2021/6/23

国民的アプリの成長を支える「超」UX志向

NewsPicks Brand Design Editor
メルカリは創業以来8年間にわたり、ひたすらに1つのアプリのUXを追い求めてきた。未踏の領域に踏み込んだプロダクト開発。しかしまだ、プロダクトは未完成のままだと言う。

次に目指すのはメルカリとメルペイの融合による、新たな体験の創出。メルカリのプロダクトマネージャーを務める横田結氏とメルペイのプロダクトデザイナーを務める成澤真由美氏に、メルカリ流プロダクト開発の裏側を語ってもらった。

すべては1つのアプリのために

──メルカリのプロダクト開発のなかでどのような役割を担っているのか、教えてください。
横田 私の役割はメルカリのプロダクトマネージャーとして、顧客視点でUXをつくることです。メルカリにはUXリサーチャー、アナリスト、エンジニアなど各領域のプロフェッショナルがいるので、彼らの真ん中に立って「1つの体験に昇華させる」イメージですね。
 顧客体験の質をどう向上させていくか。その品質にコミットしています。
成澤 私もお客さま視点でプロダクト開発をしていくのは横田さんと同じで、メルペイのプロダクトデザイナーいう立場で、新しいお客さま体験を「可視化」する役割です。
 ただ、メルカリとの違いは、メルペイはまだまだ成長段階だということ。新しく生み出していくことが求められます。新規の機能開発をしながら、一方でメルカリとメルペイの体験をアプリの中で滑らかにつなげていく。この両軸を考えて走ることが、今メルペイが抱えているミッションです。
 私はデザイナーですが、イメージをつくるのは本当に最後の作業。画面を見ながら、その画面にお客さまは何を期待しているのか、メンバー同士で話し合っている時間が長いですね。こんな環境を画面上につくり出せたらいいんじゃないか?というところまで認識が揃ってきたときに初めて、画面設計と向き合い始めます。
横田 プロジェクトリードを担うなかでは、会話は特に重要ですよね。仲間を口説いて、前向きにギリギリを攻めようって思ってもらわないと、描いた世界を実現できない。
 なりさん(成澤)は、デザイナーといってもいわゆるビジュアルやUIをつくるだけではなくて、開発プロセス全体を滑らかにするためのコミュニケーションをしている印象。
──すでに多くのユーザーを抱え、「国民的アプリ」とも言える存在になったメルカリですが、プロダクト開発で特徴的だと感じるのはどういったところでしょうか?
成澤 メルカリもメルペイも1つのサービスとしてつくられている。「ワンプロダクト」にこだわっている点が特徴的だと感じます。
 フリマはものの売買をする場所なので、お金の存在が欠かせません。メルペイがお金の部分をバックアップすることで、お客さまにものとお金の滑らかな体験を提供することが狙いです。
 以前、メルペイで「よげん会議」という、会社が次に仕掛けるサービスのアイデアを提案するハッカソンのようなイベントがあって。審査員はCEOの(山田)進太郎さんでした。
 そこで私のチームはメルペイを独立したアプリにする提案をしたのですが、進太郎さんからは「1つのアプリにした方がお客さまにとっても使いやすいし、無駄なコストもかからない」という評価でした。よげん会議の後半ではブラッシュアップタイムがあるのですが、そこではワンプロダクトを前提に、メルカリとメルペイの融合を追求した体験を提案したところ、会場にいる参加者の多くから納得の反応をいただけたのがとても印象に残っています。
 それもメルカリとメルペイのフュージョンチーム(メルカリとメルペイを融合するプロジェクト)が立ち上がったきっかけの1つです。
横田 私となりさんはフュージョンチームとして、それから一緒にプロジェクトを進めていました。もともとはメルカリ・メルペイそれぞれが「もっとこういう体験ができるんじゃないか」って考えていたんです。
 メルカリはオープンな文化なのでSlackのチャネルもほぼ公開されているのですが、メルペイのスレッドをのぞいてみたら、「あれ、同じことを考えているかも?」と。それも一緒にチームを立ち上げた理由の1つですね。
成澤 そこからメルカリとメルペイの融合が進んでいきました。
今まではすべてのメルペイに関する機能が「メルペイ」タブに集約されていた状態でしたが、お客さまが取引に関する行動でマイページを訪れた際に自分が貯めた売上金を確認したり、豊富な手段で増やすことができたりと変化していって。
 つまり、お客さまがフリマの体験をしているなかでメルペイが管轄する機能を意識せず、自然にメルペイに触れられていることをUXゴールに掲げて体験をつくり替えていきました。
 異なる事業を推進するメンバーが協働して1つのアプリに向き合うものづくりは、多くの観点でアウトプットを評価することができるため、UXの精度をどこまでも高められる可能性を感じることができます。それがメルカリのプロダクト開発の特徴かもしれないですね。
 協働していくことで評価軸も豊富になり、自分の担当する事業の専門性を高めていけることはもちろんありますが、同時に他の事業を推進するメンバーの専門性を学べるというよさもあります。
横田 私がメルカリの面白いと思うところは、前提を疑い続ける姿勢です。
 私たちは開発者であると同時に、自分自身も利用者であることが多いので、ある意味「批評家」になりやすいと思います。自分の中に利用者としての意見や感覚があるのは良いのですが、それを信じすぎてしまうリスクもあって。
 リサーチャーやアナリストのデータを客観的に見て、自分の信じるものの精度が必ずしも高くないことに気が付くことも大切。
 個人の印象や感覚に流されずに、ファクトも踏まえて仮説を立ててから実行するというのは、メルカリに入って鍛えられたスキルだと思います。
──メルカリのアプリはすでに完成されているイメージがあります。まだ改善する余地はあるんですか?
横田 組織の態度として、ワンプロダクトゆえに「このプロダクトが良くならなきゃ終わり」という意識があります。
 ワンプロダクトだからこそ、「このプロダクトの先にどんなお客さまの幸せがあるか」を考え抜くことができるし、一方で「このプロダクトをなんとしても成長させなきゃいけない」という思想があります。
成澤 「ここまで到達したら終わり」というのはないですよね。今まで正解だと認識していたUXが、次の日からは前提から覆っていたりする。だから、私たちは新しいことをやり続けるしかないんです。

