2021/7/27

【THE MODEL×富士通】8000人の営業組織は、本当に変革できるのか?

NewsPicks Brand Design editor
「営業は個人競技」という時代は終わり、より効率的な営業組織への変革の必要性が叫ばれている。
 その変革を進める企業の一つが、富士通だ。富士通に属するセールスパーソンは、約8000人。この規模の組織変革が一筋縄ではいかないのは、想像に難くない。
 歴史の長い大企業の営業組織変革を、成功に導く秘訣は何か。
 富士通でデジタルセールス(インサイドセールス機能)の立ち上げを推進する富士通グローバルマーケティング本部グローバルGTM統括部 統括部長代理の友廣啓爾氏と、営業組織変革のバイブル『THE MODEL』の著者である福田康隆氏の対談を通して、そのヒントを探る。

変革なくして成長なし

──富士通は現在、営業組織の改革を進めていますね。そもそもこれまでは、どのような営業体制だったのでしょうか。
友廣 営業活動にはそもそも、リスト作成からアポ獲得、提案、商談、契約、そして導入後の保守対応と一連のプロセスがあります。富士通では基本的に、この全てのプロセスを一人の営業が担うスタイルを採用してきました。
営業活動の一連のプロセス
 昨年富士通に入社してから、富士通のマーケティングや営業組織を見てきましたが、これは富士通のビジネスモデルに起因するところも大きいのではと。
 富士通はいわゆる総合ITベンダーで、お客様に対して様々なITソリューションを組み合わせてご提案し、企画から開発、保守、運用までを一貫してご提供します。
 ですから、受注後もお客様先にシステムエンジニア(SE)が常駐して、数ヶ月、数年単位で支援させていただくケースも多い。
 つまり、ひとつのプロダクトを売るというより、社員のスキルや能力を売る感覚に近いんです。結果的に売り方も属人化し、営業も一人が一貫して担うスタイルが定着していました。
 ITソリューションの需要が旺盛で、業績が右肩上がりだった時代はそれでも良かったのですが、これからの時代は新たな成長領域を探し、さらなる価値をお客様に提供していく必要がある。
 そう考えたときに、一人の営業が全ての工程を網羅する従来型よりも、プロセスを最適に分業するスタイルの方が適している
 分業して専門性を磨けば、生産性が上がりますから、そこで生まれた余剰の時間や人材を活かし、グロース領域に注力していきたいんです。
 その考えのもと、富士通は昨年から営業組織の改革に着手。分業体制の土台を築くとともに、デジタルとの融合を念頭に「デジタルセールス」と名付けてインサイドセールス機能の実装に取り組んでいます。
 この取り組みは、営業改革を担うチームと私たちマーケティング部門がひとつのチームとなって取り組んでいます。第一線で活躍する営業の方も、参画してくれています。
福田 確かに富士通のように、既存のお客様とすでに強固な関係が築けており、営業人材が豊富にいる組織では、「なぜあえて今のスタイルを変える必要があるのか」と思う人もいるかもしれません。
 ですが、一人の営業が全ての工程を担ういわゆる「先発完投型」では、企業が成長し続けるのは難しくなります。一人で全ての業務をこなせる優秀な人材の確保は困難ですし、売上の成長率に比例して人を増やし続けるのは、現実的ではないですよね。
 企業とは、そもそも様々な部門が存在することからも分かるとおり、分業体制で成り立っています。しかし、なぜか今でも営業だけが「先発完投型」が是とされることが多いのです。
友廣 そうなんです。営業組織の人数を増やせばもちろん売上は上がるのですが、営業利益率は人数に比例して上がるものではありません。売上だけでなく、利益率を高めていくことが、長期的に成長を続けるためには不可欠だと考えています。
取材は、今年5月にリノベーションした富士通本社で行った。
福田 組織としての継続性は、大きなポイントですよね。
 たとえば顧客との強いコネクションがあり、自社製品の知識も豊富で、商談の進行もうまい優秀な営業が大きな売上を作っていれば、今は売上目標には到達できているかもしれない。
 ですが、その人が明日辞めてしまう可能性もあります。これは極端な例ですが、そんな状態になれば、一気にリスクが生まれてしまいます。
 強い営業の存在は不可欠ですが、個に依存せず、仕組みでカバーすることは持続的な成長を続けるためには欠かせないのです。
友廣 世界でいわゆる成長企業と言われている企業は、前年比30%増というレベルで成長を続けていますよね。逆に言えば、そのスケールで成長し続けないと、世界から取り残されてしまうということ。
 だからこそ富士通も、「既存の売上をどう維持するか」という視点はもちろん持ち続けながら、「さらに成長するためにどうすべきか」という側面を強化していきたいのです。
取材は、今年5月にリノベーションした富士通本社で行った。

