2021/8/2

【太田直樹】地域は「一極集中のオルタナティブ」を創出せよ

NewsPicks Re:gion 編集長
 地域経済の未来にフォーカスする「Re:gion」特別連載企画の第1回は、地方都市で共創プロジェクトを仕掛けるNew Stories代表の太田直樹氏に、「オルタナティブ」としての地域の未来像について話を聞く。
INDEX
  • 「地方創生」は無理筋だった
  • 鍵を握るのは「一極集中のオルタナティブ」
  • 土地の記憶がイノベーションにつながる
  • 地方をアップデートするビジネスの創出
  • 生物多様性と経済学
  • ファーストペンギンは地方へ向かう
  • 企業は「越境人材」の価値に気づくべき
  • 「10年先の未来を創る」がターゲット

「地方創生」は無理筋だった

──太田さんは2017年8月まで約3年間、総務大臣補佐官として地方創生に携わっていました。日本の「地域」の現状をどう見ていますか?
 最近、いい意味でショックを受けた「あること」がありまして、今日は、空気を読まずにストレートにお話しさせてください。それが何だったかは最後にお話しします。
 まず率直に言えるのは、約30年前から続く補助金を軸とした地方創生は失敗だったということ。それは日本に限らず世界中で同じことが言えます。
 私は2015年から2017年まで、総務大臣補佐官として東京一極集中を5年で解消するプロジェクトである「まち・ひと・しごと創生」に取り組んでいました。
 でも、道半ばの2017年に「達成は無理だ」とわかってしまったのです。
 ショッキングな事実ではありますが、さまざまな理論やエビデンスと、当時8日に1ヵ所のペースで約100カ所の地方を回った実感から、自分の中では納得していました。
 たとえば、「人口が2倍になると生産性は15%上がり、必要な資源は15%減る」ことをビッグデータから分析した研究があります。(参考:ジェフリー・ウェスト「都市および組織の意外な数学的法則」TED Global 2011)
 つまり、都市が栄えて一極集中になるのは経済から考えて合理的であり、その流れは止められないことが示唆されています。
 世界を見渡しても、大都市への一極集中を解決できた先進国はなく、都市と地方の格差は広がり続けています。
 ほかにも、京都大学と日立の共同研究グループによる「2050年、日本は持続可能か」をテーマとした報告があります。
 AIが描き出す未来シナリオを用いて“持続可能な社会の形”を模索する同グループは、雇用率や幸福度といった149個の社会要因の因果関係から、2018年からの35年間について、AIで2万通りの未来のシナリオを作りました。
 その結果わかったのは、日本の未来は「都市集中シナリオ」か「地方分散シナリオ」に大きく分かれること。
 結論を大まかに言うと、「都市集中シナリオ」の場合、経済は伸びるものの格差は拡大し、健康寿命や幸福度が下がります。
 一方で「地方分散シナリオ」の場合は、経済に課題はあっても格差が縮小し、健康寿命や幸福感が増大する。
 そして、2023年~2025年頃には、「都市集中シナリオ」と「地方分散シナリオ」のどちらの未来に分岐するかが決まり、以降、2つのシナリオが交わらないこともわかったんです。
 ただ、「地方分散シナリオ」の方が幸福度の高い未来を描けますが、地域内で経済循環が機能しない場合はやがて持続不能となり、その分岐点もいずれ訪れるということ。
 このことからも、税金を投入して地方を延命させるのではなく、地域のエコノミクスを抜本的に変革し、持続可能にする必要があると考えています。

鍵を握るのは「一極集中のオルタナティブ」

 でも私は将来を悲観してはいません。
 大都市への一極集中は止められなくとも、地方に「一極集中のオルタナティブ」を作ることができれば、日本は変わるはず。
 安宅和人氏と一緒に立ち上げた「風の谷」プロジェクトは、それを実証するための挑戦のひとつです。
──地方にテクノロジーを組み合わせることで、未来を変える可能性を作る試み。
 そもそも、SDGsで掲げられている目標は、格差問題や環境問題など、都市の経済活動が生み出す問題が多いですよね。
 その複雑に絡み合った課題を解決しようと思えば、都市という枠組みの中にいたら難しい。
 地方で「一極集中のオルタナティブ」を発見し、“ガラガラポン”する必要があると直感的に気づいたんです。
 2017年は、同じように気づく人がポツポツと出始めたタイミングだったと思います。

