2021/7/30

「日本のBtoB」こそ、デジタルコミュニケーション力を磨くべき理由

NewsPicks Brand Design chief editor
 BtoBは専門性が高く用途もユーザーも多様なため、価値訴求の巧拙が出やすい。
「だからこそ、デジタルコミュニケーションが活きる」と語るのは、BtoB企業に特化したデジタルコミュケーション支援を手がけるイントリックス代表取締役社長の気賀崇氏だ。
 グローバル市場で日本企業の存在感が薄れるなか、BtoB企業の勝機は、対外コミュニケーションにあるという。
 良い製品を作れても、上手く伝えられなければ存在しないのと同じ。では、BtoBビジネスをアップデートするために、どのような戦略を図るべきか。その解決法を気賀氏に聞いた。
INDEX
  • ただ、良いものを作れば売れる時代は終わった
  • BtoBとBtoC、コミュニケーションの違いとは
  • デジタルコミュニケーションに不可欠な「俯瞰視点」
  • コロナ禍で急加速するBtoB企業のデジタル活用

ただ、良いものを作れば売れる時代は終わった

──これまで、数多くのBtoB企業のデジタルコミュニケーション戦略に携わってきた気賀さんから見て、日本企業の対外的なコミュニケーションはどう映っていますか?
気賀 日本はかれこれ100年以上、欧米の先進国が発明した工業品を改善する手法で戦ってきました。その凄さは手に取ってすぐわかるものでした。
 ラジカセを小さくしたウォークマンも、燃費性能に優れた日本車も、企業がわざわざ語らなくても、モノ自体が語ってくれました。
 だけど、今はそうじゃない。
──どのように変わったのでしょうか?
 技術のコモディティ化によって、技術単体での差がつきにくくなり、それ以外も含めた総合力の重要性が増した。つまり企業としての信頼性や開発思想、ソリューション提案力やアフターサービスなどです。
 競争相手も増えているので、自社や自社技術の訴求を怠るとすぐに埋没してしまいます。もはや、企業自身で自社や製品のことを語らない限り、日の当たる舞台に出られません。
 実は、高度経済成長期のBtoB企業は、ブランディングやマーケティングにあまり力を入れていませんでした。
 なにしろ作れば売れるので、いかに安定供給するかの方が重要だったのです。しかし現在では、世界中の潜在顧客に選ばれるためのコミュニケーションが不可欠です。
 建設機械の例を見てみましょう。現在は中国メーカーが台頭しており、価格を武器にシェアを伸ばしています。
 価格が安い方を選ぶのは、自然な行動です。でも長く使っていると、耐久性や燃費、アフターサービスにおいては日本のレベルが高いことがわかる。
iStock / kanzilyou
 それを知っている企業は、コストが高くなっても日本企業の建機を好んで使っていますが、多くの場合、目に見えない長所はきちんと説明しないと伝わりませんよね。
 パッと見はみな同じ。でも、価格は日本の方が高い。それだけではない“裏側にあるバリュー”までも伝えなければ、勝負になりません。
──モノづくりができても、言語化できなければ意味がないと。
 両方大事なんです。良いモノではないのに、口先だけ良くては意味がありません。でも、良いモノなのに価値を言語化できていないのも、やはり意味がない。
 日本企業が技術開発偏重で、良いモノであれば売れるというスタンスであることは昔から指摘されていました。しかし、今は競争相手が増えたうえに、技術的な差異も小さくなってきた。
 もはや口下手であることに甘んじられる状況ではありません。言語化しないことのマイナス面は、かつてより格段に大きくなっているのです。
 たとえ苦手でも、経験を積んで力を磨くしかありません。

