2021/8/6
【梅澤高明】唯一無二を探せ。地域観光に問われる「持続性」
大都市とは異なる価値、異なる経済活動を生み出すために必要な“地域”の変化とは。インバウンド観光などのテーマで政策立案に関与し、「ナイトタイムエコノミー推進協議会」理事として、まちづくり、文化創造、観光立国の融合を目指す、A.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明氏に、地域の観光と経済について話を聞いた。
- 「唯一無二」のユニーク資源を探せ
- ユニークネスの発見に必要な「他所」の目線
- 富裕層観光のポイントは「文化」と「自然」
- 大規模ホテルより、10室の上質なホテルを
- なぜ「遊郭地帯」が大切な文化資産なのか
「唯一無二」のユニーク資源を探せ
──これまでの地方創生は失敗だったと言われています。地域経済の再興のために、何が必要でしょうか?
圧倒的に不足しているのは、「ユニークな存在」になろうという意思と、それを実現するための実力です。
地方創生の取り組みは、多くが横展開されます。例えば“ゆるキャラ”のように、各地域が同じような施策をまねした。
成功した街の事例からまねしていいのはまちづくりの「考え方」や、地域資源の価値を上げる「スキル」の部分です。
しかし、「コンテンツ」を安易にまねする地域があまりにも多いですよね。
北海道のリゾート「ニセコ」やアートで有名な瀬戸内海の「直島」が成功しているからと、その劣化版コピーを作っても持続的な地域の魅力創造にはつながりません。
自分たちの地域は“何で戦う”のか。それは本当にユニークで世界に価値を伝えられるものなのか。
そこを考え抜かないと、地域再生は成功しないでしょう。
──自分たちの地域を掘り下げる、というプロセスが不足している。
厳しく言えば、ほとんど地域は自分たちの価値を客観視できていないと感じます。
たとえば、奈良県天川村には、老舗旅館が立ち並ぶ洞川温泉という温泉街があります。ここはきれいな河川が流れ、名水百選の湧水もある美しい場所です。
私が観光庁や文化庁でさまざまな取り組みを支援している関係で、天川村に若い女性客を呼び込むために、「湧水で淹れたコーヒーを出す“縁側カフェ”を作る」という企画を提案されたことがありました。
でも、奈良駅から2時間もかかる場所に、わざわざコーヒーを飲みに行く人がいるでしょうか?
そこで、この地域には何があるのかを調べてみると、山伏がロープを体に巻き付けて、大峯山の山頂から谷底に向かって上半身を投げ出すようにする「西の覗き」という修行のビジュアルが出てきたんです。
大峯山は修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた修験道発祥の地(写真は天川村提供)
実は、ここは1300年前から続く修験道の聖地であり、世界中からディープなファンが訪れて山に分け入るような場所だったんですね。
これこそが、この地域の唯一無二の魅力。だから、縁側カフェではなく、修験道の聖地である大峯山での修行を体験し洞川温泉に泊まる、1泊2名50万円のパッケージを作りました。
地域の中にいると当たり前すぎてユニークさに気づかないかもしれませんが、これはディープなファンは50万円を支払ってでも体験したい価値。世界中の人が共感して面白がり、体験したいと思う魅力です。
こういったユニークネスを見誤らずに突き詰めることが地方には必要なのです。
ユニークネスの発見に必要な「他所」の目線
──土地の魅力を掘り下げる、その地域固有のアプローチが必要だと。
観光に限らず、規模の大きい都市経済は「量」を追いかけて成長しますが、規模の小さい地域経済は「質」を追わないと持続できません。
今、世界中で「サステイナブルツーリズム」がキーワードになっていて、環境に対しても文化や経済の面でも“持続可能”であることが求められています。
