2021/8/18

なぜ若者はTikTokで「誰にも言えない悩み」を打ち明けるのか

NewsPicks Brand Design editor
今、ショートムービープラットフォーム「TikTok」で、少し意外なムーブメントが起きている。ユーザーが悩みを投稿し、その投稿に他のユーザーが励ましのコメントを寄せるなど、TikTokを悩み相談の場として使うケースが増えているのだ。それを知ったTikTok側も、「悩みを持つ人」と「解決策を持つ人」をつなげる取り組みをはじめている。「TikTok=可愛い女の子が踊っている」というイメージで止まっている人には、考えられないことだろう。
では、なぜ若者はTikTokに心の癒やしを求めるのか。TikTokという場でしかできない、社会課題の解決法とは。人気TikTokクリエイターの顔面土砂崩れさん、聖秋流さんらのコメントから考える。

「TikTokは自分の居場所」という感覚

胸が押し潰されるような深刻な悩みがある。そんなとき、みなさんならどうするだろうか。
信頼できる友人に相談する。解決のヒントになりそうな本を読む。自分では解決できない類の問題だと判断すれば、専門機関に相談する。
ほとんどの人が、いくつかの選択肢を思いついたはずだ。では、若い頃はどうだっただろう。「誰にも言えない」と、一人で悩みを抱えた経験はないだろうか。
「実は今、『TikTok』で悩み相談をする人が増えています」と教えてくれたのは、ショートムービープラットフォーム「TikTok」を運営する、ByteDance株式会社の公共政策本部長・山口琢也さんだ。
たとえば、ユーザーが自分の悩みを動画にして投稿し、他のユーザーが励ましのコメントをする。動画そのものではなく、コメント欄で悩みを吐露し、それに対して他のユーザーがアドバイスを寄せる、など。
「TikTok=可愛い女の子が踊っている」というイメージで止まっている人には、考えられない利用法ではないだろうか。
「もちろん、ハッピーな投稿も多いですが、生きづらさや誰にも言えない悩み、時には自殺を仄めかすような深刻な投稿もあります。それに親身になってこたえるユーザーもいる。
もともとTikTokは、さまざまなクリエイティビティを持つユーザーが自由に自分を表現するメディアです。それを受け入れてきたポジティブな空気に期待して、ユーザーが一歩踏み込んだ使い方をしはじめているのだと思います」(山口さん)
iStock.com/KEN226
そんな山口さんの言葉に賛同するのは、ジェンダーレスな魅力で70万人以上のフォロワーを持つTikTokクリエイター聖秋流さんだ。聖秋流さんは、TikTokを「私の心の拠りどころ」と表現する。
「体育の授業で男女が分けられる中学生くらいから、ずっと生きづらさっていうか違和感があったんですよね。でも、高校生になっても誰かに言えるわけやないし、生きやすい世界になるわけでもない。
そんなとき、同じようにメイクをしてる男友達が『聖秋流みたいな子がいるよって発信してみたら』って背中を押してくれて、TikTokをはじめました。そしたら、コメントがめっちゃあったかいんですよ。
アンチコメントもあるけど、それ以上に応援してくれる人たちがいる。だから今でも続けられてます」
「コメントに勇気づけられている」と話す聖秋流さんは、時には数千件にのぼるコメントにもすべて目を通す。そうしたコメント欄やDMで、実際にさまざまな悩みが寄せられている。
「やっぱり、私と同じLGBTQの人からの声が多いです。『僕も男の子で悩んでるんです』とか、『女の子だけど女の子が好きで、でも公表できない』とか。
そういう悩みへの私なりの考えを動画にして『一人やないよ』って投稿することもあるし、メッセージを読んで『かなり深刻に悩んでるな』と感じたら、DMで直接お返事することもあります」(聖秋流さん)
SNSによって、雰囲気や空気感は大きく異なる。人が抱えるコンプレックスも「個性」として受け入れ、応援してきたTikTokは、ユーザーに「等身大の自分のままで受け入れてもらえる」という安心感を与えているのだろう。