土地の記憶がイノベーションにつながる

──日本の地方は、「都市にはない新しい価値」を生み出すフィールドになり得る?
 そうです。ただ、どこの地方でも面白いことができるかと言えば、そうではありません。
 重要なのは「土地の記憶」が残っているということ。例えば、逆境の中、知恵やアイデアで生き抜いてきた歴史の有無です。
 私が一番衝撃を受けたのは、福島県会津若松市でした。会津若松といえば、戊辰戦争で明治新政府軍と戦った歴史を持つ地域。
 その歴史や魂が脈々と受け継がれているようで、国の仕事をしていた私に「中央政府が倒れても、我々がその代わりになるシステムを作る」と言ってきたことには驚きました。
 ほかにも、“平成の大合併”を拒み、村として自立して生きる道を選んだ岡山県の西粟倉村は、厳しい状況下で行政と民間が一緒に村づくりをしてきました。
 「100年の森構想」を掲げて林業を軸とした地域再生を成功させ、今ではローカルベンチャーを目指す若い人がたくさん集まる面白い場所になっています。
 長いものに巻かれた歴史を持つ地域ではなく、オルタナティブを生み出そうとしてきた地域こそイノベーションが芽吹きやすい。
 そこに熱量のある外部人材が交わることで、化学反応が起きるのだと思います。

地方をアップデートするビジネスの創出

──人口減少が加速する中で、存続が難しくなる地域もあると思います。その点はどのようにお考えですか?
 言葉を選ばずに言えば、多額の税金を投入しないと持続できない状態に陥った地域は、閉じてもいいと思います。
 現在、日本には平均して1平方kmあたり341人が住んでいますが、世界的に「クールな地域」として知られるエリアは、1平方kmに30~40人という場所が多いんです。
 たとえば、イタリアのトスカーナ地方はオリーブやワインの生産が盛んで、広大な土地に田園や畑、自然が広がっています。
 だから住んでいる人は少ないのですが、土地の価値は高い。
イタリア屈指のワインの名産地として知られるトスカーナ地方。
 日本でも自然豊かな地方にテクノロジーを持ち込んで、農業や公共事業、教育、医療を新たに再発明すれば、その土地の価値は高くなるでしょう。
 それだけでなく、再発明したエッセンスを都市部に持ち込めば、さまざまな社会問題の解決につながるかもしれない。
 たとえば、健康寿命は食事と運動と社会参加が大切な要素ですが、病院で社会参加はできません。
 でも、例えば「この町に住んでいるだけで健康になる」仕組みを生み出せたら、それは大きなビジネスになる可能性を秘めています。
 地方で“東京の劣化コピー”を目指したって意味がない。むしろ地域をアップデートするビジネスを創ることにこそ、未来のチャンスが眠っているのです。

生物多様性と経済学

──都市集中は経済成長に合理的ですが、地方の発展はそれとは違う価値観の上に成り立つと言えそうです。
 その通りで、英ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ教授らは、2021年2月に生物多様性と経済学のレポート「ダスグプタ・レビュー」を発表しました。
 ここで指摘されているのは、人間の生産性であるGDPを経済の主な指標に置いていたのでは、持続可能な未来はないということ。
ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ経済学名誉教授率いるチームがまとめた生物多様性と経済の関係性を包括的に分析した「ダスグプタ・レビュー」。これを受けてイギリス政府は「自然ポジティブな未来」にコミットすると宣言した。
 経済には生物多様性の視点を入れる必要があり、生物多様性が崩壊すると経済や生活、幸福を危険にさらし、予測できない結果をもたらす、と。
 都市×テクノロジーは経済合理性がある一方で、生物多様性を破壊します。
 ちょっとぶっ飛んだ話に聞こえるかもしれませんが、地方なら生物多様性の中でテクノロジーを生かし、新しい生き方や経済、産業を再発明できると思っています。
 ソニー​コンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明氏は、デジタル改革についての政府の会合で、
「経済合理性だけでは豊かになれない。むしろ周囲に多様な鳥が飛んでくる環境のほうが、生活の満足度を高める
 という研究結果について話をされていました。
──鳥が集まってくる環境のほうが、人間は幸福になれる。
 そうです。ただ、今のままでは地域経済は回らなくなる。行政や公共事業、産業などをテクノロジーでガラガラポンして、多様な鳥が存在し続ける環境を作る必要があるのです。

