2021/7/7

テレビCMは慎重に。スタートアップに効く「運用型テレビCM」の勝ち筋とは

NewsPicks Brand Design ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 6月10日、ラクスル株式会社の最新の決算発表が注目を集めた。
 運用型テレビCMサービス「ノバセル」の事業が異例の好業績だったのだ。
 2020年の売上高が32億円だったのに対し、2021年は第3四半期だけで26億の売上をあげている。この急成長はネット上でも話題を呼び、ノバセルの好業績に驚く声が次々とツイートされた。
「ノバセル」は、印刷・集客支援の「ラクスル」、物流の「ハコベル」に続く、第三の新規事業として誕生した。
 2018年に「ラクスル」の集客支援サービスの一環としてサービス提供を開始し、運用型のテレビCMを可能にするプラットフォーム「ノバセル」を正式リリースしたのが2020年4月。
 つまり、以下のグラフを見ると、3年で6倍以上の成長を遂げたことがわかる。
 現在ノバセルの累計CM制作本数は1200本以上、2021年6月にはADKマーケティング・ソリューションズと業務提携契約を締結。
「テレビCMの実施調査」に関するインターネット調査の結果、テレビCM効果可視化ツールにおける「認知度」、「利用度」、「利用意向度」の3つにおいて1位に選出された。
 NewsPicks読者のなかには「テレビ産業/広告は衰退しつつあるのに、なぜテレビCMサービスが伸びているのか」と疑問を抱く人もいるかもしれない。
 実は、テレビは依然として「強い」マスメディアだ。
 総務省の令和2年「情報通信白書」によると、2019年時点で30代まではテレビ視聴の平均利用時間をネット利用が上回るものの、40代から60代ではまだテレビ視聴の利用時間のほうが長く、主要メディアのなかでは1位である。※1
 そして、新型コロナウイルス感染拡大の影響で自由時間が増えたと感じる人にその利用方法を聞いたところ、全体で「テレビ視聴」が最も多いという結果が出た。※2
 テレビCMの市場はどうか。たしかに、2018年から日本のテレビ広告費は減少しており、2019年にはインターネット広告費に抜かれた。
 しかし2020年度は、コロナ禍でテレビ広告費全体は落ち込んだものの、テレビCMの新規出稿企業数は過去最多を記録している。
 この結果は、従来のような大企業だけでなく、スタートアップ企業のテレビCM出稿が増加していることを示している。
 そして、スタートアップ企業の多くが利用しているのが、ノバセルが開拓した「運用型テレビCM」サービスなのだ。運用型テレビCM市場は今後も伸長し、2025年には2020年の約18倍の920億円規模に拡大すると予測されている。※3
 そもそも「運用型テレビCM」とはなにか。
 なぜ爆発的な売上の伸びを示したのか。
 スタートアップ企業にも効果があるのはなぜか。
 ノバセル事業を大きく成長させた立役者であるラクスル株式会社取締役CMO兼ノバセル事業本部長の田部正樹氏に話を訊いた。
※1 総務省「令和2年版 情報通信白書」第2部 基本データと政策動向 第5章 第2節
※2 Mediabrands「Media in MindTM2020 デジタルメディア調査」より
※3 運用型テレビCM市場規模推計・予測 2020-2025(テレシー/デジタルインファクト)
INDEX
  • 50億円以上を投下した全ノウハウをサービスに
  • 1発オリエン&プレゼンは精度が低い。広告も「アジャイル型」で開発すべき
  • テレビCMを打つのは、プロダクトを磨き込んだ後

