2021/7/8

【大手4社】実録、あの大企業の「DX」現場奮闘記

AlphaDrive / NewsPicks for Business エディター / コラムニスト
DX推進を巡って、現場では社員たちが試行錯誤を重ねている。
ある日「今日から我が社もDXだ」と言われ、右も左も分からないままとにかく情報収集と戦略作りに専念する。手探り状態で始めたDX、終わりの見えない闘いだ。
一方で、すでに少しずつ光明が見えてきている企業がある。
数々の企業のDXを手がけてきたKaizen PlatformとNewsPicks for Businessがコラボし法人向けに共同開発した、DX人材育成プログラム「DX Academia」のスタートを記念した6月7日のイベントより、後編として、DXの現場のプロたちによるそれぞれの奮闘を紹介する。
前編では、Kaizen Platform代表取締役須藤憲司氏と、NewsPicks執行役員でAlphaDrive 代表取締役社長兼CEOの麻生要一氏による講演を紹介した。
【須藤憲司×麻生要一】DX成功の思考法と、3つのアプローチ
前編で麻生氏が強調したように、DXに教科書はない。必要な学習の一つは「他社事例」から学ぶことである。日本の大企業のDXの現場では一体、どのようなことが起きているのか──。

東急不動産、「変化を当たり前に」まちづくりと組織風土のDX

大手企業が取り組むDX最新事例を徹底解剖する。東急不動産からは、宮城貴紀氏と眞明大介氏がDXの先駆者として登壇した。
0から1を生み出した東急不動産の「地道な」DXとは。
東急不動産ホールディングスでグループ全体のDX推進を担う宮城氏は2019年当時、経営層に初めてDX推進について相談したという。
「当時DXやデジタルは経営課題として挙がっていませんでした。返ってきた言葉も、『デジタルってそんなに大事なの?』と。当時DXに詳しい人は誰もいませんでしたが、幸い経営陣たちは『同業他社がやってるならとりあえずやってみろ』という反応で、東急不動産ホールディングスのDX推進が動き出しました」
東急不動産ホールディングス株式会社 グループDX推進部 兼 グループ経営企画部 兼 東急不動産株式会社 DX推進部 兼 経営企画部 係長 宮城貴紀氏
今では全社方針として、環境経営に加えてDXが高々と掲げられている。
今当時を振り返り、「DXにおいて最も大事なことは、コーポレートと事業部、双方両輪で進めていくことです」と語った。
東急不動産ホールディングス株式会社「GROUP VISION 2030」より
「知識もなく専門家もいない状態だったので、とりあえず事業部を含め様々な方にヒアリングを行うと、意外と『DXの芽』が社内に埋もれていることがわかりました。具体的に何で困っているのか、どういうものがあれば障壁なく仕事を進められるのか……。とにかく丁寧に社内の人に課題を聞くことを心がけました」
ヒアリング結果を基にコーポレート側として、DX推進の枠組み作りに活かした。特に若手・中堅社員の中には課題に気づいている人が多いといい、彼ら、彼女らに知恵を借りた。「これがDX推進をより現実にするための一番の方法なのかなと、ヒアリングを重ねながら思いました」。
「枠組みをつくるところまではコーポレートがする。それをもう一回現場に下ろすというサイクルに対して、各所で反発や懸念の声などはありませんでしたか?」という麻生氏の質問に対し、宮城氏は「おっしゃるとおり、コーポレートとしての『優等生的なやり方』で進める一方で、『やんちゃなやり方』も必要であると次第にわかりました」と語った。
やんちゃなやり方とは一体どういうことなのか。眞明氏は「2019年当時に宮城と話し合いましたね」と振り返る。「特に、コロナ過の昨年度がターニングポイントでした。宮城が社員にDXをイメージさせる先導的な取り組みが必要だと言い、各事業部の人を指名したプロジェクトがスタートしたおかげで、話が前に進み始めたのだと思います」。
コーポレートが各部署の担当者と丁寧にコミュニケーションをとりプロセスを共有しながら地道に取り組む一方で、「やんちゃなやり方」と言われているように思い切って決断を下し、先行的な取り組みを始めてしまう必要がある時もしばしばある。
東急不動産が手がける都市のプロデュースにおいても、眞明氏が所属する都市事業ユニット スマートシティ推進部がまさにDXに取り組んでいる。
東急不動産株式会社 都市事業ユニット スマートシティ推進部 イノベーショングループ 兼 都市事業ユニット 都市事業本部 渋谷プロジェクト推進第一部 グループリーダー 眞明大介氏
「街づくりのDXとは何か。スマートシティの議論においてはデータ活用がメインになりがちですが、東急不動産なりの解釈としては、『あくまでコンテンツやサービスが中心でありデータ活用はそれを支えるものである』という整理になっています」
現在は渋谷駅桜丘地区の再開発に取り組んでいるといい、「世界中、明確な定義を打ち出しているスマートシティはありません。そんな中、当社なりのスマートシティを他社と差別化できるようにどう打ち出してくかがポイントであると考えています」と眞明氏は語った。DXの文脈で、コンテンツやサービスを中心とした都市を作ろうというのがユニークである。
東急不動産ホールディングス株式会社「GROUP VISION 2030」より
そんな東急不動産のDXの目的とは。宮城氏はこう述べた。
「当初から我々のDXの目的は『組織風土の変革』です。働き方、お客様へのサービスの提供の仕方、ビジネスモデル、全てが当たり前に変化する。その変革の手段のひとつとして、『デジタルを当然に使っている状態』、そういった組織になることが当社のDXにおけるゴールであると考え進めています」
どのように推進しているのか。「変革の主体、主役は、お客様と事業のことを最も考えている現場の社員です。それを会社がどうバックアップしていくのか。経営陣がコミットするような進め方が必要で、できるだけ多くの方を巻き込んで進めています。あと大事なのが、『現場からの与信がある人』に旗を振ってもらうことです」と宮城氏。
須藤氏は宮城氏の話にDX推進のポイントがあると指摘した。
「現場からの求心力はかなり重要なファクターです。他社事例や専門書をそのまま実行してもダメ。自分たちの組織だからできるDXじゃないと『絵に描いた餅』になっちゃうんですよね。現場の求心力って、実は非常に重要なキーワードです」