仮説を立て、言語化作業を繰り返す

──メルカリほどユーザー数の多いアプリになると、1つの変更が大きな影響を及ぼすことになりますよね。どのように意思決定をしているのでしょうか?
横田 大切にしているのは、仮説の上に成り立っているかどうか。
 仮説の確からしさをいろいろな人にレビューしてもらって、ブラッシュアップしていきますね。
成澤 仮説をしっかり立てるのは、誰から見ても私たちがどう考えて何をやろうとしているのかがわかるように、という意味もあるし、自分たちが納得できるところまで積み上げていくためでもある。下手くそでもカッコ悪くてもいいからとにかく考えを可視化するために言語化し、協働するメンバーに伝える作業を繰り返すんですよね。
横田 確かに。
成澤 最終的にエンジニアを交えてスペックレビューをするんですけど、最後の最後まで「お客さまの体験がこの施策で本当に良くなるのか」を語り尽くすんです。「なんでこういう意思決定をしたの?」とか本当に細かいところまで。
 だから、すべての意思決定が言語化されていないといけない。
横田 言語化の過程でコンテクストを削ぎ落としていくと、「こういう意思決定をしたからこういう結果が出るだろう」というのがより明確になっていきます。
 上手い表現で伝えるというより、ロジックの整理なんですよね。
成澤 その結果、「どういうメッセージがより伝わりやすいか」がだんだんわかるようになるんだよね。最低限、これだけを伝えればOK、みたいな。結果的に後が楽になる。
横田 そうそう。「今日もなりさんの言葉、すっと入ってくるな」って、いつも思います(笑)。
──メルカリは多国籍なメンバーで構成されていると伺いました。言語化にあたって障壁にならないですか?
横田 そうですね。実際に東京オフィスのエンジニア組織の約半数がイングリッシュスピーカーです。なので、言語化にあたっては日英両方で行います。ただ単純な翻訳の大変さ以上に、コンテクストの理解の部分に苦労することが多いかもしれません。
 たとえば、日本で生まれ育っていればハイコンテクストで理解できる内容でも、外国から来たメンバーからすれば「なんでその仕様にしなければならないの?」と疑問に感じてしまうようなことが少なくありません。
 彼らは私たちのことを信じてくれているので「仮説があるならそれを尊重するよ」と言ってはくれます。だけど、お互いに理解し合い、良いものづくりをするためには、きちんとローコンテクストにして伝える必要があります。
 社会・文化的な背景が違ってもわかるぐらい、ローコンテクストに言語化するということはとても大事にしています。
 結果、それに見合うだけのアウトカムが得られるので。

