2021/6/28

【楠木教授が聞く】EYの戦略コンサルが立案から実行まで責任を持てる理由

NewsPicks Brand Designチーフプロデューサー Next Culture Studioプロデューサー、UB Venturesエディトリアルパートナー
通称「ビッグ4」。世界的な会計監査法人のメンバーファームである「EY」は、「EYパルテノン」のブランド名で、日本でも戦略コンサルティングを手掛けている。企業経営において、時として重要な役割を果たす戦略コンサルティング。
経営戦略研究の第一人者である一橋大学・楠木建教授が、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の近藤聡氏、小林暢子氏に、「企業が成長し続ける戦略コンサルのあり方」と「より良い社会の構築を目指して」というパーパスについて問う。
INDEX
  • 会計監査中心から戦略コンサル拡大へ
  • 「より良い社会の構築を目指して」というパーパスのために
  • 社会課題の解決に、企業の利益が生まれる
  • 会計と戦略のプロが一体となり実行支援
  • その道のプロが集結する戦略チーム
  • 地政学的見地から取るべき手段をアドバイス
  • 日本で必要とされる戦略コンサルとは

会計監査中心から戦略コンサル拡大へ

楠木 私は企業の戦略競争という分野を研究しているので、戦略コンサルについては「企業に戦略をアドバイスする」という点と「ファーム間の競争」という、二重の意味で興味があります。
 EYというと、会計監査のイメージが強く、戦略コンサルティングの特徴については正直、あまり知りませんでした
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書にNewsPicksで人気の企画「楠木建のキャリア相談」をまとめた『好きなようにしてください──たった一つの「仕事」の原則』(ダイヤモンド社)、『逆・タイムマシン経営論』(日経BP)、『経営センスの論理』(新潮社)、『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)など。
近藤 EYは、監査法人としては規模がとても大きいんです。しかし、それに比べて、コンサルティングや税務が他ファームに比べて規模が小さい。日本では監査部門が4分の3、それ以外の非監査部門が4分の1ぐらいのイメージです。
 グローバルでもコンサルティング部門をもっと成長させたいと考えていて、私もEYに参画した2年前から注力してきました。
 戦略策定から実行支援までを行う専門チーム「EYパルテノン」を含むコンサルティング部門はここ数年、飛躍的な成長を遂げており、現在、非監査部門の比率が35%まで上がりました。今後はこの比率を50:50にまでしていくつもりです。

「より良い社会の構築を目指して」というパーパスのために

楠木 近藤さんは2019年にEY Japanに転身されました。他のファームとEYでは、同じコンサルティングでもどんなところが違いますか。
近藤 一番驚いたのは、カルチャーの違いです。
楠木 いわゆるコンサルティングファームというと、切った張ったのつばぜり合いという競争的なイメージですが、そういう武闘派のカルチャーではない?
近藤 パートナーシップをすごく大事にするカルチャーです。私はこれまで対立も恐れない空気の中でやってきたので、EYのフレンドリーさには最初は戸惑うほどでした。
 EYには、Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)というパーパス(企業理念)があります。ビッグ4でパーパスを最初に策定したのもEYですが、このパーパスは今の社会のトレンドに非常にマッチしています。
 EYで働く全員が「より良い社会を創りたい。それを創ることにこそ自分たちの価値がある」ということをブレずに持っている点は、すばらしいと思っています。
 社会に対する我々の存在意義を明確にするということが、EYのカルチャーの根幹を成しているんです。パーパスを実現するために、多様性を認め合い、一丸となって協力し合うという土壌があります。
 その点はEYが誇れる点ではありますが、ともすると競争に勝ち抜き、利益を追求するというのが後回しになってしまわないよう、 ファームとしてのさらなる成長には、もっとシビアに競争の厳しさを捉えることも必要だと考えています。
小林 私は別の戦略コンサルティングファームから2年半ほど前に転職してきたのですが、EYパルテノンのコンサルタントたちの多様性もカルチャーの大きな特徴だと感じています。
 国籍や男女比率はもちろんですが、リストラ実行経験のある元経営者、元ベンチャー起業家、元エンジェル投資家など、コンサルタントだけをずっとやっている人材が多い均質的な戦略コンサルとは全く違いますね。
 クライアントが抱えている課題が非常に複雑化する現代において、私たち自身が多様性のあるチームで、そのマネジメントの難しさも糧とすることで、より価値のある支援を提供できていると思います。
 EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダー
グローバルな戦略系コンサルティング会社にて、ポートフォリオ戦略、新規事業立案、マーケティング戦略、組織戦略などをリード。EYでは地政学戦略や消費財セクターも担当。投資家の視線を持ったコンサルティングを得意とする。日米での勤務経験より、クロスボーダーなプロジェクトに強みを有する。大手メディアに寄稿およびテレビ出演など多数。日本の産業界における課題と処方箋を国内および海外へ発信するオピニオン・リーダーとしても活躍している。