2008年、国際自然保護連合「第5回世界自然保護会議」において、世界初のサステイナブルツーリズムのための国際基準「世界規模での持続可能な観光クライテリア(GSTCクライテリア)」が発表された。
誰かがお金を注入し続けないと回らない仕組みではなく、「自立」して「持続」できるものを作る。
さらに、地方は受け入れられるキャパシティが限られているのだから、付加価値を付けて単価を上げる工夫も必要です。
──インバウンドブームで、マスツーリズムが過熱したのとは対照的ですね。
そうですね。また、地域特有のユニークネスを発見するために重要なのが、地域の中にいながらにして、「よそ者」の目線を持つことです。
仮に、「我が町は自然が素晴らしい」と言うならば、他にない素晴らしさは何で、もっとも自然を楽しめる行動や体験は何かまで落とし込む。
そこまでやれば、価値ある体験商品が生まれるでしょう。
日本では、和歌山県の世界遺産「熊野古道」や北海道のニセコが、サステイナブルツーリズムのパイオニア的存在です。
両者の共通点は、「よそ者」の目線による価値の発見と磨き上げです。
「東洋のサンモリッツ」とも言われるニセコ。海外資本による不動産開発が進んでいる
ニセコはオーストラリア出身のスキーインストラクターがその価値を発見し、現地に移住して、アウトドアのコンテンツ開発を主導しました。
熊野古道でも、カナダ出身のアウトドア専門家がツーリズムビューローに勤務し、訪日客向けの環境整備やプロモーションに大きな役割を担っています。
富裕層観光のポイントは「文化」と「自然」
──これからの観光では、地域は「質」を追うことが必要になる。
まさに、量から質に転換するタイミングが来ています。
今までは、2020年に訪日外国人4000万人・観光消費額8兆円、2030年に6000万人15兆円という目標に向かって、訪日外国人の数も観光消費額も右肩上がりで伸ばしてきました。
ただ、訪れる人の数、つまり量の拡大に比例して消費額が増えていただけで、質を追求してこなかったんですね。
実際、2019年までの数年間、訪日客数は増えても1人当たりの観光消費額は約15万円で停滞していました。
今後、東京五輪の後に訪日外国人の受け入れを再開しても、コロナ以前の状態にはすぐには戻らない。高単価な「富裕層観光」の施策に本気で取り組む機会にすべきと思っています。
──富裕層観光を成功させるためのポイントは何でしょうか。
富裕層かつ個人旅行で日本を訪れる人の目的は、買い物ではなく“コト消費”です。
コト消費の中心にあるのは「文化」と「自然」。この2つを磨き上げることが富裕層を持続的に惹きつけるポイントになります。
たとえば、僕が理事を務めている「ナイトタイムエコノミー推進協議会」は、夜や朝の文化資産に着目しています。
なぜなら、夜や朝の時間が魅力的であれば、その地域に宿泊することにつながるから。すると客単価を一気に押し上げることになりますよね。
また、観光庁が推進している「アドベンチャーツーリズム」は、アクティビティ、自然、文化体験の3要素のうち、2つ以上で構成される旅行のこと。
<参考>「一般社団法人日本アドベンチャーツーリズム協議会」の発表資料を元に作成
「1週間かけてトレイルを歩く」「数週間かけて自転車旅行する」といった、時間的にも体験的にもラグジュアリーなプランになるため、自然と高単価な旅になるのです。
特にスノーリゾート、ビーチリゾートやサイクリングは富裕層観光にもフィットします。
近年は、旅行者が旅を通じて自己変革のきっかけを求める「トランスフォーマティブトラベル」が注目されていますが、アドベンチャーツーリズムも相性が良いと言えます。
大規模ホテルより、10室の上質なホテルを
──観光のアップデートは今後の地域経済に大きく影響します。その旗振り役は誰がすべきでしょうか?