50億円以上を投下した全ノウハウをサービスに

──まず、ノバセルの事業である「運用型テレビCM」とはなんでしょうか。
 デジタルマーケティングとマスマーケティングの手法をかけ合わせた、ハイブリッド型のテレビCMです。
 デジタルマーケティングでは、効果を可視化し、データに基づいて出稿量や出稿メディアを変化させ、改善を続けていきます。
 この手法を圧倒的なリーチをとれるテレビCMに応用し、CMのコンセプト、クリエイティブ、放送枠を細かくチューニングして、効果を最大化しながら「運用」していくのです。
 そういったテレビCMを、我々は「運用型テレビCM」と呼んでいます。
1980年生まれ。大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年テイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、2016年10月から現職に就任。2018年より、これまでのラクスルの成長を約50億円かけてドライブしてきたマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業を立ち上げ、事業責任者を兼任している
──テレビCMは効果測定が難しく、デジタルマーケティングのベースとなるデータが正確にとれないのではないでしょうか。
 その問題は確かに存在していました。ウェブ広告の場合は、広告に接触した人の反応や態度変容を、クリックや購買といった行動を追うことで可視化できます。
 一方テレビCMは、延べ視聴率などは測定されてきたものの、CMの視聴者がどのような行動をとったか紐付けできない。それゆえに、効果測定が難しいと考えられてきたのです。
 しかしテレビCMも、スマホの登場以降はアクセス解析ツールを使って視聴者の反応を追跡できるようになりました。
 CMが流れると、その企業や商品・サービスのウェブサイトへの流入や、その会社、商品・サービス名での検索が増えます。CMが流れる15〜30秒間、およびCMを見た数分以内にウェブサイトに何人誘導できたかは、数値として可視化できるのです。
──そうした知見は、どのようにして積み重ねてきたのでしょうか。
 すべては、自社でテレビCMを放映した経験から得たものです。ラクスルは2014年から2020年の6年で、売上高が7億円から215億円へと成長しました。その成長の大きなドライバーが「テレビCM」です。
 無論、すべてのテレビCMが成長につながったわけではなく、なかには効果が出なかった施策もあります。今まで約50億円以上をテレビCMに使い、実践してきた成功と失敗、すべてをノウハウ化して詰め込んだサービスがノバセルなのです。
 ノバセルというサービスを発想した原点は、「ラクスルを急成長させたマーケティングノウハウを、ノウハウ無き他の企業に提供する」です。
────50億円は大変な額ですが、約30倍の成長を達成したのならば、絶大な効果があったと言えますね。
 ラクスルがテレビCMの放送を開始したのは、2014年7月。売上高7億円の規模でテレビCMを放送するのは、非常に大きな投資です。ただ認知度が上がるだけでは費用を回収できない。
 どうにかしてテレビCMの効果を可視化し、効果の理由を明確にした上でPDCAをまわし、再現性を高める必要がある。
 そして実際にやり始めると、「ラクスル」という単語の検索数が、テレビCMによって20倍以上に増えました。ラクスルというブランドの認知度が上がり、印刷のニーズが生まれたときに「ラクスル」と検索していただけるようになったのです。
 一方で、課題も明らかになりました。分析に時間をとられるということです。CMを放映し始めた当初は、Google Analyticsを使い、手作業でアクセス数の変化などをデータ化し、分析していました。
 これは大変な作業で、毎日CMが流れる時間にテレビを視聴し、分単位のデータと突合していかなければいけません。
 そこで、作業を自動化することにしました。それを汎用性のあるツールに落とし込んだのが「ノバセルアナリティクス」です。このツールは昨年、特許も取得しています。

1発オリエン&プレゼンは精度が低い。広告も「アジャイル型」で開発すべき

──ノバセルアナリティクスでは何ができるのでしょうか。
 ノバセルアナリティクスは、テレビCMの効果を地域別・クリエイティブ(内容)別、放映番組別に可視化する分析ツールです。
 CMが流れた瞬間に、その番組での反応はどのくらいあったか、その前に流れた番組とどのくらいの差があるのか、AとBどちらのクリエイティブの反応がいいのか、といったことをダッシュボードで確認できます。
 リアルタイムで効果が確認できるので、そこから仮説を立て、「クリエイティブの素材を変える」「土曜日の午前中の効果が高いから、そこに合わせてウェブマーケティングを投下する」など、すぐに次の手を打つことができるのです。
 また、ノバセルアナリティクスの本質的な価値は、ユーザーの動きをつかめることだと思います。
──ユーザーの動き、とは?
 例えば、ラクスルだと月曜日の朝にテレビCMを流してもなぜか毎回効果が出ませんでした。でも、他の平日朝は良い。
 なぜなのか考えた結果、月曜の朝は全社会議等で早朝から出社する企業が多いのではないか、という仮説が生まれた。実際にお客様にヒアリングしてみるとこの仮説が検証できました。だから、月曜日は1時間早く放映することにしたのです。
 また、ノバセルをご利用いただいているブランドバッグレンタルサービスの「ラクサス」様のケースでは、ドラマでCMを流すと反応率が突出して上がるということがわかりました。
 ここから、ドラマが好きな消費者はブランドバッグレンタルサービスに興味を持ちやすい、という仮説が立てられます。行動パターンや生活スタイル、どういった嗜好をしているのかということがCMへの反応からわかってくるのです。
 それをもとに、CMにとどまらず全体のマーケティング戦略を修正したり、立て直したりすることも可能なはずです。
──仮説を立て、それに基づいて次の手を打ち、結果を検証し、また仮説を立てるというサイクルをまわしている。
 しかも1周だけではなく、効果が最大化するまで短期で何度もまわします。こうした広告の作り方を、私たちは「アジャイル型広告開発」と呼んでいます。
──アジャイルは、ソフトウェア開発に端を発する、少人数で迅速にプロトタイプを改善していく開発手法ですね。
 それと反対なのが、従来の広告業界のコンペ形式です。広告を発注する際、広告主がオリエンテーションを行い、それを受けて複数の広告会社がプレゼンテーションし、そのなかから1案を選ぶというのが主流です。
 しかしこれでは、成功確率が低いと考えています。
──どういうことでしょうか。
 この場合の「成功」は、事業KPIに効果の出るCMを制作する、ということ。
 1回のオリエンしか聞かないで制作した、コンペに勝つためのCM案の精度が高いわけがない。依頼する会社を1社に決め、広告制作側とクライアントがコミュニケーションをとって、少しずつアウトプットの精度を上げていくほうがいいはずです。
 そう考え、ノバセルではクライアントと密に連絡を取り合って、制作を進めるようにしています。
──ノバセルではどのような制作過程をたどるのでしょうか。
 まず広告メッセージの精度を上げるために、クライアントのお客様へのインタビューを行います。そこで、なぜこのサービスが選ばれているのかを徹底的に理解します。この過程でそのサービスを深く知るので、ファンになってしまうことが多いんです。
 ノバセルではさらに、「お客様にならなかった人」へのインタビューも実施します。「なぜそのサービスを使わないのか」「現状のAではなくBというコンセプトだったらどう思うか」といった掘り下げ方をする。その情報をもとに仮説を立て、CMに落とし込んで放映し、検証します。
──すべての案件でそこまで丁寧に進めるのでしょうか。
 ほぼすべての案件でこうした制作過程をとります。広告業界において、我々は特殊なのかもしれません。
 我々は事業会社でもあるので、事業会社のマーケターとしてはユーザーインタビューなどをやるのが当たり前、という感覚なのです。