社会課題の解決に、企業の利益が生まれる

楠木 EYパルテノン自身の戦略について言えば、ほかのファームとどこが違いますか。
近藤 やはりここでもパーパスがカギです。「より良い社会の構築を目指して」を実行するためには、当然、長期的価値いわゆるLong-term Valueに照準を定める必要があります。
 多くのファームは短期的な財務指標にフォーカスしがちですが、EYでは短期的に結果を出しつつ、その先にある長期的な価値の創出にこだわっています。
楠木 競争戦略ではゴール設定が間違っていたら、どんな戦略を使ってもダメ。勝利条件の設定が非常に重要です。
 経営のゴールは、長期的利益にあるというのが僕の考えです。
 その点、競争市場というのはまあまあよくできている。競争の中で長期的利益を実現しているということは、顧客に対して独自の価値を創ることができているという何よりの証明です。
 利益追求を長期で考えれば、当然のことながら従業員、社会、環境の利害にも目を向けなければなりません。
 ESGやSDGsが注目されていますが、それが利益と対立関係にあると考えている会社は視点が短期的に過ぎると思います。本来、ESGは長期利益を獲得する手段として重要なのです。
 経営の目線をそうした方向にもっていくのもコンサルティングファームのひとつの役割だと思います。
近藤 短期的利益追求という発想だけではなく、長期的価値の創造の概念に基づき、持続可能な社会をどうつくっていくか。そこに真剣に取り組まないと、ステークホルダーや従業員からも見放されてしまうでしょう。
楠木 Long-term ValueはCSVという競争戦略の分野をつくったマイケル・ポーター教授が10年ほど前から提唱している概念と同様です。
ポーター教授は、これからは社会課題の解決でこそ、商売の価値が極大化できると言っています。ポーター教授の論理に世の中がようやく追いついたという感じです。
小林 ポーター教授はEYが買収する前のパルテノンにも積極的に関わっていただいたのが縁で、今もEYと協業していただいています。
 サステナビリティなビジネスの実現が、EYパルテノンの戦略コンサルとしての存在意義です。
 CSVやEYが掲げている長期的価値の創造を目標にしてビジネスを展開するというのは、EYのパーパスとも非常に親和性が高いですね。

