずはエリア限定でチャレンジをしてロールモデルを示す。うまくいったら、それを全国に広げる。
 そのほうが、日本のような「ゼロリスク神話」にとらわれた国を最速で変えることにつながると考えています。
──地方のほうが変化を起こしやすいのでしょうか?
 たとえば福岡市は、外国人の起業を促進する「スタートアップビザ」の発給に国内で最初に取り組みました。その成功を受けて、この取り組みは2018年から全国に広がっています。
 こういう“地域から始まった変化”の成功事例を、福岡からどんどん作っていきたいと考えています。
特区の事例を踏まえ、経産省は2018年12月から「外国人起業活動促進事業」を開始。現在、全国で13自治体が採用している。
 福岡市は、「国の変化を待つよりも自分たちが変わったほうが速い」と気づいてしまった。気づいた者の責任として、変えるべきものはどんどん変えていこうとしています。

“世界標準の価値観”を都市に実装する

──コロナショックを経て、福岡市のチャレンジに何か変化はありましたか?
 2つ大きな変化があったと考えています。
 1つ目は、まちづくり戦略の変化です。福岡市はコロナ前、耐震性の高い、先進的なビルへの建て替えを軸にまちづくりを考えていました。
 しかしコロナを経て、「感染症対応シティ」という新たなまちづくりのコンセプトを打ち出しました。
 グローバル化が進み、人の移動が多くなると、どうしても都市での感染症のリスクは高まります。今回のコロナが収束したとしても、別の感染症が再び発生しないとも限りません。
 “世界のどこよりも感染症に強いまちづくり”ができれば、第2、第3のコロナショックが襲っても、都市の成長が止まることを防げるはずです。
天神ビッグバンの第1号プロジェクトとなる「天神ビジネスセンター」は9月完成予定。
 福岡市は現在、「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」とよばれる市街地の再開発を進めている真っ最中です。
 非接触・換気・通信環境・ディスタンス確保などの、感染症に対応した機能をビルに付加した事業者には、容積率緩和などのインセンティブをつけて、感染症に強いまちづくりへと誘導しようとしています。
 「感染症対応シティ」が実現すれば、グローバル都市としての福岡市の大きなアピールポイントになるでしょう。
──2つ目の変化は何でしょうか?
 福岡に、“グローバルスタンダードの価値基準”を本気でインストールしなければならない、という意識が芽生えたことです。
 具体的な事例でお話しすると、国の国際金融センター実現の流れに乗り、福岡では昨年から産学官によるオール福岡の取り組みとして、国際金融機能誘致に取り組んでいます。
 推進組織「TEAM FUKUOKA」を発足させてプロジェクトを運営し、これまでに香港を拠点としていたアジア有数の資産運用会社と、シンガポールと東京の金融関係企業、合計3社の誘致に成功してします。
 ただ、その誘致活動の過程で、“グローバル企業が何を見ているか”を思い知らされたエピソードがあるんです。
 というのは、われわれが誘致先に向けて、入居候補のオフィスについてプレゼンテーションしている際に、彼らからこんな質問があったのです。
 「その場所の電力は、再生エネルギー由来ですか?」と。これは過去の誘致活動では出てこなかった質問です。
 世界のトップランナーは、SDGsやジェンダーレス、ダイバーシティ&インクルージョンといった“新しい価値観の実装”に本気で取り組んでいると実感しました。
──金融市場では“ESG投資”が注目されていますが、同様のことが都市に対しても始まっている。
 そのとおりです。“建前”としてSDGsのバッジを付けているだけでは、もう世界では通用しないということです。
 企業だけではありません。今後、世界標準の価値観を内包していない都市は、ビジネスの相手とみなされない時代がやってくるかもしれません。
 仮にインバウンド需要が戻ったとしても、SDGsを実装していない都市は観光客から選ばれなくなるかもしれない。
 都市の成長は、これからも絶対に必要です。ただし、コロナ前の延長線上の価値観での成長は、もう見込めないのです。
 福岡市は人にも都市にも、世界標準の価値観を内包して成長していくことを目指します。

福岡の自動車産業を「宇宙産業」に転換

──経済面では、福岡には今後どんな成長戦略があるでしょうか。
 福岡市は国家戦略特区としてスタートアップ支援に力を入れてきました。ただ、“圧倒的な成功例”としてユニコーン企業が出ているわけではありません。
 コマース系、医療・ヘルスケア系といくつか有望な業種は出てきていますが、一大産業化するまでにはまだ時間がかかるでしょう。
 これは、あくまでもアイデアですが、福岡市だけでなく福岡県、九州にまで視野を広げて、九州全体を「宇宙産業」の一大拠点にするということも考えられるのではないでしょうか。
──宇宙産業ですか。
 福岡県は、自動車産業が盛んです。2代前の麻生渡知事の時代に福岡県内にトヨタや日産の工場を誘致しており、金属加工や精密部品製造に強みのある中小企業も数多く集積しています。
 ただ今後、ガソリン車は電気自動車(EV)に切り替わっていく。そうなると部品数が減少し、自動車関連の仕事をしていた人たちが職を失う可能性が出てきます。
 そうなる前にガソリン車の部品製造に携わっていた人たちの知見や技術を、ロケットや人工衛星など宇宙ビジネスに関連する部品製造に転換することで、リスクをチャンスに変えられると思います。
トヨタがNASAと提携し「月面ローバー」の共同開発を進めるなど、自動車メーカーの“宇宙進出”は広がっている(写真はイメージ)
 福岡市には、小型人工衛星の打ち上げに成功した株式会社QPS研究所がありますし、IT企業も集積しています。また、2020年には福岡県宇宙ビジネス研究会が立ち上がり、宇宙ビジネスへの参入に向けた活動が始まりました。
 福岡市では先端技術を活用した社会課題の解決につながる実証実験プロジェクトを募集し、将来性のあるものについては、福岡市での実証実験を全面的にサポートする取り組みをスタートさせています。
 福岡だけでもポテンシャルはあるのですが、視野を九州全体に広げれば、さらに可能性は広がるでしょう。
 大分空港はアジアで初めての「宇宙港」に認定され、2022年の人工衛星打ち上げが計画されています。鹿児島県にはロケット打ち上げが可能なJAXAの内之浦宇宙空間観測所、種子島宇宙センターがありますよね。
 宇宙は将来、ビジネスの主戦場になっていく。国としても注力しなければならない分野のはずです。福岡としては産業化の動きをさらに加速させて、先発優位性を獲得できるポテンシャルがあると思います。

