2021/8/4

【高岡浩三】レッドオーシャンを勝ち抜くブランドの育て方

NewsPicks Brand Design
 ヨーロッパNo.1*カフェブランド「コスタコーヒー」を、ご存じだろうか。
 2018年には米コカ・コーラが同社を51億ドルで買収。今年4月から日本全国でコスタコーヒーのペットボトル入り商品を発売し、日本への本格進出のスタートを切った。
 だが、日本のコーヒー市場にはすでに、大手メーカーが軒を連ねている。そんな成熟した市場を、コスタコーヒーはどう勝ち抜くのか。海外ブランドを日本に根付かせるまでの戦略とは。
 コーヒー市場やブランド戦略に詳しい、元ネスレ日本代表の高岡浩三氏と、コスタブランドの日本展開を主導する日本コカ・コーラの金澤博史氏の対談から解き明かす。
*アレグラ社 2021年ワールドコーヒーポータル調査

世界の飲料マーケットの「多様化」という変化をチャンスに転換する

──グローバルに展開するコカ・コーラから見て、日本の飲料市場はどのような位置付けなのでしょうか?
金澤 日本の飲料市場って実は、世界一と言っても過言ではない非常に特異な市場なんです。
 特に顕著なのは、RTD(Ready to Drink)と呼ばれるペットボトルや缶入りの市場
 日本のコンビニに行けば、お茶や炭酸飲料、ジュースにコーヒーと、何十種類ものカテゴリーの飲み物が並び、当たり前にホットとアイスのコーナーが分かれていますよね。
 さらに都心では5分も歩けば自動販売機があり、容器の種類も缶やペットボトル、紙カップなど多種多様。 世界を見渡しても、ここまで製品が多様化している国は珍しい
 逆に言えば、世界の飲料市場には「多様化」という点で、まだ大きなポテンシャルがあるということ。
 今回買収したコスタコーヒーを武器に、私たちは世界のこの大きな市場を狙っていきたい。
 だからまずは足がかりとして、日本を成功事例にしていこう、と。それが今回の買収であり、グローバルな観点での日本進出の意図なんです。
高岡 米コカ・コーラによるコスタコーヒー買収は、良いM&Aだと私も注目していたんですよ。
 なぜなら、多様な商品・チャネル展開を狙うとすれば、“ブランドの力”が最も重要だからです。
 コカ・コーラはやはり炭酸飲料のイメージが強く、コーヒーのブランドをゼロから築くのは難しい。
 もちろん、日本で圧倒的な知名度を誇る「ジョージア」というブランドをお持ちですが、これは缶コーヒーのブランド。
 自動販売機が主力の販売ルートになるので、グローバルには打ち出しにくいですよね。
金澤 そうですね。まさにジョージアは現在、日本と韓国のみで展開しています。
高岡 そこで、コスタコーヒーというグローバルカフェチェーンを傘下に入れ、そのブランドのもとで、世界中に多様な商品やチャネルを展開していく。グローバル戦略として、的を射ていると感じます。

日本のマーケット特性に合わせてブランド価値を再編集する

──改めて、日本初上陸のコスタコーヒーには、どのような特徴があるのでしょうか。
金澤 そもそもコスタコーヒーは、1971年にロンドンで生まれたカフェブランドで、今年でちょうど創業50周年。
 カフェ店舗は世界41カ国で展開され、発祥の地イギリスでは2700もの店舗数を誇り、最大手の地位を築いています(2021年8月時点)。
 日本に進出する際に掲げたコスタコーヒーのミッションは、「より高品質のコーヒーを、より多くの人に飲んでいただく」こと。
 コーヒー豆は、通常の1.3倍*の量を使って抽出。ヨーロッパスタイルの香り高い味わいを実現しました。
*公正競争規約 コーヒー規格下限基準値(5g/100g)比
2021年4月に新発売したペットボトル入りのコスタコーヒー。カフェラテとブラックの2種展開。一時は供給が追いつかず、出荷停止になるほどの話題に。
高岡 取材中にいただいていますが、確かに美味しい。カフェラテなんてチルド商品*かな、と思ってしまうくらい濃厚ですね。
*製造から販売まで冷蔵状態で管理される加工飲料。賞味期限は短いが、鮮度や風味をキープしやすいメリットがある
金澤 ありがとうございます。このペットボトル商品は、味からボトル、パッケージに至るまで、完全に日本市場向けに作ったものです。
 特にカフェラテは、コーヒーとミルクを別々のプロセスで製造できるよう、独自製法を新たに開発しました。
 そうした工程を経ているからこそ、ミルクの濃厚さとコーヒーのアロマを感じていただけているのかな、と。
「ペットボトルの飲み口は、香りをより楽しめるよう広めに設計しています」と金澤氏。
高岡 なるほど。この風味は一般的な製法では実現できないと思うので、納得しました。
 ですが、コーヒーとミルクを分けるといった製造のこだわりは、その分コストもかかる。価格設定はかなり難しかったのでは?
金澤 そうですね。高品質な味わいとリーズナブルな価格を両立できたのは、グローバルに展開するコカ・コーラの購買力あってこそだと自負しています。
 世界中で商品展開できれば、仕入れのスケールを大きくして、結果的に原価を下げられる。そういった企業努力の積み重ねで、高品質にもかかわらず、お求めいただきやすい価格を実現しています。