本来、それをやるべくして立ち上げられたのが、観光地域づくり法人「DMO」です。
全国で約200のDMOが設立されていますが、観光を切り口として地域の稼ぐ力を引き出し、地域の文化やまちづくりに貢献する「観光地域づくり」を包括的にリードできているDMOは、残念ながら少ないのが実態です。
サステナブルで質の高い観光地域の成功例と言えば、ニセコ、直島、そして広島県尾道と愛媛県今治を結ぶ自転車ルートに世界中からサイクリストを集める「しまなみ海道」があげられます。
「しまなみ海道」はサイクリストたちが憧れるツーリングスポットとして広く知られる
これらの観光地域づくりで中心的な役割を担ってきたのは、ニセコはオーストラリアの事業者、直島は福武財団、しまなみ海道の起点である尾道は常石グループでした。
つまり、エリアを代表する地元の優良企業や、地域に強くコミットする事業者が、DMOの制度ができるずっと前から長期にわたって地域づくりを牽引している。
これは文化を作るときにパトロンが必要だったのと似ています。
地域の歴史を遡れば、加賀藩には前田家というパトロンがいたから、金沢は文化水準の高い地域として持続的に発展しました。鹿児島を治めた薩摩藩の島津家も同様です。
観光と文化、まちづくりは三位一体なので、相当な意思と能力やキャパシティのあるリーダーが必要です。
そして、リーダーが10年以上のスパンで腰を据えて取り組むことが成功には不可欠です。
──観光で地域経済を好循環させるために、他にも条件がありますか?
経済が循環している地域の多くは、その地域を代表するような拠点を作るのに地元のさまざまなプレーヤーを巻き込み、現地での調達比率が高い傾向があります。
そのような拠点は、ローカルコミュニティを革新する人たちのハブにもなりやすい。
一方で、グローバルブランドのラグジュアリーホテルを誘致するようなケースでは、東京主導の開発で、地元との経済的なつながりも薄く、コミュニティハブとして機能しないケースが多い。
日本の地方部には、150室のラグジュアリーホテルよりも、地域の景色に溶け込むような、低層で10~20室の上質なホテルが欲しいエリアがたくさんあります。
それを地域のプレーヤーたちが誇りを持って運営すれば、地域経済の好循環とローカルコミュニティを支える拠点ができるはず。
各地域をリードする事業家、彼らを支える生態系をそれぞれの地域に作っていきたいと考えています。
なぜ「遊郭地帯」が大切な文化資産なのか
──地域に眠っている価値には、ほかにどんな可能性があるでしょうか。
高度経済成長期以降、多くの地域が古い町並みを壊して開発を進め、特色のない地域が量産されました。
また郊外のショッピングモールやロードサイドの大型店舗が都市のスプロール化(注:無秩序な都市周辺部への開発の拡散)と中心市街地の衰退をもたらし、周辺部の田園風景を破壊してきました。
中途半端に再開発された町や失われた田園風景に対する解はなかなか見つからないのですが、一方で、古い資産が手付かずで残っているエリアには可能性を感じています。
その多くが、いわゆる「花街」や「遊郭地帯」なんですね。
昔ながらの路地や、古民家がそのまま残っているので、その魅力に気づいた若い人たちが古民家をカフェや宿などに改装するケースが増えています。
多くの観光客で賑わう京都・先斗町(ぽんとちょう)も、古くは花街として栄えたエリア
遊郭地帯は各地に点在していますし、そんなエリアしか古い町並みが残っていないという都市も多い。
今後は、その残されたエリアをいかに「資産」として守り活用していくか、が重要になるでしょう。
古民家の多くは耐用年数が過ぎており、メンテナンスにもお金がかかるので、再び稼げるような資産に変えないとどんどん取り壊されてしまう。
実際、それらを取り壊してマンションを建築するような動きは全国で加速しています。
古民家を改装して宿や店舗にしても、大金を稼ぐことはできません。ですが、文化資産として世界からの訪問者を楽しませることができれば、地域の持続性につながります。
東京・大阪などの都市観光だけでは、日本の観光立国は実現できません。各地域が持つ唯一無二の資源を、付加価値の高い観光に生かしていく必要があります。
地域固有の独自性。それこそが、地域に「持続可能な未来」を創るよりどころだと思っています。
執筆:田村朋美
撮影:岡村大輔
デザイン:小田稔郎
編集:大高志帆、呉琢磨