BtoBとBtoC、コミュニケーションの違いとは

──ビジネスにおいて、コミュニケーションが重要なわけですが、BtoBはBtoCと比べてアプローチも違うのでしょうか?
 たとえば清涼飲料水は、1億2,000万人の全日本人が広告対象になるので、テレビなどのマスコミュニケーションが効果的です。
 でも、日本に数万人しかユーザーのいない走査電子顕微鏡では、1億2,000万人に向けてアピールする必要はないですよね。
 つまりBtoBは客層がマスではない。潜在顧客が集まる場所にピンポイントでフォーカスすることが、BtoBコミュニケーションの前提であり、特徴です。
 だから、大規模なイベント会場で行われる技術展や客先に出向く出張展示会などが、コミュニケーションの場として重宝されてきました。
 それが、インターネット登場前の状況です。
──インターネットが登場して、どう変わったのでしょうか?
 走査電子顕微鏡は1本150円の清涼飲料水のようには売れません。
 価格は1台につき数千万円。用途は多岐に渡り、機能も多様です。利用年数が長いので、サービス品質も重要。購買関係者が複数いるため、幾重ものプロセスを経なければ、購買決定されません。
 となると雑ですが、価格比例で清涼飲料水の10万倍きちん説明しないといけない。納得してもらうためには、相当な情報が必要。これがBtoBに求められるコミュニケーションです。
 いくらでも情報を盛り込め、表現方法も幅広く、かつ多様なユーザーに対して情報の出し分けができるインターネットは、BtoBビジネスにものすごくフィットしています。
 また、面白い技術を開発したけど、顧客がどこにいるか分からない場合でもインターネットが力を発揮します。
──どういうことでしょうか?
 BtoBの技術開発では、何に使えるか分からないけど、優れた技術が生まれることがあります。我々がよく仕事で使う付箋のすぐ剥がれる糊も、失敗から生まれた偶然の産物でした。
 ただ、革新的な技術であっても、どこに潜在顧客がいるのか分からなければ、手当たり次第に営業するのも難しい。
 そこにインターネットを活用すれば、思いがけない用途で検索してきた潜在顧客と出会える。
──なるほど。インターネットがマッチングしてくれるわけですね。
 これは、自動車や化粧品、食品などで使われる色の計測装置を手がけるメーカーの事例なのですが、ある日インターネットを介して漁協から問い合わせを受けました。
 なぜだと思います?
──見当もつきませんね……。
 正解は、海苔の「グレード分け」なんですよ。
iStock / KPS
 漁協では高齢化や人手不足のため、海苔の色、つや、香りでのグレード分けを自動化する必要があったそうで、「色 分析」という検索をきっかけに問い合わせがあったんです。
 漁協だなんて、メーカーにとっては予想もしない出会いだったようですよ。

デジタルコミュニケーションに不可欠な「俯瞰視点」

──イントリックスは、そんなBtoB企業に特化したデジタルコミュニケーション戦略をリードする、コンサルティング及びクリエイティブ企業です。どんなソリューションを提供しているのでしょうか?
 私たちは、Web活用を中心としたデジタルコミュニケーションの支援をBtoB企業に提供しています。
 それには大きく分けて、コーポレートコミュニケーション(CC)と、マーケティングコミュニケーション(MC)の2種類があります。
──それぞれ、具体的に教えてください。
 CCは、自社の認知・理解を得ることがゴールです。
 日本のBtoB企業は、日本市場では知られていても、海外に出ればそこまで認知がないことがあります。
 また、世界の産業は今、大転換期。
 自動車メーカーがEV開発のために、電機メーカーとの関係を強化するなど、これまでとは異なる顧客と取引する機会が増えており、一から自分が何ができるかを説明する必要性が高まっています。
 加えて、BtoB企業自身も新しい未来に向けて業態転換を図っています。精密機器メーカーはヘルスケアに力を入れ、機械メーカーはIoTによるプラットフォーマーになろうとしています。新しい自分を知ってもらう努力も欠かせません。
 CCは、産業の潮流を見据え、どう見られたいのかをはっきりさせた上で、戦略を立てる必要があるのです。
 MCは、アフターサービスも含め、製品・サービスがどのようなソリューションを提供できるのかを伝えるコミュニケーションです。
 製品を購入するのは機械・工場の設計エンジニアや品質保証担当、農家、医者など、職務上の課題解決を望む人。
 BtoCよりも実利への関心が高いので、効果の説明を重視した、合理的なコミュニケーションを取る必要があります。
 事業特性の異なる事業を複数抱える大企業の場合ですと、MCはそれぞれの事業部で主導することになります。
 デジタルコミュニケーションを設計するにあたっては、多様なユーザーに対して、膨大な情報をどのように届けるかを考えねばなりません。
 広告、ソーシャルメディアなど、あらゆるメディアを駆使してこれを実現していくわけですが、デジタル空間のコミュニケーションの母屋となるのがWebサイトです。そこで、戦略立案の要となるのが“俯瞰視点”でサイトを構造化することです。
 たとえば一部上場企業だと、事業部ごとのサイト、スペシャルサイト、採用サイト、子会社サイトなど、日本国内だけで数十のサイトがある。
 それが、進出している国の数だけ存在しますから、グローバル全体では数百のサイトを持つことも珍しくありません。
 私たちはそれらを「グローバルWebサイト群」と呼んでいます。
──なぜ、俯瞰視点が必要なのでしょうか?
 たとえば、コロナの特別給付金では、申請処理が大混乱しましたよね。マイナンバーカードと住民基本台帳が連携していなかったからです。
 さらに各自治体のシステムはどれも同じ機能なのに、約8割が独自開発をしている。日本全体で見ると大変な重複投資です。
 どちらも部分最適で、誰も全体俯瞰で見ていないことが原因。BtoB企業のWebサイト群も全く同じ問題に直面しています。
 サイト間が俯瞰視点で連携していれば、ユーザーにとって使いやすいですし、共通化できればコストも削減できます。
 それは、UI、デザイン、コンテンツ、データ、システムと、Webサイトに必要なすべてのテーマに当てはまります。
 もちろん、なんでもかんでも共通化すべきということではありません。サイト群には“良い”バラバラ“悪い”バラバラの2種類がある。後者は当然直す必要がありますが、良いバラバラのあり方は、各企業の事業や文化、規模によって異なります。
──“良い”バラバラとは、具体的にどういう状態を指すのでしょうか?
 たとえば、グローバルでビジネスを展開する空調機器メーカー。
 日本の場合、夏は暑くて湿気も高く、冬は寒くて乾燥します。しかし、欧米や亜熱帯地域の国々は、日本とは違う気候です。
 つまり、空調機器へのニーズは各国で異なり、当然ながら売れる製品も、売り方も大きく違ってきます。
 地域性の高いビジネスにおいては、商材や商流、各国の企業文化やマーケティングのやり方が違う。その場合は「分権型」がいい。
 一方、電子部品は世界統一仕様のものも多く、基本的にどこでも同じものを売っている。
 だから製品に関する情報は、各国で独自に発信してもらう必要は少ない。本社でWebサイトを作り、それをベースにそれぞれの国向けに現地語化する「集権型」のサイト群が適しているのです。