正直者がバカを見ない文化

──メルカリはミッション・バリュードリブンな組織としての印象があります。実際に働いていて感じることはありますか?
成澤 以前、プロダクトデザイナーに加えてプロジェクトリードを兼務していたんですけど、実はやる前にかなり迷ったんです。
 自分のリソースを割いて新しい業務をやらないといけないとなったときに、きちんとプロダクトデザイナーとしての責任を今までのように果たせるのかなって。
 そんなときに、CEOの進太郎さんとの1on1で言われたのが、「うちの会社にはいくらでもオポチュニティがあるから、やりたいと思ったらやればいい。ダメだと思ったら戻ればいい。止める人は誰もいないから」という言葉で。背中を押してもらえました。
 進太郎さんだけじゃなく、他の経営陣からも普段のプロジェクト推進におけるさまざまなシーンで「なりさんの思うように発言すればいい。何かあったらフォローしますんで」と言ってくれる環境は躊躇することがなくて本当にありがたいなと。
 自分なりにプロダクトデザイナーとしての軸を持ちつつ、領域を広げることができていると感じています。
横田 そういう意味では、みんながのびのびと力を発揮できる環境をつくることこそ一番生産性が高いと、経営陣が信じてるのかなと思いますね。
 だから、ボトムに合わせたルール設計じゃなくて、トップパフォーマーが力を発揮できる仕組みになっている。また「情報格差でビジネスをするな」とよく言うのですが、誰でも情報を得やすいオープンなカルチャーになっています。
──特徴的とも言えるメルカリのカルチャーですが、どういう人材がメルカリのプロダクト開発に向いてると思いますか?
成澤 自分の領域を決めつけていない人でしょうか。メルカリはワンプロダクトですけど、新たな機能が加わればお客さまへのコミュニケーション手法も変わるし、アウトプットの整理の仕方や自分が果たすべき業務の役割も変化します。
 今日はプロダクトマネジメント寄りの仕事、明日はエンジニア寄りの仕事という感じで、調整をし続ける必要があります。
 それぐらいプロダクトの中では毎日いろんなことが起こっているし、アプリはいろんな人のチャレンジによってできています。
 そういうものづくりのカルチャーと足並みを揃えられる人。いい意味でこだわらない人が向いているんじゃないかと個人的には思っています。
横田 メルカリって「正直者がバカを見ない文化」があるなと思います。
 メルカリはSlackで他のメンバーの会話も見られるし、オープンで風通しが良いんですね。
 意思決定がブラックボックスに行われるとか、個人の意志が無視される、とかそういうのを窮屈に感じる人。言い換えると素直で意志を持った人は、メルカリのオープンな環境はすごくやりやすいと思いますし、パフォーマンスを発揮できるはずです。

「フリマアプリ」から「インフラアプリ」へ

──今後、メルカリのアプリはどのような方向を目指していくのでしょうか?
横田 外からはメルカリのアプリはもう「できあがっている」と思われることも多いのですが、日本全体や世界から見れば、まだまだです。
 まだメルカリを知らない人はたくさんいるし、未来のお客さまがたくさんいます。
 メルカリが社会のインフラになるためには、社員が視野を広げ、各領域で気を張り続ける必要があると思っています。
 私たちが持っている目標は大きいし、全然ミッションには届いていないという感覚なんです。
 また、最近はどうしても短期的な数字や言語化・可視化しやすい機能への評価に寄りがちだと感じることがあります。全体にわたる情緒的価値の優先度が低くなってしまっているようにも。もちろん短期的な数字は大切ですが、非言語的な体験や感性の部分も同じくらい大切にしていきたいですね。
成澤 今は多くの方が「メルカリ=フリマアプリ」という印象があると思います。売る・買うだけではなく、与信を享受したり売上金の使い道が豊富にあったりすることと、出会えていないお客さまの方が多いです。
 たとえば今、手持ちのお金が少なくてもメルペイの与信枠を使って、趣味の道具をメルカリで買えて、出かけた先のカフェではメルペイで支払いをして、また新しい道具に買い換えるときには、不要になったものをメルカリで売って。そんな風に自分がやりたいことをメルカリのアプリの中で一気通貫で実現できる。
 そういう「メルカリ=インフラアプリ」と言えるような世界を、お客さまと対話しながら少しずつつくっていきたいと思っています。今はまだそのロードマップの数%しか達成できていません。
 お客さまが100人いたら100通りの道があるはず。その道をつくるために、日々プロダクトを改善しながら、コツコツとできることをやっていきたいなと思ってます。