ファーストペンギンは地方へ向かう

──地域×テクノロジーの具体的な事例があれば教えてください。
 私が理事を務めるCode for Japanでは、現在「Make Our City」という住民参加型のスマートシティ作りを進めています。
 たとえば兵庫県加古川市では、日本で初めてデジタル政治参加プラットフォームである加古川版Decidimを導入しました。
 Decidimはヨーロッパの大都市などで広まっている、多様な市民の意見を集め、議論を活性化して政策に結びつけていく仕組みです。
  市民に対して、さまざまなテーマについてオープンに意見やアイデアを求めるので、当然ながら不安や反発がありました。
 でも、次第に高校生や大学生が大勢参加するようになり、「町をこうしたい」という声がたくさん出てくると、大人たちの行動や言動も変わってきたんです。
 同じように、変化を起こそうとしている地域はいくつかあり、そこに時間とお金を使おうと動き出す“ファーストペンギン”も増えている実感がありますね。
──地域の方がチャレンジがしやすいのでしょうか。
 実際に地方で新しいことに挑戦している人たちにとっては、面白いことを実現させるためのフロンティアがたまたま日本の地方にあった、という感覚だと思います。
 例えば、宮崎県新富町でアグリテックをやっている人たちは、それがアジアの地方でも活用されることを、何の不思議もなく考えています。
 島根県雲南市から始まった「コミュニティナース」の取り組みは日本全国に広がっていますし、同じ仕組みがラオスでも使われているそうです。
 日本の地方と海外の地方は、それくらい近い距離感にあるんです。
 挑戦する人の周りに関心を持ったフォロワーが集まることで、地方から教育や医療、農業などの地域課題を解決するムーブメントも起こりやすいと思います。

企業は「越境人材」の価値に気づくべき

──「地方にイノベーションの種がある」と聞いても、東京などの大都市圏の人にとってはリアリティを感じづらいという課題があります。
 多拠点生活は一つの選択肢だと思います。
 ただ、個人的に多拠点生活をする人は簡単には増えないでしょう。なので、多拠点生活を推進する法人が増えてほしいと思っています。
 会社が推進するとなれば、興味はあっても挑戦できなかった多拠点生活に足を踏み入れやすいですよね。
 では、なぜ多拠点生活かというと、企業や組織、地域の垣根を越える人材を経営学では「越境人材」と呼び、明らかにイノベーションを起こすとわかっているからです。
 すでにアメリカでは、誰が越境人材なのかを人事部が把握している企業もあります。日本にも同じ流れがくるのは、そう遠い未来ではないと思います。
 そこを経営者に気づいてほしい。
 越境人材がいる組織が作るサービスや事業、スマートシティは本質的な課題解決につながるでしょうし、何より地域の力につながるはずですから。

「10年先の未来を創る」がターゲット

──行政は一極集中のオルタナティブにどれくらい貢献できると思いますか?
 「ヒト」と「金」がない日本はテクノロジーを使って行政や町づくりのあり方、社会インフラを変えていく必要がありますし、若手の官僚はそれを理解しています。
 だから、秋に新設されるデジタル庁にはぜひ引っ張ってほしい。才能ある人が集まる組織を作れたら、日本は新しく生まれ変わるかもしれません。
 自分の小さな成功体験も含めて、行政や企業はこれまでの延長線上でやっていることをガラガラポンした方がいい、と思っています。
──これからの数年で、日本の姿は大きく変わるかもしれない。
 変わると思うし、10年先を見たいなら地方を注視すべきですね。
 Code for Japanがサポートしている各地の高専生を集めたハッカソンでも、「生態系や地球が変わるような取り組みを、テクノロジーを使って実現できないか」という会話が当たり前に飛び交っているんです。
 彼らのフィールドは必然的に地方になってくるはずです。
コード・フォー・ジャパンによる高専生ハッカソン「Civictech Challenge Cup【U-20】
 冒頭に前置きした「あること」とは、 「日本の失われた何年」とか「地方活性化」といったテーマに対して、30年間にわたって現役世代が突破口を見いだせてこなかった。
 そんななかで、北野さんが提案するようなぶっ飛んだアイデアを、若い世代が等身大で仕掛けはじめているということです。
 10年ほど前に「アメリカで優秀な人材が集まるのは、昔はIBMで今はGoogleだけど、これからはCode for Americaだ」と言われていました。
 手前味噌ではありますが、その日本版であるCode for Japanには、本当に優秀で面白い人が集まっています。その多くは越境人材です。
──若く優秀な人材は企業ではなく、地域社会に参入していく?
 8割は民間企業で働くけれど、2割は行政もしくはNPOに身を置くといった具合で、いくつかのアイデンティティが許される動きが加速するといいですね。
 ビジネスで価値を生み出している人たちが越境人材となり、行政に参加するのが当たり前になれば、地方を抜本的に変えていく原動力になるはず。
 100年先の未来を見据えた一極集中のオルタナティブは、想像よりも早く見つかるだろうと直感しています。