普通じゃないことは、武器になる

同じく人気TikTokクリエイターの顔面土砂崩れさんも、TikTokで「受け入れられた」経験を持つ。しかし、投稿をはじめた動機は想像以上に戦略的で、興味深い。
「こんな名前で活動してるからわかると思うんですけど、僕、不細工なんですよ(笑)。で、自慢できるような学歴もないし、運動も苦手で、このままじゃどこにも就職できないな、ヤバいなと。
それで、SNSでバズればなんとかなるんじゃないかと思って、まずYouTubeをやってみたんです。だけど、4日たって再生数はたったの3。
こりゃダメだと思ってTikTokを見てみたら、想像してた『可愛い女の子が踊ってる動画』だけじゃなかったんですよね。普通のおじさんの投稿も、面白ければバズってた。これはいけるぞ、と」
そこから先はご存知の通り、顔面土砂崩れさんの自虐ネタをメインとした投稿はまたたく間に人気となり、開始から1ヵ月ほどでフォロワーは1万人にまで膨れ上がった。現在、フォロワー数は60万人超。押しも押されぬ人気TikTokクリエイターとなったのだ。
投稿から3年たった今では、動画投稿を続けるかたわら、メディアなどでの連載も持つ。
無名だった顔面土砂崩れさんの投稿がバズったのには、TikTok独自の「広がる」仕組みがある。
「従来のSNSは、人とのつながりがベースになっているので、投稿が見られる回数はフォロワー数に比例します。
一方、TikTokはユーザーが今もっとも興味を持っているコンテンツを配信します。具体的には、ユーザーがどんなコンテンツを作り、視聴してきたか。また、投稿されたコンテンツは、一定数のユーザーには必ず表示される仕組みです」(山口さん)
その際のユーザーの反応を学習して次のユーザーへと配信されるため、反応がいい動画は自ずと多くのユーザーに届けられる。これがフォロワー数の多寡に関係なく「広がる」理由だ。
TikTokでは、いわゆる「映える」動画ではなくても見られるし、コメントも集まる。こうした特性を知り、行政機関でもTikTokでの発信を行うケースが増えているという。
顔面土砂崩れさんが自分の色弱という特徴について投稿したときには、「息子もそうなんです」「そんな難しさがあるのを知らなかった」といったコメントが多数届いたそうだ。
TikTokは誰かが誰かの悩みに寄り添い、誰かが考えるきっかけを与えられるメディアなのだ。
「いわゆる『普通』とは違う、一見マイナスなことも、面白くネタにしちゃえば『いいね』と言ってもらえる。何気ない投稿が、誰かの考えるきっかけにもなる。僕は、個性を強みにできるTikTokが好きですね」(顔面土砂崩れさん)

TikTokでしかできない社会課題の解決法とは

このようなTikTokの特性を生かし、7月12日から8月8日まで、ByteDanceは「#悩み相談」というチャレンジを行った。
期間限定ではあるが、TikTokでの投稿が多い「性の悩み」「不登校」「親との関係」という社会課題ついて、各テーマに詳しい専門機関(NPO)に直接相談できる仕組みを構築したのだ。この3つのテーマは、日本政府が優先的に取り組むべき課題としているものでもある。
「ユーザー同士の温かい交流を安心安全に続けられるよう、引き続きルール作りやコンテンツのあり方などの整備は続けていきます。一方で、もどかしい気持ちがあったのも事実です。
というのもTikTokでは、アプリ環境を整備するため、TikTokセーフティパートナーとして、いじめ、家出、子育て、虐待などさまざまな社会課題を専門とするNPOと連携してきました。
ですが、そうした解決策を持つ人たちの存在が、まだまだ知られていない。これはもったいないですよ」(山口さん)
苦しいときに寄り添ってくれる人の存在は何者にも代えがたい。誰かに聞いてもらえるだけで心が癒やされることもある。しかし、悩みが深ければ深いほど、問題の解決にはその道に精通した専門機関の助けが必要になる。
今回の「#悩み相談」チャレンジは、TikTokというプラットフォームを通じて「支援が必要な人」と「解決策を提供できる人」が結ばれる、社会課題を解決するための取り組みでもあるのだ。
NPO法人ピルコンは、「#悩み相談」チャレンジに参加した専門機関のひとつ。これまで、「人生をデザインするため、性を学ぼう」をコンセプトに、若年妊娠や人工中絶、性感染症性など、若者を中心とした性の課題についての情報発信を続けてきた。
理事長の染矢明日香さんは、次のように話す。
「中学・高校・大学で講演を行ったり、書籍を出したりするだけでなく、LINEアカウントやYouTubeチャンネルを開設するなどして、若い方との接点を増やしてきました。性の悩みという特性上、悩んでいる人が相談に来てくれないと支援できないからです。
ですが、『#悩み相談』スタートから数日で、想像以上の数の相談が寄せられました。また、LINEやYouTubeとはまた違う層の若い方と出会えている感覚があります。
まだ短尺の動画には慣れていませんが、これからもTikTokでの発信を続けていきたいと思っています」
社会課題の解決を目指す人たちがTikTokで発信をすることで、これまで以上に「悩みを持つ人」にリーチできる。これは本人だけでなく、日本社会にとっても大きな一歩だと言えるだろう。
事実、少しずつではあるが、TikTokアカウントを開設するNPO団体も増えはじめている。
「今回の取り組みで、私たちも改めてTikTokというプラットフォームの可能性を確認しました。拾いきれていない『悩み』の存在もわかっています。これらの悩みをテーマにライブを行ってみようという案もありますし、恒常的な取り組みにするための方法も模索中です。
どんな方法をとるにしても、わかりやすく、受け入れられやすい、TikTokらしいかたちを目指したいですね」(山口さん)