2021/7/7

【入山×谷尻】創造性は自分を動かし続ける人にこそ宿る

NewsPicks Inc. brand design, editor
キャリアやスキル、経験や感性、時間や収入──。そうした自分の持つ「資産」をうまく設計し、多様な環境で自分らしいエッジを立てるにはどうすればいいのか。

さまざまな領域で価値観の再構築がされる今、ことモビリティの領域では、新しいテクノロジーと古き良きクルマ、それぞれの価値が二極化している。新旧モビリティの魅力は、私たちにどのような「資産」をもたらすだろうか。

移動によって得られる先進性とは、そして、クルマがもたらす豊かさとは何か。

経営学者の入山章栄氏建築家の谷尻誠氏が語り合った。
※写真撮影については、取材対応者の顔が分かるように、換気などの感染予防対策をした上で実施しています。
INDEX
  • 「下がらない価値」を見極める
  • 美しくて手間がかかるものに投資したい
  • 大事にするから価値になる
  • 自分を別の場所に動かせ
  • アイデアだけに価値はない
  • クルマは「動く4LDK」になるか
  • 移動できる喜びは普遍

「下がらない価値」を見極める

──クルマを持たない選択肢も増えていますが、今あえてクルマを持つことの意味とは何でしょうか。
谷尻 僕は「モノ貯金」と言ってますが、お金を好きなものに換えておいた方がいいと思うんです。
 銀行に預けていると安心というのは随分前の話で、今はどこにお金を置くかが大事だと思います。
 普通のクルマは買った瞬間から価値が下がるんですけど、クラシックなポルシェは逆に価値が上がる。アートを買うような感覚ですね。
入山 価値が上がるから所有するというのは、クルマではすごく面白い考え方ですね。これはクルマをアセット(資産・財産)として見ているのだと思います。
 日本はアセットへの意識が海外に比べて弱くて、自分の年収は知っていてもトータルで資産をいくら持っているかは意外と分からない人が多い。
 こういったアセットの考え方はこれから増えてくると思います。
 例えばアメリカでは住宅市場が非常に大きいですが、これは住宅をアセットとして買って、きれいに直して、値上げして売るわけですよね。
谷尻 建築でも、単純に土地を買って家を建てるとローンの返済をするだけになりますよね。
 僕が家を建てる時は、テナントをつけるなど事業性や利回りも考えるようにしています。
 一般的な考え方では借金を減らすことで安心したくなるけど、借金の金額を下げることだけが不安を取り除く要素じゃないんです。
 投資したものに資産価値を持たせて、いわば「活かせるアセットにする」ことも手段のひとつ。
 先ほどのポルシェの例のように、現にクルマではそういうことが起きています。
 なので、スタッフにも「とにかく早くポルシェ買っちゃえ」って、よく言っていますよ(笑)。
入山 クルマも家も、「買う」のではなく「投資する」時代ですね。

美しくて手間がかかるものに投資したい

──実際にお二人が「投資」したクルマが気になります。
入山 私が乗っているのはメルセデス・ベンツのGLCというSUVです。
 その前はBクラス(トールワゴン)に乗っていたんですが、近所で真っ赤なGLA(コンパクトSUV)を見かけてすごくかっこいいなと思っていたんですよ。
 家族のことを考えると一回り大きいサイズがいいかなと思って、GLCに決めました。
 中古ですが半年落ちくらいのいいやつが買えて、今すごくハッピーですね。
谷尻 実は僕もGLCに乗っています。こちらはクーペなんですが、キャリアを載せてキャンプに利用しています。
 もうひとつ気に入っているのが、ポルシェの993で、1994〜95年の空冷式の最終モデルです。昔からポルシェが好きでいつかは乗りたいと思っていて、ずっと993の黒を探していたんです。
 ようやく知り合いのところに入った993を買って、真っ黒にオールペイントしました。
入山 ポルシェはだいぶ年季が入ってて、面白いでしょうね。
谷尻 はい。やっぱり「乗っていて楽しいクルマ」に乗りたいんですよね。
 古いクルマって、どこか手がかかるというか、自分の能力が問われるところがいいんですよ。あと、美しい形のものを持っておきたいという思いも強いですね。