「九州はひとつ」になれるか

──九州全体という話が出ましたが、福岡はどんな役割を担っていきますか?
 福岡市や福岡県だけでなく、九州がひとつにまとまって成長戦略を打ち出せれば、経済効果は非常に大きなものになると考えています。
 ただ、さまざまな会合で「九州はひとつ」という言葉が聞かれるものの、まだ実効性を持った戦略を打ち出す段階には至っていないのが現状です。
 九州を売り込むときに難しいのは、北海道のように1つの自治体ではないということです。日本地図にも「九州」の文字はどこにもありません。7つの県にわかれて、各県がそれぞれに強い個性を持っています。
 今後、九州ブランドをグローバルに売り込んでいくのであれば、九州の中での「選択と集中」が必要になるでしょう。
 たとえば、福岡県の特産品であるいちごの「あまおう」を輸出する場合、一定量を確実に納められる生産体制が求められます。
 福岡だけであまおうを栽培していると、自然災害で全滅してしまうかもしれない。九州ブランドにするのであれば、福岡だけでなく九州各地であまおうを生産することも考えないといけなくなる。
 地域にとっては都合の悪い話にも向き合わないといけない場面が必ず出てきます。
 そのときに各県が目をそらさず、話し合っていけるかどうか。それが「九州はひとつ」になれるかどうかの試金石になると考えています。
「あまおう」はブランドいちごの代表品種のひとつとして、販売単価で15年連続日本一を記録した(写真はイメージ)
 福岡はアジアの玄関口として、陸・海・空の交通インフラが充実しています。国際会議を開催できる施設があり、高付加価値のホテルも数多くあります。
 アジアにもっとも近い都市として、九州経済圏の中心として、人や情報の行き来を促進する役割を担っていくことが大事だと考えています。

歴史的に「風」を読んできたのが福岡

──アジア全体で見たとき、福岡市のライバルはどこになるんでしょう?
 しいて言えば、シンガポールです。福岡市が力を入れている観光振興やコンベンション誘致で成功していますし、福岡が目指す国際金融都市でもある。
 ただ、福岡市はいま「アジアのリーダー都市へ」というスローガンを掲げています。
 どこかをお手本にして目指すというより、自分たちで新しい都市の価値をつくっていきたいと考えています。
 経済成長だけでもなく、テクノロジーだけでもなく、自然の豊かさだけでもない。
 人と環境と都市活力の調和がとれた、ウェルビーイングで暮らしやすい都市。経済指標だけでは計れない価値を取り入れた都市を目指していきたいですね。
──将来、東京よりも福岡のほうがグローバルスタンダードにのっとった暮らしやすい都市だと認識される時代がくるでしょうか。
 まさにそうなりたいと考えています。
 福岡が、東京よりもアジアを意識するのは、非常に自然なことなんですよ。いまの世界の成長エンジンはアジアです。
 私の目から見た福岡は、無力な一地方都市ではなく、アジアに最も近い国際都市。アジア全体、世界全体を俯瞰すれば、東京だって世界の中の一都市に過ぎません。
福岡にとっては、東京と上海は同じ距離ですし、釜山のほうが東京より近い。人口もGDPも、東京中心に1000kmの円を描くより、福岡中心に1000kmの円を描いたほうが圧倒的に大きい。アジアに目が向くのが自然なんです。
 福岡がアジアを意識するもう一つの理由。それはこの土地が、古来、人・モノ・情報をアジアから取り入れ、原動力としてきた歴史にあると考えています。
 後漢の光武帝が倭奴国王に与えたとされる「金印」は、福岡市の志賀島から発見されています。平安時代に日本で3カ所だけ設置された外交施設、「鴻臚館」があったのも福岡市です。
 つまり、福岡は2000年ものあいだ、海流を読み、風を読んで、アジアの人たちと交流を続けてきた場所なんです。
 新しいものや最先端のものは常に福岡から入り、福岡から全国に広がっていった。これはもう、好むと好まざるとにかかわらず、2000年間の慣性の法則のようなものです。
 もちろんメリットもリスクも最前線ということは忘れてはなりませんが、この歴史の大きな流れを踏まえながら、これからの福岡市の未来への舵取りをしていきたいと考えています。