「印刷屋」からのトランスフォーメーション。DNPの革新的DX

大日本印刷(DNP)は印刷を主軸とするビジネスから大きく業態変革を迫られている企業の一つであり、業務プロセス自体も変革を行なっている。そのポイントはどこにあるのか。
大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部 DXセンター プロモーション本部 プロモーションDX企画開発部 部長 嶋岡立行氏
「情報コミュニケーション」領域で、DX推進に取り組む嶋岡氏。印刷会社でありながらDXにおけるメインの課題は「印刷物」であると葛藤する中、何をどのように変えていくべきか試行錯誤を重ねてきたという。
「DNPでは印刷データを活かして素早く広告動画を作成する『動画チラシ広告サービス』を2年半前にリリースしました。サービスのネーミングですが、もともと我々は印刷屋だったので、わかりやすいように『チラシ』という言葉を使ってみました。現在動画化案件で最も多いものは、生損保業界や金融業界の非対面セールスにおけるセールスシートの動画化などです。生活者が普段見るマニュアルを動画化したものもあります」
DNPはKaizen Platformと2019年2月に資本業務提携し、DXを推進しながら嶋岡氏が述べたような動画を作ってきた。その動画は社内では「KAIZEN動画」と呼ばれており、その存在は社内外に定着している。
「実はこのサービス、折り込みチラシの考え方と一緒です。新聞がマス広告と言われたのは、配荷するスポットがどんどん増えたからですよね。そこを特定して、必要な世帯数のところに折り込みチラシを入れていく」と嶋岡氏。
折り込みチラシには商品の魅力はもちろん、問い合わせ先などの情報が載っていたり、クーポン券が付いていたり、様々だ。それらの特典にアクセスをして、より多くの人にサービスを受けてもらえる導線となっていることは、いまスマホ広告に求められていることの下地にあたる。
麻生氏は「動画チラシ広告」という名称が秀逸であると指摘。
「普通なら、新たなサービスのネーミングは『DNPエリアターゲティングソリューション』など、横文字で名付けてしまいがちです。顧客と社員、みんなの理解が促進されるネーミングはDXにおいても良いポイントかもしれませんね」
DXはただでさえ抽象的で捉えにくい概念であるからこそ、新サービスやプロジェクトの名称はよりわかりやすくする。細かい点かもしれないが、誰もがわかる名称をつけることは非常に重要なことなのだ。
さらに嶋岡氏は、社内の業務改革について、「従来の業務フローをなるべく変えないで、最小の負荷で最適化を実現できるよう進めること」が須藤氏から得た貴重な学びであると語った。
約3年前からDNPとKaizen Platformは一緒にDX推進をしてきた。
Kaizen Platformの須藤氏自身も実は、DNPとの提携を通して多くを学んだそうだ。「何かをデジタル化する時、今の業務を変えるって結構大変なことなんです。既存の業務なのに、新たに『デジタル担当』を置かないといけなくなるのも、大きな手間です。僕自身印刷データを使って動画を作る過程を目にして、いかに既存の業務フローを変えずにDXをするかが肝であると実感しました」
DNPは事業のDX化だけでなく、DX実装の環境である、既存事業の理解促進や、組織全体におけるDXも同時に行ってきたのである。