THE MODELは分業の話ではない

── 福田さんは、営業組織の生産性を高めるフレームワークを解説したベストセラー『THE MODEL』の著者ですが、THE MODELはSaaS企業だからこそうまく機能するのでは、との見方もあります。富士通のように、多様なソリューションを組み合わせ、SEのスキルと一緒に売るような営業組織にも、THE MODELは応用可能なのでしょうか?
福田 THE MODELは、どんな業態の企業にも応用可能だと思っています。
 そもそも多くの方が「THE MODEL=マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの分業」と捉えていますが、それは私の意図とは異なるんです。
── え、そうなんですか。
福田 THE MODELを一言で表すなら、「人材リソースの最適な配分」の考え方です。SaaS企業を例にマーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの4つの役割を紹介していますが、大事なのは「なぜそのような分業体制が生まれたのか」という背景や思考プロセスの方です。
 ですから、危険なのは型通りにやろうとすることです。たとえば、カスタマーサクセスの仕事として一般的に期待されるのは、契約更新や活用支援、顧客単価を向上させるアップセルなどがあります。
 しかし、アップセルには営業的な要素もあり、活用支援とは仕事の性格も異なります。両方得意な人は決して多くありません。
 そこで「カスタマーサクセスの仕事内容はこれが正解だ」と教科書通りに当てはめようとしても、そのような人材がいなければ仕事は回りません。
Getty Images / VioletaStoimenova
 その全てを担える人材がいないのであれば、無理にカスタマーサクセス部門として統合する必要はなく、アップセルは親和性の強い営業が引き受けて、活用支援は別の人が担当する方が現実的です。
 限りある人材リソースの力を最大限発揮して、高い目標を達成するためには、営業プロセスのどこに、どう人材を投入するのが適切なのか。
 その時の人材やビジネス環境によって、リソース配分をチューニングし続けるための考え方を理解してほしいというのが、THE MODELで伝えたかったメッセージです。