大事にするから価値になる

──特にアンティークなクルマをアセットとして持つと、メンテナンスも大事になりそうですね。
谷尻 僕ら建築家はよく「メンテナンスフリーな建物にしてほしい」と言われるんですけど、「手をかけなくていい家に愛着を持てますか?」って思うんです。
 神社仏閣が何百年も良い状態が保たれて大切にされているのは、人が手塩にかけて大事に手入れをしているからこそ。
 自分で手をかけないものに愛着なんて持てないですよね。
入山 手をかけること、手がかかることはめちゃめちゃ大事ですよね。
 家でもクルマでも、本当に大事にしたいものは自分で所有する。
 大事にメンテナンスすることで、ブランド価値も上がりますし、そのモノ自体の資産価値も上がります。
 この両方がすごく大事で、今後先鋭化するはずです。
谷尻 やりすぎずに大事にするあんばいは難しいので、信頼できる人に頼るのも手ですね。
 僕は感じの良いスタッフさんがいるガソリンスタンドしか行かないんですけど、その人に「そろそろ点検した方がいいですよ」なんて言われたら、その通りにしています。
入山 僕もクルマを買う時は人で決めています。「この人から買う」と決めている営業マンがいて、今の車もそうなんです。
谷尻 クルマを運転する人は、結局メカニックやクラフトマンシップなど、それを作り出した「人」を信じている。
  クルマとその人間性は切り離せないでしょうね。
──単なる資産というだけではなく、愛着を持って大切にされているんですね。いつもどのような移動に使っているのでしょうか。
入山 僕は二十歳のころからずっとクルマが好きなんですけど、当時はもっぱらドライブデートに使っていました(笑)。
 今では一人でリラックスしたい時にクルマに乗っていますね。
 快適にゆったり運転するのが好きなので、ラジオや音楽を聞いたり、あとは静かに考え事をしたり。首都高を走るのも好きです。
 もうひとつは家族との時間にしています。閉ざされた車内っていろいろ話せるので、コミュニケーションを取るにはいい空間なんです。
谷尻 僕は自然が好きなので、クルマで長野や山梨に行くことが多いです。雪山、キャンプ場など、美しい風景を求めていつも移動していますね。
 週末は自然の中で過ごして、月曜日に会議に参加しながら都内に戻る、なんてこともあります。

自分を別の場所に動かせ

──お話を聞いていると移動の楽しさが伝わってきます。特にこの1年は「移動できる喜び」について改めて考える機会となりましたが、その価値や喜びの源はどこにあると考えますか。
谷尻 「新しいものに出会える」から、でしょうか。
 移動によるインプットや、それらの化学反応の結果として新しいクリエイティビティが提案できると思います。
 僕は主に広島と東京の2拠点で活動していて、以前は年間100フライトぐらい移動していたんです。
「大変そうだね」と言われますが、実際大変(笑)。でも僕は、わざと大変で不便な方向を取りにいくようにしているんです。
 大変な方向には、不便だからこそ得られる利益が必ず潜んでいますから。
──「移動」はクリエイティビティや、創造性に直結するんですね。
入山 おっしゃる通り。イノベーションには、自分の認知の範囲外に出て遠くのものを見る「知の探索」が必要です。
 経験したことのないものに出会うために一番簡単な方法は、自分を別の場所に動かすこと。
 生徒にはよく「知の探索をするには、まず移動しなさい」と話しています。
 僕は毎日のように経営者と会いますが、いい経営者は皆さん、たくさん移動しています。
 ゴーゴーカレーの創業社長の宮森宏和さんは「創造性は移動距離に比例する」とおっしゃっています。
 今は答えがない世界ですから、自分がやりたいことを決めて、それをトータルで自分のエッジにまとめる力が必要です。
 そのためには好奇心を持って常にアンテナを張り、いろいろなものを見て、感じることを能動的にやるに尽きると思います。