電通が生み出した、顧客企業への「ABCDX」とは

電通の加藤氏は、顧客企業のDXを手がけている立場だからこそ見えるDXの課題を紹介した。
「電通が提供する価値は顧客の体験をどう描き、その中で顧客企業の課題をどう解決していくか。これを実現していくために、社内では『ABCDのX』を連鎖させながら事業を進めています」
株式会社電通 トランスフォーメーション・プロデュース局 エグゼクティブDXディレクター加藤剛輔氏
ABCDとは、何を指しているのだろうか。次の図版を見ながら、加藤氏の解説を紐解いていく。
「事業成長のために顧客体験(CX)を描き、その中で広告も進化(AX)させながら理想の顧客体験を実現していく。さらに顧客体験を変革できるよう、マーケティングの基盤をデジタルトランスフォーメーション(DX)でどう作れるか考える。AX、BX、CX、DX、それぞれトランスフォーメーションしながら、顧客企業の持続的な成長を実現するのが我々のゴールです」
顧客企業が大きな課題に直面した際は、往々にしてビジネス自体の変革を迫られている。そこで事業全体の変革(BX)の視点で新しいビジネスとその成長の仕方を考える必要があると、加藤氏は説明する。
株式会社電通より
須藤氏は顧客のDXに取り組むうえで最も苦労する点について質問した。加藤氏は「顧客企業内で、ビジョンを広範囲に共有すること」であると答えた。つまり──。
「顧客によっては、我々の専門である広告の部門と向き合うだけで良い時もあります。しかし場合によってはIT部門など、普段我々がコミュニケーションをとる機会がない部署を巻き込む必要があります。つまり、クライアントのビジネス全体にうまく伴走できる人材を、電通の中でもっと増やさねばならないのです」
次ぐ麻生氏の質問は「普段『ABCD』の、どこから取り組むのですか?」。
これに対し加藤氏は「ケースバイケースですね」としながらも、ポイントは「CX」、顧客体験であると答えた。「CXを描きながら、広告も進化させる。サイクルを回すことでどんどんデータが貯まってくるので、データを基に仮説を立てます。インサイトを持って、次に何をすべきか整理するのです」。
DXの強みは「仕組み化」できることである。ABCDXが全て実現できると、高速でビジネスを変革することができる。これが電通が広告の枠を超えて取り組んでいる「顧客のためのDX」である。