コロナ禍で急加速するBtoB企業のデジタル活用

──実際にグローバルサイト群の構築はどのように進めるのでしょうか。
 グローバルでの全体構造を検討したのち、クリエイティブコンセプトを定め、会社を表現するコンテンツを制作しながら、世界に向けたサイト群の土台を作ります。
 そして、各国でのマーケティングや、それらを下支えするシステムに取り組む。
 CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)やインフラ基盤、製品情報データベース、MA(マーケティング・オートメーション)、CRMなど多岐にわたるシステムをどう組み合わせるかを包括的に検討します。
──これらが、先程のMCの施策ですね。
 そのとおりです。
 対面文化の強かったBtoBですが、コロナ禍で状況は一変し、マーケティングにおけるデジタルコミュニケーションへの関心が急速に高まっています。
──BtoBにおいてもデジタルマーケティングが必要になってきている、と。
 はい。日本ではファクトリーオートメーションや電子部品業界が先行していますが、アメリカでは昔からもっと広い業種で活用されてきました。
 たとえば、「ジョンディア」のブランドで知られる世界最大の農機具メーカー「ディア」。
 彼らは、農家にトラクターを売っています。ユーザーである農家は自分が持っているトラクターが故障すると、まず同社のサイトにアクセスします。
 サイトではトラクターの詳細な分解図が出てきて、交換が必要な部品を押すと、ECカートが出てくる。視覚的にもわかりやすく要修理箇所を特定でき、そのまま注文すると、すぐに部品が届く。
 広大な北米では、修理に来るのを待つより、部品を送ってもらって直す方が効率的なんです。 ディアは、それを20年前から構築している。
──まるで、BtoBのアマゾンですね。
 それをメーカー自身で実現しているところに、示唆があるんじゃないでしょうか。
 日本と海外BtoB企業のWeb活用には、いまだ大きな差があります。しかし、ようやく日本のBtoBでも、本格的なデジタルマーケティングに取り組む時代がやってきました。
 BtoBには、1社で数十万種類の商品を扱っている企業があります。営業担当は売れ筋のセンサーに関しては商品知識がバッチリで、サンプルも持ち歩いているかもしれません。
しかし、ニッチな部品に関して質問されても、すぐ答えられないし、実物も見せられないはず。でも、デジタルであれば様々な情報ニーズに応えられるわけです。
 BtoBとデジタルはとても相性が良い。既存メディアでは難しかったことが、デジタルならばできるのです。
 もちろん、リアルにしか出来ないこと、リアルの方が優れていることも沢山あります。大事なのは、何をリアルに任せ、何をデジタル任せるべきかをゼロベースで考えることだと思います。
 また今後は、個人情報保護強化で自社サイト外での顧客データ活用が制限されます。その時頼れるのは、自分たちの持ち物である自社サイトです。
 自社サイトの充実化や高度な活用は、すべてのBtoB企業にとってこれまで以上に重要なテーマとなってくるでしょう。
──そのなかで、今後イントリックスはどんな強みを出しながら、支援をしていきますか?
 デジタルコミュニケーションを支援する優れた会社は、すでにたくさんあります。
 ですから同じデジタルコミュニケーションでも、ニーズがあるのに供給が不足しているテーマにフォーカスすることで、お客様のお役に立ちたい。
 それが、「BtoB」「俯瞰視点」「グローバル」です。当社は創業以来12年間にわたって、この3点にフォーカスして、コンサルティングとクリエイティブ、そしてシステム作りの支援を提供してきました。
 勇気づけられる例が身近に一つあります。
 観光で日本を訪れる外国人はこの10年で約5倍になりました。日本自体は大きく変わっていなくても、伝える努力によって観光地としての評価が上がったわけです。
 この例は、コミュニケーションの力を示しています。私たちは伝えることを強化していくことで、日本のBtoB企業でも同様の変革を起こせると信じています。