マーケットのニーズを類型化し、有望と思われるニーズ領域にアプローチする

──ヨーロッパで培ったブランドと、独自製法で実現した味があるとはいえ、日本のコーヒー市場はすでに成熟したレッドオーシャンです。コスタコーヒーの勝算はどこにあるのでしょうか。
金澤 当社の推計では、日本のコーヒー飲料の市場規模は約3兆円。
 そのうちの約1兆円は、我々が得意とする「RTD」と呼ばれるペットボトルや缶の商品で、残りの2兆円をカフェ店舗や家庭用のインスタントコーヒーなどが占めています。
 そのなかでも私たちが狙っていきたいのは、今までは手淹れのコーヒーしか飲まなかった層
 こだわりのコーヒーを飲みたいけれど、毎日自分で豆を挽くほどの時間は取れない。コロナ禍でカフェに行けなくなり、身近なコンビニで美味しいコーヒーを買いたい。
 コスタコーヒーの高いクオリティを打ち出していくことで、そんな方々の選択肢の一つにしていただきたいと考えているんです。
高岡 コスタコーヒーは元々、焙煎で有名なブランドですよね。そのこだわりから来るクオリティの高さを訴求し、プレミアムなポジションを築いていく狙いなのですね。
  コロナ禍で消費者がコーヒーを飲む習慣にも大きな変化が出てきていると思いますが、改めてどういったチャネルで販売していくんですか?
英国エセックス州のコスタコーヒーのロースタリーでは、年間約4万5000トンもの豆を焙煎する。
金澤 コロナ禍は、多様な方法でコーヒーを楽しみたいというニーズを拡大させており、私たちはむしろポジティブな変化と捉えています。
 販売チャネルも、withコロナ時代の生活様式に合わせて展開していきたいと考えています。
 まずはペットボトル商品を含む、家で楽しめるコーヒー豆やインスタントコーヒーなどのFMCG(Fast Moving Consumer Goods)、いわゆる消費財の展開です。
 2つ目は、本格マシンによる無人カフェ形態
 バリスタのいない無人販売型でも、ハンドクラフテッド品質を保ったコーヒーをご提供できるよう、準備を進めています。コロナ禍で生まれたタッチレスや密回避の需要に応えるものです。
 そして3つ目は、フラッグシップ店の展開です。
 銀座にはすでにポップアップストアがありますが、実は今年の7月13日、原宿にもテイクアウト専門の新店舗をオープンさせました。
JR原宿駅の竹下口に隣接。モバイルオーダーにも対応しているので、電車を降りてすぐドリンクのピックアップも可能だ。
高岡 なるほど。原宿の新店舗をフラッグシップ店として、そこからコスタブランドを発信していくということですか。ここでいかに、ニュースになる話題を作れるかがポイントですね。
 私がネスレにいたときも、パティシエ・高木康政氏の全面監修のもと、高品質のチョコレートを提供する「キットカット ショコラトリー」というフラッグシップ店を作りました。
 オープン以降、1時間待ちの行列ができているというニュースがネットで広まり、キットカットのブランドイメージの向上や、商品展開に大きく寄与しました。
金澤 まさに、この原宿店をブランド戦略の発信源にしていくつもりです。
 店内の滞留時間を短くする工夫もしており、新しい生活様式にマッチした店舗を目指していきます。

世の中のニーズを起点に、ブランド戦略の解像度を上げる

──ここまでコスタコーヒーの日本戦略を伺ってきましたが、日本市場と一括りにしても、そこには多様な消費者がいます。多様な顧客ニーズに応えるには、どんなマーケティング思考を持つべきでしょうか。
高岡 「オフィスで働く30代男性」といったペルソナを起点にしたターゲティングには、もうあまり意味がないと思っているんです。
 なぜなら同じペルソナでも、TPOによって欲しいものは変わるから。
 その30代男性も、朝に気合を入れるために飲みたいコーヒーと、夕方の休憩時間に飲みたいコーヒーは異なるはずです。
 属性を軸にした、いわゆる20世紀のターゲティングに加えて、これからはTPOをより細分化したターゲティングが必要になってくると考えています。
金澤 非常に共感します。私たちもペルソナ起点ではなく、世の中にあるニーズを起点にターゲットを絞り込む手法を採用しています。
 具体的には、消費者の「ニードステート」というものを掘り下げています。
 どのような飲用場面で、何を、どのような気持ちを求めて飲んでいるのかを分析し、親和性が高いのはどんな層だろうか、求められているのはどんな商品だろうか、と掘り下げていくのです。

ブランドの「ミッション」実現をあらゆるアングルから模索する

──コスタコーヒーのように、海外で成功したブランドを他国の市場に持ち込む際には、どんな点に注意すべきでしょうか。
高岡 やってはいけないのは、海外で成功しているブランドを、そのまま受け入れてもらおうとすることですね。
 特にコーヒーで言えば、各国のコーヒー文化は、まるっきり違います。ネスカフェもキットカットも、やはり各国で全部味を変えていますから。
金澤 私も完全に同感です。コスタコーヒーについても、ブランドのミッションを崩さないことを常に意識しています。
 ミッションが定まっていないと、各国で「このブランドは何のために存在するのか」が誰にもわからなくなり、戦略がどんどんブレていきます。
 コスタコーヒーは「より高品質のコーヒーを、より多くの方に楽しんでもらう」ことが、ミッションです。
 日本のコーヒー市場のインサイトを捉えて、利便性の高いペットボトルを採用し、さらに缶には出せない味わいを独自製法で編み出しました。価格もプレミアム路線ではありつつも、気軽に手に取れる価格設定にしています。
 ブランドのミッションを担保しながら、いかに各マーケットに最適化させるか。ここを考え抜いて、コスタコーヒーが日本のみなさんに愛されるブランドになるよう、育てていきたいと思っています。