会計と戦略のプロが一体となり実行支援

楠木 長期的パーパスの実現を目指すコンサルティングファームとして、EYパルテノンの組織やマネジメントにはどういう特徴がありますか。
近藤 EYパルテノンは120カ国に約6500名のプロフェッショナルを擁する世界最大級のコンサルティングチームです。日本には約200名のプロフェッショナルが在籍。さらにEYのグローバルな組織全体で約30万人のプロがEYパルテノンをサポートします。
 EYパルテノンは単なる戦略コンサルではなく、「ストラテジー・アンド・トランザクション」、つまり、戦略の立案・実行支援と企業のトランザクションを実行する部門に属し、日々経営陣との対話を続けています。
 EYパルテノンがコンサルティング部門ではなく、M&Aや事業分割を担当するトランザクションと同じ組織に属することが他のビッグ4との違いですね。
楠木 具体的に何が違うんですか。
近藤 会計士らファイナンシャル・アドバイザーが投資ディールなどの実行を戦略チームと連携して取り組む点です。
 会計に強いというバックグラウンドを最大限生かし、豊富な知識と人材で、企業戦略策定からM&Aや事業分離・分割、事業再生まで幅広く支援する体制になっています。
 また、企業のトランスフォーメーションを実行するコンサルティング部門との協業により、より専門的で細かい部分まで幅広く対応できるのが、EYパルテノンの大きな武器です。
 今は、環境の変化に対する課題という「網」のかかり方が、ひとつではありません。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にしても、個別の企業ではなく、航空や飲食など業界全体に網がかかっています。
 大きな環境変化のうねりの中で、どう生き残り成長していくか。それには一般的な戦略のノウハウを当てはめても答えは見つからないでしょう。業界や地政学をまたいだ深い知見が必要です。
 一方で、その道のプロフェッショナルとなると、それぞれKPIも話す言語も全く違います。戦略コンサルタントは会計士の言っていることが理解できないし、その逆もしかりです。
 しかし、EYはひとつのグループとしての共通言語があります。チームが一体となって実行支援できるのは、大きなメリットになっています。
楠木 確かに地政学的なマクロの動きは、特定の企業だけでなく業界全体に大きな影響があります。
 戦略コンサルタントが個別のクライアントを超えて、特定の業界やイシューを単位としたコンソーシアム(共同事業体)を構築していくことも必要じゃないでしょうか。
近藤 今の世の中は、業界どころか地球全体に「網」がかかっているようなもの。複雑な課題がグローバルで絡み合っており、個々の企業だけでそこに立ち向かうのは不可能です。
 だからこそEYのようにファイナンス、業界、地政学、M&Aや事業再生といった各分野のプロ集団が集結している戦略コンサルが存在する意義があるはずです。

その道のプロが集結する戦略チーム

楠木 小林さんはEYパルテノンのパートナーですね。
小林 消費財チームや地政学戦略などを担当しています。
楠木 具体的にどんなサービスを展開しているんですか。
小林 EYパルテノンでは、個別の企業や業界の課題を包括的に、全体感を持って対処します。シンクタンクに近いイメージで、そこで培った知見を生かしたアドバイスをしていきます。
 そのための専門チームもいくつかあります。例えば「ジオストラテジック・ビジネス・グループ(地政学戦略グループ)」「CVC/スタートアップイノベーション」「バリュークリエーション(価値創造)」などです。
 私が所属する地政学戦略グループでは、ビジネスに直結する地政学的な課題に対して、リスクとチャンスの両面から半歩先を見通した提案をしていきます。
 CVC/スタートアップは、大企業とスタートアップをつなげるチームです。実際に投資家サイドにいた経験を持つシニアメンバーが、投資家・スタートアップ、両方の立場を理解することで、より良い価値を提供できます。
 バリュークリエーションは、企業価値を高めて株式を上場したり他社へ売却したりするプライベート・エクイティー・ファンドが主なクライアントです。
 コストをどう下げるかだけではなく、売り上げをどう上げるかといった、主に財務面での効率化のために、買収前から最後まできっちりお手伝いをして結果を出します。長期的な価値の創造のためには、まず短期的な財務改善も不可欠な要素です。
 事業再生の過程では、例えば、レイオフが必要な局面もあります。そういう「力仕事」も実際にやってきた人間がパートナーとしてコミットしていきます。
楠木 その3つは、ずいぶん違う領域に見えますが。
小林 その通りです。私が担当する消費財の事業会社でも、事業再生のニーズが時としてあります。その場合、バリュークリエーションの専門のメンバーが合流して一緒に解決策を考えてご提案します。
 またトランザクションを実行に移す際は、税務や会計に強いという武器を生かせます。組織づくりはどの戦略ファームもアドバイスしますが、例えば、税制面から考えて所在地をどこにするのがいいのかというような、実行の具体的な部分を専門家の視点からサポートしています。
 EYの持つあらゆる筋肉を総動員して、クライアントの課題を解決し、着実に実行する。そこに魅力を感じていただけたら、と思っています。
楠木 戦略チームにプラスして、会計などに強みを持つEYのサポートを得ることで、EYパルテノンとしての独自の価値を生み出しているんですね。