属人的な営業現場を可視化、三菱食品の発見

三菱食品では、営業職をターゲットとした次世代の営業スタイルをつくり始めている。
三菱食品の主幹事業は卸売。食品流通の過程で、製造や小売業、スーパーマーケットなどの間に立ち、馴染みのある多くの食品を扱っている。
三菱食品は数ある職種の中でも特に俗人的な業務の多い営業を敢えてターゲットとし、「次世代の営業スタイル」をつくるためプロジェクトを始めた。大きく3つに整理しているそうだ。
営業現場のDXプロジェクト
① 課題の洗い出し
② 営業の可視化
③ 将来設定
林氏は「課題の洗い出し」から説明した。
「まずは課題を見つけた背景からお話しします。問屋や卸売業は130年以上も続いているところがあり、古き良き営業スタイルを継承しています。しかし、今も昔も、効率化をきちんと考えて体制を改善しています。さらに効率化や生産性を上げようと、日々一生懸命、どこが伸び代か考えています」
三菱食品株式会社 デジタル戦略本部 営業DX推進オフィス室長 林拓人氏
課題と改善法を模索する中で、DXによりもう一度このプロジェクト化を見直すことになった。そこで見つけた課題が「プロセスと組織と情報の属人化」だった。
「僕らにとっては属人化はある意味誇りでしかなかったのですが、よく見直してみると非効率な点が多いのです。たくさん業務を抱えている人がいれば、そうでない人もいる。これらの課題を洗い出した後、打ち手を決めるために2つ目のポイントでもある『営業の可視化』を徹底的に行うことになりました」
まずは4名から「営業の可視化」を始め、半年後には30名に規模を広げた。業務の効率化や営業組織の変革など、とにかくコツコツ取り組んできたと振り返る。
「営業の可視化とは、何をどう可視化したのですか?」。麻生氏が質問した。
「ここは山手線ゲームのように」と林氏。「営業の社員4人と私で部屋に缶詰めになって、チームで業務を一つずつ挙げてみました。『メーカーへの電話』、『メーカーに電話したら何を聞く』、『見積もりをもらう』といった感じです。どんどん順番に洗い出していくことで、徐々に課題をグルーピングし業務プロセスを可視化しました」。
林氏は続ける。「3番目は『将来目標設定』です。ここで注目いただきたいのが、具体的な目標がまだ当社では未定なところです。我々は俗に言う『アジャイルマネジメント』で進めていて、可視化の時点でしっかり土台をつくっていかないと、営業の『あるべき姿』は見えないからです」
「次世代の営業スタイル」はまだ未定。ただ、このやり方でいけば必ず「効率化」を実現できると林氏は信じている。
「取り組んでみてわかったことは、カッコ良い価値づくりの前には『泥臭い変革』が必要であるということです」
林氏は社員とプロジェクトを通して議論する中で、「DXは、泥臭いトランスフォーメーション」ではないかと気づいたと、実感を持って語った。
この点、須藤氏も大きく頷いた。「確かに営業の可視化は泥臭い。例えば、顧客が電話とFAXをいまだに使っているところだと、その商習慣ごと変えてかないと自社でもデジタル化がうまくワークしませんしね」
自社だけがデジタルツールを巧みに使いこなせても意味がない場合もある。取引先と同じツールでデータを共有できたり、コミュニケーションをとれたり、とにかく関係者たちもデジタルに慣れておく必要があるのだ。
とにかく泥臭く変革していくことが、デジタルトランスフォーメーションには欠かせない。

DXを追求。他者から学び続け、自社にカスタマイズせよ

それぞれの現場には、まさに「泥臭い」過程があった。いずれの企業も、初めからDXに精通した人材がいたわけでもなく、運よく自社に合ったいい教科書を見つけたわけでもない。
試行錯誤を重ね、今の「自社に合ったDX」を追求しているのだ。
イベント当日は視聴者から多くの質問も寄せられた。「社内でDXの必要性と理解を巡って悪戦苦闘する日々が続いているが、どのように裾野を広げていったか」「DX人材に必要なスキルとは」……。どれも白熱の議論となった。
各社アプローチや目的は全く違えど、最終的に「組織の課題」に向き合うところにDXの肝があった。
他社から学べ。前編の麻生要一氏の言葉でもあったように、DXを導入するためにまずは他社事例を参考にしながら、今日から自社で何ができるか、どこからDXを始められるか、考えていきたい。