ボトルネックを可視化せよ

── THE MODELは、分業というよりリソース配分のフレームワークで、どんな営業組織にも応用可能であると。ですがその最適なリソース配分は、どのように導き出せるのでしょうか。
福田 営業プロセスの中で、「何がボトルネックになっているのか」を探すことが、最も重要だと思います。
 たとえば今、一人の営業が全てを担っているのであれば、そのプロセスやタスクを詳細に分解・可視化して、うまく機能していない箇所を抽出するんです。そのボトルネックを解消するには、どうしたらいいだろうかと考える。
 そもそもインサイドセールスという部署も、ボトルネック解消の過程で生まれたんです。
 インサイドセールスという概念が生まれる前は、マーケティング部門がセミナーなどで獲得したリードを、そのまま営業に渡していました。
 でもそのリードは、何となく興味があるだけの企業から、今すぐに導入したい企業まで温度感がバラバラで、営業に行っても無駄打ちになることも。
「もう少しリードの見極めができていれば、訪問しなくても済んだのに」という課題意識から、それを解消するための部署として、アポイントではなく商談見込みまでをカバーするインサイドセールスが生まれたのです。
インサイドセールスの役割
友廣 ボトルネックの可視化は、富士通でも今まさに取り組んでいます。
 正直に申し上げると、富士通のような大きな組織は、少なくとも「人が足りなくて困っている」という状態ではないんですね。その状況で組織体制を変えることに、社内から疑問の声が上がることもあるんです。
 ですが、人材が足りているから困りごとがひとつもないのかと言えば、全くそんなことはありません。
 現に営業メンバーにアンケートを実施したところ、「お客様との商談セッティングまでに、膨大な時間を使っている」「コロナになり、お客様との接点をつかみづらくなった」など、様々な課題が浮かび上がってきたんです。
 こうしたボトルネックを解消する目的で、昨年デジタルセールス(インサイドセールス機能)を立ち上げ、PoC(Proof of Concept)を繰り返しながら、改善と規模拡大に努めています。
ボトルネックの課題に応じてデジタルセールスを設置
福田 ボトルネックが可視化されることで、社員の皆さんの組織変革に対する納得度も高まると思います。
 インサイドセールスを立ち上げたとのことですが、富士通の営業組織改革は今、どんなフェーズにあるんでしょうか。
友廣 2020年から本格的に取り組んでいるのですが、フェーズとしてはまだ一合目です。まず第一歩としては、ほとんど整理できていなかった、営業のジョブ・ディスクリプションを作成することから始めました。
 そして現在は、社員の要望も聞きながら、インサイドセールス機能の運用とあわせて、約8000人の営業メンバーの配置の最適化を進めています。
 互いの仕事を見える化し、部門同士が協力できる体制を作るために、CRM(Customer Relationship Management)の見直しもあわせて早急に進めています。

分業は「スペシャライゼーション」だ

友廣 私は営業のプロセスを分業化することで、一人ひとりの営業のスキルアップにも繋がると考えているんです。福田さんがTHE MODELを日本に持ち込んだ際は、社員の皆さんにその利点をどう伝えていたんですか。
福田 まさに私も、営業内で様々な部署を経験できることは、専門性を磨き、営業のキャリアパスを広げることに繋がると考えています。人は同じリズムの仕事を繰り返し実行することで習熟度が増し、効率も上がっていくためです。
 米国のSaaS企業では実際、インサイドセールスが営業職の登竜門になっているケースが多い。その理由は、「インサイドセールスは営業より簡単だ」という上下関係の話ではなく、中長期的視点で人材育成を考えているからです。
 一定の関心があるリードをフォローすることにより、お客様の典型的な課題、製品の機能、オブジェクションハンドリングなどを日々の業務を通じて集中的に学ぶことができます。
 次は、ターゲットした企業に対してアウトバウンドでアプローチする新規開拓型のBDRに配属。その後営業に異動してクロージング力を身につけ、さらに大手企業を担当して複雑性の高い商談を進めるスキルや特定業界にフォーカスする。
 このように営業に必要なスキルを、仕事を通じて学んでいける。そんなキャリアパスが構築されているのです。
友廣 なるほど。富士通では、営業の皆さんの肩書きを、営業から「ビジネスプロデューサー」に変更したんです。
 富士通は全社としてDXで社会課題を解決していくことを掲げていますが、営業としてもただモノを「売る」のではなく、ビジネスを創りお客様に価値を届ける意識を持っていこうと。
福田 そういったマインドチェンジは重要ですね。
 日本語で「分業」というと、「分断される」という少しネガティブな印象もありますが、同じ意味の言葉が英語の本には、スペシャライゼーション、つまり「専門化」と書かれています。
 自分の担当が終わったら次の工程に渡して終わりではありません。各自が専門性を高めることにより、組織全体のパフォーマンスを最大化していく。そう捉えると、営業組織変革の受け止め方も変わってくるのではと思います。