地政学的見地から取るべき手段をアドバイス

楠木 地政学の観点から、クライアントに経営戦略のアドバイスをするというのは、例えばどんなことがあるのでしょう。
近藤 人権問題などは非常に繊細なテーマですが、経営者としてどう対応するかという難しさがあります。
小林 今、ミャンマーでクーデターが起きていますが、歴史的背景や世界全体の動きから考えて、なぜクーデターが起きているのか、日本企業は何を考え、どう行動するべきかをアドバイスします。
近藤 また、中国向け、非中国向けで、サプライチェーンを切り離して対応するという方法を提案する場合もあります。
 こういうことは、ある意味、機密情報に近いものです。EYは各国で元政府関係者のメンバーがいることに加えて、シンクタンクや政治学の専門家との深いつながりがあります。グローバルなネットワークから得られるさまざまな情報を持つことが、半歩先を見据えた知見となります。
楠木 CIAみたいですね(笑)。そこは確かに普通の戦略ファームとは違いますね。
小林 シンクタンク的な機能を持てる体力がないと難しいですね。
近藤 EYにはグローバルで世界中に拠点が700以上あり、主要都市はほぼカバーしています。
 一般的な戦略ファームのように、南米でもブラジルに拠点はあるがチリにはない、ということでは、チリのプロジェクトの取引は実行できません。EYのグローバルなネットワークは、純粋な戦略コンサルティングファームとは圧倒的に差があります。

日本で必要とされる戦略コンサルとは

楠木 戦略コンサルティングといっても、いろいろなプレーヤーがいて市場も成熟しています。ある意味、過当競争になっていますね。
 私は本来、戦略コンサルタントとは、コンシェルジュのようにクライアントに長期にわたって寄り添い伴走する存在であるべきなのではないかと考えています。
 しかし、今の戦略コンサルティングファームは、案件の取り合いばかりで、仁義なき戦いというイメージがあります。
 「より良い社会の構築を目指して」というパーパスを有するEYであれば、狩猟民族のように案件を取り合うのではなく、クライアント企業に長期的に伴走して、必要な経営視点をアドバイスする、EYパルテノンはそんな戦略コンサルティングチームになれるのではないかと思いますが。
近藤 確かにそうですね。私もコンサルタントであると同時に、すでに10年ほど社長として経営をする立場にいるので、経営者の気持ちはよくわかります。
 どうしても、社内の人間の言葉を素直に受け止められなかったり、内部から耳の痛い声は上がりにくかったり。だからこそ、厳しいアドバイスをしてくれる外部の人間が必要です。
 今の日本に必要なのは、耳の痛いことをしっかり助言しながら、長期的に伴走するコンサルタントでしょうね。
楠木 与えられたお題を解決するだけの戦略コンサルティングでは限界がある。時には経営者にはっきり「NO」と言える存在であることが求められると思います。
近藤 頼まれたことだけを打ち返していても存在意義はなくなると思います。
 実現可能な戦略(Real-world strategy)とは、ともすればリスクもしっかりと伝えたうえで、クライアントと丁寧に伴走し、長期的な企業価値をしっかり上げていくこと。
 EYパルテノンはそのニーズに応え続けることで、求められる戦略コンサルチームとして成長していきたいと思っています。