テレビCMを打つのは、プロダクトを磨き込んだ後

──BtoBの企業でもテレビCMの効果が出るというのは意外でした。
 ラクスル自身の成長でそれが証明されていますし、お客様でいうと建設業向けの業務効率化アプリの「スパイダープラス」様も急成長されています。
 まず、BtoBは顧客単価がBtoCより断然高い。小さな契約を100件とるよりは、大型案件を1件とるほうがいい場合すらあるのです。CPA(顧客獲得単価)の許容額が全く違います。
 そうなると、テレビは40代以降の視聴率が高いので、法人の決裁者にリーチする可能性が高い。
 SaaSなどのBtoBプロダクトでは、担当者は導入したいけれど決裁者が却下する場合も多いのです。しかし、CMで見たことがあると採用に結びつきやすくなる。
 BtoBのテレビCMは単に認知をとるだけでなく、安心感の醸成や最終決裁者へのアプローチ、前段のセミナーへの集客などさまざまな目的を持って使われます。
──スタートアップ経営者がテレビCMを検討しているとしたらどんなアドバイスをされますか。
 あえて言いますが、「テレビCMは慎重に考えてください」ということです。
 御社のサービスやプロダクトが顧客に充分な満足を与えているかどうか、改めて確認してください。選ばれる理由は既にあって、デジタルマーケティングを通じてニーズのある人には買ってもらえている。あとは広く世の中に知られるだけ、という状態になっていないと、テレビCMを打っても効果は出ません。
 もう一つは、テレビCMを初めてやるときは経営イシューとして考えたほうがいい、ということ。一昔前より安くCMが打てるようになったとはいえ、効果を出すには最低1000万円以上はかかることが多いです
 この金額は、スタートアップにとって会社の命運を左右する大きさです。だからこそ、経営を理解し、責任を背負える人がやらないと成功確率が下がります。
──経営者レベルの意思決定が必要ということですね。ラクスルで身銭を切ってきたからこそそこに寄り添えるということでしょうか。
 我々は未だに自社のテレビCMを運用し続けています。自社とお客さま両方のテレビCMを運用しているからこそ、肝に銘じているのは、事業会社の経営者の目線で「自分のお金だったらやるだろうか」ということ。これを基準に提案しています。
 1億使ったら、1億の利益を生み出す。これが大前提。自分の会社だったら、と考えたらそうなります。
──クライアントの事業KPIへのコミットが、今回の飛躍的な売上につながっているということでしょうか。
 そのとおりです。ノバセルは「運用型」とあるようにリピートビジネスです。
 我々がサポートしている企業が、CMによるビジネス成長をした場合に、リピートしていただける。お客様のビジネス成長と我々の売上はほぼイコールなのです。お客様の売上が伸びているから、ノバセルの売上も伸びているということです。
「テレビCMで業績が向上した」という事実をお客様のIR資料に載せていただくこと。これを、我々の密かな目標としています。