アイデアだけに価値はない

──お二人や企業のトップのように多忙な方がわざわざ出向くのは、大変ではないですか?
谷尻 今世の中には、できない理由ばかり並べた「できないクリエイティブ」をする人は多いのに、できる理由をたくさん言える人が少ない気がします。
 僕はいつも「アイデアには価値がない」と話していて、とにかく自分で行動して形にすることが大事だと思っています。
──いわゆるコンフォートゾーンを抜け出すにも、移動がヒントになるんですね。
入山 ただの移動ではなく、「能動的な移動」が大事です。
 自分の見たことがないものを見て、会ったことがない人に会うために移動する。同じ場所にずっといるとイノベーションは起きないんです。
 大抵のことはデジタルやAIで賄えますから、自ら移動しない人はこれから生き残っていけないと思います。
──今日からまねできるような「能動的な移動のコツ」はありますか?
入山 「移動する・変化する」って結構ストレスがかかります。変化を常態化させていくことが重要なんですが、もうこれは「慣れ」なんです。
「一駅前で降りて、歩いてみよう」とか、「帰り道はいつもと違う道を通ってみよう」なんて、ちょっとした変化を自分で作ることが第一歩かもしれません。
 振り返ってみると、僕も谷尻さんも、変化慣れ・能動態慣れをしているタイプかもしれませんね。

クルマは「動く4LDK」になるか

──能動的な移動をするには、自由に運転できるクルマは最適なようです。一方で、自動運転やMaaSなど新しい移動も生まれています。未来のクルマや移動はどのような姿になっていると考えますか?
入山 今の「移動手段」としてだけではなく、ライフスタイルにより密接に組み込まれるんじゃないでしょうか。
 アメリカではすでに、バンライフのようにキャンピングカーに住んでいる人がたくさんいますし、日本でも軽自動車を改造して、旅をしながら働く若者もいますよね。
nazar_ab/iStock
 これからMaaSや自動運転が進むと、クルマに店舗などを乗せて動かすこともできる。
 土地のような「不動産」ではなくて、移動できる「動産」という言葉が出てくると思います。
谷尻 建築として「動く4LDK」をつくるのはまず無理ですが、4台のクルマと、その4台を掛け渡す大きな屋根があれば、その間がリビングになって家のようにも使えるかもしれません。
 オーディオとエアコン完備でしかも移動できる空間なんて、夢ですよね。
──不動産と違って、「動ける、動かせる資産」ということですね。
入山 例えば、東京で自動走行のクルマに乗って、寝て起きたら大阪に着いている「動くホテル」なんてアイデアもそれに近いですよね。
「動産」にはいろんな可能性がある、移動の価値や空間の使い方が変わってくるはずです。
 自動運転ではないけど、僕はタクシーに乗っていると結構仕事がはかどります。わざと遠回りして走ってもらって、その間に原稿を書いたこともあります。
 運転しなくていい、かつプライベートな空間のまま移動できることは、大きな価値ですよね。

移動できる喜びは普遍

──自動運転と自分で運転する移動、どのようにすみ分けがされるのでしょうか。お二人は、やはり自分で運転したいものですか?
谷尻 両方を使い分けたいですね。自動運転が進めば進むほど、「自ら運転する」ことにはより意味と価値が出てくると思います。
 電子書籍と紙の本、飛行機の旅と船の旅など、社会に何か新しいものが出てくる時には、その対極にあるものも同時に価値が上がるんです。
 あとは個人的にも運転するのが好きなので、その楽しみは無くなってほしくないですね。
入山 僕も使い分けたいです。
 自分でゆったり運転するのが好きですし、自動運転であらかじめ決められた場所にしか行けず、偶然の探索ができなくなるのは困りますね。
 人間には、もともと自分で能動的に移動する喜びとか、動かす喜びみたいな性質が備わっていると思います。
 自動運転の時代に、その喜びをどう担保するかだと思います。
 将来は、人間が自ら能動的に動かす用途と、それ以外の「動産」としての用途が分かれて展開していくのでしょうね。
 クルマという究極のプライベートな空間の中で、自分の行きたいところに行って、自由に運転する。
 その喜びと価値は、MaaSや自動運転が進むほど高まるように思います。
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